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ごめんね、ゆうちゃん

 毎年、バレンタインデーはゆうちゃんに手作りチョコをプレゼントしていた。が、今年は、違う。今年も、バレンタインデーに会う約束はしたけれど、もうチョコはあげない。


 先週、メールでバレンタインデーにあの公園で会おうと伝えた。ゆうちゃんは、5分もしないうちに返事をしてくれた。OKと。


 一体、どんなことを言われるのだろう。ただ、どんなことを言われたとしても、私は変わらない。決して、ゆうちゃんと結ばれてはいけないんだと、わかっていたから。私の幸せは、ゆうちゃんの幸せ。そのゆうちゃんが、幸せになるためには、私は必要ないんだということも、わかっていた。


 今年のバレンタインデーは、いつもとは違う。いつもはただの通過点だったけど、今年はピリオドだ。


 夜になり、街灯が寂しく道路を照らすころ、会社帰りに私は思い出の公園へと足を運んだ。寒空のした、手袋をはめたのに手は冷たいままだ。両手でこすり合わせながら、ひたすら歩いた。もうすぐ、ゆうちゃんに会える。もうすぐ、ゆうちゃんと別れる。


 公園に着くと、すでにゆうちゃんはベンチに座って待っていた。ゆうちゃんは私に気がつくと、すぐに立ち上がり、小走りに私に駆け寄った。両手を広げ、私を抱きしめようとするゆうちゃんを、私は手で制した。するとゆうちゃんは、一瞬だけ寂しそうな顔をしたが、すぐに、口角をあげて笑顔を作った。


「会いたかったよ。メールをもらったとき、すごく嬉しかったんだよ」


「ごめんなさい、なかなか連絡しなくって」


「良いんだよ。それより、寒くない?」


 ゆうちゃんの優しさが、私の体に針をさしているかのようで、痛かった。こんなに優しい人を、私はこれから裏切ってしまう。でも、それがゆうちゃんにとっての幸せなんだ。ゆうちゃんを横目で、見ながら、クリスマスのときと同じようにベンチに座った。


「ねぇ、ゆうちゃん。今まで、ずっと私が男だってことを隠してて、ごめんね。本当は、もっと早く言いたかったんだけど」


「良いって、気にしないで良いよ。もう過ぎたことじゃないか。それに、マーちゃんはちゃんと僕に、本当のことを言ってくれたんだ。何も、謝ることなんてないんだよ」


 すっかり、ゆうちゃんは顔中くちゃくちゃにして、笑顔になっていた。細くなったその瞳で、私を抱きしめる。ゆうちゃんには優しい瞳で、私を見て欲しくはない。でも、それに負けないようにと、私は目をそらさなかった。


「優しいのね。今日は、大事な話をするために、ゆうちゃんを呼んだんだよ」


「僕もそうだよ。大事な話をするために、ここに来たんだ。・・・・・・僕は、マーちゃんが男でも女でも、どっちだって構わないよ。男なんだって聞いても、僕の気持ちは全く変わらなかったんだ。今でも、変わらず、マーちゃんのことを愛しているよ」


 あらかじめ、想像はしていたけれど、実際にゆうちゃんの口から気持ちが変わってないと聞くと、心が揺らいでしまいそうになった。固く誓ったはずなのに、ゆうちゃんの一言で、別れる事を止めてしまおうかと思った。


「ゆうちゃん・・・・・・」


「このまま、ずーっと僕の側にいてくれるよね?」


「・・・・・・ごめん。それは、出来ないよ」


「どうして?」


 相変わらず、ゆうちゃんは怒りもせず、驚きもせず、ただただ、優しい目を私に向けている。次の言葉を言うのに、少しだけ躊躇しながらも、自分の甘えたい心に打ち勝つように口を開いた。


「ゆうちゃんは、子供が大好きでしょう?」


「あぁ、そうだよ。でもね、別に、自分の子供がどうしても欲しいわけじゃない。それよりも、マーちゃんに僕の側にいて欲しいんだ」


「だめ、出来ないよ。ゆうちゃんには、自分の子供を作って欲しいんだもの。自分の子供と楽しそうに遊ぶゆうちゃんになって欲しいんだよ」


 とうとう、ゆうちゃんの目が変わった。穏やかな優しい目ではなく、鋭く私を威嚇する目だ。冷たい風が、私たちの頬をくすぐっては去っていく。そして、ゆうちゃんが私の肩をつかんだ。


「子供がいなくても、僕は大丈夫だよ。僕の一番の幸せはね、マーちゃんと一緒にいることなんだよ。マーちゃんが、この街に引っ越してきたとき、何てかわいい子がいるんだろうって思ったんだ。あのときから、僕の心の中には、マーちゃんしかいないんだよ」


「ありがとう。すごく嬉しいよ。本当に、ゆうちゃん、ごめんね。私には、無理だよ。もしも、ゆうちゃんの側にずーっといたとしたら、ゆうちゃんの子供を奪ってしまったら、私は、私をうらんでしまうと思うの。ゆうちゃんの夢を奪ってしまった自分を、この世で一番憎むはず。そんな現実、私には、耐えられないよ」


 ゆうちゃんは、黙ってしまった。私の肩から手を離すと、だらりとそのまま腕をたらしてしまった。まるで、全身の力が抜けたよう。


「自分を恨む必要なんてないよ。僕が、決めたことなんだから」


 風に乗って、私の耳にゆうちゃんの声が届いた。先ほどよりも、力のない声。半分、あきらめている感じがした。


「違うわ。ゆうちゃんが、一人で決めたことにはならない。好きだけじゃ、一緒にいられないんだよ」


「でも、好きじゃなきゃ、一緒にはいられないだろう? 一番好きな人と一緒にいるのが、最高の幸せだろう?」


 私は、頷きたかった。だけど、私は黙ってゆうちゃんを見ていた。恨めしそうな目で、私を見つめている。そんなゆうちゃんを抱きしめたい気持ちに刈られた。


 寒いでしょ? 私が、温めてあげるって、言いたくなった。ゆうちゃんが、私を欲している目をしているのを見ると、いてもたってもいられなくなる。今すぐに、抱きしめたいけれど、ゆうちゃんの幸せを壊してしまいそうな気がして、私には出来なかった。


「じゃあ、ゆうちゃんのご両親は何て言っているの?」


「両親は、かなり悩んでいるようだったよ。今でも悩んでいるだろう。僕には、ただ驚いたとしか言わなかったんだ」


 本当は、反対しているのだろう。例え、ゆうちゃんの話が本当だとしても、心の中では反対していると思う。自分たちの孫が欲しいと思っているのだろう。それを願うのは、普通のことであり、当然のことだと思う。私には、それが出来ないのだから、複雑だけど反対しているだろう。


「お嫁さんに来て欲しいようなことは、前から言ってたんだよ、マーちゃんのことを」


 もっと早く言っておけばよかった。傷口を広げてしまったんだ。ゆうちゃんだけでなく、ゆうちゃんのご両親にまで。後悔しても、もう遅い。そうわかっていても、言えなかった自分を恨んでしまう。


「きっと、ゆうちゃんにはもっと素敵な人が、現れると思うよ」


「僕には、マーちゃんが一番だよ」


 もうこれ以上、私に甘い台詞を言って欲しくはないのに、容赦なくゆうちゃんは、私に甘い言葉を投げかける。心も体もぐらつきそうになってしまう。


 決めたんだから。強く自分に言い聞かせて、流れそうな熱いものを飲み込んだ。


「何を言っても、私の心は変わらないわ。もう決めたのよ。別れましょう。ずっとゆうちゃんの側にいたけれど、これからは別々の道を歩んでいきましょう」


「もう一度、考え直してはくれないのか?」


 潤んだ声だった。ゆうちゃんの頬を涙が伝った。初めてだ、私がゆうちゃんを泣かせたのは。一度だって、ゆうちゃんの涙を見たことはなかった。私は何度も泣き顔をゆうちゃんに見せていたけど。


 ぽたぽたと、頬を伝った涙の雫が、ゆうちゃんの膝に落ちていった。半開きの唇は震え、目を真っ赤にしている。冬の大三角形の下、ゆうちゃんは私から目をそらそうとはしなかった。


「言ったでしょう? ゆうちゃんと一緒にいたら、ゆうちゃんの夢を奪ってしまったら、私は自分を恨んでしまう。自分を一番憎く思ってしまうの。ゆうちゃんが夢をかなえてくれることが、私の夢なのよ。ねぇ、お願い」


 鼻をすすった。私の目からも、大粒の涙がこぼれた。ずっと我慢していたけれど、もう無理だった。もうすぐ、永遠の別れが来る。今日、ゆうちゃんと別れたら、二度と会うことはないんだ。


「どうしても、マーちゃんの気持ちは変わらないんだな」


 コクンと大きく頷いた。


「そうか・・・・・・。わかったよ。マーちゃんにそこまで言われたら、僕ももう何も言えないな」


 涙に濡れた唇をぎゅっと吊り上げて、無理やりゆうちゃんは笑顔を作った。そして、私の後頭部に手をまわし、私の唇を奪おうとした。すかさず、私はゆうちゃんの唇に自分の手を押し当てた。


「そんなことをしたら、別れが悲しくなるだけよ」


「もう十分、悲しいよ。最後に、もう一度、マーちゃんのぬくもりが欲しいだけだ」


「私には、ゆうちゃんのぬくもりなんて必要ないわ。ここでキスをしたら、さよならが一層辛くなるだけ」


 ゆっくりと私の後頭部から手を離し、体も離した。観念したようで、すっかりゆうちゃんは、気落ちしてしまっている。


 私の方が、先に帰った。一緒に帰ると、別れ際に、またつらくなってしまいそうだから。ゆうちゃんは、一人残った公園で、泣いてしまうのかしら? だとしたら、その姿は見ないほうが良いだろう。


 帰り道、携帯を取り出すと、まどかに電話をした。ゆうちゃんと別れたことを告げると、残念そうな声を出した。しかし、


「二人で決めたんだよね? 真澄が、一人で決めたんじゃないよね?」


「うん、最終的には二人で納得して、別れたのよ」


「そっか。だったら、よかった」


 最後の最後まで、まどかは心配してくれているようだ。まどかには、昔からゆうちゃんのことで、いろいろと相談していた。だから、人一倍、心配してくれていたと思う。ごめんなさいって言いたかったけれど、くすぐったくて言わなかった。


 もう二度と、ゆうちゃんと会うことはないだろう。涙があふれ出そうになると、電話を終えた。


 小さいころ、ゆうちゃんと約束したことが果たせなくなってしまったんだ。星が大好きなゆうちゃんは、大きくなったらいろいろなところに、星を見に行こうと言っていた。南半球でしか見られない星もたくさんあるんだと言って、絶対に一緒に見に行こうと言ってくれた。


 二十歳を過ぎても、なかなか二人で海外に行くことはなかった。そのうちと言って、なかなか実行には移さなかった。結局、一度も見に行くことが出来ずに、永遠の別れを迎えてしまったんだ。


 私のことを小さいときから、ずっと見守り続けてくれて、ありがとう。本当は、そう言いたかったのに、言うことが出来なかった。今すぐに、公園に行けば、ゆうちゃんに会って直接伝えることも出来る。しかし、今、会いに行ってしまえば、別れ話が流れてしまう可能性だってある。それでは、ゆうちゃんの夢を奪ってしまうことになるではないか。


 公園には戻らず、そのまま家に帰った。


 家に着き、自分の部屋で一人ぼっちになっても、涙は流れてこなかった。まだ、ゆうちゃんと別れたことを認識していないかのようだ。つい数分前まで、一緒にいたゆうちゃんと、もう会うことはないんだとわかっているつもりなのに。


 それとも、涙は出尽くしてしまったのかしら。別れを告げる前に、この部屋でわんわん泣いていた。ゆうちゃんの思い出の品を見るたびに、涙がとめどなく零れ落ちていた。だから、もうこれ以上泣く分の涙は、なくなってしまったのかもしれない。


 さっぱりとした気持ちで、私は荷造りを開始した。

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