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始まりの共点

 雲に覆われた夜。月明かりはなく、駅のホームは一つきりの明かりだけが頼りだった。

 春の始まりなのに、どこからか肌寒い風が吹いている。

「……歓迎はしてくんないわけか」

 微かな声。幼さの抜けない少年の独りごとだった。声音は弱々しく、過細い。

 立ちはだかる大きな壁を目の前しているかのような脱力感で、彼は駅の粗末なベンチに項垂れている。そして、その隣に彼の背丈ほど積み上げられた荷物。今にも崩れそうに、春風に揺れている。

 終電は過ぎ去ったのに、電車を待ち続ける少年は周囲の人には異様に写った。

 やがて、廃れたホームには項垂れる少年と、積まれた荷物だけが残った。

 数分間の静寂。

 断ち切るように携帯が鳴った。

 それに少年は俯いたまま携帯のコールを押す。

「ずいぶん、落ち込んでいるみたいだね」

 第一声。受話器の向うの声は面白げに、まるで、少年の項垂れが見えているかのように、嘲た。その声は少し年老いた、ちゃらけた男であることが連想できた。

 少年は深いため息をつき、

「見てたんですね。おじさん」

「もちろんだよ。翔ちゃんが周りの人に奇妙な視線を送られている。最中もね」

「こんなときにでも、皮肉を言うんですね。おじさんは」

 と、憎々しく言った。

「失礼なこと言ちゃうんだね。これは僕なりの家族愛だよ、翔ちゃん」

 電話奥でクスクスと笑っているのが全て筒抜けだ、と少年は顔少し歪めた。

「わざわざ、自分の力で自分を実写せずに、電話を使うこと自体、おじさんにとって皮肉話ですよ」

「別れのシーンわね、僕の中では携帯と相場は決まっているんだよ」

「『世界に影響を与える者』とは誰も到底、思えませんね」

「それ皮肉! ひどい、お父さんをいじめちゃうんだね。え~ん。え~ん」

 重々しい状況中、よくそんなことが出来るものだと釈然としない思いがくすぶる。

「……で、何ですか? 用件は」

「ごめん。ごめん。少しからかいすぎたよ。はははは」 

 大音声の笑い声が、鼓膜をくすぐる。

 ごほん。咳払い、その後、神妙な、真剣な口調で、


「すまないと僕は思っている。君を『世界に影響を与える者』として偽ったことを。でも、仕方なかったんだよ。本当にすまない」


 電話先で男は謝った。

 少年はそれを聞き、しばし、無言で何も言えなかった。実際は何を言ったいいかがわからなかった。


「そのせいで、君は、これからの三年間、道化を演じることも、本当に済まない」


 罪悪感で潰れそうな声だった。

 少年は明るい養父にこれほどの気持ちを抱かせていることに、苦笑した。自分だけが苦しみを背負っているわけではない。改めて、深々と考えさせられた。

 少年は養父を慰めるように、 

「恩返し」

 と、愚痴った。 

「ん?」

「自分を引き取ってくれたことの恩返しです。これも、今までの苦難も」

「恩返しか、僕にとってそれは都合のいい言葉になっちゃうね。でも、そう言ってもらえると、僕は救われた気持ちになるよ」

 あはは、と力なく嘆く。

「でも、自分は――」

 少年が言いかけた突端。線路の向うで電車がレール刻む音で溢れた。

 彼は声にならない悲しい声で続く言葉を呟いた。

「どうやら来たようだね」

「来たようです」

「では、確認するよ。君がこれからの三年間守り通すことを」

 養父はこれから息子に背負わせる痛みを考え、深く心がえぐられた。


 ――「神を揺るがす能力の血筋、斎宮家でないことを決してばれないないこと」

 

        〒〒〒〒      

      

 斎宮翔は電車の光と共に、顔を上げた。童顔の優しげな瞳が逆光し、鈍く光を放つ。

 レールの先の電車。一般のものと違って、遥かに大きく、予想以上の地響きに、隣の背丈ほどの荷物がなだれように崩れ、

 不意に斎宮の頭部が衝撃に揺ぎ、巻き込むように押し倒し、

「ぐわっぁぁぁッ!」

 無数の荷物に斎宮は蹂躙された。

 視界は無く、身動きの取れない。

 レールの軋み、ブレーキの深いな音。

「やばっ」と、必死にもがく。

 ようやく、荷物の隙間から頭を出せたと思ったら、清々しいピンポン音と共に――電車の扉が開き、

「お迎えにあがりました。斎宮家直系、斎宮翔様」

 角度45度の綺麗なフォームのお辞儀が出迎えた。

 服装はその手の人たちが喜びそうな――完璧なメイド服。しかし、完璧すぎて、使用人の服と言った方が適切だ。

 彼女がお辞儀を済まし、顔を上げる、その先に荷物に埋れた哀れな姿の斎宮家直系。

「……えっと? あなた様は斎宮家直系の斎宮翔様でいらしゃいますか……?」と、頬を吊ったぎこちない苦みの利いた笑み。

「あ、ああ、当たり前だ。この自分が斎宮家直系『世界に影響を与える者』だ」

(先が思い遣れる……) 

 これからの三年間の始まりに斎宮翔は嘆息をもらした。 



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