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【3夜目】王子の物語 『風の娘シルウィーヌ』

※両性注意報。あと若干エロ注意報。

 シルフィードという精霊をご存知か?

 風の精霊シルフそのもの、或いはシルフと人間の間に生まれた子供だとも言われている。私の国は風とは関わりのある国だから、そういう話はよく耳にしたものだ。

 風の精霊は水の精霊ウンディーネ同様、魂はない。人間から愛されることで風の精霊は不滅の魂を得ると言う。

 シルフの女性形でシルフィードと呼ばれるという話もあるように、美しい女性の姿をしていることが多いと言うが、伝承を辿るとそもそもの性別はどちらでもある。

 それを踏まえた上でこの話を聞いて貰いたい。


 *


 昔々と言うほどでもないが、ある国に聖職者が居た。その若き神父の名前はキルヘンリート。明くる日の夜思い悩んだ彼は、教会の尖塔に登った。


 「神よ。私は後何日祈れば良いのだろう。祈っても祈っても、人々は悪政に悩み傷つき倒される!反逆者をすべて悪魔や魔女だと国が言う!それを不当な裁判に掛け殺さなければならないのなら、祈りとは一体何なのだろう!」


 自ら死を選ぶことが罪なのは解っている。それでも人を殺すより、自分を殺す方が男にとってはまだ軽い罪のように思えた。


 「神よ罪深い私を憐れみ下さい!私は自らこうやって命を絶つことは出来ても、王を殺せるほどの罪を犯せないのです!臆病な私を、どうぞ嗤ってください!」


 ああ、悪魔でも構わない。死する私が生贄として事足りるなら、どうかこの国を人々をお救い下さい。男は涙し飛び下りた。男は覚悟し目を閉じたけれど、いつまで経っても地面にぶつからない。

 恐る恐る目を開ければ、傍に何か居る。それは美しい華奢な少女。先程までは下に誰もいなかったはずだと男は驚いた。


 「お嬢さんこんな夜中にどうしたんですか?」

 「ねぇ僧侶様。もし私が悪い王様を倒して、この国の人達を助けてあげられたなら、私をお嫁に貰って愛してくれますか?」


 少女は妙なことを言う。男はまさか悪魔でも呼んでしまったのかと驚くが、少女は笑って否定した。


 「私は風の精霊です。キルヘンリート様、私は心優しい貴方が好きになってしまいました。貴方が死ぬのを見ていられず、助けてしまったのです」

 「おお、何と!私を助けてくれたのか」


 男は少女に感謝し頷いた。


 「もしそんなことが出来るなら、喜んで君を私の妻にしよう」

 「まぁ、嬉しい!」


 少女は嬉しそうに微笑んで、男に抱き付いたが……その身体は男を擦り抜けてしまった。風の精霊だというのは本当だったのかと男は驚く。


 「それでは神父様、ごきげんよう。またお会いできる日を楽しみにしています」


 少女は一礼し、そのまま風に解けて消えていった。

 少女はそのまま城へ行き、見えない姿を利用して城の中へと入った。王は夜伽の最中で、風の精霊が忍び込んだことに気付く様子もなく、少女は飾られていた鎧を風で動かして、鎧が手にしていた剣で王を貫き殺した。

 翌日王が死んだという話は彼方此方に広まって、それを期に人々は反乱を起こし、とうとう王政は崩壊。

 新しい国作りは困難を極めたが、人々は笑顔を取り戻していった。その頃にひょっこりと教会に少女は現れた。


 「お久しぶりです神父様」

 「おお、君は!あの時の!」

 「シルウィーヌと申します、末永くよろしくお願いします」


 約束は約束だ。男は観念し、少女と結婚することにした。少女は人間ではないが、本当に美しい姿をしていた。別れて再び出会うまで、記憶の中の少女は日増しに美しくなっていく。再会すればそこまででもないとがっかりするかと思ったが、その記憶を遙かに上回る美しさを湛え少女はそこに立っていた。男はもう少女を好きになってしまっていたのだ。


 「妻を迎えるためには神父を辞めなければならない。明日から暫く私は路頭に迷うだろう。……それでもそんな私などでよければ、傍にいて欲しい」

 「はい、ご一緒させてください」


 男が触れられない少女の手を取り抱き寄せ二人の思いが通じ合ったその瞬間……少女の姿は光り輝き精霊の魂は人間の魂へと代わり、彼女は人間の肉体を得た。少女は泣いて喜んで、男は彼女に触れることが出来る奇蹟に感謝する。

 こうして二人は、翌日から結婚式の仕度を始めた。男がどこからか綺麗な花嫁を連れてきたことに男の友人は驚いたが……そう言えばと頷いた。


 「シルウィーヌさん、キルヘンリートの奴最近ずっと浮かない顔で溜息ばかり吐いていたんだ。あれは恋煩いだったんだなこの色男っ!」

 「へ、変なことを言うな!」


 友人にからかわれる男を見て、少女はくすくすと笑みを漏らした。


 「私は幸せ者です。キルヘン様にそこまで想っていただけていたなんて」


 可憐な乙女の微笑みに、男は赤くなって目を逸らす。これまで神に仕えて生きてきたため、気の利いた言葉が出て来ないのだ。そんな恥ずかしがる様子の男を可愛いと言わんばかりに少女は見つめ、友人はこれは馬に蹴られかねないと席を外した。

 男の友人が消えてまもなく……少女が人間と結婚すると聞き、少女の知り合いの精霊達は様々な贈り物を教会に送って寄越した。その中には見事な刺繍の施されたウエディングドレスもあった。その贈り物の中には男のために仕立てられた服もあり、それは身体にぴったりだった。それに男が驚くと、少女は胸を張って微笑んでくる。


 「空気や風の精霊からすれば、人の身体の寸法を知ることなんて簡単なことですわ」


 だって人は常に空気に触れているではありませんか。少女の言葉に男もなるほどなと唸った。


 「しかし何から何まで申し訳ないな」

 「いいえ、みんな私達の結婚を喜んでくれているんです。自分のことのように。見てください、私達と仲の悪い土の精霊まで贈り物を届けてくれました」


 結婚式と新生活にかかる費用の宛にと、土の精霊からは宝石金貨。火の精霊からはサラマンダーの布で仕立てた服。水の精霊からは海の宝石。風の精霊からは二つの指輪と結婚装束、そして決して刃こぼれすることのない美しい剣が贈られた。


 「まぁ、この剣は」

 「知っているのか?」

 「ええ。私の家に伝わる宝です。この剣で一度傷を付ければその傷は癒えることがない。二度その傷をなぞれば、傷付けられた者は人間だろうと精霊だろうと死んでしまう恐ろしい剣です」

 「そ、それはまた……」

 「これを貴方に預けると言うことは、私を守って欲しいということでしょう」

 「確かにこれならば、剣の扱いを知らない私でも君を守れそうだな」

 「はい、頼りにしています」


 丁度その日は教会が空いていて、結婚式その日の内に行うことが出来た。男には身寄りがいなかったため、遠くから親兄弟を呼ぶ必要もなく……街の知人と同僚を集めての和やかな式だった。

 これまで誠実に神に仕えて来た男だけに、彼が仕事を辞めるのを寂しく思う者もいたが、元々が誠実な男だったため皆、この二人を心から祝福した。

 こうしてこの幸せな恋人達はめでたく夫婦となった。めでたしめでたし……と言えれば良かったのだが、しかし問題はその後だった。寝所に入った男は、妻を見て驚いた。


 「あら?風の精霊は男女両性だと知りませんでした?」

 「ああ!何てことだ!」


 少女はその顔体つきは華奢な少女のそれではあるが、女であり男であった。これでは自分は悪魔を娶ってしまったようではないか。再び自殺をしようとする夫を少女は宥め……


 「でもキルヘン様、精霊とはそういうものですわ。天の御使い様達だって両性具有だという話もあるではないですか」


 精霊の頃は明確な性別を持たないが男女両性、それが人間になったことで両性が明確な物となってしまっただけ。むしろ貴方は天使を娶ったようなものですと精霊少女に微笑まれ、男もそう言われればそうかもしれないと思い直す。


 「確かに君が私とこの国の人々を救ってくれたのは事実だ」


 約束もした。それに中性的で美しく可憐な妻を前にしては、些細なことのようにも思える。そう思うと改めて、この少女を愛おしく感じたが……男は不意に風の精霊の伝承を思い出す。風の精霊は気紛れ。激しい恋をするけれど、熱しやすく冷めやすい浮気性だと噂に聞く。


 「だが、君はその……風の精霊だから、私のことなどその内どうでも良くなるのではないか?」


 恋愛経験など豊富とは言えない自分に嫌気が差す日も来ようと、男は卑屈になる。


 「まぁ、酷い人!」


 男の卑屈な心など吹き飛ばす風の如く、少女は笑って答える。


 「それは精霊の時の性質です。人間になった後の風の精霊は、自分で言うのもなんですが……生まれ変わったようなもの。生涯貴方をお慕いします。ですが……」

 「何かあるのか?」

 「貴方と私の思いが通じ合ってまもなく一日になります。その時間額る前に、貴方が私に触れて愛してくれませんと、私完全な人間にはなれません。また精霊の身体に戻ってしまいます。そうなるともう貴方の傍にこうして人の形で一緒にいられなくなります」


 人間の身体を失えばまた人の目には映れなくなる。そうして別の人間に恋をすれば、精霊の魂に戻ってしまう。


 「風の精霊が浮気性なのは仕方のないことなんです。新しい恋を追いかけなければ、こうして愛しい人に触れるための形も得ることが出来ない」


 浮気性の精霊は、こんな風に結ばれる前に人間に振られてしまった哀れな精霊の成れの果てなのだと教えられ、男は精霊達を哀れに思う。


 「人間の魂、人間の心。こんなに気持ちが溢れるもの。私はこの魂を得る前よりも、ずっと貴方が大好きになりました。これは私の魂が心が色々な気持ちを私に教えてくれるからです。これを失ってでも……新しい恋を追いかけるのは、どんなに辛いことでしょう」

 「……シルウィーヌ」


 自分さえ誠実にこの精霊を愛せば、彼女は幸せになれるのだろう。男はようやく覚悟を決めて、少女に口付ける。彼女を寝台に横たえて、男は灯りを消した。翌日男が目覚めると、少女が嬉しそうに微笑んでいた。


 「貴方のおかげで、私はこれからも貴方の傍に居られることになりました」


 慣れない人間の身体で甲斐甲斐しくも朝食を作ってくれていた幼い妻に、男の愛おしさは募る。男は自身が幸せを感じた分、それ以上にこの娘を幸せにしてやらなければと使命に燃えていた。


 「そういえばシルウィーヌ。水の精霊は水の上で罵ると魂を失い水に帰ってしまうと言うが、君たち風の精霊にはそういう禁忌はないのか?」

 「私達の場合ですと、そうですね。私に浮気をさせないでください。貴方にもして欲しくはありませんが」

 「それはどういう意味か?」


 人間の形を得れば浮気などあり得ないと言ったのは彼女だったように思う。男がそれを尋ねれば少女は口を開く。


 「ええ。私からは絶対にあり得ません。ですが無理矢理でも不貞を働かされてしまった場合、私は人の身体を失ってしまうのです」


 気紛れが風の精霊。その気紛れさを殺して人間になったのだから、不貞を働くと言うことは人間の形を得る力を失ってしまうことなのだと言う。


 「そうなれば私は身体は精霊、心だけが人間となり……辛く寂しい思いをします。仮に貴方の目に映ることは出来たとしても、もう触れ合うことは出来ません」

 「……その後に私が他に妻を迎えたら、それが浮気になると言うことか?」

 「はい。風の精霊は残忍です。私の夫である貴方が私に裏切りを働いたと知れば貴方の命を狙いに来ます。私が一緒に居る限りは貴方を守ることが出来ますが、その点はお気を付け下さい」

 「解った。まぁその辺は大丈夫だろう。私は聖職者だしそんな事は出来ない。第一君以外を愛するなんて私にはとても考えられないよ」

 「まぁ……キルヘンリート様ったら」


 男の言葉に少女は顔を赤らめ恥じる。そんな仕草一つにも思いは募るばかりなのだ。浮気などあり得ないと男は頷いた。


 「精霊からは私が貴方を守ります。ですからどうか、貴方は人間から私を守って下さい。私はずっと貴方の傍で、人間として生き、滅びていきたい。人間の魂さえあればまた生まれ変わり貴方と出会うことが出来るかもしれませんから」

 「ああ、解った。この剣に誓おう。君が誰かに襲われることがあったなら……罪を犯してでも君を助けよう」

 「キルヘンリート様……」


 朝から二人は仲睦まじく寄り添って過ごした。男は妻を片時も傍から離さず、一日を過ごす。妻が作る服がそれはそれは素晴らしく、風を織り込んだように夏は涼しい服を。冬はあの空の雲と日差しを織り込んだ風にふわふわと温かい服を仕立てた。それは大層見事なもので、男は妻を支えて二人は名のある仕立て屋になった。

 やがてそんな二人の仲睦まじさは有名になった。


 これに腹を立てたのは二人の人間。キルヘンリートに片思いをしていた町娘のマリーア。彼女は以前神父に失恋の話を相談し、優しい言葉で慰められて以来彼を慕っていたのだ。


 「私の方がずっと前からあの方をお慕いしていましたのに!」


 マリーアが神父に想いを告げた時、彼は自分は神父なので結婚は出来ないと断った。けれどあの娘とは神父を止めてまで結婚をした。その事実に彼女はどうしようもなく腹が立って仕方がなかった。

 それからもう一人は神父の友人のハンスである。


 「キルヘンの奴みたいなぱっとしない男より、俺の方がずっといい男だろうに」


 彼は一目見たときからその美しさに心奪われていたのだ。しかも結婚式の前に見た時より、日に日にシルウィーヌは美しくなっている。幼い可憐な少女は日々成長し、美しい女になって行くのだ。背丈と共に手足はすらりと伸びて少しずつ胸も膨らんでいく。彼が友人の家を訪ねる振りで彼女の様子を見に行こうとした道で、ばったりこの二人は出会した。どうやらマリーアはキルヘンリートの仕立て屋から帰ってきた所の様子。キルヘンリートにまとわりつくこの娘のことはハンスも知っていたので、彼女が失恋していることに気が付いて、一緒に飲み明かそうと酒場に誘った。酔っぱらったマリーアは、ハンスにあることを教える。


 「あの女、本当は人間じゃないのよ」

 「ははは、はいはい。それで?」


 酔っぱらいの言うことだ。そう思って流すハンスにマリーアは噛み付く。


 「信じてないでしょ!本当なんだから!私聞いちゃったんだもの」

 「聞いた?何を?」

 「見てたのよ。聞いてたの」

 「え?」

 「だから二人の結婚した夜、神父様の部屋の前で隠れて様子見てたの。壁の穴に気付かないなんてキルヘン様は可愛いわ」


 恋する乙女は恐ろしい。酔いが覚めるほど震え上がってハンスは聞いた。


 「そ、それで?」

 「あの女、自分が風の精霊だなんて嘘吐いてキルヘン様に取り入ったの。あんなの悪魔よ!」

 「いやー悪魔でもあの位の別嬪さんなら嫁に欲しいな」

 「何よ!そんな馬鹿なこと言っているならあんたのこと教会に言いつけるわよ!」

 「まぁ落ち着けお嬢ちゃん。それでその話は?」

 「えー……?確かあの女が不貞働くと、掟破ったことになって……キルヘン様の傍にいられなくなって傍から消える……っ!そうだあんた!」

 「は、はい?」

 「あんたキルヘン様の友人なんでしょ!私明日お客として店に行くから!一緒にあんたも遊びに行きなさい!」

 「何で?」

 「鈍い男ね!私がキルヘン様引き付けてる間に、あんたあの女に手出しなさいよ!あんたあの女に惚れてるんでしょ!?そうすりゃ一気に解決よ!」

 「馬鹿言え。そんなことしたらあの野郎に怒られるじゃ済まないだろ」

 「あんた愛と友情どっち取るのよ!」


 マリーアに発破を掛けられて、いよいよハンスもその気になる。友人の傍にいられなくなったあの美しい少女は、口説けば自分の物になるかもしれない。その気になってくれなくてもあの美しい女を一度は抱けるのだ。そう悪い話でもない。友情と欲望を天秤に掛け、後者を選んだ男はマリーアの計画に乗る。


 翌日服を買いに来たマリーアの接客をするキルヘンリートは、奥の部屋で友人に茶を出しに行った妻の悲鳴を聞く。

 そこで肌身は出さず持っていたシルフの剣を手に駆けつけると、妻に乱暴を働いている友人が居た。戸惑うのは一瞬だけ。キルヘンリートは妻の危機だと友人を斬り捨てて駆け寄るも、どんどん妻の身体が薄くなり、とうとう触れられない身体になってしまった。悲しみに涙する男を見、シルウィーヌも泣きながら空気に解けて消えて行く。


 「シルウィーヌっ!」


 キルヘンリートは泣いて叫ぶが、妻は身体を失ったことを悲しみ彼の前に姿を現さない。何日も何日も泣いて暮らす内に、マーリアが店を訪れる。


 「キルヘン様、しぶといハンスが目を覚ましたわ。彼は風の精霊に会う方法を教えないと、貴方の妻が悪魔であったと教会に証言するそうよ」

 「…………」

 「ねぇ、キルヘン様。私と結婚してくれなければ、私も私が聞いたこと、教会に言ってしまうわ。両性の悪魔と結婚したなんて知られれば、貴方大変なことになるわ。ねぇ、だから私と……」

 「帰ってくれ!」

 「……また、明日来るわ。明日にはハンスも一緒に連れて来てあげる」


 客が帰った後、男はもう一度最後に泣いた……その後に自らあの日のように教会の尖塔へと登った。片手に剣を携えて。

 そこに行けばまたシルウィーヌと会えるような気がしたのだが、彼女の姿は見えない。


 「例え君が見えなくても、私の妻は君だけだ。例えこの手で触れられなくとも、私は君を愛している」


 男の言葉に、泣きながら風の精霊は姿を現した。男は触れられないその身体をぎゅっと抱き寄せて……傍らの剣をその手に取った。


 「この剣で二度切れば、君も私も死ぬ。シルウィーヌ、私と共に死んではくれないか?」

 「キルヘンリート様……」

 「君がまた精霊に戻って他の男に恋をする日が来るのは私は嫌だ。人間の魂を持ったまま、罪が許される日が来た時に……また一緒に人として幸せになろう」

 「はい……!はいっ!ご一緒させてください」


 精霊の身体は触れられない。それでもその涙は温かく、男の服を濡らした。キルヘンリートは触れられない精霊に触れられない口付けをした後に、二人を二度傷付けてその場から飛び下りた。


 風の精霊達はこの誠実な男と幸せになるべきだった自分たちの同族を傷付けられたことを怨んで、マリーアとハンスを剣で串刺しにして殺してしまった。その後精霊達は二人が飛び下りた教会の尖塔に、剣を突き立てて二人の魂の安息を祈り歌った。

 その美しい剣を引き抜こうとする者は、風の精霊の怒りを買い、塔から突き落とされると言う。

 ……これは、そんな昔話。


 *


 「以上が私の話だ」

 「理様、どうしてご自分の話された話で泣きそうになっていらっしゃるの?」

 「そういう菫姫も泣きそうではないか」

 「私だけではありませんわ。伝承もですわ」


 菫姫を笑わせるはずが泣かせてどうするのだ。王子は涙を飲み込んで、鼻水に変え鼻をかんだ。そもそもこの話は、背徳の王女に語りかけるために話したのだが、どうにも自分の心をも揺さぶってしまったようだと、王子はやりすぎたと自嘲する。


 「伝承……?」


 どうやら菫姫以上にツボに嵌ってしまったのか、召使いの少年は仮面の内から涙をボロボロと零していた。


 「す、すみませんっ!はしたない真似をっ!」

 「いや……良かったら使うか?」


 王子がハンカチを少年に与えると、彼は礼を言いながら部屋の外へと飛び出した。外で仮面を外して涙を拭っているのだろう。


 「それで理様、何故このようなお話を?」

 「いや、菫姫はこういう後味の悪い話が好きなのではないかと思って。こういう話をすれば笑ってくれると思ったのだ」

 「まぁ……酷い人」


 物語のヒロインの言葉を借りて、菫姫はクスクス笑う。少し彼女に気に入られたらしい。ある意味初日のような、笑ってあげてもよろしくてよという空気はそこに甦ったが、まだ三日目。笑うとしたら最終日にしたいと菫姫は逃げた。


 「お見苦しいところをお見せしました」


 部屋に戻って来た伝承と時計を見、菫姫はいつもよりまだ時計が進んでいないことを知ったよう。


 「伝承、先程の醜態を許してあげましょう。だから時間までもう一つ話をなさい」

 「え、ええええええ!そ、そんな突然!無理です菫姫様っ!」

 「無理ではないでしょう。お前もここに来るまでに、さまざまな事に触れ様々な思いがあり、物語を見聞きしたはず。それに私も理様も最後があの様な悲恋では胸が苦しくて眠れません」

 「そうだな。頼もう、伝承」

 「えええ……うう、……はい、畏まりました」


 王子が空いた椅子に少年を招くと、少年は恥ずかしがりながらその一つ向こうの椅子に座った。照れ屋なのだろうか。


 「それでは、お話しさせていただきます」


 少年はすんと鼻を啜った後……言葉を続けた。


 「僕の話はとある伝承の話です」

ウンディーネの悲恋は有名。

しかしシルフの悲恋はそこまで有名でもない。

だから資料も少ない。


ないなら想像で創造。

書きながら泣いた作者は感情移入し過ぎです。


思ったより手間取って、あと二話とか間に合うのか!?今日中にっ!?

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