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【3夢目】夢物語の物語 『亡国の王女』

 「勝負あったな、背徳の王女」

 「………っ」


 これまで一度も握ったこともないだろう。剣をはじき飛ばして、その首筋に刃の切っ先を突きつけ笑う。そんな此方に泣きそうな顔で、涙を堪え王女が睨み付けて来る。

 王子が王女の国に戦を仕掛けたのは昨日。僅か一日で城まで攻め込まれてしまう、この平和呆けした国は、例え王子の国が仕掛けなかったとしてもいつか滅んでいたはずだ。まだそこまで手荒な真似はしていないのだから、感謝されても良いくらい。

 当てられるはずもない名前を当てろだのと、千の昼と千の夜もの間っ、人を愚弄したこの王女!


(……嗤わせるなっ!)


 王子は憎々しげに王女を睨み付けた。お前は俺を憎んでいるかもしれないが、それ以上に俺がお前を憎んでいるのだと……王子は王女を見つめる。


 「さぁ、笑え“背徳(エロス)”」


 王子は王女の名前を付けた。その名は本名とは異なるけれど、王女は受け入れなければならない。そして笑わなければ、どうなるか。従わないなら、そう……このままこの国を、徹底的に滅ぼすまで。

 これまで王女として暮らしてきたお嬢さんが剣を手に取ったところで、物心着いた頃から戦場で生きてきた王子とでは話にならない。

 如何に勇ましく振る舞い、兵を駆り立てたところで怪我人が増えるだけ。それはこの王女の望む所でもないだろう。


 「ふっ……あ、……あっ、あははははははっ……はははははっ!」


 王女は声を上げて思い切り、泣きながら笑い声を発する。無理矢理引き攣った笑みを浮かべて戦終わりを民に伝えた。


 「俺は王女の名を当て笑わせた。約束通り姫は貰っていく。平和的婚姻の成立で、侵略行為はここまでとする!だがこの国は俺の国の支配下に入って貰おう」


 背徳の王女の結婚。これにより海の向こうで長らく続いた戦争は、本当の終わりを迎えた。海の向こうに連れ帰った王女はいつも死んだ魚のような目をしていた。以前のように王子が優しく話しかけることもなく、話しかけたところで王女は死んだその目で答えるだけだ。

 真実を知った今となっては……あんな女、愛せるはずもない。

 折角戦争まで起こして攫って来た姫を、全く愛していない風な王子の様子に、家臣達は驚いた。そうしている内に、姫に対してやましい心を抱く連中も現れる。


 「殿下はあの様子じゃまだお姫様と寝てないらしいぜ」

 「勿体ねぇ……可哀想に」

 「お子様なんだよ、理の王子様って奴は。頭が固くて駄目だねぇ。硬くて喜ばれるのはそっちじゃないってのに」


 下卑た噂話と共に、語られるのは王女の美しさ。絵に描かれた王女より、実物はずっと可憐で美しい。形だけの結婚式で彼女を見た者は、その心に背徳の灯りを灯された者も多い。


 「凄い美人だけどあれでもう少し胸があればなぁ……」

 「ばっか!あれだからいいんだろうが!あれがエロいんだよ!」

 「そうそう。成長過程を楽しむんだって」

 「おお、なるほどな!」

 「下らん話をする暇があったら真面目に働け!今は緊張状態なんだ!」

 「ひぃい!殿下!何時の間にっ!」


 無駄話の過ぎる兵士を叱り付けて城を回る。

 一応形ばかりは夫婦なのだから、王女の身の安全を見に行く義務はある。舌を噛まれて死なれでもすれば、押さえ付けている諸侯達がまた暴れ出すだろうから。


 「入るぞ、背徳」

 「……どうぞ」


 部屋の中にいる王女は相変わらず死んだような目。時折思い出したように、此方を憎しみの目で見つめるも……すぐに自分の無力さを思いだし泣きそうな目になる。

 その涙を拭うことも、侵略者である自分には許されない。そうしてしまったら、自分の行動の非を認めるようなものだから。だから王子は今日も涙する王女を見つめるだけ。

 細い肩を震わせて、王女は暫く泣いた。泣き止むと王女は、また死んだ魚の目に戻る。毎日これの繰り返し。あの千日と一日が嘘のように、今は二人に言葉がない。


 「神に背いてまで……生き延びたかったのだろう?」


 今生きていて、何故そんな目をする。王子が問いかける。お前が笑わなければ、この大陸に真の平和はあり得ない。諸侯達はそれが見たくて争い続けたのだから。このままでは反乱が起こる。また武力で従えなければならなくなる。


 「……私は」


 過去に縋るように一言、王子が問いかける。それに王女は窓の外、遙か故郷を見つめ答える。


 「生きていることが、幸せで。歌えることが、幸せで。……それだけで十分なんだって、思っていた頃もありました」

 「そうか」


 それは今、生きていて……歌えるのに……幸せを感じられないと言われたような気がする。王女は再びボロボロと大粒の涙を流し泣く。


 「神様は……っ、意地悪だっ。初めてだったのに……友達が出来たのは、本当に……楽しくて。毎日が……幸せでっ……」

 「背徳?」

 「生きているだけでっ!歌えるだけで!それだけで幸せだと思ってた私が、友達とかっ!友達と一緒に話せる幸せとかっ!そういうのっ、一杯欲しがったからっ……だから神託を叶えてしまったんだっ!私がもっと良い子でっ私がもっと何も望まないで、私がもっと……私がもっと、我慢していれば……あんなことにはっ」


 国が滅んだのは全て自分の所為だと、王女は自分を責めていた。そこに王子を責める言葉はない。そんな王女の涙を拭ってやりたい。抱き締めたいと心が震える。

 そんな自分に気が付いて、王子は吐き気を催した。


(やはりこの王女は、何処にもあってはならないものだ)


 こうして部屋の中に閉じ込めて、誰の目にも触れさせないように……鍵を掛けておくべき化け物だ。

 少しでも絆されそうになる心を許すな。見上げてくる瞳を可愛いなどと思ってはならない。それは絶対に許すことの出来ない感情だ。


 「……神などいない」

 「嘘だっ!だって!……貴方だって言ったじゃないですか!“神に背いてまで”って……私にっ!」

 「ああ!神はいる!だがいない!神託を告げるような神はいない!神というのは人が生きる道のことっ!それを見守る者のことっ!しっかりと現実を見ろ背徳!お前の国を滅ぼしたのは神などではない!この俺だっ!」

 「違うっ!逃げられないんだ……何処へ逃げたって、私は逃げられないっ!最初から私なんて、生まれて来なければ良かったんだっ!」


 手が出たのは、無意識だった。手が痛いのに気が付いて、王女の頬を打ったのだと遅れて気付く。

 細い身体はそのまま倒れ……床へと落ちた。そこでようやく目を瞬かせる王女。何をされたのかを理解して、王子を見上げる。

 せめて一言気の利いた台詞でも出て来ないか?駄目だ、出て来ない。

 俺の千と一日を無駄にするつもりか?お前に恋して敗れた者達の思いも無駄だったというのか?駄目だ。何を言っても王女を責める言葉に聞こえてしまう。

 お前が生きていてくれるだけで幸せだ。笑ってくれるだけで俺は良い。だから泣き止め。

 そんな言葉が許されたなら、許せるならば言ってしまいたい。


(だがっ……)


 それは許されない。王子は訳が分からない様子の王女を置き去りに王女の部屋を去った。王子がそれを後悔するのは、その翌日のことだった。


 *


 「……っ」


 今日も今日とて王子ははっと飛び起きた。昨日と同じで外はまだまだ薄暗い。

 体中に嫌な汗が流れている。水で顔を洗い、身体を拭いて……朝の冷たい空気に身体が震えた。


 「……背徳」


 呟くのは別の名前。お前にはその程度で十分だろうと嘲笑って、俺が名付けてやった名前。

 王子はそれを繰り返し、そればかりを繰り返す。本当の名は一度も呼ぶことが出来なかった。誰にも当てられるはずがない、無理難題の正解の答え。

 巫山戯るなと言った後、王子も泣いたのだ。悔しくて情けなくて、馬鹿みたいで自分が惨めで酷く滑稽に見えた。そうして泣きながら国へ帰ると、燃え上がる情熱は全て憎しみに変わっていた。

 思う心全てが嫌悪感を誘発する。そんな悪徳。堕落。ああ、背徳。それ以外に何と呼ぶ?神も人も道理も許さない。そんな心をなんと呼ぶ?そんなモノは断じて恋などではない!愛などではない!この世にあってはならないものだ!

 そりゃあお前は俺を友と呼びたかっただろう!それでも一瞬でも……一瞬と言うには長すぎる千と一日間っ!お前を恋い慕った俺が馬鹿みたいじゃないか。死にたくなるほど、惨めじゃないか。そんなもの、今更認められるものか!

 強く想った分だけ、憎くて憎くて堪らなくて。いっそ殺してやろうと思ったのに……最後の最後で殺せなかった。

 久々に会った王女は何時もと違う顔つきで、挑み掛かって来た。敵うはずもないと知って重い剣を引き摺って……俺以上の馬鹿だ。そんな馬鹿に募る愛しさが、許せなくて許せなくて……いっそその剣で斬られてやりたかった。しかし俺には国がある。そうされてやることなど出来ない。嗚呼、ならば!そう、だから!それなら恋に破れて怒り狂って、強行突破に挑んだ愚かな男を演じるしかない。死にたがっているお前を連れて海を渡る他にない。

 泣きたいのは俺の方だ。泣きたかったのは俺の方だ。お前は良いな。そうやって、泣くことが許されて。俺は駄目だ。俺には出来ない。俺には国があるんだ。お前と俺は違う。


(……そんな風に思っていたあの頃の俺を、俺は今すぐ殺してやりたい)


 昨日話した物語。風の娘と神父の話。

 昔聞いた時には下らんと吐き捨てた話だ。そのような者に惚れるなど、その男は何処かがおかしかったに違いない。そう思って嘲笑った。化け物などと共に命を絶つなんて……あれは笑い話か?そうだな、喜劇だろう?ああ、馬鹿な奴らと嘲笑うための物語だろう?

 そう思っていた俺は愚かだ。

 どうしてあの日あの時あの場所で、共に海に飛び込めなかったのだろう。もう生きていたくないと泣く、お前に何も言えなかったのか。悔やんでも悔やみきれない。例えこの森がこの城が冥府に繋がっているのだとしても……そこに彼女がいるのならば、飛び込んでしまいたくなるのだ。

 もしかしたらこれは全部夢で。俺はもう死んでいて……今審判に掛けられている?天国か地獄か神に量られている。それで彼女と同じ場所に行けるかどうか、俺は試されているのだ。背徳か理か最後に選べと迫られている。


 「理様、お水をお持ちしました」

 「……伝承?」


 こんな時間にどうしたのだ。扉を開き掛け、この城がおかしな所にあることを思い出す。このままこの扉を開けて無事に済むのか?扉の外にいるのは本当に彼なのか?冥界との狭間という噂を思い出し、王子は一瞬立ちすくむ。しかしすぐに思い直して扉に手を掛ける。

 どうせ死んだも同然の我が身。今更誰が脅かすだろうか。何を恐れる?何もない。失って困る物など……もう何も無いではないか。王子は自嘲し鍵を外した。


 「どうした?こんな時間に」

 「理様……いえ、毎晩魘されているようでしたから……もし眠っていらっしゃるなら帰るつもりでした」

 「毎晩……来てくれていたのか?」

 「お客様はもてなせと、菫姫様から命じられております」

 「そうか。ありがとう……それではいただこう」


 水を受け取らせると、そのまま帰ろうとする召使い。それが気になり呼び止めた。


 「伝承、少し話をしていかないか?」

 「いえ、こんな時間に失礼ですので」

 「客人の頼みを断るのか?」

 「……畏まりました。僭越ながらお邪魔させていただきます」

 「よろしい」


 王子は笑って少年を部屋に招いた。椅子を勧めると、居心地悪そうに彼はちょこんと腰掛ける。


 「この水は美味いな。冷たくて心地良い。少し気分が楽になった。ありがとう」

 「いいえ……大したことではありません」


 この夜中に一人で水を汲みに行ってくれたのだろう。それは昨日も一昨日も。その時俺が目覚めなかったからその水は捨てられてしまっていたのだ。勿体ないことをした。こんな美味い水なら貰っておけば良かったと、王子は目覚めの遅い自分を悔やんだ。


 「……俺は初日も魘されていたか?」

 「……いえ。初日はどちらかと言うと楽しそうな笑い声が不気味でした。それでも長時間笑い続けていらしたので、朝方には咽が渇くかと思いまして声を掛けました」

 「……そうか。いや、昨日は魘されたのも解るんだが、君はこんな夜中までずっと起きているのか?」

 「魚って知っていますよね」

 「それは、まぁ」

 「あれと同じです。僕は起きながら寝ているようなもので寝ながら起きているようなもの。だから睡眠という概念はあまり必要ないんです」

 「無理はするな、唯でさえ毎日働いているんだ。少しは休みなさい。部屋まで送っていこう」


 立ち上がろうとする王子を、少年は慌てて止める。


 「いいえ、理様。夜のこの城は危険です。一人で出歩くことはないようにお願いします」

 「危険?」

 「この城、この森は……夜の間だけ別の場所に繋がるのです。ですから向こうと此方と迷い込まれる方がこの城にやって来ます」

 「君は大丈夫なのか?」

 「僕は仮面を付けていますから」

 「それなら俺にも仮面をくれ。それで出歩けば問題ないのだろう?」

 「いえ、そう言う話でもありませんので……」

 「解った。ならば諦めよう」


 言い辛い話なのだろう。王子はそこで身を引いた。


 「しかし伝承、君は男だろう?」

 「それが何か?」

 「昨日、いや一昨日の話だ。仮面を外すのは裸を見られるようなものだと君は言ったが、同じ男の俺の前で仮面をする意味はあるのか?」


 その話で言うなら王子は常に全裸で歩いているに等しい。周りが着飾る中全裸。とんだ羞恥だ。客人にだけそんな恥を掻かせる気かと問いかける。


 「そ、それは」

 「いや、俺の国の風習ではな。人と腹を割って話す際、姿を偽るだの顔を隠すだのはとても失礼なことと考えられていたんだ」


 此方の風習では違うのだろうし、郷に入っては郷に従えとも言う。そう後付けをしつつ、王子は伝承の様子を観察する。


 「何か外せない理由でも?」

 「……それは、はい」

 「客人の頼みでも?」

 「……はい、それは流石に」

 「では伝承、君とも賭けをしよう。条件は君が言ってくれて構わない。明日からの三日間……それで俺が勝ったならその素顔を見せてくれないか?」


 無理矢理では駄目ならと、王子は譲歩の姿勢を見せる。交渉はまずは強気で、望むこと以上の攻めをする。そこで仕方ないという風に少しずつ後退する。こうすれば望む以上の結果を時に結ぶことがある。王子は故郷の戦いの中で、それを学んでいた。世間知らずらしい少年は、それにすっかり騙されている。


 「解りました。そういうことなら……」

 「よし。では条件は?」

 「……僕か菫姫様の話で、貴方が泣いてくださったなら、僕はこの仮面を外しましょう」

 「……っ、なかなかやるな伝承」


 くくくと王子は忍び笑う。そう来たか。世間知らずの天然に見えて、思った以上の曲者だ。

 こうなればどちらかとの勝負を選ばなければならなくなる。二人の仮面を曝くことは出来ない。となれば最終日まで勝負はお預け。じっくりと読み進めていかなければ。


 「ならば伝承。もし俺が君に敗れたなら、その時君は何を望む?こう見えても俺はそこそこの財と権力を持っている。褒美なら与えるが?」

 「……いいえ、僕は何も。お客様に喜んでいただけるなら、それは使用人として何よりの幸せです」


 そんな言い草が、夢の中の王女に似ていた。王子は約束など放り投げ、この場で少年の仮面を奪いたい衝動をぐっと堪える。それではあの時と同じだ。


 「伝承……君はこれまでの人生、何かを願ったことはあったか?」

 「……一度だけ」

 「それは叶ったか?」

 「叶ったと言えば叶ったとも言えますし、そうではなかったと言えばそうではなかったようにも思います。僕の望みは僕一人の力で叶えられる願いではなかったから」

 「……失礼でなければそれを聞いても宜しいか?」

 「はい」


 伝承は頷いて、ふっと小さな息を吐く。その笑みはいつかの王女のそれその物だ。


 「僕は……一人でも良いから、素敵な友達が欲しかったんです。僕と話をしてくれて、僕と一緒にいてくれる人。ちゃんと僕を見て……見つけてくれる人。僕の寂しい気持ちを埋めて殺してくれる人」

 「伝承……それは家族や恋人では駄目なのか?」

 「僕にはその違いがよく分からなくて。僕にとっての友達は、僕の夢で理想その物だったのかなって……思うんです今は」


 今は。その言葉は客観的に過去の自分を省みている。その瞳に映る色は景色はどんな物だろう。思えば自分は彼女の過去を何も知らない。知る前に失ってしまった。だからその言葉は、この少年の身体を借りて、冥府の門からやって来た彼女の魂が代わりに……語りかけて来るようで。


 「辛い時に、苦しい時に……こんな人がいてくれたら今はどんなに楽だろう。そういう気持ちを考えて、理想を考えて、今を耐える。幸せになった気分になって、今が幸せになる」

 「伝承……それは幸せとは言わない」

 「それなら理様。幸せって、何ですか?」

 「それは……」


 王子にも答えられない。幸せという幸せを知らずに育ったのは自分も同じ。幸せと問われ、真っ先に思い浮かべる風景は……王女と過ごした一千日の昼と夜。会えない夜の間さえ、満ち足りた温かさがあった。唯彼女に会えて、話が出来るだけで……本当に、幸せだと思ったのだ。何も知らない頃の自分は、愚かにも、唯ひたすら愚かにも。


 「それは……愛しい人を心から、笑わせられた時のことだ」


 一度も笑わせられなかった。卑怯な手を使う以外には。


 「愛しい人が、幸せだと……笑ってくれる顔を見て、自分の胸に生まれる喜びが……それが幸せと言うのだろうと俺は思う」

 「……それなら理様は、幸せになりたかったんですね」

 「ああそうだ。俺が幸せになりたかったんだ」

 「それなら幸せって、難しいですね」

 「難しい?」

 「だってそれって友達と同じで、一人じゃ作れないこと。僕の言う幸せが幸せでないのなら、きっとそういうことですよね」


 少年の言葉に王子ははっとする。なるほど、そう言うことか。

 彼の言葉でそれを聞きたくて、王子は質問を投げる。


 「伝承、それなら泣くと言うことはどういう意味だと考える?」

 「それは対象によって変わってくると思います」

 「ならば近しい相手では?」

 「涙って言うのは、確認なんだと思います」

 「確認?」

 「その人のために、涙を流せるか。自分のために泣く程感情を表してくれるか。……そうだ。仮面に似てます。人の普通の顔は既に仮面で覆われていて、涙がそれを壊してくれる」


 貴方は自分は裸でありのままでいると言ったけれど、それだって嘘になる。人が言葉にする以上、それは幾らか嘘になる。少年はそう指摘する。

 けれど涙はその仮面を溶かす物だから。だから泣いた時人は、素顔になる。心が裸になるのだと、正解を見つけたように少年ははしゃいだ。


 「泣かせたい。泣いて貰いたい。それって、私のために仮面を外してくれますか?そう言う問いかけなんですよ」


 そうだ、この話勝負は互いが互いの仮面を外したがっている。

 王子は二人の肉体の仮面を。二人は王子の心の仮面を。そのどちらが正解かはわからない。勝つか負けるか、どちらが正しい答えなのか。見たいと曝く略奪者の心。それを捨てて自らをさらけ出せるの愛の心。誰にどんな心で対峙したいか。それが今問われている。


 「ぅわぁっ!」

 「まったく……君のお陰で俺はますますわけがわからない。君はこの森のようだな」


 王子が乱暴に召使いの頭を撫でると、彼は戸惑うような素振りを見せる。仮面が外れないか心配なのだろう。


 「こ、理様っ!」

 「何だ?」

 「そろそろ夜が明けます!僕は城の掃除と食事の仕度がありますので、失礼させていただきますっ!」

 「伝承、俺も調理場を借りても良いか?」

 「え?」

 「ちょっと作りたい物がある」

 「は、はぁ。構いませんが……」

 「ならば、案内してくれ。いやその前に水浴びか湯浴みが出来るところを知らないか?よくよく考えれば俺はここに来てから一度も風呂に入っていない。これでは気品も身分もあったものではない。女性の前に出るには失礼だった」

 「ああ、はい。では洗濯もしておきますね。着替えの用意をさせていただきます」


 今日を含めて夜伽話は、後三度。自分の心を確かめて、相手のことを見極めて……何をすべきか考えなければ。王子はそのための一手を今その手に取ったのだ。

間に合わんかった……くっ。

しかし夢から覚めたリアルタイムってことで何卒。何卒!

明日からもっと地獄。もう無理な気もする。明日は話し手4話、夢1話。計5話。

一日一人ずつ語り手が増える形式。


セルフ鬼畜プレイにし過ぎた。もっと酷くしなさいよハァハァとか言ってる場合じゃありません。

でも安西先生がっ!諦めたらそこで試合終了って言ってるからっ!

え?お前には言ってないって?

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