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【5夜目】菫姫の物語 『ネトル伯爵の城』

※変態注意報。

 一服し、一息吐いたところで……場の空気も少しは和らいだ。心なしか菫姫の表情も穏やかに見える。


 「理様」

 「何か?」

 「理様は優しい人ですわね」

 「そうでもない」


 他の国からすれば侵略者であるような者。優しいはずもないだろう。呆れる王子の表情に、小さく菫姫が笑う。


 「では、次は私がお話しします」


 すぅと息を吸い込んだ、菫姫の声はいつものように凛としていた。それは戦場で出会った、背徳の王女の声にも似て……惹き付けられるものではあった。


 *


 昔々あるところに、少々特殊な性癖を持った貴族がおりました。

 伯爵はいくつかの領地を持っていて、それを気分で点々をする生活をしていました。その村に伯爵が来たのは何時の頃だったでしょうか。伯爵の城からは夜な夜な声にならない悲鳴が響き、子供達をいたぶっているのだと領民達は噂しました。そうして悲鳴が消えた頃、伯爵は領地の幼い少年少女を攫っては城で暮らしをさせました。


 「きっと毎晩子供達を拷問に掛けて殺しているんだわ!それで補充に来たのよ!」

 「あんな幼い子供達ばかりをっ……中にはうちの坊主だっているんだ!」

 「正に悪魔の所行だ!」


 ある日愛しの娘を攫われた男は、娘を取り返すべく伯爵の城に忍び込みます。そのために同じ境遇の親たちを引き連れて。


 「みんなももういい加減、我慢の限界だと思う!俺もそうだ!あの伯爵には」

 「おお!あんなろくでもない奴に、可愛い我が子を取られて堪るか!」


 勇み城へと向かう大人達。彼らは城門を打ち壊し、声のする地下室まで駆け下りて……そこで予想だにしないものをめにしてしまいます。


 「もっとだ!もっとだ!さぁ!その足で私を踏んでくれ!薄汚い豚野郎と罵ってくれっ!もっとちゃんと苛めてくれないとお小遣いあげないぞー」

 「この豚が!」

 「豚が勝手に口を聞くんじゃないよ!」

 「すみませんぶひー」

 「おい、もっとしっかり謝れよ誠意が感じられないんだよ誠意が」

 「しっかり謝らないと踏んであげないんだからね!」

 「ほら、許して欲しかったら四つん這いになって歩けよ変態!」

 「あははは!御貴族様が情っけないねぇ!あははははっ!」


 大人達が見たのは愛しいわが子達が実に楽しそうな顔で伯爵を苛めているという、なんとも形容しがたい現状で……大人達はしばらく物を言うことも忘れて子供達のはしゃぐ姿を眺めていました。


 「……あ、父ちゃん」

 「げ、母さん」

 「変態公っ!うちのマリーに何変な遊び教えてるんだっ!」

 「領主様!なんなのよこれはっ!引っ込み思案だけど優しい良い子だったうちのトムが!とんでもない悪ガキになってるじゃないのよ!」

 「ふん、私はそんなに軽い男ではないぞ。あくまであのような幼子に虐げられるから興奮するのであって熟女や中年に打たれたところで何も感じ……あっ!もっと!もっと強く打ってくださいっ!そこ!そこっ!凄い、いいっ!やばい、何かに目覚めそうっ!」


 大人達に暴力を振るわれても伯爵は喜ぶだけだったので、大人達は冷静に話し合おうと逆に目が覚めました。

 話を聞けば子供達は伯爵の城で良い暮らしをし、彼を罵ったり鞭で打ったり踏みつけるだけでお小遣いを貰っていたそうで。無事家に帰された子供達は、みんな大金を持って家に帰ってきました。


 「あんた、何か変なことされなかった?お尻触られたり何か挿入()れられたりとか」

 「ううん、全然!専ら伯爵様踏んづけてたよな」

 「うん!凄いね!誰かを苛めるのって、こんなに清々しい気分になれることだったんだ!」


 満ち足りた表情で微笑む我が子に、大人達はどうしたものかと悩みました。しかし子供は無事で、仕立てて貰った豪華な服もお土産に、稼いだお金まで寄越されては……伯爵をそう悪くも言えなくなります。


 「伯爵様って変態だけれど、いい人なのかしら?」

 「変態だけれど害のない変態だな、あれは。むしろ得だ。伯爵様のお陰で新しい家建て替えられた」

 「うちも毎食の食事……おかずが三品増えたわ。貰ってきた服売ったらあれも良い値段で売れて……」


 困ったことはと言えば城から帰ってきた子供達が手のつけようがないほどの悪ガキになってしまっていたことくらい。


 「婆、こんな不味い飯!誰が食ってられるか!豚の餌かこれは!」

 「おいこら爺!こんな端金じゃ遊びにも行けねぇんだよ!もっと本気で稼いで来いよ!」


 こんな調子ですっかり手に負えなくなった子供達。大人達はもうこれは伯爵に任せるしかないと、城に仕えさせることにしました。


 「あんな悪ガキ、取り戻したのが間違いだった!」

 「城に閉じ込めていてくれるなら、有り難いくらいだ!おい伯爵様!こいつら更生するまで預かってくんな!」


 勿論この申し出に、伯爵は泣いて喜び。大人達は城からの仕送りで暮らしが豊かになりまして……ここまでは比較的皆幸せに暮らしていました。

 しかし問題はその後です。残虐性と加虐性を日増しに増幅させていく子供達は……人々の認識を越えるほどの悪をその身に咲かせ始めます。

 中でも一番、その花が素晴らしかったのは……ネトラートいう少年でした。

 彼は気弱で泣き虫で、それでも芯はしっかりしていて意外と討たれ強いという……なんとも虐め甲斐のある子供。彼は一見子供達の中で誰よりも弱い子供に見えましたが、それは彼の計算でした。

 伯爵以外に強く何かを罵ることが出来ない城の中、伯爵のいないところでは彼をいたぶる子供が多くいました。けれど彼の上手いところはその際はその相手と二人きりになるように立ち回っていたのです。そうやって彼は相手を観察し、相手の弱みを探ります。

 勿論それは辛く苦しいことですが、我慢できない事じゃない。彼は苛められている度に、伯爵と最初に交わした言葉を思い出すのです。


 「さぁ、私を打ってくれ!」

 「でも伯爵様、打たれたら伯爵様が痛いよ?」

 「それでも私を打ってくれ!いいかい君、子供の笑顔はこの世の宝だ!それに勝る宝は他に一つしかない」

 「でも」

 「私を打って君が楽になるのなら、それは素晴らしい事じゃないか。嫌なことがあったら、誰かに殴られたら、その倍以上私を殴り給え。それで君が笑顔になれたらそれは素晴らしいことだ」

 「でも」


 渋る少年に、あの日の伯爵は遠い目をしていました。


 「いいかいネトル、他人に苛められると言うことの喜びは、苦痛を忘れるだけじゃない。我慢すれば我慢するほど、それを解放する時の喜びは堪らないものなんだ」

 「じゃあ伯爵様は我慢しているの?」

 「ああ、そうさ。私も昔は君と同じでね、兄弟達からよく苛められていたものさ。まぁ……今となってはみんな死んでしまったがね」

 「……」

 「君には才能がある。唯打つだけでは楽しめない。そうだ。打たれることで怒りを覚える。それを抑えて抑えて……怨み憎しみを募らせて、最後に相手を打って打って打ちまくる!あの爆発は堪らないものだ。君にも教えてやりたいよ」

 「じゃあ伯爵様、笑顔以上の宝物って何?」

 「そりゃあ決まっているよ。それは痛みを知らずに育った子らの、救いを求める悲痛な叫びさ!」


 伯爵は壊すために子供達を愛でているのです。それを知らずにのうのうといい気で暮らしている子供達。その顔が歪む様を想像するだけでぞくぞくするだろう。言われたネトラートも同じように心が躍るのを感じます。元々いじめられっ子だった彼は、伯爵に出会いストレスを発散させる術を教えて貰い、とても感動してしました。そして彼の才能を理解した伯爵は、彼だけを養子に迎え……そうすることで子供達の虐めは加速しました。


(これだけの悪ガキだ。例え死んだところで親たちは悲しみはしないだろう。城での生活に文句を言って出て行ったと教えれば納得もする)


 自分にそう言い聞かせて、ネトラートは苦痛の中に喜びを見出し笑うようになりました。今目の前で自分を嘲笑っている者達が、許しを乞う瞬間がやって来る。その時のためだけにこうして自分は苦痛を受け入れている。その来るべき日のために、彼は微笑み続けました。


 「なぁ、みんなこの湿気た村にもそろそろ飽きた頃だろう?私の他の領地の城に行かないか?向こうの方には色々と美味いものがあるぞ」


 伯爵が微笑みながらある日行った提案に、暴言を吐く者はいても反対意見は一つも出ず、皆は馬車に乗ってこれから始まる旅に心を躍らせます。

 途中立ち寄った街で、豪華な食事をして……一眠りに着いた子供達を、伯爵は縛り上げ猿轡を噛ませて馬車の中。新しい領地にやって来てしばらくは、城からは誰の物かも解らぬ悲鳴が上がることになるのです。


 「ネトル、君もやってご覧」

 「はい!養父様!」


 少年は渡された拷問器具を手にとって……これまで自分を苛めてきた子供達に笑みかけました。何度も見せたその微笑みが、こんなにも怖い物であったと彼らが知るのは遅すぎました。

 助けてくれと言う言葉も、聞き入れられないほど何度も。彼らは彼を苛めてきました。それでも言わずにはいられないのです。


 「た、頼む!俺だけは!俺だけは助けてくれ!俺とお前の家、近所だったじゃねぇか!」

 「わ、私と同い年だったじゃない!ね!私だけでも!」

 「うーん……どうしよっかなぁ」


 こうして考え込む振りをするだけで皆何でも言うことを聞く。人間の誇りなんか忘れたみたいに。威張り散らしていた奴らの滑稽な姿に、少年は本当に楽しそうに笑い飛ばした後。


 「やっぱり駄目」


 にっこりと優しく微笑んで、拷問を再開させました。苛められる度に考えた復讐の方法。それを一から全部試してみても構わないと許されている。伯爵に出会った日のように、可哀想にと哀れむ心ももはや無い。一片の慈悲もなく残虐の限りを尽くしていい自由!苦痛の時が長ければ長いほど、鞭を振るう喜びが増し、悲鳴に耳が悦ぶのです。


 「辛いことがあった分だけ、人生ってこんなに楽しくなるんだ!面白いね!あははははっ!」


 少年は無邪気な顔で子供達を嬲り続けました。一日二日、三日に四日……五日に六日経った頃、とうとう誰も動かなくなり、原型さえ止めていない残骸ばかりそこには転がるけれど……妙な達成感。

 一仕事やり遂げた。身体の節々まで満たされていく感覚。訪れる至福の時。

 彼はこれまで感じたこともないような喜びが這い上がってくるのを知りました。

 「凄い!凄いや!養父様!」

 「だろう?だから言っただろう?」


 全ての子供が動かなくなった地下室で二人の父子は笑い合います。


 「それじゃあ、養父様。また新しく最初から育て上げないとね」

 「ああ、そうしよう」


 「養父様は、どうして僕だけ拾ってくれたの?」

 「息子よ、いいかい?私のような人間を苛めてもつまらないだろう?」

 「はい」

 「そう思うその才能は素晴らしい。即物的な連中はそんな才能を持っていない」


 気の弱い子を苛めて愉悦を味わう馬鹿ばかり。そういう子に限って内には見事な花の種を隠しているのだと伯爵は微笑みました。


 「私や君を苛めて満足しているようでは、生かす価値もない。そういう者は私達、豚の食料がお似合いさ」


 思い上がった連中をいたぶることに悦びを見出すこと。それこそ真の悦び。愉悦なのだと教えられ、少年は強く頷きました。


 *


 「……つい、笑い話をしてしまいました。理様を泣かせるのが私の仕事でしたのに」


 場の空気を取り戻すため明るい話をしたつもり。したつもりでいる菫姫が、王子は少し恐ろしくなった。それを大絶賛している死神も、どうなのかとは思う。


 「いやはや、これは愉快!はっはっは!城主様、よく笑わずに語り終えることができましたなぁ!あっしなら多分無理ですよ!はっはっは!」


 涙が出る話ではないのは確かだが、妙な寒気を覚える話。危害を加える側と加えられる側でなら、自分は確実に前者。だからこそ菫姫の話は、後者から前者への復讐劇に聞こえるのだ。

 解っていて?解らずに?何を思って菫姫がこの話を選んだのかが解らない。確実に狭くなっている、テーブルの向こうの彼女が恐ろしい。


 「あら?理様……?お加減が優れませんか?」

 「い、いやそんなことは無い。唯、少々茶を飲み過ぎたか」


 用を足しに行く振りをして、顔でも洗いに行こう。王子は席を立った。それに菫姫は頷いて、召使いの彼を見る。


 「そうでしたの。では伝承、理様について行ってあげてくださいな」

 「はい、畏まりました。それでは此方にどうぞ、理様」


 灯りを手に廊下へと招く少年に従って、王子は廊下へと進む。扉を離れて暫く、伝承が王子を呼んだ。


 「理様」

 「なんだ?」

 「みんながみんなじゃないですよ」

 「……何の話だ?」


 菫姫様の話ですと、振り向かず少年が言う。


 「例えば何かをされたとして、その相手を憎むこと。それはあります。けれど憎めない相手という者も、世の中にはいると……僕は思います」

 「伝承……」

 「では僕は此方でお待ちしていますね」


 室内に明かりを灯し、扉の外へと出る少年。通された厠の窓から外が見える。窓の外は裏庭だ。丁度昼間に馬を洗った……

 そんなことを思い出して、この城に来てから何時も伝承の世話になっていることを思い出す。彼は不思議な子だ。何も言わなくても此方の胸の内を少し理解しているような……だから王子は思うのだ。本当は菫姫ではなくて、彼が背徳なのではないかと。菫姫に違和感を覚えるほどに疑念は深まる。

 けれど菫姫も端々は似ているのだ。自分が知ったつもりでいる王女に近いのが伝承。懐かしさと違和感を覚えるのが菫姫。もしかしたら自分が見ようとしなかった王女の一面が、菫姫なのかもしれない。しかしそう思えば、この賭けの行方はどうなる?自分の感じたことを信じられるか疑うか。愛していたのならば相手の事など解るだろう。そう言われればそれまでだ。解らないと悩むのは、愛していたとは言えないから。愛そうと、してこなかったから。


 「しかし……」


 天秤は伝承に傾いている。彼が彼女なのだと思う。明日彼がどんな話を話したとしても、王子は泣くつもりでいる。けれど、それが誤りだったなら。


 「俺の、考え過ぎか」

 「はたしてそれはどうだろう」

 「な、何だ!?」


 答えた声に王子が見回すと、窓の外に何かいる。


 「砦っ!!」

 「いや、昼間の水が美味かったので小屋を離れてここまで来たのだが、主。何かお悩みか?」

 「俺は、今の状況に驚いている」

 「理様?何かありましたか?」


 顔を洗うだけで良かった。何もしていなくて良かった。飛び込んできた伝承に王子は安堵の息を吐く。


 「いや、砦が話し始めたんだがこれはどういう事だ?」

 「えっと、どういう事でしょう?」

 「俺も解らないから聞いている。あの水に何かあるのか?」

 「いえ、あれは此方の世界の湧き水だとしか……」

 「左様。水など些細な問題です。私は咽が渇いていたので人語が話せなかっただけであり、旧知の友の窮地とあらば、人語くらい話してみせましょう」


 一日、一日と妙なことが増えていく。七日目に冥界の門が開くと聞いた。


(これは冥界が近付いているそのための異変なのか?)


 考えても答えは出ない。ならば考え込んでも仕方ない。

 王子は昼間の自分の言葉を友が聞いていてくれたこと、こうして馳せ参じてくれたことに強く感謝するだけだ。


 「俺を助けてくれるか、砦」

 「ええ。私も連れて行ってください王子。私も貴方を助けるため、一つ話をさせて貰うことにします」

寝取らないのにネトルとは何事か!

ネトルはハーブ。花言葉が残酷さ。そこから捩って男性名っぽくネトラート。寝取り男みたいな響きだな。


というわけで、復讐の物語。これは菫姫に「復讐」というキーワードを持たせるために語らせた話です。

最高のドSはドMから始まると思うの。そんな話。最初のギャグ分が印象強かった所為で、終盤のグロ展開を執筆する気が起きなかった。え?何?ギャグの後にグロ?無理だわーとなりました。

気が向いたら一人一人虐殺方法を書くかも書かないかも。書いてたらノルマに間に合わない。今日中にあと二話。無理そう。冬の悪魔書いてたからこんなことにっ。

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