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【1夢目】夢物語の物語 『謎かけ姫』

 美しい王女の姿を描いた絵があった。海の向こうからそれを持ち帰った者は言う。


 「海の向こうには平和な国がある。これはその国の王女様の絵だ」


 絵の中で微笑む可憐な少女に、数多の男が恋をして海の向こうを目指した。

 それと時を同じくして、噂が海の向こうから届き始める。


 「誰も王女と結婚できなかったんだって」

 「なんでもその王女様の出す無理難題が難しい」

 「難しくはないだろう。問題は二つだ」

 「彼女の名前を当てること。そして彼女を笑わせること」


 誰か一人でも良い。名前を当ててしまえば、後は彼女を笑わせたならそれでお終い。世界中から集まった求婚者は聞き耳を立てる。幾千幾万の女の名前が流れたが、そのどれもが王女の名ではない。

 それならばせめて笑わせられないか。無表情な王女はそれだけでも美しいが、笑えばどんなにもっと美しくなるだろう。いつしか男達は彼女の笑顔のためだけに列を成す。

 それでも王女は笑わない。それならば土産にと、王女の肖像画を買っていく。その四角い枠の中に居る王女は、空想の笑みを浮かべて笑う。だから画家達もちゃんと想像できないのだ。

 描く度に違う笑みを浮かべる王女の絵。本物が手に入らないのならと、その絵の収集を始めた諸侯達。

 王は許しもなく愛娘の絵が売られていることに腹を立て、画家達を皆牢屋に放り込んで殺してしまった。こうなってしまっては新しい絵は増えない。見つかり次第王は王女の絵を焼くので減る一方。

 海の向こうへと持ち帰られ、出回っているだけの何枚かの絵。それを諸侯達は奪い合い、争った。


 「絵の中の女に現を抜かし、国を荒らして民を苦しめるとは。国の上に立つ者としてなんと情けのないことだ」


 そんな諸侯の輪に、一人加わらない少年が居た。彼の名は(ことわり)。正確には違うが、深く神を信仰し理性のある彼を人々はそう呼んでいた。理はまだ王ではなかったが、優れた才を持ち、父を支え導いた。

 国内の貴族が持っていた、王女の絵の強奪のため……近隣諸国から攻め込まれた時も、若き王子は僅かな軍を率いてその全てを返り討ちにした。


 「絵などどうでも良いが、これ以上国に手出しをされては敵わん」


 王女の絵など全て集めて燃やしてくれよう。王子は兵を率いて、大陸を制圧。最後の国から見つかった、最もよく映されたという王女の絵。

 絵の中で微笑む娘は、確かに美しかった。しかしこれは所詮絵だ。王子は下らないと吐き捨てる。


 「だが、その王女が嫁に行かない限り……このような混乱は幾らでも生じる」


 絵を燃やそうとしたが、あまりに反発が強く……王子は、今後所有を巡って争わないことを条件に、それぞれの絵を元の所有者に戻してやった。そうしなければ全ての諸侯が、内乱を起こし兼ねない勢いだった。

 その異様な熱狂を王子は危惧し、一人海を渡ることを決意する。


 「どんな女か知らないが、あの絵より劣ると言うことはないだろう。ならば一目くらい見てやる価値はある」


 そしてその娘を妻と迎えることで、あの狂気が鎮まるのならそれに越したことはない。絵くらい幾らでも描かせてやる。それを配ればあの諸侯共も、少しは落ち着くことだろう。


 広い大海原を越え、辿り着いた国の何と長閑なことか。王子は少なからず驚いた。

 青い海と空に挟まれたその小さな島。異国情緒がそこかしこに溢れているその街は、鴎が飛び交い鳴いている。

 画家は死刑と聞いたが、とんだ尾鰭だ。街の彼方此方に画家はいる。


 「いやー、また捕まっちゃったよ。三日も務所入りしちまった」

 「だけど刑務所の飯もそこそこ美味いしな」

 「馬鹿だなお前ら。服を変えてタイトル別にすれば良いんだよ」

 「馬鹿はお前だよ。んなことしたら完全に別物だろうが。王女様の服着せてるから顔が似てなくてもなんとなく王女様に見えるのに」


 実物の顔を忘れたわけではないが、その記憶が一秒ごとに美化されていくのでどんなにそっくりに描こうとしても上手く描けず別人になってしまうのだと、画家達は囁きあっていた。

 そんな噂に耳を傾けながら、王子は進む。街には武器も防具も殆ど売っていない。この国は、本当に戦争というものを忘れて久しい平和な国だ。行き交う人々は皆良い表情。街と人を眺めているだけで此方まで幸せな気分になる。王子はその長閑な街並みに、すっかり惚れ込んだ。


 「王女がどんな人かは知らないが……こんな素晴らしい国が手に入るなら、結婚というのも悪くはないかもしれん」


 あの大陸もこの島のような温かい風の吹く場所に変えられたならばと、王子は夢を見る。剣も鎧も必要ない。物心ついたときには、下らないことで国は小競り合い。馬鹿みたいなことで、人が民が死ぬのだ。そんな荒れた大地に、平和という花の種を植えてやりたいと、王子は海の彼方を見る。


 「む?」


 城へと近付けば長蛇の列。あれが求婚志願の列だろうか?

 自分も並ぼうとしたところで、見ない顔だと通りの店主に止められた。


 「兄ちゃん、王女様との求婚志願者かい?」

 「ああ」

 「ならあっちの門だ。そっちは観客席」

 「観客?」

 「ああ。もう大体の連中はお手上げでね。王女様と求婚者のやり取りを見る方が人気なんだ」


 見れば確かに門の所で入場料を取られている。


 「なるほど、画期的な方法だな。あれならば民からの税収を抑えられる」


 美しい姫とは素晴らしいものだな。頷く王子に店主は苦笑していた。


 「兄ちゃんどっから来たんだい?随分変わったことを言うなぁ。どこかの王子様かい?」

 「ああ。この海の向こうから来た」

 「海の向こうか。姫様の噂も随分と遠くまで広がったもんだ」


 店主は溜息を吐き、まぁ頑張ってくれと仕事に戻る。王子は礼を言い、示された門へと進んだ。観客の門とは異なり、此方にはあまり人はいないようだ。


 「随分と王女に痛めつけられたらしいな」


 人を笑わせるというのはそんなに難しいことなのか。見れば確かに並んでいるのは道化の様な人間や怪しげな仮面を付けた者ばかり。何処かの貴族や王族に雇われた一流芸人達なのだろう。そんな中、旅の王子は少々浮いた。

 どうしたものか。王子が考え込んでしばらく、透き通るような歌声が、空と海の間に響く。

 綺麗な歌だと思いつつ、声の方角を辿ると、それは城の中から響くよう。


 「王女様の歌だ!」

 「姫ー!」


 その歌に向こうの門が騒がしくなる。その雑音を煩わしく思うほど、王子もその歌を聞き入った。

 聞き入って暫く、確かに綺麗な声ではあるが……なんだか王女の歌は、とてもつまらなそうに聞こえる事に気が付いた。まるでこれからはじまることに、煩わしさを感じているような……そんな響きがそこにある。

 やがて歌が途切れる頃、城の門は開かれた。並んだ列の最後尾、王子は前の道化に着いていく。

 立派な造りの城の中、進む度に鼓動が早まる。こうしてここまで来てしまったが、面白いことなど言えるのだろうか?王子は今更不安になる。

 そんな雑念も、謁見の間が開かれれば吹き飛んだ。目に飛び込んできたのはどの絵よりも可憐な少女。最初に思ったことは、絵よりも大分幼く見えると言うことか。女性と形容するよりは、少女と言った方が遙かに適確。

 こんな幼い少女に求婚するとはと、王子は呆れてしまう。王女は王子よりも、幾つか幼く見えたのだ。

 つまり振られてきた諸侯も観客達も皆、変態と言うことか。確かに王女は愛らしいが、この世界はいかれている。早急に立て直す必要があると、王子は強い使命を感じていた。


(だが……)


 可哀想にとも思うのだ。こんなに幼い王女が、男達に群がられるなんて。

 多少の無理難題は、親心だろう。王は幼い娘に、まだ子供の自由を与えたいのだ。


(しかし、これも世のため人のため)


 真の平和を作るため、何としてもこの王女を貰っていかねばならん。王子は強く意気込んだ。


 「面白くありません」

 「はい、次っ!」

 「え?」


 王女に見とれている内に、先客達は敗れていた。


 「お、お初お目に掛かる王女様」

 「…………はい」

 「貴女が噂よりお若く見え、少々驚いた」

 「……私も、こんなに若い求婚者の方とお会いするのは初めてです」


 社交辞令のように、王女が口元だけで小さく微笑む。これは笑いに入らないのだろう。入ったところで名前を当てなければ意味がない。


 「そうか。初回者とは、珍しい。余程遠くから来たのだろう」


 王も小さな求婚者は物珍しいのか、気さくな笑みを浮かべている。


 「姫、説明してやりなさい」

 「はい、お父様」


 小さな王女は頷いて席を立つ。そうして段の上から降りてきて、王子のすぐ側まで来る。


 「まだ私達は出題者と挑戦者ではありません。上からお話しするのは失礼ですから」


 王女はそう言って、すぐ傍でルールの説明を行う。これは初回限定の催しらしく、観客達がざわめいた。歩く王女を久々に目にしたかららしい。

 座っているだけでも可憐な少女。けれど動けばそれで愛らしい。王女の立ち振る舞い一つ一つが観客を沸き立たせる。


 「私が出す謎は一つだけ。私の名前を当てて貰います。ですがそれだけで結婚は出来ません。私は私を心から笑わせてくれるような方と一緒になりたいのです」

 「なるほど、承知した。失敗した場合は何かないのか?こういった話では何か罰則があるのが道理だが」

 「いいえ、特に何も」


 求婚者が生きて帰ってくる時点でおかしいとは思っていた。大抵こういう求婚物は、失敗すれば命を失うというのがセオリー。それでもこの平和呆けした国では敗者には何もないらしい。


 「挑戦制限は?」

 「日に一度。それだけでございます」

 「それでは貴女は大変ではないのか?何度も何度も来られては、自由に過ごせる時間が無いではないか」

 「いいえ、殆どの方は一度の負けの後……挑戦することはありません」


 自信のある渾身のネタを持ってやって来るのに笑わせられない。そこで心が折れるのだと言う。


 「そうか。しかしそれなら……」


 諦めない限り、勝負は続く。その甘さに何か糸口はあるはずだ。王子はしばらくこの街に留まることを決意した。


 「王女様。謎に入る前に、一つ貴女に質問をさせていただくというのは駄目だろうか?私は幼く、浅学だ。女性の名前などそう多くは知っていない。だから貴女に繋がる手掛かりを、見つけるチャンスが欲しい」

 「……構いませんわ。日に一つなら、どうぞ」

 「感謝する」


 手掛かりが欲しいというのは嘘だ。少しでも王女と話が出来ればいい。その積み重ねで少しずつ、王女の心を開いて行ければ……何時かきっと口説き落とせる。


 「それでは王女様、菓子類では一番何が好きだ?」

 「え?」


 まさかそんな質問が来るとは思わなかったのだろう。王女は考え込んだ後……


 「美味しい、ケーキ……?」


 抽象的だと自分でも思ったのか、絞り込もうとするが、それ以上絞り込めないようだった。


 「了解した。ならば王女様!貴女の名前は“バウムクーヘン”だ!」

 「……ち、違います」


 謎は解けた、みたいな真顔で王子が告げれば……王女は慌てて否定する。


 「ちょっ、ぷぷぷ……っ、あいつ真面目にやる気あるのか?」

 「なんだそりゃ!あのお坊ちゃん世間知らずにも程がある!くくくく」

 「王女様そいつは止めとけ!結婚しても変な名前付けるぞ!あはははは!」


 観客席からはどっと笑いが沸いた。王女は赤くなって俯いている。そんな反応が物珍しいのか、観客席からは王子を讃える声も飛び交う。


 「どうして、そんな風に思ったんですか?」

 「いや、王女様の髪の色のように柔らかく綺麗な色だと思ったからだ」


 そうだ。名前を当てるのは後回しで良い。

 ひたすら呆けた回答で、観客を味方に付ける。大衆を笑わせられれば、王女も釣られて笑う可能性は大いにある。

 そして隙あらば王女を口説く。そのための回答だ。


 「もう、……お上手ですね」


 小さく王女が呆れたように笑うが、すかさず王が間に入る。


 「残念だが君、これは笑いにカウントされないぞ。姫が声を上げて笑わなければ駄目なのだ」

 「はい、心得ました」


 会場からはブーイングと安堵の息が同時に漏れる。これなら自分も出来るぞと思った者もいたのだろう。


 「それでは次は貴女を笑わせようとすればよろしいのか?」

 「はい」


 もし片方を成し遂げたなら、次回から挑戦は片方で済みますと王女が優しく教えてくれる。


 「そうだな。貴女の髪をバームクーヘンの生地に例えたが、今考えるならカスタードクリームの方が似ているかもしれない」

 「な、なんでお菓子の話ばかりなんですか!?」


 王女はますます真っ赤になって俯いた。その後お菓子の話ばかりされては、私が食いしん坊みたいじゃありませんかと涙目で上目遣い。

 改めて可愛い子だと王子は認識しつつ、その理由を考えた。


 「それは王女様。美味い菓子は荒んだ人の心を潤すだろう?私はこの国に来たのは初めてだが、この国の人々は皆笑顔でいる。私の国とは比べものにならない」

 「貴方の、国……?」

 「ああ、だからこの国にはさぞかし見事な菓子があるのだろう。もしかしたらそれが貴女なのではないかと思ったまで」


 不思議な物で、それまで無理だと思っていたはずの言葉が、王女を前にするとすらすらと幾らでも浮かんでくる。

 質問も謎かけも笑いももはや関係なかった。唯ひたすらに、王女を口説いている自分の姿に気が付いて、王子も少し顔が熱くなるのを感じていた。


 「べ、別に笑える話ではありませんっ!」

 「はい、残念。君も失格だ」

 「そうか。では貴重な時間を頂いたことに感謝しよう」


 王子はくるりと背中を向けて……思い出したように王女に一礼。


 「また明日、貴女の貴重な時間を奪いに来ることを、前もって詫びておこう。申し訳ない、王女様」


 観客席は妙な王子の登場に、すっかり盛り上がっていた。下手な道化より余程笑えると。

 彼らは明日はどんなぶっ飛んだことを少年が口走るのか気になって堪らないと、大歓声が王子の背中を見送った。

寝ている間に王子と王女の過去の話の掘り下げ。


思ってたよりこの王子ノリノリである。

口説きまくってますね。あれ?こんなキャラだったんだ。そうなんだ。


要は話している内に自分に惚れさせて、相手から正解して貰いたいと思われるようにして、そこで初めて質問ヒントコーナーが生きてくると。

王女は同世代の話し相手がいないから、王子が遊びに来るのが段々楽しくなる。でも結婚は出来ないし、笑ったらもう遊びに来てくれないという。

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