ふたり ※双子ヤンデレ
【ふたり】
僕らは、二人でひとつだった。
ずっと、一緒。
生まれてから、ずっと。
服も、食べるものも、ぜんぶ。
だから、死ぬときも。
生まれた時、僕らは「 」が繋がって生まれてきた。
親の勧めで、手術し、切り離されたけれど、
僕らはやっぱり、つながっている。
同じ服じゃないと、わがままをいい、
全くおんなじ格好をして、みんなは困っていた。
僕らはそんな時、ちょっぴり困ったなと眉毛を下げ、
笑いあった。僕がひとつである証だから。
ある日、
「人それぞれ、見える色が違う」という話を聞いた。
ドキっとした。
あいつの見える色は、何色なんだろう。
僕は赤に見えているものが、あいつの世界では、黄色、青、はたまた紫かもしれない。
「ねえ、これ、何色に見える?」
もうひとりの僕は、ニコリとして、答える。
「赤だよ。」
そう、でも、満足な答えではなかった。
「それ」は何色かわ分からない。僕らがただ、「赤」として教えられ、そう認識してきただけ。
「それ」という表面の名前は一緒でも、もしかすると――
「 」をそっと重ねる、心地よい、生命の振動が伝わってくる。
ねえ、
どんなふうに聞こえているの?
この深い鼓動も、孤独も、
どんなふうに感じているの?
どんなふうに疲れるの?
どんな味がするの?
僕とは違うの?
違う味がする?
ほっぺたを伝う涙は、
やっぱりこんな味がするの?
服も、食べるものも、ぜんぶ。
一緒じゃなきゃ、やだ。
だって、僕らは双子。二人で一つ。
一緒が、僕らの一つである象徴。
僕が飴をもらった時、
もうひとりは半分だけ舐めて、僕はあと
半分を舐めた。
もうひとりがテストが悪いと、
僕はわざと回答を間違いに書き換えて、
同じ点にした。
僕が風邪をひいた時、
もうひとりは僕の口から風邪をもらって、
一緒に休んだ。
もうひとりが怪我をした時、
僕は、同じもので同じ傷を同じように
身体に刻んだ。
やりすぎと言われることもあったけれど、
だって、しょうがないじゃんか。
二人はひとつ。
いつまでも一緒。
ある日、僕らは少しだけ大人になって、
もうひとりの僕は、女の子に「好きです」って言われた。
その時、僕も一緒にいたはずなのに、
女の子は、しっかりもうひとりを見ていった。
「僕は?」
思わず聞いていた。
「ごめんなさい、私は彼が好きなの」
僕はもうひとりを見た。もうひとりもぼくをみた。
僕は、見ているはずなのに、見ていなくて、ぐるぐるして、目が回るようで、
頭が痛くなり、その場から離れた。
どうして?
どうして?
きっと、想い続けてた子に、フラれた時も、こんな疑問を投げかけるのだろうけれど、
そんなちっちゃな失恋とは違う。
もっと、大きい、もっと深い、僕たちの問題だ。
どうして?
彼女は、間違いなくもうひとりを選んだ。
その選択基準は?
選別方法は?
何がもうひとりにあって、何が僕にはないの?
何が欠落している?僕には?
良しも、悪いも、二人一緒。
どっちかが上でも、したでもない。
そうだよね?
不安。
それは、僕の中で次第に大きくなった。
別々のクラス、
テストの点のわずかな差、
身長の数ミリ、
話しかける人、その内容、
褒められ方、怒られ方、
怪我の場所、
どんな小さなことまで、
僕にとっては、不安の種。
もうひとりのこともよくわからなくなってきた。
平然と息をしている。
僕も呼吸を合わせるけれど、
その温度差に、ドキっとする。
もうひとりも、同じ不安を抱えているのだろうか。
それならいい。
僕の顔色を見て、僕と同じように、息を合わせようとしているのなら。
でも、もし、
ほんの少しだけ、優越感があるとするなら――例えば、あの告白とか、
僕の不安を少しも感じていないのなら、
いないのなら、
いないのなら、
双子はもうオシマイ?
そんなことはないよね?
ねえ、
大学入試の日、もうひとりは熱を出した。
こんこんと咳き込み、ぜえぜえと息を弾ませ、
風がその細い喉を通って、ひゅうひゅうなった。
僕は、母に起こされ、一度布団から出たけれど、
もうひとりの顔を見下ろしたまま、そこでぐずぐずしていた。
この熱じゃ、確実に、受験はできない。
僕が寝巻きのまま、もうひとりの熱っぽいまぶたを見ていると、
母がけたたましく僕を読んだ。
――早く、準備しなさい、今日のために頑張ってきたんじゃないの。
――だって、こいつはいけないんでしょ。
僕がなおもグズグズ言っていると、母は
――何言ってるの、あんたは元気なんだから、
僕は、聞かぬふりをして、もうひとりを見た。熱っぽい目が、僕を見ている。
――行くんだよ。
か細い声で、そう言った。
――行くんだよ。頑張ったんだから。もったいないよ。
僕は、信じられない気持ちで、もうひとりをみた。
たとえ気遣いであったとしても、僕にそんなことを言って欲しくはなかった。
――しょうがない。熱なんだから。
僕は遠くで、その親切を聞いていた。
受験会場には、あの女の子も来ていた。
同じ大学を受けるのだ。
ちらりと僕と視線があったような気がしたけれど、すぐまたそらされた。
彼女は、確実に僕らを区別していた。
僕は悔しかった。
もうひとりは、よくあの女の子の話をした。
僕とおんなじ時間を過ごしているのに、
もうひとりがある感情を抱いているなら、それは僕も同じなのだ。
ホンの少し、意地悪な気持ちが湧いた。
今までにない、感情で、思い返すだけでゾッとするような、黒いカーテン。
僕が受かり、彼女が受かれば、もうひとりに勝てるかも。
あの、粘着くような劣等感。
あれから抜け出せるのなら・・・
ホンの少しの優越感でいい。
そのときは、なんだか妙にすっきりした気持ちで、鉛筆を持っていた。
それが――
結果、僕は受かり、彼女は落ち、
もうひとりと彼女は、同じ専門学校に行くと聞いた。
しかも、それを聞いたのは、結果発表から一週間後で、
その一週間、僕はもうひとりと普通にいたのに、その話を知らなくて――しかも、母や先生は知っていたのだ!――僕は、また頭がぐるぐるした。
少し、変になっていた。
どうして、どうして、
もうひとりが離れていく。
どうしようもない。
女の子と共有するものが大きくなって言って、
僕との時間が減って、
話す言葉も乏しくなって、
虚無感。
欠落した感じ。心の穴から、もうひとりの等身大が流れ出ていく居心地の悪さ、
ああ、もう、
ひとつじゃないのかな。
「バラバラ、だね」
背中を向けたまま、ポツリという。
「何が?」
聞き返す声の明るさが心臓を締め付ける。
昔は、「あ」の一言で、「うん」と返してくれた。
「ほら、僕たちのこと。ずっと一緒だったのに」
なぜ、言葉で説明しなければならない?
言葉にしないと、僕らはもう理解し合えないの?
「ああ」
短い返事。そのあとの空白。居心地の悪さ。
昔は、肩を寄せ合い、「 」を寄り添わせ、静寂が、鼓動が、ひとつを感じる空間だったのに、
今は気まづく、心苦しい。
「ねえ」
あの受験の時の感情も、大したことはしていないのに、なおも僕を苦しめる。
「お前は、何も思わない?」
振り返ると、もうひとりと視線があった。そのまま、離れないよう絡み合わせる。
「バラバラは、寂しくない?」
僕は「彼女がいるから、そうでもないか」という軽口を飲み込み、もうひとりの目を頬を輪郭を、唇を、見つめた。
「……そうだね、ずっと一緒だったもんね」
もうひとりの視線は感じない。僕を見ているはずなんだ、でも、僕を見ていないだろ。
「でも、僕は病気して、同じ大学行けなかったから、それに――」
「もう、面倒くさいんじゃないかと思って」
「面倒?」
「ほら、社会人になってまで、ずっと一緒だったら、さすがに、さ」
なんて、言ったの?
今、なんて?
それは、ひとつの終わりを意味しているの?
唇が動いているけれど、その音はもはや意味をなさない。
僕には聞こえない。
お前と同じ音が、
お前と同じ色が、
お前と同じ感触が、
お前と同じ感情が、
もう、感じない。
違うんだろ、もうどうせ、違うんだろ?
違うのなら、いっそ、
どうすればいい?
気がつくと、
あたりは真っ赤で、
もうひとりも真っ赤で、
僕も真っ赤で、
もう一人はポツリ、ポツリと言葉をつむぐ。
「そんな・・・こと」
「僕は、ずっと、お前のほうが、迷惑がってると、思ってた」
「だから、距離を、とった」
「母さんも、みんなも、言ったんだ、二人でいるのは、おかしいって」
「面倒くさいって、彼女も、だから、お前も、そう思ってると」
ああ、もうひとりもそうだった、そう、思い込みたくなった。
きっと、心苦しさを抱えていたんだと。
思い込んだ。僕は。
だって、最後だもん。
こうやって、ひとつだよって、二人で思い合うのは。
たとえ、それがお互いの口から出た偽りだとしても、
たとえ、僕の一方的な思いだったとしても、
でも、口だけでも、相手に思い込ませられるのなら、
今は十分。
だって、最後だし。
約束したんだし。
「生まれてから、年老いるまで」
幼い頃の、大事な約束。
「死ぬ時も」
流れ出る赤は、僕の心臓の穴を埋めるように、
僕は、もうひとりの心を確かめるように、
「 」をかさね合わせた。
もうひとりも、吸い寄せられるように、合わせてきた。
心地よかった。
この鼓動、
この振動、
生きてる証、
生まれてきた証、
弱りゆく早さも一緒で、
失うものも一緒、
希望も一緒、
今度生まれてくる世界も一緒、
二人はひとつ。
永遠に。
約束の日まで。
読んでくださった方、ありがとうございます!
また、よろしくお願いします・・・