2話:俺とバールのような物が出会った日
タイトル変更しました。
俺は台所で晩飯を食いながら、ブラウザを開いてOwOの大手情報サイトを覗いている。
某掲示板のことは、二人も悪気があってやっていないはずだと信じたいので忘れることにした。
どうせ一月限りで止めるつもりだ、それに足掻いたところでネット上から俺の個人情報―――主に名前が消せるわけでは無い。
あれは同姓同名の別人と思えばいい、実際キャラクターの名前に過ぎない、過ぎないのだ、過ぎないはずなんだ。
とりあえず、情報サイトで自分が選んだスキルの項目に目を通す。
『鍵開け』は、扉や宝箱の鍵が開きます、トレジャーハンターやシーフを目指したい人にお薦めのスキルです、と書いている。
両方目指すつもりがなかったので、適当に選び過ぎたことに後悔してきた。
俺はどちらかというと肉弾戦が好みだ。
そうなると強盗専門のシーフを目指すことになるのだろうか、だかそれはただの山賊のような気がする。
『片手剣』は、モンス戦、対人戦どちらでも有用な技が多いので初心者にお薦めです!盾スキルと組み合わせて使いましょう――「!」が付いているぐらいプッシュされているので期待できそうだ。
普段、VRテニスと現実でレトロゲームぐらいしかやらない俺には打って付けのスキルだったようだ。
しかし、『盾』スキルとか完全に無視してたな――いっそのこと防御のことは忘れよう。
『超能力』は、種族、他のスキル、個人の脳波によって覚えられる能力が変わります、使用は他の魔法系スキルよりも『VRセンス』が問われ、博打要素も高いので初心者にはお薦めしません。
ん!? なんか微妙な感じに書かれている。
ファンタジー世界のゲームで明らかに浮いていたから、きっと好奇心で俺のように選んでしまう奇特な方もおられるだろう。
そもそも俺は『VRセンス』を問われるゲームをやったことが無い。
普段プレイしているVRテニスは、現実でテニスをやるのと全く同じと言っていい、ただし、セカンドブレインの神経伝達速度の方が優れていれば仮想空間でやる方が上手い、という人も結構いる。
そして『VRセンス』とは、ゲームなどの仮想空間に設定されている特殊な操作を行うための、仮想空間だけの感覚だ。
おそらく、瑞貴のキャラの背中に生えていた悪魔の翼は『VRセンス』で動かせるはず、もしかしたら飛べるのかもしれない。
超能力もそんな感じで、適当に念じれば発動するようになっているのだろうが、自分のVRセンスが未知数なので下手すれば地雷を踏んだ可能性がある。
しかし、博打は嫌いでは無い。クソスキルばっちこいだ。
1時間ぐらい二人を放置してやったので俺の溜飲も下がったし、そろそろログインしようと思う。
IDとパスを入力すると、先ほどとは違ってキャラ選択画面に出た。
どうやら4人までキャラを作成できるようで、緑の草原のような場所に4人分の台座が置かれておりその内の一つに先ほど作成した『ショウ』が座っていた。
今はとにかく『ショウ』を選択する。
仮想の五感がショウに移り、鏡を通過、OwOの世界に再び戻っていく。
ログインすると先ほどと同じ場所に出た。
周りの景色や人の多さはさっきと変わらないが、かなり暗くなっている、どうやら現実時間と同期しているらしい。
街灯と、現実のものよりも大きくて明るい月が街を照らしていた。
そして、俺の正面にはかなりご立腹なご様子の二人が仁王立ちしている。
「翔ちゃん、何してたの!? うち、何度もインターフォン鳴らしたのに出ないし!」
「しかも、翔くん、また私たちを拒否設定にしていただろう、酷いじゃないか!」
どっちか酷いんじゃボケ! という言葉を飲み込んで、
「スマン、う○こしてた」
俺の適当な嘘に、二人は訝しむように半眼になり、
「翔ちゃんは台所でトイレするの?」
「しかも、一時間もするとはね」
二人はどうやらここで俺を待ちながらリアルの方も監視していたようだ。
料理していたから、台所の明かりと換気扇が動いていたのでバレている。
しかし、そんな文句は無視だ無視、俺はもっと酷い目にあっているからな!
「よし、とりあえず、モンスター倒しに行こうぜ」
そして、全く取り合おうとしない俺の態度に早くも諦めたのか、
「もうっ、翔ちゃん後で拒否解除しといてよ! じゃあ、行こっか!」
瑞貴は前を向いて、遠くに見える街の外に出る門を指差した。すると、
「待ちたまえ瑞貴くん、その前に翔くんのフレンド登録を済ませておこうじゃないか」
薫が歩き始めようとした瑞貴の肩を捕まえて止めた。
「あ、そうだね! 翔ちゃん、メニュー開いてフレンド選択して、フレンド申請をうちらに送ってみて」
「メニューってどこにあんの?」
未だにログアウトの方法しかしらない。
このゲーム、基本的に余分なものが視界に映っていないのだ。
「メニュー開けって念じて!」
俺は言われた通りにメニュー開け! と念じる。
すると、目の前にスキル、アイテム、ステータス、フレンド、クランなどの文字が書かれた小さなウィンドウが半透明で浮かび上がった。
どうやらメニュー関連は脳波で操作するらしい。そのままフレンドを選ぶ、言われた通りに二人にフレンド申請を送っておいた。
数秒後、視界の左下に『諏訪部翔ちゃんLOVEミズキン様』と『諏訪部翔くんの正妻カオル様』と、フレンド登録完了しました、というメッセージが表示された。
俺はこのメッセージを見て、やはりこの名前酷すぎるわ、と再確認させられた。
「翔ちゃん、試しにうちのこと触ってみて!」
現実の彼女と同様に小柄な瑞貴が両手を挙げ、大きく足を開いて、薄い胸をこちらに差し出して来ている。
「わかった」
右人差し指を伸ばして、瑞貴の頬に向かって動かしていく――やっぱり止めた、クンッと指を下方に修正して、ふにっとした柔らかいものに触れた。
「ななななな、なにするのッ!!? 翔ちゃんセクハラだよっ、エロスだよっ!!」
瑞貴が胸を隠しながら、1メートルほど後ずさった。
胸が触れるかどうか試してみたのだけど、見事に触れることが出来てしまった。
VRテニスでは、こういった行為は見えない壁で完全に防がれていたのに。
とりあえず今日が、俺が初めて女性の胸に触れた記念すべき日となってしまった。仮想で、だが。
「こ、このゲームおっぱい触れんの?」
俺はこの素敵仕様のゲームに驚嘆した。
目の前に人差し指を持ってきて、突いた指の先を眺め回しながら二人に訊く。
「翔くん、フレンド設定を見てごらん、そこに肉体接触、可/不可の項目あるのだよ、さらにレベルが在って、限界まで上げるとどこでも触れられるよ」
狼狽している瑞貴を特に気にした様子も無く、薫が説明してくれる。
教えられた設定を見てみると、確かに瑞貴と薫の表示が最大限の可になっていた。
どうやら、フレンド限定、さらに許可する人を選択することで触れるようになるみたいだ。
「つ、つまり、触り放題ってこと?」
「し、翔ちゃん、いやらしい! うちは手とか繋ぐために可に設定したの!」
瑞貴が顔を真っ赤、歯をむき出しにして俺を威嚇している。
俺もまさか触れるとは思っていなかったので、すまないとは思うが、俺の個人情報に比べれば仮想の胸ぐらい安いものだろう、ここは謝らぬ。
しかも、胸を触られるのが嫌なら、低レベルに設定しておけよ、と思う。
とりあえず、俺の方も二人からの接触を可にしておく。
「じゃあ、翔くん、向こうの門を出た先にあるシグナイの森に行こうか、初心者向きの狩場だからそこで動きになれるといいよ」
「ていうか大事なことを忘れてた、俺武器とか持ってないんですけど、どこか買うとこないの?」
「防具はすぐモンスターから拾えるから必要ないよ――武器は私から買ったパッケージの特典として貰っているはずだからアイテム欄を確認してごらん」
俺は、どれどれと言いながら、アイテム欄を確認する。
特典アイテムカードと表示されているものがあった。
使用する、と選択すると、手にずっしりとした感触とともにバールのような物が現れた。
「うおっ!?」
俺は右手に現れたそれを見て、思わず声を上げてしまった。
それは、闇を象ったような黒い色をしており、先端の割れている部分周辺だけが血のように真紅に染まっており、そこから血がポタポタと地面に滴っている。
ていうか誰の血なの、という疑問がわいてくるわ。
しかも、バールのような物の全体から濃い紫色の邪気みたいなオーラが漂っている。
それになんだか、握っている部分が脈打ってる気がするんですけど!? この武器、怖すぎるわ!
最初に手にしたのが、こんなグロいウェポンとかどうなんだろう。
性能を見てみると、攻撃属性:混沌、攻撃力20、STR+35、VIT+35、DEX+35、AGI+35、特殊:血飛沫、と書いてある、この血を飛ばして戦えというのか。
そんなことよりも、これ『片手剣』スキルで扱えるのだろうか?
「薫、この混沌ってどういう意味? それとこれ片手剣で使えるのか?」
「混沌は属性攻撃のどれかがランダムで発生するってことだよ、ちなみにそれ武器スキルさえあれば扱えるから翔くんのキャラでも問題無いよ」
「へぇー」
薫の説明を聞きながら、俺は自分のステータスを確認する。
STR:85、VIT:85、DEX:85、AGI:85、INT:50、MND:50、
HP:170、MP:100、SP:170、となっている。
そして防御の属性が何種類もあった、ちなみに今は物理防御が85で、残り全ては50になっている。
試しにバールのような物をアイテム欄に戻してみると、ステータスが下がった。
武器の補正前だとオール50だったようだ。
そして、ステータスウィンドウの一番上の職業欄を見てみると、『サイキック剣士』と書かれていた。
どことなくシュールな気配を醸し出しているジョブネームだ。
スキル値によって表示は変わるのかもしれない、先に鍵開けを上げてしまうとサイキック鍵師とかになる可能性がある、断固として阻止したい。
そうしてステータス欄を眺めていると、不意に、
「じゃあ翔ちゃん、今度こそ行こっ!」
瑞貴に手をギュっと握られた。そのまま引っ張られるように南の門に向かって歩き出す。
後ろから繋いでいる手に向かってきっつい視線を感じたが、今は振り返らずに前だけを見据える。
そうしていると、後ろから薫が隣にやってきて反対側の手を取られた。
今度は周囲の視線が痛い。
俺は二人に引き摺られるようにして、数百人の観衆の視線を浴びせられていく。
そうしていると、鉄の柵で出来た巨大な門の隙間から、森の全容が見えてくる。
初心者向きとは思えないほど、おどろおどろしい森だと俺の目には映った。
今日は、バールのような物で戦うサイキック剣士ショウが生まれた日。