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【6夜目】砦の物語 『殺人地獄』

 では私の話を始めましょうか。今宵始めます始まりの物語。そして私が語るこれが最後の物語。

 この物語は誰の話しか?これはとある殺人鬼の物語。


 これは私が主と共に世界を駆け回っていた頃に見た話。

 名前こそは伏せますが、ある国にはこんな迷信がありました。それは人を殺せば、その殺害方法と同じ境遇の地獄に落ちるというものです。刃物で刺殺すれば刺殺地獄。悪魔達にありとあらゆる刃物でつつかれ抉られまた傷が治りかけた頃、同じ事を繰り返されるという話。絞殺すれば首絞め地獄。性犯罪で相手を殺したのならば日々悪魔達に犯される。放火で人を殺せば火炙り地獄……と言った具合に、法律と宗教の力で因果応報を伝え、不殺という概念を人々に広めようとしたのでしょう。


 しかしその国で……とても信心深い少女が、人を殺してしまいました。彼女の家は街外れの森の中。若くして両親を流行病で失った彼女は一人逞しく生きていましたが、何分若い娘の一人暮らし。よからぬ事を考える者も大勢いたのです。

 彼女は夜中家に忍び込んできた悪党から自らの身を守るため、毒矢で男を射抜きました。その身体を縛り上げて、身の安全を確保した上で解毒をしてあげるつもりでしたが、男は毒に対するアレルギー反応で、すぐさま事切れてしまったのです。

 そんな理由で彼女は正当防衛……とはいえ、人殺しの罪を犯してしまったのです。なんとも信心深い彼女は、死後の世界に怯え始め……将来自分は毒殺地獄に落ちるのだと、日々苦悩し続けました。教会に通い続けて免罪符を買っても心が安まらない。毎日彼女は見えざる死に脅え、震えながら暮らしていました。


 これはそんなある日のこと。

 彼女の家に一人の旅人が現れました。脅える彼女に、朗らかな笑顔で旅の青年は一夜の宿をと願い出ます。見ればその青年が修道士であることに気が付いて、彼女は部屋を貸しました。彼女は彼にこの悩みを打ち明け相談したかった。悩める私の下にこの人を遣わしてくださったのは、まさに神の思し召し。信心深い彼女はそう思ったのでしょうな。


「なるほど、お嬢さん……それは辛い思いをなさいましたね」


 修道士は親身に話を聞いてくれ、彼女の肩を持ちます。そして青年は、一つの逸話を彼女に話すのでした。


「昔々、とんでもない大悪党がいましてね。彼はありとあらゆる犯罪を犯し、様々な方法で人を殺めました」

「まぁ……」


 不可抗力で一人殺してしまっただけでもこんなに恐ろしいのに、それを大勢だなんて。娘は震え上がります。そんな彼女の反応に青年は苦笑しながら話を続けるのでした。


「当然彼は地獄行き。だけど困ったのは悪魔達でした。彼があんまりにも沢山の罪を犯したので、何処の地獄で引き取ればいいのかまったくわからなかったのです。身体を細切れにしてそのパーツ毎に違う地獄で拷問するべきか。それとも日替わりで地獄を移動して拷問するべきか。悪魔達もこれには意見が割れまして、悪魔同士で小競り合いを始めてしまいまして、これはよいよいと男は地獄から逃げ出して、現世を彷徨う亡霊となりました」


 旅の修道士は悩める少女の気分転換のつもりで、それを笑い話として話したのですが、肝心の少女には違う意味に聞こえてしまいました。

 そう、少女にはその男と同じ道を辿れと聞こえていたのです。ですから少女はまず手始めにその修道士が寝静まったところで首を絞めて殺してしまいました。

 それから旅人が宿を借りに来る度に、彼女は違う方法で旅人達を殺していきました。そうすれば自分が死んだ後に、悪魔達が自分の処罰に悩んで何も出来なくなる。

 神を信じるあまり、神からの罰を恐れた。地獄に落とされる恐怖が、信心深い少女を残酷な殺人鬼に変えてしまうとはなんとも皮肉なこと。

 私はその家で飼われていた驢馬からこの話を聞きましてね。旅のためにその家に宿を願い出た理様が心配で心配で、何度も嘶いたものです。

 その頃の理様は、戦場に出て久しくなく……それでもまずご自身で攻め入る国に潜入し、兵達を招く突破口を作ることを好んでしました。つまり私の主は、人を殺したことはありましたが、それが若い女子供であったことはなかったのです。


「ようやく寝たか……どう料理してやろう」


 穏やかに出迎えてくれた少女が、夜になると急に変貌し、闇夜に薄気味悪い笑い声を溢します。しかし食事に眠り薬でも盛ったのでしょう。理様は目を覚ましません。私は言葉が伝えられないことを悲しみ嘶くと、その一帯に響き渡るような絶叫が響き渡りました。勿論私の声ではありませんよ。それは甲高い女の声。

 理様は、啼いてばかりの私を心配し、食事が咽を通らなかったと言います。彼を救ったのは彼のその優しさに他なりません。

 理様は戦乱の中生まれ、子守歌が人々の悲鳴と街を焼く炎の轟音。幼少から戦場の中で育ったような可哀相な方。ですからご自身に向く殺意にはとても敏感な方。眠れずにいた理様は、迫り来る殺気に気付き、反射的に剣を振るってしまったのです。

 お優しい理様は、自分が誰を斬ったのか気が付いて、大層悲しみました。その後家と森を調べて少女の正体を知ったのですが、それでも理様のお心が晴れることはありませんでした。理様が女子供を斬ったのはそれが最初で最後であったろうと私は思います。

 死んだ少女の魂が、今どこにいるのかなんて私にはわかるはずもありませんが、因果応報の言葉だけは信じてもいいと思うのです。かつて少女が人を殺め、苦悩したように……私の主も彼女を殺め、長く苦悩し続けました。

 と申しますのは理様の父上と母上のお話に繋がります。理様の父君は、敵方に人質に取られた奥方様を、国のために犠牲にし……奥方様もろとも攻撃しその城を焼き払ったのです。幼い理様にとって、それはどんなに堪えたことでしょう。物心付く前に母親を敵に奪われ、ようやく取り返せると言うところで、そんな仕打ち。理様が戦平定のために大陸中を駆け回ったのも、女子供には爪が甘いのも……すべてはこれが切っ掛けでしょう。父君のような策を講じない、犠牲を生み出さない終戦の力。彼が求めたのはこれでした。

 そのために身一つでの潜入捜査。そんな矢先のこの出来事。主は大きな矛盾を抱え込んでしまったに等しい。不可抗力とはいえ自分より弱い娘を手に掛けた。これが一国の王子のすることとなれば法律も歪みます。森の魔女を退治した英雄のように、この人殺しが語られるようになってしまったのです。武勇伝のように語られる物事が、決して本人にとって喜ばしい物とは限らない。これはそういう話です。


 それはそうと、もし仮に少女の信じた地獄が確かに存在するのならば、今頃彼女は何処にいて……そして私の主は何処へ行くのでしょう?何処へなりと私はお供する所存ですがね。そう、一つ気になるとすればそちらの美しい石像の王女様について。彼女は直接人を殺したことはありませんよね。なのに彼女は悪魔に仕えさせられていたと言う。では何が彼女を地獄に落とし、そしてここは何の地獄なのでしょう?


 これはあくまで私の仮定に過ぎませんが、ここは語り地獄。姿を形を偽った背徳の王女の落ちた地獄は、語り騙られ続ける地獄。心が死んで逃げ出したいと思うまで、言葉によって傷付けられ……永遠に魂を嬲られる、そんな地獄なのではないでしょうか?

 もっともそれは現世もそんなに変わりませんね。真実を知らない人々は、好き勝手に噂話を続けていることでしょう。生きるも地獄死んでも地獄。マシな地獄はさてどちら?

 私は理様の足ですから、理様がお選びになった方の地獄まで理様をお乗せして先へ先へと進んでいく所存ですが。


 *


「申し訳ありません、理様」

「いや……」


 思い出したくないことを騙ってしまったのではと謝る砦。父と母のことは確かにショックだ。しかしこの話で、王子は思い出したことがある。


(しかし、何故だ?)


 忘れていた。今の今まで、忘れていた。背徳の王女との思い出ばかりが胸に溢れ、それ以前のことを思い出そうという気が起きなかったのか。手に掛けた女のことなど、もうしばらくは思い出していなかった。

 砦に語られ、そんなことも確かにあったとは思い出せるのだが、女の声や顔などは……語られた今でもよくは思い出せないのだ。その感覚がどうにも気持ちが悪くて仕方がない。


(森の……魔女)


 その言葉に視線が向かうのは、何故かは知らぬが菫姫。彼女が二日目に話した話が魔女の話。そして四日目に話したのが森の悪魔の話だ。偶然だとかこじつけだと言えばそれまでだが、それに気付くとますます悪寒が走る。砦が語り手に加わること、そしてこの話をすることを見越して、それらの話を行ったとは流石に考えすぎか。しかし菫姫は抵抗無く語り手を増やすことを受け入れてきた。こんな不思議な水の湧く場所に城を構えているのも向こうの策略なのではないかとすら思う。なんとも得体の知れない女。人の過去のトラウマを刺激して、他の誰かに成り代わろうとするとんでもない女。その正体を暴かせるためのヒントとして砦はこれを話したのかも知れない。人間である王子の五感では感じ取れない何かを伝えるために。


(父上……母上……)


 そう、不思議なことはそれだけではない。何故砦はここでこの話をした?父と母の話は王子にとってはタブー。砦もそれを理解していたからこそ謝った。謝ってまで話しておきたいことがあった?そういうことなのだろうか?

 王子は頭の中で砦の話をもう一度整理し、その後自身の記憶を振り返る。

 母は死んだ。父の策によって殺された。物心付く前に引き離されたから顔なんて知らない。父は王子が海の向こうに渡った後に死んでいる。危篤の手紙が来て、戻った頃にはもう事切れていた。本当はあの美しい王女を見せてやりたかった。これで国は安泰だとそう聞かせてやりたかった。自分が平和な国の中仲睦まじい結婚生活を送れれば、それは父の心の慰めにもなったことだろう。母の犠牲があって今の平和を作り出せたと、そう伝えその判断を責めるだけの子供ではなく、受け入れて肯定できるような王になれるはずだった。


(……!そうか)


 砦の言わんとすることの意味を王子はようやく理解する。片方は片方を隠すためのブラフだった。どちらも重い話だ。どちらも王子のトラウマだ。だからこそそれに触れる意味はあった。菫姫の正体を暴き、弱点を知り、話をするために……それは必要だった。王子が労うように愛馬の背を撫でてやれば、彼は嬉しそうに嘶いた。


「やれやれ、最終日の一発目にしてはパンチに欠ける話でしたねぇ」


 黒マントの死神は呆れた風に肩をすくめる。


「別にこれは怖い話をする勝負ではない。私側は菫姫を笑わせることが出来ればそれで勝ちになるのだから問題ありません」

「肝心の城主様は黙り込んで、さっぱり笑う所ではありやせんけどねぇ……ひひひ。まぁ、それじゃあ、私の最後の話をさせて貰いやしょう」


 黒マントのデストルドはひひひと笑って、黒衣を翻し席を立ちそうして歩き出す。どうやら彼は本気で、身振り手振りも交えた語りを始めるつもりなのか。その半笑いの顔からは、死にかけてまだ死んでいない王子の魂を迎えるのが仕事なのか、別の何かを企んでいるのか、容易に察することは出来ない。答えは彼の話す物語の中にある。王子はじっと聞き入った。この夜を越えるために。

物語もラストスパート。

未完の小説ばかりだと人生残尿感だから、ここらで一発終わらせましょうか。

そんな気持ちがむくむくと。


というか色々考えることがあって、それに伴い新しい話しがぽんぽん浮かんできたので。一日にひねり出せる小話には限界があったんだね。やっぱ5日目で限界でした。最終日の物語は、物語としての集大成。伏線の伏線回収しつつどうにかこうにか完成させたい。

これまでは掘り下げとブラフのための物語だったけど、最終日はそうもいきません。

こっからが地獄だぜ。

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