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【0夜目】最果てを望む物語 『ダブルトラップ』

これは物語を物語る物語です。

一度そういう童話集のような夜伽物語のような物語を書いてみたかったので、作った物です。

次の話からは、短編のように王子と王女が交互に話を進めていきます。


話を全てオリジナル曲にまとめた歌&インストアルバムを公開中です。

話の掘り下げに、此方もよろしくお願い致します。


【動画置き場】

http://www.nicovideo.jp/mylist/35519084

挿絵(By みてみん)


 昔々あるところに、背徳の姫君と呼ばれる王女が居た。

 王女は蜂蜜色の日の光をそこに溶かしたような金糸の髪。海の色を映したような澄んだ青い目。その小さな唇から紡がれる歌は何処までも響き渡り、その可憐な声にセイレーンも顔を赤らめ海に沈むと言う。

 やがて美しく成長した彼女は、多くの諸侯を魅了して……世界に戦乱を招いた。

 その争いを勝ち抜いて、見事王女を妻と迎えたある国の王子。彼が王女を娶ったことで新たに始まった戦争の中……背徳の姫君はその短い生涯を閉じたと言う。


「殿下は姫を失われてから、すっかりお心を塞ぎ込んでいらっしゃる」

「無理もない。彼女に惚れたから王子は、国を滅ぼしてまで姫を攫ってきたのではないか」


 人々が噂するのは、この国の若き王子。

 武勲に長けた王子の活躍で、長き争いもようやく終わりを告げた。しかし国々は皆嘆き悲しんでいる。この戦争の発端となった美しい王女が、その戦乱の最中に命を落としてしまったのだ。

 悲しみに暮れていた王子の耳に、ある時聞こえた一つの噂話があった。西の最果ての森の中、不思議な城があるという。

 その城は黄泉の国に通じているのか、死んだはずの愛しい人に瓜二つの城主が出迎えてくれるという。その深い迷いの森は、多くの人の命を喰らった森だ。だから、黄泉の国と繋がる門が生まれたのかもしれないと、人々は噂する。


「下らん……」


 そう吐き捨てるも、王子は妙な噂話を忘れられずにいた。来る日も来る日も、失われた王女の微笑みが甦る。

 幻でももう一度、その笑顔に会いたいと……王子が旅に出たのは何時の頃だっただろうか。

 山を越え、谷を越え、河を渡り海を越え……王子はひたすらに西を目指した。長い長い旅の果て、とうとう王子は最果ての森へと辿り着く。


 この先が何処に繋がっているか。王子は気付いていた。

 長い旅の中、擡げた考え。それがここまで来て確信に変わったのだ。王子は長い旅の道連れをしてくれた愛馬に別れを告げるが、馬は離れず後ろから森の中へと着いて来た。


「思えばお前とは、いつも一緒だったな。共に来てくれるか?そうか……お前もあれには懐いていたな」

挿絵(By みてみん)

 お前も再び彼女に会いたいか。王子は笑い、共に森を進むことにした。

 森の奥へ奥へと進む度、いつも王女が歌っていた歌が聞こえてくるようで、王子の涙腺は緩む。伝えたい言葉があったのだ。何一つ言えぬまま、失ってしまったその人に。どうしてももう一度会いたかった。

 森の中は、レースのカーテンのような蜘蛛の巣が彼方此方。朝露に、夜露に濡れて幻想的な風景を作る。けれどどの巣にも蜘蛛の姿はなく、物悲しさをこの胸に思い起こさせる。蜘蛛の巣を避けながら、王子は森を進む。けれど一昼夜進んでも森の終わりは見えない。今更引き返しても、二度とここから出られはしないだろう。そんな確信もあった。ならば躊躇わずひたすらに奥へと向かうしかない。

 そうして進んで三日目の晩……ようやく拓けた場所に出る。月明かりに照らされた古城がそこにはあった。

 城は蔦が生い茂り森の緑に半ば飲み込まれていたが、それでも灯りが見える。誰かが暮らしているのだろう。


「夜分に申し訳ない。私は旅の者だが、一晩宿を貸して貰えないだろうか?」

「おや珍しい。こんな辺鄙なところに旅人さんが来るなんて」


 王子が扉を叩くと、内側から現れたのは一人の少年だ。彼は召使いのような格好をしていたが、不思議なことにその顔を覆う仮面を付けていた。

 奇っ怪な。そう思いはしたが、こんな遠く離れた土地で身分など意味をなさない。気にしない風を装い、王子は宿を頼み込む。


「それでは城主様に聞いて参ります」


 少年がそう言い残し、城の中へと戻り掛けた。その時新たな声が二人に届く。


「まぁ!私の城にお客様だなんて、何年ぶりでしょうか?」


 王子は目を見開いて、その声の主を見る。その声は誰よりも求めていた人のそれ。見れば階段の上に居るその少女は、ドレスこそ異なるが……背丈も髪の色までも、失った人によく似ていた。

 けれど求める眼差しは、少年同様仮面の下に隠されている。顔の中で見える場所は赤い唇くらいだ。その唇の色だけが愛しい人とは似ていない。

 かの姫は化粧など終ぞしたことがない。自然のままの美しさが何より彼女に映えていた。それと比べてその女……唇の何と赤いこと。まるでその口から血でも流したようではないか。その血で唇に化粧を施したようだと、王子は思って見つめる。しかしその唇の……周りの肌のなんと白いことか。健康的な色には見えない。だからこそ、唇の色が目立つのだろう。


「城主様。この旅のお方が宿をお探しとのことですが……如何なさいますか?」

「困ったときはお互い様です。丁重にもてなして差し上げなさい」

「は、畏まりました」


 城主は優しく微笑んで、階段から下りてくる。召使いに案内されながら、城主とすれ違った際……ふわりと香る花の匂い。それが何処か、懐かしかった。

 王子が案内された部屋で考え事をしていると、召使いが現れて、食事の仕度が調ったと言う。食卓へと招かれれば、そこには仮面の女城主の姿。


「部屋の方は気に入っていただけました?」

「はい。素晴らしい部屋でした。こんな森の奥に、このような場所があったとは驚きました。貴女のような美しい城主様がいらしたとは……世界の多くを見てきたつもりでしたが、私もまだまだ未熟なのだと感じた次第」

「まぁ、お上手ですね。それでは旅のお方。何かお困りごとはありませんか?ございましたら是非。私達に出来ることならば喜んでお受けしますわ」

「そうですね……お美しい城主様。私はかつて、愛する人を失いました。それがどんな縁か、貴女の面差しが私の最愛の人に似ているのです」

「……そのようなことがあるのですね。けれど世の中は広くて狭いものですから、そういうこともあるのやもしれません」


 女城主は穏やかに笑み、王子の言葉をさらりとかわす。それでも王子は諦めきれず、尚も城主に食い下がる。


「……貴女がそうしているのには何か理由があるのでしょう。貴婦人の素顔を求めるなど、低俗な男だと罵ってくれても構いません。しかし私はどうにも貴女の素顔が気になるのです」

「ならば旅のお方……一つ戯れは如何です?」


 やがて王子の熱意が通じたのか、城主はそれに応じる姿勢を見せた。


「戯れ、と申しますと?」

「私、こんな所で暮らしておりますので、とても退屈なのです。ですから私は娯楽に飢えています。もう何年も、笑うことを忘れてしまいました」

「それでは城主様……」

「ええ。どんなお話でも構いませんわ。私を笑わせてはいただけないでしょうか? いいえ、一晩だけとは言いません。そうですね、お客様の都合が着けばなのですが……六日までなら宿をお貸ししますわ。六日目の晩までに私を笑わせていただけたのなら……私はこの仮面を外すことを約束致します」

「貴女を、笑わせれば宜しいのか?」


 その申し出には、妙な懐かしさがある。

 結局笑わない王女を、正規の方法で笑わせ妻にすることが……自分には出来なかったのだ。そのことを思いだし、王子はこの難題が無理難題であることを知る。城主自身、それでは難しすぎると思ったのか。程なくもう一つの提案をして来た。


「……お客様ばかりに話をさせるのは失礼。ならば旅のお方。私は毎晩悲しいお話をしましょう。六日目までに貴方が一度も泣かずにいられたのならば、なんでも貴方の願いを叶えて見せましょう。ですから貴方様は私を笑わせるか、それとも泣かずに居られたのならこの仮面を外すことが出来るのです」


 如何ですかと申し出る乙女に、王子はそれならばと承諾をした。


「では、これから暫く世話になります。どうせ行く宛てもない旅でした。お言葉に甘えて六夜目までここに留まらせて頂こう。城主様、何時までも城主様では呼びづらい。美しい貴方の名を私に呼ばせては頂けないか?」

「……そうですね。確かにそれは不便でしょう。ならば私のことはマダム・ヴィオレ……では(イオン)、“菫姫(イオン)”とでもお呼び下さい」


 王子がそれまで黒だと思っていた乙女のドレスは、よくよく見れば紫色。菫を名乗るには相応しい出で立ちだった。


「それではお客様、貴方様はなんとお呼びすればよろしいでしょう?」

「私は(ことわり)。……(ロゴス)とでもお呼び下さい」

「それでは理様。これから暫くの間、どうぞよろしくお願いします」


 恭しく礼をする、菫姫。その美しい金色の髪にはさぞかし菫の花が映えるだろう。しかしその仮面を外せたなら、この世のどんな美しい花も霞んで消えるに違いない。


「ああ、忘れていました」


 菫姫が紹介したのは、傍らに控えていた少年。見れば彼も菫姫のような美しい金髪をしていた。向日葵とでも言うのだろうか?そんな理の王子の予想は外れ、菫姫が語るは……王子の名と対を成す言葉。


「この子は私の身の回りの世話をしてくれている、伝承(ミトス)と言いますの。何かございましたらこの子に何なりとお申し付け下さいませ」


 とりあえず客間に参りましょう。菫姫は仮面の下で、唇だけで微笑んで……王子の思い出を揺さぶるのだった。



挿絵(By みてみん)


以前曲として作った背徳の姫君。その世界観は歌に縮めるのもう無理だなと思って、いつか小説にしたいと思っていました。

そこで自分が挑戦したかった新たな分野に挑戦してみることにしました。


五日と一夜の物語、六日間お付き合い頂けると嬉しいです。

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