表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/28

【6夜目】菫姫の物語 『背徳の王女』

全方位、背徳注意報、背徳警報発令。

種明かし回なので問題しかありません。

ご注意ください。

 昔々あるところに……なんてお決まりの言い回しが使えない。これは私にとってそう遠い記憶ではありません。

 生きている頃美に傲り狂った私は、その傲慢の罪のためにこの城へ縛られました。旅人が望む女の姿に変わるという呪い。それは時に醜い女に変えられてしまうこともある。何とも屈辱恥辱に満ちたそんな死後の生。

 けれど夜の帷に城が包まれた後、泉には不思議な幻影が映るのです。水鏡に映るのは現世の出来事。私が忘れられていくそんな様を見せつけられる。

 神託より国を滅ぼす災いと認められたあの子。私の死に心が弱り、殺すことを躊躇った王は、憎いあの子を娘として育てる決断を下していました。

 一日一日、一秒一秒あの子は成長し、みるみるうちに美しく育っていきます。どんな女よりも愛らしく美しく、けれど女としての欲がない。綺麗な服が欲しいとか、宝石が欲しいとか。ちやほやされたいとか、美しい男に仕えて欲しいだとか。そういった気持ちがあの子にはまるでありません。それもそのはず、あの子は女の子ではありませんもの。普通の女が欲しがる物、全てあの子にとっては煩わしい。殿方からの好意だって嬉しいはずもありません。だと言うのにそんなあの子は、多くの殿方にとって理想の女として映る矛盾。隠した秘密の香りが、その花をより映えさせる皮肉。

 あの子が六つを過ぎた辺りから、王の態度も怪しくなり……明らかに親心とは違う目であの子を見るようになる。

 元々利益のために一時的に嫁いでやっただけ。あんな男別にどうでも良かった私でも、女としてのプライドを踏みにじられた心地にはなります。私に何度も熱烈に求婚、アプローチをしてきたはずの男が、本物の女でもない背徳に恋い焦がれるなんて屈辱以外の何ものでもありません。

 王が背徳への募る想いから、道を踏み外すまではそう長くは掛かりませんでした。


「嗚呼……我が娘の何と美しいことか」


 結婚することなど出来なくとも、ずっと手元に置いておきたい。あわよくば、嗚呼……あわよくば。あの子も自分を嫌ってなどいない。生かしてやった恩を感じているはず。強気で迫ればどんなことだってしてくれる、させてくれるはず。

 そんな男の欲に駆られて、それでも父の理性で思い留まる。気晴らしに女遊びをしてみても思い起こすのは未知なる物。

 王が夜毎城に招くのは、王女と年の変わらぬ子供。皆美しい少年ばかり。その子らに立派なドレスを与え夜伽を命じるなんて……私もぞっとしてしまいます。嗚呼、ここまで来ると、流石の私も王が哀れになってきて……彼を憎む心は背徳へと向かいます。ここまでこの男を惨めにさせたのはきっと、あの娘ではない娘!背徳の王女に他ならない。

 そんな秘密の情事を盗み見ていたのは私だけではなかったようで、王の秘密を握った一人の男が居りました。彼は王族の中でも地位の低い遠縁の男。当然王女の出生の秘密も知らない、その位国の中枢から遠い男。それでも偶然城に立ち寄った時に、男が見つけた訪問者。こっそり後をつけてみて思わぬ収穫を得た彼は、王女に詰め寄って王女を揺すり始めます。


「やぁ、久しぶりだな」

「義兄様?こんな夜更けにどうしたんですか?それも窓からだなんて……宿をお探しですか?それなら今メイドに部屋の仕度を……」

「いや、良いよ。呼ばれて困るのはお前だろう?」

「え?」

「最初は何事かと思ったが、そう考えれば筋は通る」

「きゃああっ!」


 寝間着の胸部を切り裂かれた王女が、咄嗟に胸を隠そうとしたところ男の腕に捕まって、真実を凝視されてしまいます。


「やっぱりな。お前の年齢だって女はもっと胸がある。大方陛下があんなことを始めたのはお前の所為だ」

「私は……」

「抵抗するなら下まで改められたいか?」

「いえ……」


 こう詰め寄られては王女も、真実を語る他ありません。


「義兄様、このことはどうか内密に……。国が荒れたら大変です」

「さぁ、どうしようかな。これとあれを陛下の政敵に流せばお前も陛下も一発だ」

「私に何をさせるおつもりですか?」

「黙っていて欲しければ、俺を王にするんだ。お前が答えを教えてくれれば俺がこの国の王になる!そうなれば悪いようにはしない。お前だって何時までもこんなくだらないことを続けたくはないだろう?陛下がおかしくなったも、こんな婚約者捜しをした所為だ」

「それは……それは、出来ません。どなたが相手であれ、私が結婚してはお父様が心寂しい思いをします。余計お心を乱される結果となります」

「なめた口を!そんなにこの俺を王にしたくないのか!俺の血の薄さを馬鹿にしているのか!?」

「そういうわけでは……」

「その生意気な面……この国を何故男のお前が継げないのだと、俺なんかに玉座を渡したくないと書いてあるっ!」

「違います義兄様!私は、お父様を悲しませるようなことをしたくないだけです」


 あんな男の何処が良いのか。王女は父王を恩人として慕っていました。王の口添えがなければ今日を生きていられなかったこの命。費やす相手は父王だけだとあの子は決めていたのでしょう。


「義兄様、今日の所はお引き取りを。お父様には私から話をしておきます。義兄様の地位の口添えを必ずや協力させていただきます」

「へぇ、何て言うんだ?」

「え?」

「俺が盗み見たこと、王に知られれば首が飛ぶのは俺だろう。なら俺を褒めるか?褒めるにしても俺は手柄のような物を何一つ持っていない。お前とのゲームに勝つ以外に何がある?大体お前だって取り柄はそれくらいしか……いや、待てよ?」

「あの、何か?」


 まじまじと顔を凝視された王女は戸惑いがちに男を眺め……どうしたことか何かを思い出したように、にんまりと笑い出したのです。


「それだっ!」

「はい?」

「ああ、そのまま振り続けろ。その方が良い」

「どういうこと、でしょうか?」

「お前が求婚者を振る。振れば振るほど未練がある奴は出る。これが良い金儲けと俺の足固めになる。これから毎晩俺の屋敷に来い。来なかったら陛下のことを政敵達にばらまくからな!」


 訳が分からぬまま、あの子は一日を過ごし再び夜が訪れて……約束を守らなければとこっそり城を出て行きます。


「お父様が、これ以上辛い目に遭っては……」


 男で一つで育てられたあの子です。あの子は王への恩と愛情を感じていた。だから約束を反故にすることも出来ず、男の狙いもわからぬまま出掛けてしまったのでした。なんと愚かな子!女の身ではないからか、警戒と頭が足りぬのですあれは!

 心の何処かで思っているはず。自分は男だからと言う甘え。そう怖いことにはならないだろうと危機感が欠けていたあの子は……


「お金儲けと言っていたから偽札作りか密貿易でも手伝わされるのかしら。それとも賄賂のお菓子作りかしら?」


 緊張感のないあの子。我が子ながら愚かしい。本当に愚かなことですが、女として育てられたあの子は普通の殿方よりも男としての意識すら欠けています。だから女心も男心も中途半端で解らない。


「こんばんわ、義兄様……」


 街外れの森の中、男の屋敷はありました。尋ねてきた王女を見た男は満足そうに頷いて……


「いいか、お前は何も喋るな」


 と、王女に猿轡を噛ませます。ここまで来て、いよいよ変だと思った王女が何かを尋ねるより早く、男は手足を重い鎖で繋ぎます。王女が問いかけようにも発せられる言葉は言葉として機能せず、男は聞く耳を持ちません。ふんふんと愉快げに鼻歌を吹く男の足下に座り込み、王女はじっと唯ひたすらに時間を待つだけ。やがて草木も寝静まる頃、男の屋敷に数人の貴族がやって来ました。男はそれをにこやかに歓待、部屋へと招いて王女を見せます。


「さぁ、ようこそお出でなさった!ささ、此方へどうぞ!」

「ほぅ、これは……」


 頭の先から指の先までじろじろと観察される居心地の悪さ。その意味がわからないでも、気持ちの悪さくらいは覚えたようで、あの子は少し脅えた様子。それも今晩の客にとってはスパイスなのだとは知らなかったでしょうけれども。


「外から、うちの姫様とそっくりの奴隷を拾って来たんですよ。いや、何……世界は広いですからねぇ。探してみればこれがなかなかいるもので。唯、残念なことにこんなにそっくりでもこれは女じゃないってことなんですがね。聞くところに寄れば、貴方はなかなか良い趣味をお持ちだと聞きましてね、今夜一晩、王女に振られた憂さ晴らしでもどうでしょう?」

「おおっ、それは良い良い!一晩幾らだね?」

「何処からそんな話を聞いてきたのやら……私はそんな趣味は、いやだがしかし……よく似ている」

「ふ、ふん!馬鹿馬鹿しい!いくら王女様に似ていてもこれは男なのだろう?」


 乗り気の者、渋る者、それでもちらちらと視線を送り続ける者。決断を促すように、男は下卑た薄笑い。


「実はですね、これは初物でしてね。教育が行き届いていない分、お楽しみ頂ける方にはお楽しみ頂けるかと」

「い、幾らだ!幾ら払えば良い!?」


 一番渋っていた客が突然目の色を変え始め、それに遅れてなるものかと、屋敷内は騒然と殺気立った雰囲気に。後は競うように衣類を外していく音が聞こえ始め、予想だにしない展開に、あの子は目を白黒させていましたが、本当にこれは危ないとようやく理解したのか這うようにその場を逃げだそうと藻掻きます。勿論、殆ど動けず見る者の目を喜ばせるばかり。


「おお、おお!脅えた顔が堪らんね。王女様もこんな顔で嫌がるのかなぁ、ふへへへへ」

「君ぃ!蝋燭は!蝋燭はあるのかね!?」

「鞭っ!鞭はどこだ!?」

「何分まだ未熟者でしてそういう過激な行為は……そうですねぇ、信頼の置ける方と私が判断出来れば、お屋敷に貸し出すことも出来るのですがね。その際は、どんな夜伽をしようと皆様の自由ということになりますが」

「おお!そんなことで良いのかね!?では君の出世の力になろう!」

「いやいやいや!私が先だ!私は金も出すぞ!」


 その時のあの子の顔ったら!本当に見物でしたわ。皆様にも、ええ……理様にお見せしたかったくらい!水鏡を見始めて、初めてですわ。こんな胸の空くような思いになったのは!

 本当に良い気味。この私を殺し、私が受けるべきだった殿方の視線!愛情を弄んだあの子への罰!報いですわ!声にならない声で泣き叫ぶあの子を見て、私、初めてあの子が愛おしいと思いましたもの。愛しい我が子の一番可愛らしい顔を見ていたいと思うのは普通のことでしょう?出来ることならずっとあんなあの子を見ていたい。それは時を忘れるくらい楽しいこと。そんな楽しい夜も永遠ではありません。長い長い夜が明始めた頃、気を失っていたあの子は男に叩き起こされます。


「さっさと城に戻れ!余計なことを言ったら王がどうなるかわかるな!?」


 男はこうして有力者達を味方に付け地位を上げ、どんどん私腹を肥やし、その金をばらまいてまた地位を上げ、とうとう大臣の位まで上り詰め、城に住まうようにまでなりました。

 金と地位と権力を得た男はそこで満足など出来ず、次なる欲が芽生え始め、王女に優しく語りかけるのです。


「どうだ?少しは従順になる気が出てきただろう?俺を王にすればあんな風な夜伽の仕事もお終いだ」


 どうやらこの男正常ぶっていたはずが、あの子の仕事を見守る内に良からぬ思いが芽生え始めていたようで。しかしそれが認められず、こんな回りくどいアプローチを……

 私としては、あの子の苦しみ悶える姿が見られなくなるのは困ります。そんな親心を汲んだわけでもないですが、あの子もそれを拒みます。これまでの行いを見れば当然です。


「そんなに私を娶りたいなんて、義兄様もああいうことがしたいんですか?」


 軽蔑したような王女の言葉と眼差しに、男はカッとなり王女に拳を振り上げて怒鳴りました。


「俺を変態呼ばわりするかっ!親子揃って罪深い恥知らずの分際で!男の癖に女々しい奴め!気持ち悪いんだよお前は!誰がお前なんか!……王の夜遊びもお前の正体も明るみに出れば今と同じ生活は出来まい!それを肝に銘じて置くんだなっ」


 あの子が真実の名を明かし、笑う約束をするまで、この楽しい宴を何時までも続けると男は言いました。あの子が死の誘惑に取り憑かれ始めたのはこの辺りに来てからでしょうか?いえ、最初の夜伽の翌日から、それは続いていたかしら?けれどこの時ほどあの子が思い悩んだ日は後にはあっても先には一度もありません。

 父のためと耐えてきた夜伽。しかし男の機嫌を損ねればいつ父の秘密を暴露されてしまうか。今となってはあの男は大臣。その地位があればその秘密を信じる者も多いでしょう。バラされてしまえば一巻の終わり。国が荒れ、本当に国を滅ぼす災いになってしまうかも知れない。

 けれどそんな男を一緒になっても生涯揺すられ苦しめられるだけ。幸せになんてなれるはずもない。ならば王に全てを明かし助けを求めるか。王女が悩みに悩み眠れず迎えた朝に……一人の少年が海を渡って来ました。若く幼く勇敢で美しいその王子。戦ばかりで色恋を知らぬ少年の、不思議なアプローチに王女は不思議な気持ちになったでしょう。男の嫌な側面を何年も見せられ続けたあの子。


「王子様は……皆とは違うのでしょうか。それとも……いつかは同じに?」


 戦いに強い王子様。助けを求めたら助けてくれるだろうか?海の向こうに逃げたなら苦しいこと全てから逃げられるだろうか?そう思っても後ろ髪を引くのは、取り残される父のこと……それから自分自身のこと。


「気持ち、悪い……」


 真実を知ったとき、彼はどう思うのだろう?騙して結婚したとしても、いつかは気付かれてしまう。それはきっと彼を傷付ける真実だ。その好意を気持ち悪いと感じないのは、情報に疎い海の向こうからの挑戦者が本当に何も知らないから。


「あの人は、私を本当に女の子だと思っている……」


 その気持ちを利用することは、その好意を踏みにじること。それをしたくないのなら、やはりいつものように彼を振らなければならないだろう。

 王女の心の中に入り込んだ王子の存在。無自覚の嫉妬を覚えた大臣は、王子の抹殺を命じるも、度々失敗してしまい……遂には。


「ええい!ならばこの手で仕留めてやる!」


 そう勢い立って出掛けたものの、ものの五分とせぬ内に返り討ちに遭いまして……


「王子だからと言って金を持っていると思うのは誤りだと言うに」


 理様。貴方にぼこぼこにされた大臣は可哀想に牢に閉じ込められて、無念さに打ち震えていました。その傍ら、晴れて揺すり集りから解放された王女にはなんとも眩しく見えたはず。


「おお、なんと!大臣が旅の王子を襲ったと!?なんたる無礼っ!」


 王が別の意味で目を付けていたお気に入りである理様。自分より先に手を出そうとした不届き者に違いないと、王はさっさと処刑を申しつけました。こういうときだけ仕事が早い男なのですあの男は。処刑の間際、大臣は王や王女の正体を暴露していましたが、それを本気と取る人はいませんでした。


「気でも狂ったか。気になさるな謎かけ姫」

「お、王子様……お怪我はございませんでしたか?」

「戦うことなら慣れています」


 それしか誇ることがないと、少し悲しそうに呟く貴方を、あの子はどんなにか頼り甲斐があると見ていたことでしょう。貴方があの国へやって来たことで、あの子は解決するはずがなかった問題を一つ取り去ることが出来たのですよ。そうですね、そうすればあの子が貴方に惹かれる気持ちを覚えても、仕方がないことかも知れません。

 ……しかし、全ての問題が片付いたわけでもなく、王女の悩める日々は続きます。


(お父様のお気持ちがどうにかならない限り、根本的な解決にはならない……)


 そう、正にその通り。危険な橋を渡り続ける限り、第二第三の強請り男が現れますもの。

 父の思いを酌み取って、危ない夜伽は止めさせるか。或いは誰かに嫁いでその未練を断ち切って貰うか。こうしてつかず離れずで傍にいるのが問題なのだと王女は気付いたのでしょう。


(“お父様、貴方が好きです。誰のお嫁にもなりたくありません”……)


 そう一言言えたなら、全ては丸く収まるはず。それでも、それでも……それこそ国を滅ぼす災いか。王女が嫁を迎えない以上、世継ぎは出来ず……世継ぎ争いで国が荒れる。それがやはり国を滅ぼす災いになる?神託の意味を考えれば考えるほど、王女は塞ぎ込むのです。何をしても、何をしなくても……それはどうにもならないのではないか。旅の王子に神託を否定される度、あの子はその通りならどんなによいものかと悲しい気持ちで笑っていました。


「お父様……」

「何だ、姫?」

(“お父様、……貴方が好きです。誰のお嫁にもなりたくありません”……)

「姫?」

「あ、いえ、……何でもありません」


 言おう言おうと意を決しても、口を開けば言葉が凍る。告白の言葉を口にしようとする度に、思い出すのは毎日諦めずに通ってくる一人の王子様。自分が本当に女の身であったなら、すぐにでも応えてしまいたい程、理様を恋い慕っているのだとあの子は気付いたことでしょう。


(駄目だ……話せるはずがない)


 何もすることが無くなった夜は長い。頭を空にして意識を飛ばすことも出来ず、今ある悩み事を唯ひたすらに悩むしか無くなるから。

 現状維持はいずれまた、辛く苦しい定めを呼んでくる。それを理解していても、この場かを脱することが出来ない。拾い上げてくれた人の手を振り払うことも出来ないし、触れたい人に手を伸ばしたいという心を凍らせることも出来ない。王女の初めての恋は、何とももどかしいものでした。


「あの人は、嘘が嫌い」


 頭は良いけれど、真っ直ぐな人だから。言葉を重ねる内に理解していったこと。騙されること裏切られること、きっとあの人は嫌がるだろう。真っ直ぐに道を求める。悪いことを正そうとして、戦っている人だから。


(私は嘘だ。あの人は私を知れば、きっと私を嫌いになる)


 王女が死んでしまいたいと思ったのはこれで何度目か。仮に自分が死ぬことで国が滅ぶような災いになっても、それはもう自分とは関係のないことで、苦しまなくても良いことで……そう思おうとしても、王女としての身分が足枷になり、衝動に抗い始めます。


「だけどきっと……本当のこと、私の胸の内まで知られれば……あの人はきっと私を気味悪がる」


 好きだと言われて言われ続けて、言葉を交わし理解して……それで惹かれて行ったのに、好きだと言うのが罪になる。掌を返されて、冷たく罵られるだろう。


「あの人は、そんな人じゃない……」


 そう思いたいけれど、真っ直ぐすぎるあの人は道に背くことを許さない。きっと私を許さない。身体の何処が痛いわけでもないのに流れる涙は長く、これまでの比ではないくらいなかなか止まらない。その涙がまた夜を長くして行くのです。

 そんな葛藤の夜を幾つも過ごし、とうとう訪れた別れの日。例え嫌われても友達にはなれるだろうと、共有した時間を信じて、王女は真名を王子に明かしました。しかし……


「巫山戯るなっ!」


 その言葉は頭を思い切りぶん殴られたような衝撃。まるで鈍器。ぐわんぐわんと何度も王子の叫びが谺して聞こえ……受け入れて貰えなかったこと、それから彼を深く傷付けてしまったことを王女は正しく理解したのです。

 王女が女でないことを知っても、王子は手を挙げることも出来ない。即座に受け入れられる事柄ではなかったから、本当のことを知っても長年募り続けた思慕の灯火を消すことが出来なくて……その苦痛から言葉を荒げてしまったのだと分かるくらいに、あの子は理様を理解していたのでしょうね。


 しかし貴方があの子を受け入れなかったから、あの子が縋る縁はもう父王唯一人に逆戻り。王女としての立場に縛り付けられて、戦を知らぬ王が飛び出し討たれた以上、あの子が戦うしか無くなった。

 ええそうですね、神託なんて下らない。貴方があの子を受け入れて、秘密を守り、それでも愛することが出来たなら神託を打ち砕くことだって叶った。それが叶わなかったのは理様。貴方が正道を解き道に背くことを認められなかったから。

 解りますか理様。今そこで冷たい石になったあの子は……、あの日に暗い海に飛び込んだあの子は……誰にそうさせられたとお思いです?貴方です。貴方ですよ。貴方以外に誰が居ります?

 最後にもう一つ、良いことを教えて差し上げましょう。


 *


「私は唯の亡霊。人を呪う術などありません。故にこの城の掟に背いた者を元に戻す方法など知り得ません。よってこの石像は元には戻らない。私も戻せない。これで私の話はお終いですが……」


 菫姫は話し終えると顔を上げ、満足そうに微笑んだ。そこに王子の頬を流れる涙を見出して。


「これで私も勝ち、ですね理様?」

「………っ」

「お伺いしてもよろしくて?貴方は一体何に失望なさったの?あの子が手垢まみれの中古品だということ?それともそんな薄汚い女でもない女に想いを寄せられていたことかしら?」

「巫山戯るなっ!」


 あの日王女を拒絶した、それと同じ言葉を王子は繰り返す。


「揺らぐものか!そんなことでこの胸の炎が消せるものか!そんな簡単に消える想いなら、俺はこんなに苦しまなかった!」


 知っている。知っていた。あの日、最果ての塔に攫われた背徳の身を襲った出来事。それは菫姫が話した事柄と、大差ない悪徳。


「嘘よ!貴方の父親は、それで私を捨てたんだ!」

「お前は何を言っているんだ!」


 それが実の母親だとしても、もはや言葉を繕う義理は何処にもない。王子は心のままに、菫姫を罵った。


「背徳は俺を騙し続けたことを、死んでからもずっと後悔し続けていた。身体が石になろうとも、俺に詫びようと真実を明かしてくれたのだ!それが貴様は何だ!」


 死んでからも人を憎み続け、こうして引き摺り込む蟻地獄。罪を恥じる気持ちも罪悪感も無い。だから償おうという気持ちも起こらない!その面の皮の厚さと言ったら……仮面でもしていなければ恥ずかしくて外も歩けないはずだ。


「父上が貴様を見限ったのは、その恥知らずの神経故だ!俺とて貴様をもう二度と、母などと呼びたくはないっ!」


 王子は憤り席を立ち、背徳の石像を抱えて歩き出す。何事かと皆がざわめく中、王子は愛馬を振り返る。


「帰るぞ砦っ!」

「待て!約束を破るのかっ!」


 慌てた様子の菫姫が追って来るも王子は砦に跨って、片手で背徳を抱き、もう片方で菫姫へと剣を突きつけた。


「俺は背徳を元に戻す術を求めた!それに貴様は応じた!応じておきながら知らぬではこの賭けは成立しない!それで石になるとしても本望よ!その時は高く跳べ砦!俺と背徳を粉々になるほど冷たい土へと叩き付けろ!」


 そうしてどちらがどちらの破片か解らなくなるまで小さくなって、共に寄り添うのだと語って聞かせれば、カタカタと震えだした菫姫が、待ちなさいと金切り声を上げ騒ぐ。


「デストルド様!止めてくださいっ!今の時間、外は危険ですっ!」

「んー……そいつを宿のお代に引き受けても良いんですがねぇ。外出たら死にやっせー」

「知ったことか!」


 何ともやる気のない死神の制止を振り切り、王子と砦は外へと急ぐ。この城に留まれば冥府に飲み込まれる。この俺もとうとう死ぬ。それを理解しているから尚のこと、あんな女の傍に居たくはない。


「さぁ、砦!この城を出る前に、共に盛大な嘘を吐こう!そして俺達も石になるのだ!」

「やれやれ、お供しますか……いや、それじゃあしませんかね」


 砦は出口までの残り道を思い切り駆け天窓を突き破らんと助走を付ける。


「それでは理様。私はここまで貴方にお仕えできて全く不幸にございます」

「俺も今度生まれ変わったら、お前に乗るのは懲り懲りだ」


 一人と一匹、微笑み合って硝子にぶつかる。ここにあったのは魂だけだからなのか痛みはなかった。暗い森へと飛び出す最中、身体が強張ったのは石になるのをとうとう死ぬのを心が僅かに脅えたからか。片手で手綱を強く握り、身体と片手で石像を強く強く掻き抱いた。あの日もこうして王女を追って、同じ海へと飛び込めたなら……今より満たされた心があっただろうか?こうやって抱き締めたなら、あの日はきっと……まだ温度があった。背徳も抱き締め返してくれたかもしれない。


(背徳……)


 最後に何も言えなくなる前に。風に消されてしまうかも知れない。だからもっと近くに抱き寄せて、その耳元へと言ってやる。


「お前が好きだ……」


 一度も呼んだことがない、王女の真名をそこに加えて。


「愛している、毒姫(イオス)

ギリシャ語を漁る。

菫→イオン…んじゃ菫姫って書いてイオンって読ませるか。

毒→イオス…んじゃ毒王とか毒公とか毒君って書いて、違和感。毒姫でイオスでいいや。偽名の背徳(でエロスを読ませる)と音も似てるし。


最後まで背徳の王女の真名は明かさないのもありかなと思ったんですが、それだとなんだかなーと思ったので急遽探して良い名が見つかったので。

母ちゃんがろくでもない女過ぎる。背徳の名前を真似た偽名名乗ってたんか。


そんなつもりじゃなかったけど、他の長編小説と似た設定ぽい名前になってしまったがまぁいいや。


歌作ってた頃から、1番の歌詞的に「正体知ってる奴からゆすられてエロ展開ありそうだな」って含み作ってたのが背徳の姫君の歌だったので、まぁ設定出せて満足……満足………。可哀想なことしてしまってすまんね。


王子が「初物じゃなくても女じゃなくても王女が好きだっ!」の悟りを開けたからいいんじゃないかな。うん……

どうでも良いけど理の王子がデレデレですね。死にでレってなんだ?死ぬまで決してデレないノンケ男ってことか。とりあえずこれBL小説じゃないのに、困った。

まぁいいや。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ