きっかけは僕の秘密の桜
軽く、深めのキス表記があるので気をつけて下さい
桜並木の遊歩道。
昼下がりのこの時間帯には、子供達の賑やかな声や、ゆっくり犬の散歩に訪れる人がたくさんいる。
特に今は、桜の見頃で散歩に訪れるカップルなども見られる。
いつもの日課にしている軽いジョギングをしている僕は、今の時期が好きだ。
春休みも合間って見目も楽しめる。
今日はこの時期にしか行かない特別コースを選ぶべく、道を外れる。
ザッザッ、と少し獣道に入るのが少し厄介なのだが。
そこを抜けると視界が開けて、目の前には一面の桜の絶景が広がる。
「ハッハッ…!やっぱり、いつ見ても綺麗だな…」
目の前の風景に圧倒されるとはこの事だと、言葉少ない自分には、これ位しか表現出来ない。
辺りには桜の香りが優しく包まれる。
少し先に足を進ませると、木の影から足が投げ出されているのが見えた。
「…まさかシタイ…とか…?」
ここは、表からは完全に見えない場所に位置している。
そのために一番あり得る事を思ってしまってた。
逃げるという選択肢を、何処か置いてきた僕は警戒もそこそこに、近づいた。
「わっ!?」
足に気を取られて、足元の木の根に足を取られて派手に転んでしまった。
「いたたた…」
痛みに呻きながら、目を前に向ければそこには、空を切り取ったかのような青色があった。
ーーキレイ、だなぁ…
「…ってぇ…!誰だ」
けだるい雰囲気と、苛立ちの低い声に、脳内が痺れた。
青色は、声の主から発せられたようだ。
でも、僕は痺れて動かない脳と、体で彼を見るしか出来なかった。
「?」
動かない僕に、青色の瞳の彼は怪訝そうに体を起こす。
そう、僕が綺麗だと思った青色は彼の瞳の色だった。
次に目がいったのは、自分よりやや明るい黒髪。
光に透けて茶色く光を放つ、軟らかそうな髪。
最後に彼の顔を全体を把握した僕は、二度目の痺れが起こるのを、止められなかった。
体を起こした彼は、モデルの様な肢体に負けない容姿をしていた。
「…かっこいい…」
もう自分の状態や、現状など把握出来ない僕は、自分の発する言葉さえ制御出来てない。
「…邪魔だ」
体を押しやられて、ようやく自分の格好に気がついた。
「っ!ごめん!」
転けた時に、思いのほか勢いが付いていたようで、距離があったはずの彼の体にぶつかっていたようだ。
つまり、彼に飛び込んだ形となったということだ。
そこに気がついた僕は、飛び起きるように彼と距離を取ろうと起きた。
はずだった。
「った…!」
手をついた場所に、運悪く石があった為に力が抜けた腕。
支えを失った体はまた彼に倒れ込んでしまった。
「わっ!」
「おい、大丈夫かよ」
彼は僕の手首を掴んで、掌を見る。
僕は、驚いてされるまま一気に手首に意識が行く。
「少し赤くなってるだけだ。安心しろ」
掴まれた手首が痺れる。
もう、何度彼に痺れさせられているかわかんなくなった。
今の状態は、僕が彼に枝垂れかかるように、体を預けている。
その上、手首を彼に取られて掌には彼の吐息がかかるのを、痛いくらい意識してしまう。
彼は、僕の掌の傷が無いのがわかったからか、ほほんでいる。
もう見ていられなかった。
顔が燃えるように熱いのを、どうにも出来ず僕は顔を反らしてしまう。
ーーどうしたんだろ、僕は…
「あ、ありがとう」
「顔、赤いけど大丈夫か?」
「!?だ、大丈夫!本当、大丈夫だよ!」
「本当か?風引いてるとか…」
彼は、親切心からだろうが、僕の額に手を当ててきた。
ビクッと体が反応する。
「ちょっと熱いぞ。それに凄い脈だ…」
彼の手が、額から首に移る。
さっきまで、走って上がっていた自然の脈とは違う。
彼の存在に煩く喚く心臓の音を、あろうことか彼に暴かれる。
首に掌があることによって、背けていた顔はまた彼に向けざるおえない。
「…っ!」
目が会うと、彼は少し息を飲んだ気がした。
けど、僕はもうバクバクと煩い脈で息苦しい。
生理的な涙が、目尻に溜まるのを抑える事なんか出来なかった。
さっきまで優しいと感じていた桜の香りが、彼から石鹸の香りと、少し汗の香り、太陽の温かい香りが僕の意識を奪っていった。
気がつくと、唇に温かい物の感触がした。
「…んぁ…っ!」
ーーこれって、…キス?
全身が痺れた。
暖かなそれは僕の形を確かめるみたいに、ついばみたまに湿った感触を唇にぼくは震えた。
息の仕方がわかず、苦しくて唇が空気を取り入れようと軽く開く、とそこから肉厚な何かが侵入する。
僕はビックリして、侵入してきた物を押し返そうと、舌で押し返しようとしたが、逆に絡め取られた。
侵入した何かは口内を蹂躙して行く。
「…ふぁ……ん!…ふぁ」
もう、どれ位蹂躙されてるかなんてわからないが、水音が耳に響いて、目尻からは溜まった涙が零れる。
顔は彼に固定されていて自由は無い。
でも、その自由の無さが逆に心地よく感じられた頃、唇がようやく解放される。
解放されたが、体はジンジンして力が一切入らなかった。
「………ごめん」
視線だけを向けると、彼の上気した顔がある。
お互い息が上がってて、さっきまでの事が現実だったと感じさせていた。
「…ぁ、…ううん。なんだかわかんないけど全然嫌じゃないから…」
むしろ嬉しいと、心が訴えている。
彼の顔に驚きと、喜びの色が見られると、僕は嬉しくて頬が緩むのを止めれなかった。
「…じゃ、もっかい…」
言い終わるとまた彼の唇が降りてきた。
降りてくる彼の唇を受け入れる為に、目を閉じ、唇の力を抜いた。
「あの時は本当、ビックリしたんだよ」
桜の下に死体なんてまんまで、違和感が無かった、と僕は隣に座る彼に訴える。
「俺は寝てたら腹にすっげえ衝撃が来て、一瞬花畑が見えたぜ」
誰も来ないと気を抜いてたから尚更な〜って、目の前に広がる桜に目を向けて軽口を叩く。
あれから季節は一周して、僕らは去年と同じ場所に肩を並べて座っていた。
あの後、キス以上の事は起きなかった。
代わりに、彼が足早に去って行くのをここで、呆然と見送った僕は、懐かしく、そして少し胸に痛みを感じていたのを思い出す。
もう会えないと気がついたあの時は、ボロボロ泣いたっけ。
それで僕はやっと彼に、一目惚れしたのを自覚したんだっけ。
そしたら、入学した高校で再開した時は神様に僕は感謝した。
けど、その後いろいろ…本当いろいろ辛いことがあって、今度は神様を恨んだ。
本当いろいろ去年は有った。
だから、今のこの優しい時間がちょっと怖かったりする。
基本前向きの僕が、彼に対しては何処までも後ろ向きだった。
ふと、隣の彼はどんな顔をしてるのか気になって見上げると、バチっと目があった。
「あん時は本当、ごめんな」
「え!?どっどうしたの!?」
少し暗い顔が、悔しそうに歪んで僕は慌てた。
オロオロと、彼の顔に掌で包んだ。
僕が、彼にこうして貰うと落ち着くからの行動。
すると彼が掌を重ねて、穏やかな顔に戻るのを見て、僕はホッとした。
「僕はね、今、君とここにいることがちょっと実感が湧かなくて怖かったんだ。でも…」
少し間を開けて彼のキレイな青い瞳を見て、今の正直な気持ちを打ち明けた。
「でも、それ以上に嬉しい!僕は君が大好きです」
すると、痛いくらいに抱きしめる彼が絞る様に耳元で囁く。
「俺もおまえが好きだ。愛してる」
最後の言葉は唇に囁かれて、暖かく重なった。
春の暖かな日差しに、桜の優しいピンクと、香りに包まれ、僕はこれ以上無いくらい幸せだった。