【4夜目】訪問者の物語 『煉獄のきょうだい』
※近親相姦話注意。人によっては胸くそ悪い話です。
語り手が語るフィクションだとのご理解をお願いします。
私がお話させて頂きますのはね、悪魔と死神の話でございます。我々死神は一概に死神と言いましても、二つに分かれていると貴方方はご存知か?
その一つは天に使える農夫。彷徨える魂を然るべき場所へ連れて行く奴らでさぁ。そうしてもう一つは地獄に使える農夫。こっちの農夫は魂を地獄へ流すのが仕事。悪魔の皆様の糧として手下として魂を売りつけるのが我々地獄農夫の仕事。こういう別の派閥でね、働いていると色々大変なんですよ。仕事中に出会すとね。
それはさておき……天国でも地獄でもない、そのどちらにも行けない者が堕ちる場所。それを私は煉獄と呼んでいます。
私が見た限りではその場所は……罪があり、救われる価値がある人間の行き着く場所と言うよりは、どこからも相手にされない、魂のゴミ箱で墓場ですかね。
それでも私はよく煉獄を見に行きますよ。ゴミ漁りってたまに掘り出し物があるでしょう?その中で本当は地獄に招く価値がある人間がいることがあることが、ありますからね。そういう価値ある魂を悪魔の皆様方に持っていくと大層喜ばれるんですこれが。ですからその魂拾いは魂狩りより面白いかもしれませんね。地獄の皆さんは気前が良いですから。
私がある時煉獄を飛んでいますとね、二人のきょうだいに出会いました。年の瀬は近く、兄が姉がどっちかなんて解りませんが、とりあえず女と男でしたね。二人は他の魂達と毛色の違う光を纏っていて、それが目に留まったんですよ。
「やぁやぁ、これは初めまして。お坊ちゃんにお嬢ちゃん。なんだってこんな所へ?」
「貴方誰?」
「私は死神というものでさぁ」
「死神か。じゃあ僕らにはもう関係ない人か」
もう死んでいるしと笑い合う二人は幸せそうでした。
聞けば二人は天に背く罪を犯してしまったそうで、だから天国には行くことが出来ず……かと言って地獄に落ちるほど決定的証拠もない。証拠不十分でこの煉獄へ落とされたのだと二人は言います。
「はて?そんな罪はありましたかねぇ?」
私が訝しがると、二人は裁判の書類を見せてくれました。どうやら近親相姦が原因らしい。しかし二人のそれは精神的近親相姦。
裁判でそれを認めたら地獄行き。それでも彼らは裁判で、嘘を吐いたと言います。幼く見えてこの子達は頭が切れ、口が達者であるようで、それをまんまと成し遂げたわけです。
「なるほど。地獄の皆さんが迎え入れようにも清らかで、迂闊に触れれば手が焼けただれてしまいますな」
二人は幼い内に死んだので、あくまでその愛は精神的なもの。肉体関係など無いので、地獄も招こうにも招けない。かといって天国に招くには、少々胡散臭い。かと言ってその愛を決定的な異端だと断言できなかったのでしょう。しかしここに落とされてから日が長いのか、二人の精神年齢は成長し切っていました。
「ねぇ死神様、貴方は私たちの罪をどう思います?」
「いやぁ、どうですかねぇ」
「遺伝学、宗教学、倫理学……様々な分野で確かにそれは問題でしょう。生まれる子の幸せを願うなら、確かに肉体的な罪は許されません」
「そりゃあそうですねぇ」
「けれど死神様、神様はどうして人の心まで思い通りにしたがるのかしら?」
「おかしいですよね。世界のいろんな神話には、精神なんてとっくに通り越して、きょうだい同士で子供を作った神話まで彼方此方に溢れているのに」
「そうね。神様は人を殺すし、人を犯すし、人に禁じた禁忌を犯すわ。神様なら何をしても良いのかしら?偉ければそれで良いのかしら?」
「そうか。それじゃあ僕らは偉くないから駄目なんだね」
「それなら私達は神様にとって、家畜で奴隷で虫螻か、それ以下の物なんだわ」
二人の会話に、私は着いていけなくなりましたね。こうやって語り合って、哲学を掘り下げることがこの二人にとっての愛し合う、そういう手段なんだと知ってから、口を挟むのが申し訳なく思えまして。
今も神への不信を唱えながら、彼らは精神以外の罪を犯さない。天国も地獄もお手上げな魂二人。この二人に他の人間を見せたらどんなことを言うのだろう。ちょっと気になった私は始末書を覚悟して、二人の話に加わりました。
「お坊ちゃん、お嬢ちゃん。ちょっと現世を見てみませんか?煉獄からならすぐに門が開けるのでねぇ」
「現世に?」
「何故かしら?」
「いや何、お二人の議論にあっしはすっかり魅了されてね。世の中の他の家族やきょうだいを見て、お二人が何を言うのかが気になったんでさぁ」
私の言葉に彼らも興味を持ってくれたのか、私が開いた現世への門をひょいと潜って、我々はちょっとした観光旅行へ出掛けました。そうやって北へ西へ西へ北へ。罪深い人間達を見て回ったんです。
「愛がないね」
「愛がないわ」
エロスに突き動かされるまま踊る人々に、二人は無感動な瞳で溜息を吐きました。
相手を愛する気持ちがなく、当て付けや虐待や憂さ晴らし。そんな風にもたらされる罪ばかり、目にしたように思います。それでも時々、思い合う人々を見つけて……二人はまた議論します。
「何故彼らは心だけで満足できないのだろう?」
「果たしてそれは幸せなのかしら?自分たちが幸せならそれでいいのかしら?」
「いや、けれど愛し合う二人は、僕らには見えないことが見えているのかも知れない」
「それでも私達に見えているものが、彼らには見えないのでしょうね」
愛することに夢中な瞳は未来を見ていない。思いばかりが先走り、情熱を走らせる。その後突きつけられる現実を受け止める覚悟があるのだろうか?語り合うきょうだいが見つけた……男と女の兄妹と、それから女と男の姉弟。
「死神様、もう少しあの人達を見守らせてください」
「お願いします」
「ひっひっひ。始末書が一枚だろうと百枚だろうと書くと言うこと自体には変わりありませんからねぇ」
私も快く受け入れましたよ。始末書より観察していて面白い物が見られるならと。
数ヶ月見守ると、二組の恋人の間に新たな命が芽吹き始めました。その後親となった彼らがその灯をどう守っていくのかを二人は知りたいようでした。
子供が出来たと知った時、一組の恋人は喜びました。どんな辛いことがあっても幸せにしてあげようと二人は笑い合いました。もう一組はと言えば、すぐに堕胎のことを話し合います。その口ぶりは慣れた様子で、これが初めてでもないことを感じさせました。
一組は親になることを喜んだけれど、一組は女と男で在り続けることを望んでいた。後者の醜悪さに二人のきょうだいは、愛らしい顔を震わせて憤怒の形相に早変わり。
「確かに神様が怒るのもあれは解る」
「私が神様ならあの二人、殺してやりたいわ」
「まぁまぁ落ち着きなさいよお二方。親になる方の一組はこれからどうしていくか見なくていいんですか?」
私は二人を宥め、その後を見守らせることにしました。
「あら、あの娘最近お腹が大きくなっていない?」
「誰の子供かしら?」
「でもあの娘、村の男達から口説かれてもみんな断って振ってしまっているって話よ」
「まぁ、いい気なものね」
「それじゃあ誰が相手なのかしら?」
「あの子、ほら……家の人のガードが堅くて全然らしいわ」
「それじゃああれは、誰の子供なの?」
女の異変に気付いた村の娘達が噂をします。こうなれば恋人達も手放しに喜べませんでした。
「何処か、遠い土地へ引っ越そう!誰も俺達を知らない場所で、夫婦として暮らそう!」
「このご時世によその土地なんて……うまくやっていけるのかしら?」
「その話、聞かせて貰ったぜ!」
「お、お前は幼なじみのフィロス!」
「私にしつこく迫って来たナンパ男のフィロス!」
「前々からお前ら怪しいと思ったんだ。それお前の子供だろうアンニス?あーあー!どうしよっかなー言いふらそうかなー」
「……何が望みだ?」
「黙っててやってもいいからさ、イオちゃんが俺の嫁になってよ」
「何だって!?巫山戯るなっ!」
「ふざけちゃいないさ。だってその子可哀想だろ?だけど俺とイオちゃんが結婚さえすれば、普通の子供として幸せになれる。なぁ、お前一人の問題じゃないんだアンニス。俺はお前の友人として、こうして言ってやってるんだ、お父さん?」
「くっ……」
二人の間に割り込んで来たのは女に好意を寄せる近所の青年。二人は子供の幸せについて悩みに悩み悩み抜き……彼の申し出を受けました。
「実は俺達付き合ってたんだよ」
「……恥ずかしいから言い出せなかったの」
そんな言葉で村人も、しつこい男に根負けし絆されたかと笑い合ったのですが……一人残された男は気が狂いそうでおかしくなりそうでした。
男がいよいよ限界という頃に、子供が生まれて……誰よりも喜びました。しかし神の悪戯か、嫌がらせかそれとも試練だったのか……その子は女にそっくりの可愛い女の子。
ここで男はとうとう、気が触れてしまいました。良いおじさんを振る舞いながら、成長する姪をどんな目で見ていたのでしょう?
成長した少女を誰より真っ先に男は攫い、欲だけに翻弄される様は悲しい獣のようでした。そこまで見届けたところで二人は背を向けます。
「ありがとう、死神様。私理解しました」
「ありがとう、死神様。僕も解りました」
「何を選んでも、誰も幸せになれない。だから」
「だから悲しいことがないように、神様はそれを禁じたんだ」
二人のきょうだいは虚ろな目で……悟ったように頷き合いました。
「おや、もう良いんですか?」
「だってこの後はもう分かり切っていますから」
「分かり切っている?」
「あの姪は……娘はいつか父を殺すよ」
「その前に男は女を殺すわ」
女の腹の中には、夫との子供が宿っている。それを知れば夫は娘を殺そうとする。或いは辛く当たる。そこで男は女とその夫をその手に掛けるだろう。娘は恩人にして憎むべき男をいつかは許せなくなるだろう。二人は未来を予言しました。
「もしそうならなかったとしても、罪が巡るだけ」
「何時か終わりはおそらくきっと、そういう風になるんだろう」
煉獄へ二人を送り届けて見たところ、二人は何かを決意したように身支度を始めました。どうしたんですかと聞いてみれば……二人はここを離れると言います。それはなんでも……
「私は罪を清めて天国へ行かせて貰います。悲しいことがないように、もっと罪に厳しく当たるよう神様に進言してきますわ」
「それじゃあ僕は適当に罪を犯して地獄へ行こう。罰する役も必要だから。もっと恐れられる悪魔がいれば、人は道を踏み外さない」
別々の道を歩き出したきょうだいを見送って、始末書の枚数を想像した私は頭痛がしました。でも書類との格闘が終わらない内に、天国と地獄から感謝状が来ましたよ。有能な天使と悪魔を発掘してきてくれたことを感謝する旨が記されていました。
*
「……っというのが、あっしが何百だか年前に見て来た話ですよ。まぁ、信じる信じないかは聞き手の皆さんのご自由に」
「デストルド……それで俺を泣かせるつもりだったのか?」
「ええ。意外としぶといですね理のお坊ちゃん」
「何の話だ」
「もう、お二人ともまた喧嘩ですの?」
話が終わってすぐに喧嘩腰になる王子と死神に、菫姫は嘆息の息を漏らす。物憂げなその声色はとても艶やかなものだったが、気を取られているわけにもいかない。
「生憎あっしは人間じゃあないんでねぇ。お坊ちゃんの魂の色も形もあっしの目には見えているんですよ」
「それがどうした」
恥じることなど何もない。自分は自分としてここにある。胸を張った王子を死神は嘲笑う。
「その様で、嘘が嫌いですか。とんでもない大嘘吐きがいたものだ」
「あ、あのっ!」
嫌味を言ってきた黒マント。その言葉を遮るように、召使いが大声を出した。皆の視線が集まれば、大きな柱時計を指差す。
「もう、12時ですっ!夜更かしは菫姫様の美貌に良くありません!お開きにしましょうっ!」
彼自身声を遮った自覚はあるのだろう。少しばかり狼狽えている。
しかしそこまで言われては、菫姫としては賛同しなければならないだろう。彼女は笑って頷いた。
「そうですわね。今日はここまで。伝承、新しい客間はどちらに?」
「夜の向こうの塔です」
「それならデストルド様、私がお部屋に案内しますわ」
「城主様に案内していただけるとは、いやはや光栄!」
菫姫はいつもの暗い扉の向こうへ死神を誘った。先に死神が消えたところで、彼女は此方を振り返る。
「理様、本日は美味しいご馳走をありがとうございました。私、うっかり笑ってしまいそうになりましたわ」
「話は全然で、申し訳ない」
「いいえ、明日も楽しみにしております。それでは」
パタンと閉まった扉。それを確認し伝承が部屋の灯りを消す。
「それでは理様、お部屋まで案内させていただきます」
「ああ、頼む」
暗い廊下を照らすのは、少年が手に持つ明かり。ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯火は、何かに例えられそうで、それでも言葉が出て来ない。
「理様、今日はありがとうございました。ケーキ美味しかったです」
「そうか。いつも世話になりっぱなしだったからな……喜んで貰えたなら俺も嬉しい」
部屋の前間出来た後、昨日の夜を思い出す。今日も自分は魘されるだろうか。そうでなくても伝承は、気遣い見に来てくれるはず。
「伝承、様子を見に来るのも大変だろう?同じ部屋で寝泊まりしてくれても構わないが?」
「それは失礼に当たります理様っ!」
何気ない提案だったのだが、少年は大あわてで暗い廊下を走って消えた。本当に照れ屋らしい。
「寝静まったところを仮面を外すのは、やはり無理か。いや、それも約束に背くから良くないことだな」
少し残念に思いながらも、王子は部屋の戸を閉める。それにしても今日は変な一日だった。あの訪問者の所為だ。
王子は一日を振り返り、夕方までは楽しかったのにと、黒マントの男に心から苛立った。あの男……どうにも勘に障る。本当に死神かどうかも怪しい。
(そう……、見覚えはないが……覚えはある)
何処かであったような気がする。好意的感情ではない。その正体を知れば斬り殺したくなるような……そんな相手。駄目だ。それも心当たりが多すぎる。王子ははぁと、溜息を吐き……身体を休めることにした。
死神が死神じゃないかもしれない。王子との因縁の相手です。
そうなると魂を貰うっていうのは、死んで貰うぞって意味になりますか。
これは王子への精神攻撃で、死神が話した話です。
あと残り二日。どうなることやら。
ギリギリこの話は4日目で間に合ってほっとしました。
友人役(間男)はギリシャ語でそのまま友。男と女は、偽名の代名詞ジョンのギリシャ語版イオアンニスから。適当。




