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本物だったので滅

作者: 有馬ろく
掲載日:2026/08/28

「死んでも好きだよ」


そう言って君は飛び降りた。

俺たちの手は、離れないようにハンカチが巻かれていた。


「転生もの?」


俺の声は風にかき消された。



*****



四月。

オレは地元の中学に進学した。

オレの席は窓際の一番後ろだった。


その反対ともいえる、廊下側の一番後ろの席にすごく綺麗な子がいた。

切り揃えられた前髪。大き目の瞳。鼻はすっとしていて、唇の形がいい。

少し尖った輪郭。後頭部も整えられている。

気づけば一日中、を目で追っていた。


彼はいつも一人でいた。

一人で登校し、休み時間も自分の席で静かに本を読んでいた。


ある日、オレは思い切って声をかけた。


「何読んでるの?」


彼は驚いた様子で顔を上げた。

一拍置いた返事は意外なものだった。


「なんか、ラノベ?」


「ラノベ……オレも読む」


彼の手元の本はカバーがひっくり返してつけられていた。

もっと難しい本を読んでいるのかと思っていた。

一気に親近感が湧いた。


「題名見せて」


オレが言うと


「いいよ」


と、中表紙を見せてくれた。

オレも読んだことのある本だった。


「これ、面白いよね」


「君も読んだことあるの?」


「うん」


「ネタバレしないでね」


オレは笑った。


それからオレたちはよく話すようになった。

二人とも帰宅部だったので、放課後も一緒に過ごした。


彼は話しやすかった。

一緒にいると楽しかった。

いつの間にか彼を好きになっていた。





授業中も彼を眺めるようになった。

彼は手を挙げる人だった。

けれど先生の目はいつも彼を素通りし、一度も当てられることはなかった。

五月も半ばになると、彼は手を挙げなくなった。


彼は勉強がよくできた。

オレはよく教えてもらった。

放課後の教室で居残りした。





ペンを走らせる彼の指先に触れたことがある。


「何?」


と彼は笑った。


「なんか触りたくなった」


オレは正直に話した。


「そうなんだ」


彼は気にしたふうでもなかった。

オレは手を引っ込めた。


ふと彼の顔を見ると、頬が染まっていて、その赤は耳まで滲んでいた。





給食の時間だった。


「ホモと一緒なの、マジ面倒」


クラスメイトが話していた。

オレはギクリとした。


「気持ちわかる。でも言うなよ」


クラスメイトは軽い調子でたしなめられていた。

オレは彼に向ける感情を周囲に隠しているつもりだった。


オレは置かれた給食に手がつけられなかった。





学校が早く終わった日、オレたちは、電車に乗って海まで行った。


「海、来たかったんだ」


「オレも」


波打ち際ではしゃいだ。

夕方まで遊んだ。


「帰りたくない」


彼は浜辺に寝転んで言った。


「オレも。

 でもご飯用意されてるから、帰らないと」


オレが言うと、


「……そうだね」


と、彼は身を起こした。

風が起こった。

どこか寂しそうだった。


手を繋いで帰った。


クラスメイトの

「ホモと一緒」

と言う言葉を思い出したが、手を離す気にはならなかった。


みんな、オレたちなんか目に入らないようだった。


彼は家まで送ってくれた。


「じゃあ、また明日」


離された手の熱を風がさらっていった。





家に入ると、食卓に母がいた。


「ただいま」


返事はなかった。


食事が用意されている。


オレは席についた。


母は遅く帰ったオレを責めたりしなかった。


ただ、会話もなかった。


仏壇で線香が細い煙を薫せていた。


オレは自室に戻ってベッドに身を投げた。


彼は今頃どうしているだろうか。





次の日、学校に行くとオレの机の上に誰かの教科書が積まれていた。


「誰の?」


声をかけたが、誰も反応しなかった。


仕方なくオレは、置いたまま授業を受けた。


授業中に気がついた先生が


「誰が教科書を置いたんだ」


と呼びかけた。


前の席のやつが教科書を引き上げていった。


「最低」


と女子が言った。

オレはそう言った女子に、感謝の気持ちで微笑みかけたが、無視された。


ふと、彼と目が合った。

オレが苦笑いすると、彼も苦笑いした。




「なんか最近喉がおかしくて」


オレたちの隣でクラスメイトが話している。

オレは彼の席に遊びに来ていた。


「声変わりじゃない?オレもそう。

 母ちゃんが言ってた」


「マジか」


クラスメイトの話はそこで移り変わっていった。


「声変わりだって」


オレは彼に言った。


「俺はまだ」


彼は言った。

彼の声は澄んでいる。

もう少ししたら、この澄んだ声も変わるのか。


「オレもまだなんだ」


「君の声、好きだよ」


さらっと、彼が言った。

オレは心臓が跳ねた。

胸の鼓動を感じながら、オレは話を逸らした。


「なんかオレ、背が伸びてない気がするんだよね」


「俺も」


「身体検査って二学期だっけ?」


「そうだね」


「結構あるね」


そこでチャイムが鳴った。


「じゃあ」


オレは自分の席に戻った。


授業中、彼を眺める。


彼は、頬にも腕にも余計な肉が付いていない。

薄い体だった。

抱きしめたら包み込めそうだった。


抱きしめてみたい。


はっきりと、そう思った。





放課後、オレたちは居残って自主勉していた。

オレは彼の席の隣を借りた。


「ここ教えて」


彼に声をかけると、問題をよく見ようとしてか、彼が身を寄せてきた。


肩が触れた。


たまらなくなった。


「……抱きしめていい?」


オレが言うと、彼は身を引いた。


「勉強中に何考えてるの?」


「いや……その……」


口籠ると、彼は眉尾を下げて笑った。


「いいよ」


そう言って腕を広げる。


オレは間抜けな顔をしていたと思う。


彼が近づいてきて、オレを抱きしめた。


オレは彼に腕を回した。


彼の存在を感じた。

彼はすっぽりとオレの腕に収まった。


しばらくそうしていた。


離れる。


「わかんないの、どこだっけ」


少し笑いながら彼は言った。


「もう一回」


オレが言うと、彼は笑みを深くして抱きついてきた。

彼が愛おしい。

離れたくなかった。





オレはだんだん、彼に遠慮なく触れるようになっていた。


彼もまた、オレに触れる。


彼の感触には、覚えがあった。


仕草に、視線に、覚えがあった。


なんでだろう。





小説を読んでいた。

ラブコメだった。


『十代の愛は未分化で、この先どう進むかわからない』


この一文をオレは知っていた。


オレたちはこの言葉に追い詰められた。


オレたちは自分たちの感情を信じられなかった。


特に彼はオレの心を疑った。


それで、そうだ。


オレは彼と飛び降りたんだ。





天気予報で梅雨明けが宣言された。


もうすぐ夏休みだ。

しばらく会えなくなるかもしれない。


オレは決心していた。

告白する。

同性だとか、未分化だとか、関係ない。


オレは彼が好きだ。





放課後、オレたちは学校から程近い公園のベンチに座っていた。

肩が触れ合っていた。


「好きなんだ。付き合って欲しい」


言ったオレの手は震えていた。


彼は落ち着いた様子だった。


「君の感情は分化前で、その好きは勘違いかもしれないって知ってる?」


彼は言った。

オレは手を握りしめた。


「知ってる。……でも、好きになったの二度目だよ」


彼は目を見開いた。


「……思い出した?」


「うん」


オレは彼をまっすぐ見つめた。

手の震えは治っていた。


「勇翔、好きだよ」


「俺も圭太が好き」


オレは勇翔の手を握った。

指先が透けている。


唇を重ねる。


これをするのも二度目だ。


「来世でまた会う?」


「オレは未練ないけど」


「……俺も」


「解脱かな?」


勇翔の目が見開かれ、涙が溜まり、流れ落ちた。


「……そうだね」


もう一度強く抱きしめ合う。


勇翔の存在だけを感じた。


光に包まれた。





終業式。

二つの家族が校長室を訪れていた。


「今までありがとうございました。

 一学期、席を用意していただいたことで、圭太は救われたと思います」


「もう、いいんですか」


「はい。これ以上、ご迷惑をおかけするわけにはいきませんので」


「そうですか。勇翔くんのご家族様はいかがですか?」


「圭太くんのご家族と話し合って決めました。

 勇翔も圭太くんと同じ思いだと思います。

 私どもも、もう十分です」


「……そうですか。また何かあったらいつでもご相談ください。できるだけお力添えします」


二人の家族は校長室を辞した。


互いに黙礼し、それぞれの家路についた。


空の机が片付けられた。






お読みいただきありがとうございました!

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