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【2夢目】夢物語の物語 『一千日と九九九夜』

 「トゥーランドット!」

 「いいえ、違うわ」


 それはそうだ。貴女はこうして敗れた私を殺さない。


 「ペトロシネッラ!」

 「それでも、ないわ」


 それもそうだ。貴女はそんなに軽い女でもない。


 「ゼゾッラ!ターリア!ゾーザ!……これも違うか」

 「だから、一日に一度ですってば!」


 ヒロインの名前を並べるも、どれも掠らない。笑わない王女というのはそれっぽいと思ったのだが。


 「いや、今のは私の渾身のボケだ。笑ってくれて構わないぞ?最初の一文が質問、二文が謎解き、三文目が笑わせるための言葉だからな」

 「もう……」


 王子の言葉に笑うのは、誰もいない。

 二年以上の月日が流れ、今日で千日目の挑戦だった。ここまで続けばもうどうせ無理だろうと観客達も思い始めた。いや、二人の会話を邪魔するのが申し訳なくなったのだ。

 王女は尚も声を上げて笑わないが、微笑むことは増えていた。それを見て、観客達は後は王女の心に任せようと……この場を立ち去った。

 王も王子の口説き文句に参ってしまい、もう姿を現さない。扉のそばに兵士が控えているだけだった。平和なこの国は、王子が王女に乱暴するとか殺そうとするなどとは思いもしないのだ。……或いは、この千日間で王子はこの国の人々の信頼を勝ち取ったとも言える。


 「謎かけ姫、私が貴女の前に現れて今日で何日目かご存知か?」

 「……二年と二百七十日」

 「はい、今日で千日目になります」


 王子が告げれば王女は、もうそんなになるんですかと惚けるように呟いた。そして王女は変わらずに、明日からもその数は増えていく物だと思っているようだった。


 「……私は、俺は今日を最後の挑戦にしようと思って来ました」

 「え」

 「無理だろうとは思っていたが、最後に貴女に会いたかった。国に帰る前に」

 「帰って……しまわれるんですか?」


 以前故郷のことを王女に教え聞かせたことがあった。

 自分ばかり質問しているのは失礼か。何かあるなら聞いてくれ。そう言ったのが始まりで……国の外をよく知らない王女に、外の世界で知り得たことを語って聞かせたこともあった。王女は何時も興味深そうに……王子の話を聞いていた。


 「故郷から手紙が来ました。父がどうにももう長くはないらしい。王の不在は国が荒れる。貴女を連れて帰れないのは残念だが、帰らねばなるまい」


 手紙が届いたのは本当だ。それでも最後の挑戦というのは嘘だ。何時か必ず、またこの人に会いに来よう。いいや、叶うなら……今日この場でそれを叶える。あの荒廃した大地には、この姫の微笑みが必要……いや、俺自身が欲しいのだ。王子はじっと王女を見つめ、その足下に跪く。そして許しを請うように、白い手を取り口付ける。


 「美しい謎かけ姫よ。貴女に敗れた男のために、一度だけでも美しい……名を呼ばせてくれないか?」

 「っ……」


 別れの前に、帰郷の土産に、諦める恋の思い出に……せめて呼ばせてくれないか?彼女をじっと見つめて、そんな言葉を呟けば……寂しそうな顔の王女が涙を浮かべて王子を見る。

 この千日で、王女は王子にすっかり心を許していた。城の中には同世代の子供がいない。初めて、年の近い求婚者が現れた。雨の日も、風の日も、王子は必ず現れた。


 「百七十日目のことを覚えていますか?」

 「……俺が情けなくも、冬風邪を患った日のことか」

 「はい……あんな風になってまで私に会いに来てくれたのは、貴方が初めてでした」


 王女はとうとう泣きながら、無理に笑ってみせる。その小さな唇から漏れるのは、王子の望む笑いではなく、嗚咽に似た嘆き。


 「……俺はあまり嘘が好きではない」

 「ええ、この一千日で存じております」


 もっとも嘘を吐かないとは言っていない。あまり好きではないだけだ。しかしこの純真な王女は、人を疑うことを知らないようだ。

 騙すことは悪ではない。王族でありながら、そこまで惨めな醜態を晒して馬鹿みたいに貴女に求婚しようとして俺を、貴女はきっと笑い飛ばすだろう。馬鹿な男と笑ってくれて良い。腹の底から俺を見下せ。

 その時貴女は初めて、俺の思いがどんなにか……強いものだったかを知る。愛されるという意味を知る。だからこそ、今ここで……俺は貴女を騙そう。好きではない嘘を吐く。

 沈黙する王子を見、王女もはポツリと言葉を溢した。


 「……そうですね。私も最後に貴方の名前が知りたいです。たった一人の、大切なお友達のお名前を……知らずに別れるのは辛いですから」

 「……友達、か」


 今はまだ、そんな風に思われているのか。実際、言葉にされると胸が苦しい。千の昼と九百九十九の夜を越えてまだ、幼い王女に恋の一つも教えてやれなかったのか。二年以上も経っていて、年頃になったはずの王女は……まだ子供のままでいる。それは自分のやり方が、生温かったからなのか。

 悲しげに呟いた王子を目にし、王女も自分と王子の関係を思いだし……申し訳なさそうに目を逸らした。求婚されると言うことは、好意を持たれているということ。それを友達などと言ってしまうのは……相手の心を踏みにじること。精一杯の贖罪の気持ちか、縋り付くような声で……王女は王子を見つめ出す。


 「……また、明日来てくださいませんか?旅立つ前に。貴方に……世界に一人、貴方だけにお話ししたいことがあります」

 「今では……無理か?」

 「考えさせてください。とても……勇気が要るんです」

 「性急すぎる男は、嫌われる……か」


 王子は苦笑して、まだ自分より背の低い王女の頭をそっと撫でた。今すぐこの場で抱き締めて……海の向こうへ連れ帰りたい。そんな衝動を胸に秘め……九百九十九晩も待ったのだ。あと一夜くらい、待てぬ事はないだろう。自分に王子は言い聞かせ、解ったと頷けば、王女もほっとしたよう、息を吐く。


 「……では謎かけ姫、また明日」

 「はい、お待ちしております……海の向こうの王子様」


 *


 「巫山戯るなっ!!」


 大声に、王子は飛び起きる。身を起こし、いつの間にか自分が眠っていたことを知る。

 今の声は王子自身の物。夢に魘され目が覚めてしまった。


 「くそっ……俺はまだ、そんなことを」


 背徳の王女が浮かべた最期の笑い。それはそんな風に自分を彼女を否定し続けた、俺を嘲笑ってのことだろうに!


 「俺が……俺さえ間違えなければ」


 今もまだ彼女は傍にいてくれたかもしれない。あの深く暗い絶望の縁に彼女を追いやり、突き落としたのは、この俺以外にないではないか!王子は髪を掻きむしり、過去の己を呪い始める。

 窓の外はまだ薄暗い。日が昇るまで数時間はありそうだ。それでも我が身の愚かさを呪い続ければ、あっと言う間に夜は明け朝が訪れる。


 「叩き起こす必要もありませんでしたね」

 「すまない……」

 「いえ、朝食の仕度が出来ています。此方へどうぞ」


 自分から廊下へと出た王子は、城の掃除をしている召使いに出会った。朝から彼は仮面を付けていた。


 「……いつも仮面を付けているのか?」

 「はい。それが決まりですから」

 「水浴や就寝時もか?」

 「一人の時は流石に外すこともあります。ですが、この辺りの風習では人前でみだりに仮面を外すことは許されないのです」

 「仮面を外すことに、何か意味があるのか?」

 「知らずに菫姫様に?」

 「ああ」


 王子の言葉に少年は呆れたように振り返る。


 「理様、仮面を外すと言うことは……裸を見られるくらいに恥ずかしいことなのです」

 「そ、そうだったのか!?俺は彼女になんと失礼なことを」

 「……いえ、気にしてらっしゃいませんでしたよ。それにはもう一つ理由がありますから」

 「理由だと?」


 少年は少し恥ずかしそうに、俯いて……溜息を吐いた後、王子にそれを教える。


 「裸を見られてもいい。つまりこの城の人間が相手に素顔を見せると言うことは、その人の求婚を受けると言うこと」

 「な、なんだって!?」

 「勿論理様は外の人。この辺りの風習など知るはずもありません。ですから菫姫様は、知らずにそんな口説き文句を言って来た貴方を気に入った。その上で仮面を外すことが出来たのなら、改めてこの話をし……貴方の判断を伺ったことでしょう」


 仮面を外すことが出来たなら、結婚してやっても良い。これはそういう勝負でもあったのだと教えられ、王子は流石に狼狽える。

 それが自分の妻だったなら喜ばしいことだが、もし仮面の下から別の人間が出て来たなら……結婚なんて出来ない。


 「……残念だが、俺の妻は失われた人だけだ。何かの間違いで……菫姫が私の妻でもない限り、それはないだろう」

 「そうですか」

 「ああ、そうだ。食事の後に馬に会いに行きたいのだが」

 「はい、では後ほど」

 「そうだ伝承、もう一つ良いか?」

 「はい、何なりと」

 「お前達の仮面は、夏場もなんだな?しかし夏場は変な風に日焼けをしないか?」

 「……っ」


 王子の質問に、前を行く少年の身体が痙攣する。しばらくそのまま痙攣していたかと思うと壁にもたれ掛かって、荒い呼吸を繰り返す。どうやら笑いを堪えている風だ。


 「……伝承を笑わせる方が、菫姫より容易そうだ」


 お前を笑わせたら何かあるのかと王子が訪ねれば……


 「何の意味も、ありませんからっ!」


 少年は肩で息をする。


 「そうでもないだろう?」


 伝承が笑ってくれれば、菫姫も釣られて笑ってくれるかもしれない。そんな風に王子が言うと、何を勘違いしたのかこの少年、おそおろと挙動不審になる。さしずめ自分が求婚された気になったのか。


(しかし……)


 王子は狼狽える少年を、改めてじっと見つめてみた。


 「伝承?」

 「は、はいいっ!」

 「食堂。案内してくれ。この城は広くて敵わん」

 「か、畏まりました」

二日目に二日目までを執筆完了。

ここからが本当の地獄だ。

明日は三人。その次四人。その後が五人で最終日六人。


語り手増えるとか何考えてたんだ昨日の自分。

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