【5夢目】夢物語の物語 『嘘と真』
※女装。あと雰囲気注意報。
旅立つ前に、心待ちにしていた。彼女も自分と同じ気持ちなのだと信じていた。それならそこで俺と彼女の物語は、めでたしめでたしと締めくくられ終わるはずだった。けれど結果は……
「私……“僕”の名前は……」
こっそりと教えられた名前は、どう聞いても女のそれではなかった。そう、当たるはずがなかったのだそんなもの。誰にも当てられるはずのない無理難題。
あの日の絶望を、あの瞬間の気持ちを正しく語るだけの言葉が俺にはない。持ち合わせていないのだ。後にも先にも恐らく……あんな気持ちになることは、あの一度だけだろうと思う。普通に生きていたなら、誰もそんな壁にはぶつからない。けれどそんな壁にぶち当たった、俺は目の前が真っ暗になった。そして……嗚呼、もう一度だけ。そんな深い絶望を味わった。
*
扉の向こうで、彼女は泣いていた。
「背徳……?」
さぁ、帰ろう。伸ばした手を嫌がって、窓際まで彼女は逃げる。
血まみれのこの俺が恐ろしいか。忌まわしい亡国の記憶が甦ったとでも言うのか。己の姿を省みる俺に違うと首を振る。
「もう、嫌……嫌、なんです」
それは人殺しである俺ではなくて、その発端となった彼女自身に向かう言葉。背徳の王女はそこにいるだけでこうして何度も争いを生む。別に彼女が何かを欲しがったとか、願ったとか……そう言うことは一切無くて。唯そこに生きているだけ。それが罪だと責めるように、争いは現れる。
「別に……お前の所為ではない」
王女の国が滅んだのは王子の所為だ。あの男が死んだのは、自業自得という物だ。
「……気に病むな、帰るぞ」
無理矢理手を掴む。ドレスが血で汚れた。階段を下りる。転がる亡骸の数に、その色にまた王女は泣く。自分の罪を自覚して。
それでももう観念しただろう。砦に乗せようと先に乗って手を伸ばすが、王女は手を掴まない。そのまま数歩ジリジリと後退し、崖へと向かって逃げていく。
「背徳!?」
王子もすかさず馬の背を降り追いかけるも、崖を背にした王女は今にも飛び下りそうな悲痛の表情。何と言ったら彼女を止められるだろうか。
国は滅んだ。生きる意味も価値もない。それでも尚災いを呼ぶ自分の存在を赦せないと言う。そんな彼女に何を言えばいい?災いよりも尚価値あるものだとは思えないそんな彼女に、生きる意味と理由を与える言葉。見つからなかった。
一つだけ思い浮かんだけれど、それを口にしたなら、彼女ではなく自分があの崖から飛び下りたくなるだろう。言えるはずがないのだ。自分が自分であるために、道は見失え無い。いずれ適当な女を他に迎えて、世継ぎを残さなければならない。本当にこの背徳の王女はどれだけ美しくとも……女として全く価値がないのだ。世継ぎさえ生めない身体。そもそもが……王女ではない。
「神託の神様は言いました。生まれた男児が国を亡ぼす。だから私は生まれてはならない。生きていてはならない。国を滅ぼす災いになる」
泣きそうな声で王女が言う。
生まれた時に男と解り殺されるはずだったその赤子。可愛い我が子を殺すことを躊躇った王が生まれたのは王女とし、女の格好をさせて育てた。それが背徳の王女。
「だけど神託には逆らえない。私がどんな格好で生きても、どんな境遇で生きても私がいれば国が滅ぶんです。私がいれば……きっと理様の国も滅んでしまう」
神託は国の定義を行わなかった。そこにこの少年がいれば、国が滅ぶ……それしか言わない。死ね死ね死ねと神に言われ続けて、もう疲れてしまったと王女が言う。このまま生きても何も楽しいことはない。人が死に、国が滅ぶのを延々と見せられ続けるだけ。
生きていられるだけで幸せ。そう微笑んだその笑顔から、ボロボロと涙が流れ風に舞う。彼女は……彼はもう、生きていることが幸せと思えない。どんなに言い聞かせてもそれは嘘だと気付いて自分を欺せない。
「……っ、ならば!俺がその神を殺して来てやる!お前はそこで待っていろ!」
「……無理です。神様は確かにいるけれど……人間じゃ会えない場所にいるんです」
貴方の馬がどんなに早く走れても。貴方がどんなに強い剣の使い手でも。それは叶わぬ願いだと王女が首を振る。ならばどうしろと言うのだと睨み付ければ彼女が微笑んだ。
「これで、もうお終いです」
私なんかを助けに来てくれて、ありがとうございました。全てを嘲笑うような、虚ろな瞳の微笑みは……傾いで灰色の空を見上げて海へと落ちる。伸ばした手は遅すぎて、遠すぎて髪の毛一本掴めない。激流に飲まれて何も見えない、聞こえない。そのまま飛び込む勇気もない。後ろ髪を引く、国への思いが邪魔して……その場に蹲り地を叩き蹴ることしかできなかった。
岬から離れて砦の背に揺られながら……沸々と燃え上がる怒りと激情が腸を焼く。
苛立ちを静めるために、仇を取るにはどうすればいい?
そもそもだ。会えない神など。殺せない神など、どうしていると言い切れる?この手で仇を取ることも出来ないような不確かな存在に、人生を運命を弄ばれて……苦しめられて。何一つ救い無く死んでいく、そんなあいつを今どこで見ている?神とやら、それで、これで、満足か?自分の思い通りになったと腹を抱えて笑っているか?嗚呼、今すぐ殺してやりたい。
国へ帰ってからも毎日が虚ろ。あの国から攫ってきた頃の王女と似た目をしている自分に気付いた。
俺は今まで、何を考え生きていたのだろう。それが正しき道だと信じた、何もかもが間違っているように思えて仕方ない。神とは正道。人が歩くべき正しき道。国の長としてその模範を示すそれが、正しき理だ。
けれど正しいはずの道を歩く程に、多くを失ってしまった。いっそ間違えていれば。踏み外したなら、せめて王女は救えただろうか?その願い通り友として傍に置いてやることは出来ただろうか?
(いや、無理だ)
今更そんな風には思えない。千日も女として意識をしてきた相手だ。相手が男と知ってからも、そういう目では見られない。騙された、勘違いの恋とは言え……それだけの間想った相手を、友人として認識してやることのどんなに難しいことか。
何もかも知って苦しいんだ。怒り狂う以外に道がない。全てを知っても嫌えずに、まだ恋偲ぶ心があることがどうしても許せなくて、自分の心に蓋をした。
まだ騙されている振りで、そう思い込んで昔の様に……振る舞える器用さがあったなら、王女も少しは救われただろうに。
王子は我が身を省みて、溜息以外が出なかった。
自分が王女を蔑ろにしていたからあんな事が起きたのだ。
(嗚呼、何も考えたくない)
これ以上深みにはまる前に。何も考えられないように……いっそ俺を殺してくれ。
狂ったように剣を振るって、王女の死で反旗を翻した諸侯達……再び制圧の戦に飛び込んだ。
*
「背徳……」
王子は眠りから目覚め、今の状況を整理する。ここは最果ての森の中、その奥の奥の城の一室。
(けれど、ここは何処だ?)
いや、正確には……ここは何だ?
王子が身を起こせば愛馬も目覚めて王子を見る。戸惑いながら愛馬に、王子は違和感を伝えた。
「砦……俺達の旅は」
「思い出されたんですね」
砦も今思い出したのか。それとも言えずにいたのか。違和感には気付いていたようだ。
以前西に進み最果ての海に来た時は、その向こうに見えたのは……大きな海とその向こうに見える東の大陸だった。その手前にある最果ての森……その森へ至る島など、あの日は何処にもなかった。
「砦。共に育ち、共に過ごした俺達が……唯一離れた時を覚えているか?」
「はい。王女を求めて貴方が海を越え、再び帰ってくるまで……私は国へ置き去りでした」
「ああ。陸育ちのお前は……海の揺れが苦手だったな」
そう。思い返してみればおかしいのだ。全てがまやかしだったように思える。
「俺はお前とあの日以来、こうして最果てを目指した記憶がない。俺の記憶はお前と戦場を駆けているところまでだ」
数日前に一度だけ、考えたことがあった。もしかしたら自分はもう死んでいるのではないかと。それがいよいよ現実味を帯びて来た。
「はい。私はご主人様と戦場を駆け……共に敵に矢で射られ、斬られたところまでは覚えています」
「……それでは、冥界が近付いてきていると言うことは……七日目までに目覚めなければ俺達が死ぬと言うことなのだろうな」
自分の死。考えてみても妙に実感がない。既に死んでいるようなものだった。あの日王女を失ってから、抜け殻の様に国のために生きて来たけれど。日々に対する感動もなく、国へと尽くす喜びもなく、何のために生きていて戦っているのかも解らない。言うなれば、唯の苛立ちだ。理不尽なこの世界、見えない神という者を殺してやりたくて、その術が解らず暴れ回っていただけ。それで王女が生き返るわけでもないのに……
(背徳……)
けれどこの死の淵には王女がいる。迎えに来てくれたと思っても、良いのだろうか?
「だが……そうだな、それも悪くない」
彼女に看取られて息を引き取るならば、きっと安息の眠りに落ちることが出来るだろう。
「砦、付いてきてくれるか?」
「王子の選んだ道に付いて行くのが私の仕事ですので」
愛馬の背を撫でれば、此方を見上げるでもなく声が返る。何を今更とその背が語る。その言葉に王子も背を押され、意を決し……扉を向いた。
「……伝承、来ているんだろう?……入って来い」
「……」
暫く躊躇う素振りを見せた後、入って来た召使い。距離を測りかねているのかなかなか傍まで来ない少年に、痺れを切らした王子が出向く。
「お、……お水をお持ちしました」
「……俺は逃げ場をやった。なのに何故来た?」
今日は見逃してやると伝えた。明日は容赦しないとは言ったが。
「二度も見逃してやれるほど、今の俺は気が長くない」
「……理様。早く逃げてください。明日の朝、この城を出て。この地図通りに行けば七日目までにこの森を抜けられます」
「断る」
「理様っ!お願いです!貴方は死んではいけない方です!貴方を失えば国が荒れて……」
「何を今更。国などとうに荒れている。お前を失った所為で」
「私は……」
「教えてくれ。ここは何だ?……お前はどうしてここにいる?」
ここが本当に現世の何処かにある場所なら、王女は命からがら助かったと解釈出来る。しかしここがそうではないのなら……先程の仮定が真を得る。王子が見つめれば、伝承は諦めたように息を吐き重い口を開く。
「……理様。私の死は入水自殺です。自殺をした魂は天には昇れません。貴方が四日目に話された悪魔の話。あれと同じです」
「四日目……?」
悪魔の話。思い返せば、確かにした。
「残りの寿命分、私は悪魔に仕えなければなりませんでしたが、明後日にはその任から解放されます」
「明後日……七日目だな」
七日目に冥界の門が開く。その意味は王子が死ぬだけではないのだと、伝承は口にしていた。
「私を気に入った冥界の住人が、私の代わりの新しい召使いとして理様をこの城に縛り付けるつもりで、……貴方に瀕死の重傷を負わせ、この城に招きました」
「お前を気に入った……悪魔だと?」
「はい。召使いの任から解放された私をその方は娶るおつもりです」
予想だにしないその言葉に、王子は目を見開いてしまう。
「お、お前を娶るだと?あ、悪魔が!?」
「悪魔に娶られれば、もう二度と転生は出来ません。ですから……少しだけ、感謝しているんです」
「こうしてもう一度、貴方と話が出来ました。私も言いたいことがありました」
「背徳……」
「ずっと、騙していてごめんなさい。貴方の心を傷付けて……貴方に応えられなくて、謝っても謝りきれないけれど。だけど貴方に謝りたかった」
これが私の本当の気持ちです。涙を拭うために仮面を外す伝承。その下から現れたのは、王子が誰よりも会いたかった人の顔。
「背、徳……」
「嘘吐きな僕の言葉をもし……一度だけ信じて貰えるのなら、菫姫を疑ってください」
「背徳っ!?」
「背徳は、貴方を怨んだことは一度もありませんし、貴方を殺すためにここに招いたのでもありません」
貴方に謝りたかっただけです。泣きながらそう微笑む王女の足下から、みるみる石になっていく。これはどうしたことかと取り乱す王子に、王女がそっと告げる。
「勝負を行わずに素顔を見せた。僕は嘘を吐いてしまった。だから、この城の禁忌に触れたのです」
「う、嘘?」
「騙しても良い。でも、物語以外で嘘を吐いてはならない。一度交わした約束は、絶対に果たさなければならない。それがこの城の掟……」
「背徳っ、どうすればこれを止められるんだ!?」
「止まらなくて良いんです。悪魔と結婚なんて嫌なんです!それなら、石になってこれ以上……何にもならない方が良い……」
微笑み泣く王女の瞳。それを勝手に都合良く解釈し出す心と脳。それでもその目は他に何と見る?悪魔とが嫌なのではない。誰かの物になるのが……生まれ変われなくなるのが……それが嫌なのでもない。それは、この俺の物でいたいと……思い上がっても良いのだろうか?ああ、俺はそう思い込む!嫌だと言われても決めつける。
「背徳っ、俺はお前が……お前の真実を知って尚っ、お前が……っ」
「理……さ、…ま」
最後に王子を呼んで、完全な石像と化した王女。その像を前に王子は唯々噎び泣く。
「背徳っ……お前は、狡いっ……」
自分だけ言いたいことを言って逃げ、こうしてまた俺を置き去りにする。最後まで言わせず、聞いてもくれない。
「何故、俺の言葉を……お前は聞かない!?石になってまで……逃げたかったのは、俺からだろう!?」
涙が止まらぬ内に、五日目の夜は明け……最後の朝が訪れた。王女にはここから逃げろと言われたが、王子にはそれが出来なかった。
城中走り回って闇雲に探したけれど、菫姫達の消えた扉が見つからない。確かにそこにあったはずなのに、扉も壁も何もない。そもそも向こうに部屋があるのなら廊下や食堂の地形も変わるだろう。そう。外から見てもそれは存在しないのだ。
夜まで、夕方まで待たなければ菫姫には会えない。王女を元に戻す方法を探るためにも、七日目に現れるという悪魔に文句を言うためにも、この城からは逃げられない。
「ご主人様は心が狭くいらっしゃる」
「俺はあれと……離縁した記憶などまるでない。それを横から掠め取ろうとはけしからん奴だ。俺には、決闘してでもその不届き者を成敗してやる義務がある」
呆れた風にと言うよりは、むしろ誇らしげに息を吐く愛馬に、無論付いて来いと視線をやれば、彼は嘶き今日の夜の向こうまで……そう追従の意を示した。
王子は食堂に待ち、扉のあった場所を凝視していた。一時間、二時間、三時間……時間だけが流れて、僅かに瞬きをした刹那……夕暮れが近付いた気配。日の翳りと共に、その扉は現れた。そうしてまもなく、中から菫姫が現れる。
「あら、お早いお待ちですのね理様」
「ご託は良い。さっさと話を始めよう」
「その前に食事にしませんか?」
「……伝承は、背徳はもういない。石になった」
傍らに置いてある石像を示せば、菫姫は唖然とした様子。それは伝承が石になったことではなく、今日の食事が無いと言うことに困っている風に見えて、王子の怒りに火を注ぐ。
「まぁ!何てことを!」
「勝負内容の変更を申し込む。貴女の素顔に興味は無い!私が……俺が勝ったなら、背徳を元に戻す術を教えて貰おう!」
知らないとは言わせない。睨み付ける王子に、菫姫も口の端を大きく釣り上げ嘲笑う。
「結構ですわ。ならば私からも」
「……よかろう」
「もしも私が勝ったなら、貴方に隷属して頂き、私の召使いになって貰います」
「其方が勝てればな。煮るなり焼くなり好きにしろ」
睨み合う王子と菫姫。それを目に、扉の向こうから現れる死神が嗤う。この構図を見て全ての絡繰りが解けたと言わんばかりににたにたと。
「やる気があるのは結構ですがねぇ、こんな夕暮れからメインの二人が話をするなどクライマックスの盛り上げりに欠けるとあっしは思うんでねぇ……順番通りといきやしょう」
死神の言葉に全員が席に着いた。それを見計らい、口を開くのは昨日最後の語り手である砦だ。
「……それなら話をさせて頂きましょう。物語も物語。私がこの眼で見たものを」
というわけで真相ネタバレ回。王女が女じゃないっていう。
最後はきっちり書きたいなと思ったら執筆速度が低減して行きました。
でも某作品で自分が応援してたヒロインが主人公とくっつかなかったので、やるせなさから執筆。明るい元気っ子とかよりお淑やかなお嬢様のがタイプです。だけどいっつも自分が応援するヒロインは大抵幸せになれない。
そんな思いからお淑やか系のヒロインばかり作ってしまう。だけど自分で書くとまず幸せにしてやれない。悪循環。後、何故か性別女じゃないことの方が多いよね……うん、お淑やかな女の子ってリアルに想像できないんだ。絶滅してるから。女の人ドロドロしてるし。可愛い女の子を書こうとすると突っ込み入れてしまう。ここで何か腹黒いこと考えてるよとか。そう思うと素直にヒロインが可愛いと思えなくなる。
そこで敢えて野郎にすると、自分の中ではファンタジーになるんでやりたい放題出来るんだ。
しかしなぁ……たまにはハッピーエンドにさせてやりたくなってくる。
いよいよラストバトル。残りの一夜。
どうしたもんか。




