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私の秘密

 クリスマスの告白が過ぎ、私たちは本格的に恋人同士になった。ゆうちゃんは、相変わらず私をマーちゃんと呼んでいる。「真澄!」とは、呼ばない。私も人のことは言えないけれど。


 隠し続けている秘密を、どうやってゆうちゃんに伝えようか迷っていた。自分だけでは、思いつかない上に、決心もつかないので、小学校時代からの親友に相談することにした。

 十河まどか――いつも、まどかと呼んでいる――は、小学校の同級生で、何でも相談する仲だ。小柄で、女性らしい細い髪の毛が、小さいころからずっと羨ましくて仕方がなかった。


 大人になっても、まどかは私の友達でい続けてくれている。ゆうちゃんのことも、いろいろと相談し続けていた。まどかは、告白することを勧め続けてきた。でも、全く決心がつかず、自分から告白することはなかった。それだけじゃない。まどかは、秘密も早く打ち明けた方がいいとまで言ってくれた。私にとって、愛の告白以上に厳しいと思われる告白だ。どうしても、踏ん切りがつかない。


「真澄、好い加減、言わなきゃだめだよ!」


 待ち合わせをしていた喫茶店に入ると、まどかは、真っ先にそう言ってきた。しかも、興奮している。ずっと、ゆうちゃんの相談をしてきていたから、ゆうちゃんと付き合い始めたと知って、早く秘密を打ち明けなくちゃいけないと、私以上に思っているに違いない。


「付き合っちゃったんでしょう? あのことがばれるのって、時間の問題だと思わない?」


 まどかは、出された水を一口飲むと冷静に、そう言った。メニューを取り出して、さっさと注文するものを決めてしまった。

 慌てて私も、メニューを広げた。


「それにしても、よくこの年までばれなかったわね。彼氏は、全く気がついていないんでしょう?」


「うん、そうだと思うよ。全然そのことに触れてこないしね」


 ゆうちゃんだけが、知らないんじゃない。ゆうちゃんの家族も知らないはずだ。向かいにゆうちゃんたちが引っ越してきたのは、私が性同一障害だとわかった後だった。だから、きっと知らないはず。


「でも、よかったよね。真澄のお父さんが、桑田のファンで」


「そうだね」


 私は、男とも女とも取れるような名前、真澄だ。それは、お父さんが桑田のファンで、子供が出来たら絶対にこの名前を付けると言っていたそうだ。ちなみに、弟の名前は、薫。


 男性として、私は生まれてきた。しかし、自分が男だと思ったことは一度もない。幼心に、自分の体に違和感を覚えていたことは、今でもはっきりと覚えている。


 どうして、お母さんと同じ形をしていないのか。ずっと疑問に思っていた。ズボンをはくことにも抵抗を感じていた。他の女の子たちのように、私のスカートがはきたいって思っていた。

 そのことを両親に告げると、地球に隕石がぶつかる以上の衝撃を感じていただろうと思われるほどの表情をしていた。そして、私の言葉を全て否定したいと、言いたそうな悲しい瞳をしていた。


 すぐに、病院に連れて行かれ、私は性同一障害という診断を下された。あのときの、両親の落胆した顔は、一生忘れることはないだろう。涙こそ見せなかったけれど、背中が泣いていた。その背中を見るのが、死ぬほど辛かった。


 小学校にあがるころ、向かいにゆうちゃんたちが引っ越してきた。あいにく、私たちの家の間を通る道路が、学区の境界線となっており、私たちは別々の小学校・中学校に通うことになってしまった。

 でも、それでよかったと思った。


 小学校に入ると、両親の願いを受け止めてくれて、私は女子として小学校生活を送ることが出来た。男女の体の違いが出始める年までは、私が男であることは隠しとおしてきた。体育の時間の着替えは、さほど苦労することはなかった。プールの時期には、水着に着替えたが、タオルで体を上手く隠していたので、誰にも気付かれることはなかった。


 一所懸命に、自分が男であることを隠し続けてきたけれど、体が男らしくなってしまうころになると、自分が男であることを公表することになった。

 本当は、言いたくなんてなかった。自分が男だとは思っていなかったんだ。クラスのみんなに、自分が男であると告げることは、崖から身を投げるようなことであった。


 心臓が破裂しそうなほどに緊張しつつ、自分が男であることを告げたのだが、以外にもクラスメイトの反応は、特になく、「それで?」というような表情をするだけだった。男だと言ったけれど、それまでと変わらず、私は女子として扱われ続けることが出来た。


 しかも、いじめられると思っていたのに、一部のクラスメイトが、「オトコオンナ」と数回言われた程度で、仲のよい女子たちが、私をかばってくれたので、そんな子供じみた――子供だから仕方がないかもしれないけれど――ことを言うクラスメイトは、自然といなくなっていった。


 中学も高校も女子として受け入れてくれた。しかし、体は男なので、先に性同一障害だということを言っておいた。テレビなどでも、性同一障害の人を特集したりしてくれた事もあってか、誰一人、私を男として見ることはなく、いじめられることもなく、幸せな学生生活を送ることが出来た。


 まどかはアイスティーを、私はアイスコーヒーを頼んだ。


「早めに言った方が、彼氏にとってもいいことだと思うよ」


「うん、そうなんだけどね・・・・・・」


 本当に、そうだと思う。私自身、ずっと早いうちに言った方が良いだろうと思っていた。だけど、言えなくて、ずるずるとここまで来てしまったんだ。言おう言おうとしていたけれど、言えなかったら意味がない。現に私たちは、恋人として付き合い始めてしまっている。


「そうやって、いつまでも逃げ続けるわけにはいかないでしょう?」


 いつまで、私は逃げ続ける気だろう。届けられたばかりのアイスコーヒーに、ガムシロップを注ぎいれ、完全にガムシロップが溶けるまで、無言でかき混ぜ続けた。


「小さいころから、お互いを知っているわけだし、彼氏はきっと、真剣な気持ちで真澄と付き合っているんだと思うよ。その先の話も、近いうちに出るんじゃないかな」


 その先ということは、結婚ということになるだろう。確かに、ゆうちゃんのお嫁さんになることは、私の小さなころからの夢だった。叶わぬ夢であると、自分に言い続けているが。


 法律も改正されて、私は戸籍を女性に変えることが出来る。今のままでは、無理だが。全く手術というものをしていないのだ。例え、手術をしたとしても、それは外見を変えるだけで、男性を全く消すことは出来ない。


 第一、ゆうちゃんは大の子供好きだ。いとこに子供が出来たとき、自分の子供が生まれたかのように、誰よりも喜んでいた。自分の子供だって、絶対に欲しいに決まっている。私が、女性として生まれていたら、絶対にゆうちゃんの子供を産んであげたかった。でも、私には出来ない。心の優しい、ゆうちゃんの遺伝子を私は産むことが出来ないんだ。


「早く、言わなくちゃだめだよね。これ以上、逃げ続けるなんて、きっと無理だよね」


 涙混じりにそう言うと、こわばった表情だったまどかが、穏やかな目に変わった。


「うん、辛いことだとは思うけどね。ずっと側にい続けてきた二人だから、乗り越えられると思うよ」


「ありがと」


 そうは言ってみたものの、ちゃんと言えるかどうか、全く自信がなかった。


 喫茶店を出ると、すぐにまどかと別れた。まどかは、これから旦那さんのために夕食を作らねばならず、忙しいといって、急いで帰ってしまった。旦那さんか・・・・・・。本来なら、私が誰かの旦那さんになるはずだったのに。


 夕方の空は、焼けていた。この空を、何回ゆうちゃんと一緒に見ただろうか。からすの鳴き声さえも、今の私には悲しく聞こえた。ゆうちゃんと一緒にいるときは、なんとも思っていなかったのに。


 次に会ったときに、言えるだろうか。人と言う字を三回手のひらに書いて飲み込んでも、まだ消えないくらいの緊張をするだろう。そんな中で、大事な秘密を打ち明けることが出来るのだろうか。

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