【4夜目】菫姫の物語 『森の悪魔と不思議な穴』
※グロ注意
昔々、あるところに悪魔がいました。それが本当に悪魔であったかそうでないかは問題ではなく、人々が彼を悪魔と定義した以上、そこに悪魔は存在しました。
定義されたその悪魔は、いつも人々に忌み嫌われておりました。石を投げられて、家も燃やされて……そうして森の中へ追いやられた悪魔を哀れんた娘が一人。彼女の名前はフィリアノッタ。
悪魔のために食べ物を届けてあげる優しい子。最初は彼女を追い返していた悪魔も、毎日自分の元に訪れる少女を見る内に……悪魔は少女に恋をしてしまいました。
けれど自分の側に来ていてはフィリアノッタも危ない目に遭う。悪魔は彼女の前で冷たい態度ばかりをしてしまいます。本当は傍にいて欲しいのに、そうやって遠ざけることしか悪魔には出来なかったのです。それでも悪魔が本当は寂しがり屋なのを知っていて、少女は毎日森へと食事を運んで来ました。
しかしある日フィリアノッタは森にはいるところを村の子供達に見られてしまいました。
「お前、何しに行くんだよ」
フィリアノッタは咄嗟に嘘を吐きました。
「森の中にね、大きな穴があるの」
「穴?」
「ええ。どんなものでも飲み込んでくれる大きな穴。そこに嫌いな食べ物を食べた振りして隠して投げれば、ご飯残してもお母さんに怒られないのよ」
「なんだって!それ凄いっ!」
「どうせ嘘だろ!」
「嘘じゃないもん!」
「じゃあ案内しろよ!」
森の中での騒ぎに悪魔がこっそり様子を窺うと、丁度そんな話の途中でした。
少女が嘘吐き呼ばわりされるのは可哀想だと悪魔は大急ぎで森の中に穴を掘りました。そうしてフィリアノッタが気付くよう……ドングリの実を転がして穴までの道を教えてあげました。
森の悪魔が自分を助けてくれたことに気付いた少女は、ドングリの道を辿って、森の中の穴へと辿り着きました。
悪魔は穴の下に隠れ潜み……それでもすぐ下にいたのならバレてしまいますから自分の住処から大穴に繋がる横穴を掘り、その入り口を石で塞いで様子を窺うことにしました。嫌いな食べ物を落とした子供達はそれが消えないことに腹を立てました。それにフィリアノッタは一日かかると彼らを宥め、また明日来ようと言い森を後にしました。悪魔は子供達がいなくなった後、落とされた食べ物を拾って帰りました。翌日、それを見た子供達は大慌て。
「うわ、すごい!本当だったんだ!」
「どこでこんなの知ったんだよフィリア!」
「ニンジン食べるまで家に入れてくれないってお母さんが言った時、泣きながら森に来たら、妖精さんが教えてくれたのよ」
「おい、それ森の悪魔じゃねぇのかよ?」
「悪魔って言うのは悪いことをするものでしょう?私を助けてくれたんだから、妖精に決まっているわ」
少女の言葉に、子供達はどっちでもいいかと考えて、この便利な穴の存在を利用することばかり夢中になりました。
「これで俺もかーちゃんに怒られない!」
「今日から残し放題だ!」
フィリアノッタの嘘を叶えた悪魔の優しさで、こうして森には不思議な噂話が生まれました。けれど森へ来る子供が増えるのは危険なこと。フィリアノッタも子供達が周りにいる所為で悪魔に直接会うことが出来なくなりました。
仕方ないのでフィリアノッタは食べ物だけではなく、一緒に手紙を穴に投げたり、冬は手袋やマフラーをもういらないと言って投げ捨てて贈ってあげました。それを見た他の子供は、食べ物以外でも捨てていいのかと思いこみ、どんどん入らない物を投げ捨てるようになりました。
便利なゴミ箱の存在が明るみに出たのは……子供が森に入るのを見咎めた大人が現れた日で。大人達は子供達を叱り付けその理由を聞き出しました。
「森の中の大穴?」
「うん、そこに捨てると何でも次の日までに無くなっているんだ」
馬鹿な話を。そう言った大人達の間にも……その噂は次第に広まって。大人達も少しずつその穴に興味を持ち始めます。
「何でも消してくれる穴……」
ある男は結婚しろと五月蠅い浮気相手を。ある女は口うるさい姑を。ある若者は大嫌いな兄弟を。そんな風に大人達は穴の中に殺した人間を投げました。これに困ったのは悪魔です。
「明日までに消さないと、フィリアが嘘吐き呼ばわりされてしまう」
悪魔は大切な友達を守るため、本当の悪魔になって全ての死体をバリバリと食べて隠しました。
そして翌日本当に人間が消えていることに喜んだ大人達は、悪いことを繰り返し、気に入らなくなった者を次々穴の中へ投げました。
それが原因なのですが、最近は行方不明者がその辺りで増えたとかで……子供達は親から外に出ることを禁じられ始め、めっきり外を出歩かなくなりました。ようやく久々に友達に会いに行けると、フィリアノッタはこっそり夜中に家を抜け出しました。
そうして少女は悪魔を探し続けましたが、穴の横穴に潜んでいた悪魔は、フィリアノッタがやって来たことになかなか気付けません。彼が気が付いたのは、彼女が穴の近くに来た時です。
「きゃあ!」
悪魔はフィリアノッタの悲鳴を聞いて横穴を這い出ました。するとどうしたことでしょう。人殺しの場面を目撃された大人が……フィリアノッタもその手に掛けて穴に捨てるところでした。
それを見た悪魔は男が許せなくて、男を喰い殺してしまいました。
けれど男の悲鳴が人々を森へ呼び、悪魔が人を食っているところを人々は知ってしまいます。
悪魔が掘った横穴の横穴には、夥しい数の人骨が発見されて。全ては悪魔の仕業だったと人々は言いました。勿論本当に相手を殺した人間達は、それが悪魔の所為ではないと知っていたけれど……
こうして悪い悪魔は、焼かれ殺されて……その後骨まで砕かれて穴の中に捨てられました。
フィリアノッタの死体は別の墓地へと埋葬されてしまい、今でもその穴の中からは寂しがり泣く悪魔の声が聞こえるそうです。
*
「……というお話です」
「流石は菫姫……今日もえげつない」
「あら、褒めてくださってますの?」
顔を引き攣らせた王子を見て、クスクスと菫姫は笑う。
「なるほどねぇ。悪魔は悪魔でも、人の生み出した悪魔の話ですか」
黒マントは興味深そうに何度も頷いて、菫姫を見た。
「いやはや、あっしのために短めのお話で時間を残してくれるとは大いに結構!」
「そう言えばお客様、ずっとお客様呼びでは心苦しいのですが」
「申し遅れやした。あっしはデストルドと申します」
黒マントの男は菫姫に一礼し、王子が勧めてもいないケーキを勝手に口に運んでいた。
「それじゃああっしも悪魔縛りで……と行きたいところですがねぇ、それもそれで芸がない。一風変わったところでこんな話はどうでしょう」
「デストルド、食べながら喋るのだけは止めてくれないか?」
「おやおや、城の主でもないお客人風情が」
「それは俺が作ったケーキだ」
「なるほど、通りであっしの口には合わないわけだ」
「お二人とも、雨に打たれたいんですか?」
睨み合ったところで菫姫に止められる。
「嫌ですね城主様。ちょっとした冗談でさぁ」
黒マントはくくくと笑い、不気味な口元を釣り上げた。
前回前振り分消化した分、今回は短め。




