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それから

 壮太さんと付き合い、結婚し、私たちは双子の男の子を授かった。二人とも元気に育ってくれ、兄の和史は大学卒業後に高校の後輩と結婚。そして、弟の宏和も結婚すると言い出した。これで、私たちもまた、二人きりの生活になるのだなと、壮太さんと話すようになった。


「父さん、母さん、今度の土曜日に、樹理のお父さんと一緒に食事をしようって思ってるんだ。確か、大丈夫だって、言ってたよね?」


 一人暮らしをしている宏和が、月曜日の会社帰りに家に寄ると、一緒に食卓を囲みながら、そう言った。今度の土曜日は、空けておいて欲しいと言われていたので、用事を入れることなく、宏和の発表を今か今かと待ち望んでいた。その日が、とうとうやってきたというわけだ。


「そういうことだったのか。だったら、早く言えばいいのに。全く、小さいころから人を驚かすくせは、変わっていないようだな」


「良いじゃないか。悪いことじゃないんだから」


 二人の会話を横で聞きつつ、私は笑顔を浮かべた。宏和は、きっとお父さんである壮太さんに似たらしい。



 宏和に指定された会場に、それぞれで向かうということになった。私と壮太さんは、食事会に着ていくものを二人で選び、土曜日を待つことにした。樹理さんは、すでに宏和と挨拶をしにきてくれた。樹理さんは、明朗快活で、幼さを残す宏和をしつけるにはもってこいの女性であると思った。壮太さんも同じことを言っていた。


 土曜日は、すぐに訪れた。壮太さんに手を引かれて、待ち合わせの会場へと足を運んだ。会場は、フレンチレストランだった。樹理さんのお気に入りの店だという。すでに、尻にひかれている気がした。オープンテラスもあるが、予約を入れておいた場所は、店の奥にある個室だった。明るい太陽の日差しをたっぷりと受けた店内を通り、温かみのある照明で照らされた個室へと案内された。店内は、若い女性やカップルばかりで、年を取った私と壮太さんが場違いなような気がして、早く個室に入らなくてはと気が焦っていた。


 個室のドアが開くと、宏和と樹理さんが隣同士に座り、樹理さんの隣には樹理さんのお父さんが・・・・・・


 ゆうちゃんだ。樹理さんの苗字は、植松とは聞いていた。しかし、それほど特異な名前とは思っておらず、ゆうちゃんの顔が浮かんではきたものの、つながりがあるとは全く思っていなかった。


 どうして、世界はこんなにも狭いのだろう。年老いてから、私とゆうちゃんを引き合わせるとは。


 ドアの前で、身動きできず、ゆうちゃんの顔をじっと見ていると、壮太さんがそんな私に気がつき、手を差し伸べようとした。ゆうちゃんもこちらをじっと見ていたが、お互いに目をそらすと、私は壮太さんの手を握ることなく、指定された席に座った。


 宏和と樹理さんも怪訝な顔をしている。壮太さんも、心配しているに違いない。これは、言ってしまった方がいいのだろうか。正直に、私の忘れられない初恋の人が、ゆうちゃんだということを壮太さんに言ってしまった方がいいのだろうか。


 顔をあげずにいると、樹理さんの話し声が聞こえてきた。


「ねぇ、お父さん。宏君のお母さんと知り合いなの?」


「え、あぁ・・・・・・」


 明らかに動揺しているゆうちゃんの声が聞こえてきた。久しぶりに聞く、ゆうちゃんの声。顔は、しわが増え、目じりも下がってしまい、髪も白髪が目立ってはいるものの、声だけは全く変わっていなかった。優しいゆうちゃんの声だ。


 声だけは、忘れていたはずなのに、ちゃんと覚えていたんだ。顔は、実家から持ってきたアルバムを見たりしていたので、忘れることはなかったけれど。声なんて、何十年も聞いていない。それなのに、懐かしいと感じてしまう。


「もしかして・・・・・・、お父さんの探してた人なんじゃない?」


 樹理さんの話し声が聞こえてきた。ゆうちゃんの探していた人って、どういうことだろう。まさか、ゆうちゃんは私のことを探していたというのだろうか。思わず、私は顔をあげて、樹理さんたちのほうを見た。


「真澄!」


 すると、壮太さんが、私の肩をぽんと叩いた。すぐに、そちらを向くと目を真ん丸くして私をギョッとした顔で見ていた。


「まさか、この人が初恋の人じゃ。アルバムに写っていた人と、よく似ているじゃないか。真澄、そうなのか?」


 ゆうちゃんの写ったアルバムは、壮太さんと一緒に年に何度か見ていた。苦しみを共有しようという言葉どおり、壮太さんは私の大事なゆうちゃんとの思い出を共有してくれた。壮太さんが、気づいてしまったんだ。目の前にいる人が、私の初恋の人だと。


 私は、黙って首を縦に振った。


「よかったな。やっと、会えたんだな」


 壮太さんは、怒るでもなく、微笑みを浮かべると私の手を握り締めて、そう言った。


「お父さん! よかったじゃない! ずっと会いたがっていた人なんでしょう? 本当に、よかったね、おめでとう!」


 宏和は、黙って手を叩いた。パンパンときれいな音が個室中に響き渡ると、宏和と樹理さんと壮太さんの三人が、拍手してくれた。


 みんなで、私とゆうちゃんの再会を祝福してくれている。だけど、素直に喜ぶことは出来なかった。今でも、私の心の中に、ゆうちゃんはいる。ずーっと、私はゆうちゃんと一緒にい続けた。


 しかし、実際は私と一緒にいたのはゆうちゃんではなく、壮太さんだ。私を一番に想い、支え続けてくれた人だ。その人の前で、ゆうちゃんと再会しても、心が痛むだけだ。


 もう二度と会わないと思っていたのに、永遠に会えない人だと思っていたのに。まさか、私たちの息子とゆうちゃんたちの娘が結婚するとは。これもまた、運命なのだろうか。


 ゆうちゃんの奥さんは、数年前にガンで他界している。子供は、樹理さんの上に二人男の子がいるそうで、二人ともすでに結婚しているという。


 食事が運ばれても、話題は私とゆうちゃんだった。壮太さんたち三人は、嬉しそうに私たちの再会を喜んでくれている。


 樹理さんの話では、樹理さんの母親が亡くなる直前に、こんな遺言を残したそうだ。病床で、全身に転移するガンの痛みに耐えながら、樹理さんの手をぎゅっと握り締め、


「樹理、私が死んだら、お父さんの初恋の人を探してあげて。お父さん、初恋の人のことなんて一言も言わなかったけれど、お母さんは知っているの。押入れの片隅にある初恋の思い出が、今でも心の中で色鮮やかに咲いていることを。もう、お母さんはお父さんの側にはいてあげられない。だからね、初恋の人を見つけてあげて欲しいのよ」


 そう言うと、また、痛みに顔をゆがめたそうだ。樹理さんは、どう探したらいいのかわからず、一人で悩んでいたそうだ。ゆうちゃんも、私のことを実際に探そうとはしていなかったので、樹理さんは結婚して落ち着いてから探そうと思っていたという。


「これで、お母さんの願いが叶ったんだわ」


 嬉しそうに、食事を頬張る樹理さんを、複雑な思いでしか見ることが出来なかった。


 食事の途中で、私は席を立ち、トイレへと向かった。すると、そのすぐ後ろからゆうちゃんが追いかけてきた。トイレまでのにぎやかな店内とは打って変わって、寂しい廊下に立ち止まると、ゆうちゃんとの久しぶりの会話をすることになった。


「マーちゃん、久しぶり」


「お久しぶり。元気そうで、よかったわ」


 あまりにも時間がたちすぎたせいか、どことなくぎこちない会話から始まった。長い時間をかけて固まった氷が溶けるのは、意外と早かった。


「僕は、マーちゃんの願いどおり、女性と結婚して子供も三人授かったよ。マーちゃんも結婚して、子供を授かっていたとはね」


「逆転夫婦だけど、ちゃんと子供は授かったわ。でも、本当によかった。ゆうちゃんが、幸せそうで。私と一緒にいたら、この幸せを手にすることは出来なかったんだもの。あの時、別れて正解だったのね」


「そうかもしれないね。でも、もし、あの時別れていなかったとしても、僕は幸せになれたと思う。どんな道を歩もうが、幸せになるために歩いていけば、その先には必ず幸せが待っていると思うんだ。僕たちは、別々の道を歩んだけれど、同じ道を歩んでいたとしても、別の幸せがあったと思うよ」


 私は苦笑した。どの道を歩いても、ゆうちゃんは正解だったと思っているのだろうけれど、私はこれでよかったと満足している。


「いい旦那さんをもらったようだね」


「えぇ、とても優しい人よ」


 話は、壮太さんへと移った。嫉妬するでもなく、ゆうちゃんは穏やかな顔をしていた。


「ゆうちゃんの奥さんに会えなくて、とても残念だわ」


 ゆうちゃんの顔が、真剣な顔になった。触れてはいけないことだったみたいだ。数年前のこととは言え、自分と一緒に幸せな家庭を築いた妻のことを、忘れるはずはなく、今でも悲しみにくれているのだろう。


「ごめんなさい。無神経なことを言ってしまって」


「いや、そんなことはないよ。・・・・・・ただ・・・・・・」


「ただ?」


「マーちゃんが結婚しているって知って、ちょっと残念に思ってね。もしも、今でも一人でいるのなら、一緒に暮らせないかなと思っていたんだ」


 何十年も前に置いてきた気持ちが、一瞬にしてよみがえってきた。ゆうちゃんの側にいたい。でも、そんなことが出来るはずはない。私には、壮太さんがいるのだから。


「ありがとう。その気持ち、とても嬉しいわ。私だって・・・・・・、ゆうちゃんのこと・・・・・・」


 それ以上は言ってはならないと思い、言葉を飲み込んだ。私は、禁句を言おうとした。踏み込んではいけない世界に、踏み込もうとするなんて。壮太さんを裏切るようなことをしようとした自分が、嫌だった。


 見つめあう私たちの周りには、付き合っていたころの空気が漂っていた。甘い空気の中に、今、私たちはいる。


「今度、生まれ変わったら、私、女として生まれるわ」


「そうか。じゃあ、僕は男として生まれなくちゃならないな」


 クスッとお互いに笑みを浮かべると、ようやくトイレへと向かった。



 家に帰ると、壮太さんが大事な話があると言い出した。リビングテーブルに座ると、真剣な顔で、壮太さんが話し始めた。


「今でも、植松さんのことが、好きなんじゃないか?」


 単刀直入に言われた。さっきも飲み込んでいた気持ちを、壮太さんは簡単に口にしてしまった。それだけは、言って欲しくはなかった。言葉にしてしまえば、本当にゆうちゃんへの気持ちが、冷凍保存から解凍されてしまう。すでに、冷凍されていたものが溶けかけているようだ。


 黙って、俯いていると、壮太さんは深いため息をついた。


「好きなんだな。実は、真澄と植松さんがトイレに立っているときに、私たちだけで話し合ったんだ」


 俯いていた私は、顔をあげて壮太さんの顔を見た。


「宏和ももう結婚する。子育てからも、完全に開放されることになるんだし、真澄、一番好きな人と一緒になったらどうだ?」


 一番好きな人と言う言葉に、戸惑いを覚えた。ゆうちゃんと壮太さんへの想いの違いは、一体なんだろう。壮太さんといると安堵感に満たされ、ゆうちゃんといると心を締め付けられるような心地よい痛みを感じる。


「何言ってるのよ。壮太さんと、やっと二人きりの生活を再開させることが出来るのよ。それを楽しまなくちゃ」


「無理しなくていいんだ。真澄が、植松さんを見る目は、俺を見る目とは全く違っていた。あんな目をした真澄を、見たことがない。今でも、植松さんのことを忘れていないんだということは、あれですぐにわかったよ」


「でも・・・・・・」


「真澄、俺は、今まで真澄と一緒にいられて、本当に幸せだった。二人の子供にも恵まれて、二人で子育てをして。本当に、幸せだったんだよ。絶対に、子育てをすることなんてないと思っていた俺に、子育ての幸せを与えてくれたんだ。もちろん、真澄という宝物と一緒にいることも出来た。俺は、十分幸せだったよ。だから、今度は真澄が幸せになる番だよ」


――今度は、私が?


 私だって、十分に幸せだった。子供なんて無理だとあきらめていた私の子供を、壮太さんが産んでくれたんだ。ややこしい話だけど。そして、幸せな温かい家庭を力をあわせて築き上げてきた。子供たちは、すでに結婚、一人暮らしをしていたから、夫婦だけの生活は始まっていた。


 宏和が結婚すれば、心身ともに落ち着くことが出来る。これで、子育ては完結したんだと。これからは、壮太さんと二人でゆっくりとのんびりと暮らしていくものだと思い続けていた。壮太さんといる時間だって、十分に幸せな時間だと言える。


 それなのに、壮太さんはゆうちゃんと一緒にいたらどうかと提案している。


「何を言っているの? これからは、私たち二人で幸せに暮らす番でしょう?」


「植松さんを見る、真澄の目を見る前までは、俺もそう思っていたよ。でも、あの目を見てしまったら、もう真澄を独り占めすることなんて出来ない。植松さんには、樹理さんの口から伝えてもらっているはずだ。真澄、俺は大丈夫だ。宏和と樹理さんが面倒見るって笑っていってくれたんだ。何も心配することはない。植松さんの胸に、飛び込んでおいで」


 すでに話は、そこまで及んでいたんだ。本気で、私とゆうちゃんをくっつけようとしている。



 次の日、ゆうちゃんが我が家へやってきた。私と壮太さんとゆうちゃんの三人で、これからのことを真剣に話し合おうと言うことになった。


 白髪が増えても、しわが増えても、ゆうちゃんの凛々しい瞳は変わっていない。そして、声も・・・・・・。


 私と壮太さんが隣同士に座り、壮太さんの正面にゆうちゃんが座った。


「突然、すみません」


 ゆうちゃんが壮太さんに頭を下げた。


「良いんですよ。私のほうこそ、謝らなくてはなりません。あなたの大切な初恋の人である真澄を、独占してしまったのですから。そろそろ、植松さんに返さなくてはなりませんね」


 壮太さんの手を握って、「そんなこと言わないで」と目で訴えると、ゆうちゃんの口が開いた。


「そんなこと、言わないで下さい。昨日の夜、樹理に真澄さんとのことを言われたとき、驚きました。私に、そんな権利なんてないのに。皆さんのお気持ちは、とても嬉しいんですが、お断りしたいと思って、今日は来たんです」


 ゆうちゃんも私と同じことを考えている。お互いに、長年連れ添った相手がいる。その相手を裏切るようなことをしたくはない。


「植松さんの奥さんだって、植松さんと真澄が一緒になることを望んでいるんです。私もそうだ。誰もが、植松さんと真澄の初恋を成就させたいと願っているんです。これからは、植松さんが真澄を幸せにしてやってください」


 壮太さんが、ゆうちゃんに頭を下げた。ぎゅっと唇をかみ締めている。本当に、壮太さんはそれでいいのだろうと、壮太さんの心を疑った。


「止めてください。私は、断りに来たんですし・・・・・・」


 すっと顔を上げると、真剣なまなざしで、壮太さんはゆうちゃんを見た。


「植松さんは、今でも真澄のことを愛しているんでしょう?」


 一瞬にして、ゆうちゃんの顔が凍りついた。言葉を選んでいるようで、目が泳いでいる。かすかに唇を震わせて、何かを言おうとしているようだ。決心したのか、ゆうちゃんは、


「えぇ、今でも、真澄さんのことを愛しています」


 はっきりと、ゆうちゃんはそう言った。ずっと恋焦がれていたゆうちゃんの口から、久しぶりに聞いた愛の言葉だ。全身に流れる血液は、マグマをも超えるほどの熱を帯びているようで、私の体温は一気に上昇した。


「真澄だって、そうだろ?」


 膝においていた私の手を壮太さんは、強く握り締めてそう訊ねた。私は、涙をこらえながら、小さく首を縦に振った。


「決まりですね」


 腕を組み、壮太さんは小さく、はっきりとそう言った。



 私は、ゆうちゃんの家に行くことになった。これからは、ゆうちゃんと二人で暮らすんだ。小さいころから、夢見ていたことが、とうとう実現する。壮太さんには、申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、強情な壮太さんは、私を止めることはなかった。


 ゆうちゃんの家に引っ越す前日の夜、最後の晩餐が終わると、壮太さんは素直な気持ちを言い始めた。


「いよいよ、明日だな」


 さっぱりした顔で、ビールを飲みながらそう言った。


「本当に、壮太さんは、いいのね?」


「もちろん。真澄が幸せになれるんだから。だがな、勘違いするなよ。俺たちは、これで全く会わなくなるわけじゃないんだ。たまには、顔を合わせて、宏和たちの話でもしようじゃないか。電話だって、メールだって、手紙だって出来るんだ。そう寂しそうにするなって」


 確かにそうだ。これで、二度と会えなくなるわけじゃない。離れて暮らしても、私たちの縁は切れたりはしない。気持ちだって、離れるわけじゃない。


「そうね、そうよね。私、たくさんあなたに電話するわね。メールだって、手紙だって・・・・・・」


「おいおい、そんなにむきにならなくたって良いんだよ。したいときに、すればいいんだ。別に、毎日電話しなくたって良い。たまにで良いんだ。自分のペースで良いんだ。それよりも、植松さんと幸せになるんだぞ」


「うん・・・・・・」


 壮太さんの優しさが、目にしみた。流れる前に、涙をエプロンで拭った。


「全く、涙もろくなって。めでたい日なんだぞ。お前の夢が叶う日なんだから。笑顔で、植松さんの胸に飛び込んでいけ」


 そう言うと、飲みかけのビールが入ったグラスに、手酌でビールを注ぎ込んだ。そして、それを一気に飲み干した。



 ゆうちゃんの家へは、壮太さんが車で送ってくれた。電車で行くと言ったけれど、壮太さんが送っていくと頑なに言い放ったので、それに従った。車中は、とても静かだった。出会ったころからよく聞いていた、BGMだけが聞こえた。


 ゆうちゃんの家の前につくと、すでに玄関の外でゆうちゃんが立って待っていた。私たちはそれに気がつき、私と壮太さんは目を合わせると、軽く頷き、車外へ出た。トランクを開けて、荷物を取り出すと、ゆうちゃんが私たちのところへ近寄ってきた。


「小園さん、何て言って良いのか・・・・・・」


「私なら、気にしないで下さい。それよりも、真澄を宜しくお願いします」


 壮太さんが、頭を下げた。その後姿は、とても弱弱しく見えた。後ろ髪を惹かれる思いで、ゆうちゃんに寄り添うと、壮太さんは「お似合いだ!」と底抜けに明るい声を出した。


 そして、壮太さんはすぐに車に乗り込み、そのまま車を走らせてしまった。


 本当に、これでよかったのかしら。そう思ったが、壮太さんにはたくさん電話をしたり、たまには家に行ったりしようと思った。


 私が持っている荷物をゆうちゃんが、取った。


「中に入ろう」


 ゆうちゃんに促されて、私たちはゆうちゃんの家の中に入った。ゆうちゃんは、ずっと同じ家に住み続けていた。遠い昔に来た家だ。あの当時と比べると、古びた感じはするが、雰囲気は全く変わっていない。


 玄関で、靴も脱がずにあたりを見回していると、ゆうちゃんが後ろから抱き付いてきた。


「ずっと、こうしたかったんだ・・・・・・」


 ゆうちゃんのぬくもりが、じんじんと伝わってくる。振り向いて、ゆうちゃんと強く抱きあった。


「マーちゃん、愛してるよ」


「私もよ、ゆうちゃん」


 お互いに、目に涙をたっぷりと浮かべながら見詰め合うと、熱い口付けを交わした。

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