本物だったので滅
「死んでも好きだよ」
そう言って君は飛び降りた。
俺たちの手は、離れないようにハンカチが巻かれていた。
「転生もの?」
俺の声は風にかき消された。
*****
四月。
オレは地元の中学に進学した。
オレの席は窓際の一番後ろだった。
その反対ともいえる、廊下側の一番後ろの席にすごく綺麗な子がいた。
切り揃えられた前髪。大き目の瞳。鼻はすっとしていて、唇の形がいい。
少し尖った輪郭。後頭部も整えられている。
気づけば一日中、彼を目で追っていた。
彼はいつも一人でいた。
一人で登校し、休み時間も自分の席で静かに本を読んでいた。
ある日、オレは思い切って声をかけた。
「何読んでるの?」
彼は驚いた様子で顔を上げた。
一拍置いた返事は意外なものだった。
「なんか、ラノベ?」
「ラノベ……オレも読む」
彼の手元の本はカバーがひっくり返してつけられていた。
もっと難しい本を読んでいるのかと思っていた。
一気に親近感が湧いた。
「題名見せて」
オレが言うと
「いいよ」
と、中表紙を見せてくれた。
オレも読んだことのある本だった。
「これ、面白いよね」
「君も読んだことあるの?」
「うん」
「ネタバレしないでね」
オレは笑った。
それからオレたちはよく話すようになった。
二人とも帰宅部だったので、放課後も一緒に過ごした。
彼は話しやすかった。
一緒にいると楽しかった。
いつの間にか彼を好きになっていた。
◇
授業中も彼を眺めるようになった。
彼は手を挙げる人だった。
けれど先生の目はいつも彼を素通りし、一度も当てられることはなかった。
五月も半ばになると、彼は手を挙げなくなった。
彼は勉強がよくできた。
オレはよく教えてもらった。
放課後の教室で居残りした。
◇
ペンを走らせる彼の指先に触れたことがある。
「何?」
と彼は笑った。
「なんか触りたくなった」
オレは正直に話した。
「そうなんだ」
彼は気にしたふうでもなかった。
オレは手を引っ込めた。
ふと彼の顔を見ると、頬が染まっていて、その赤は耳まで滲んでいた。
◇
給食の時間だった。
「ホモと一緒なの、マジ面倒」
クラスメイトが話していた。
オレはギクリとした。
「気持ちわかる。でも言うなよ」
クラスメイトは軽い調子でたしなめられていた。
オレは彼に向ける感情を周囲に隠しているつもりだった。
オレは置かれた給食に手がつけられなかった。
◇
学校が早く終わった日、オレたちは、電車に乗って海まで行った。
「海、来たかったんだ」
「オレも」
波打ち際ではしゃいだ。
夕方まで遊んだ。
「帰りたくない」
彼は浜辺に寝転んで言った。
「オレも。
でもご飯用意されてるから、帰らないと」
オレが言うと、
「……そうだね」
と、彼は身を起こした。
風が起こった。
どこか寂しそうだった。
手を繋いで帰った。
クラスメイトの
「ホモと一緒」
と言う言葉を思い出したが、手を離す気にはならなかった。
みんな、オレたちなんか目に入らないようだった。
彼は家まで送ってくれた。
「じゃあ、また明日」
離された手の熱を風がさらっていった。
◇
家に入ると、食卓に母がいた。
「ただいま」
返事はなかった。
食事が用意されている。
オレは席についた。
母は遅く帰ったオレを責めたりしなかった。
ただ、会話もなかった。
仏壇で線香が細い煙を薫せていた。
オレは自室に戻ってベッドに身を投げた。
彼は今頃どうしているだろうか。
◇
次の日、学校に行くとオレの机の上に誰かの教科書が積まれていた。
「誰の?」
声をかけたが、誰も反応しなかった。
仕方なくオレは、置いたまま授業を受けた。
授業中に気がついた先生が
「誰が教科書を置いたんだ」
と呼びかけた。
前の席のやつが教科書を引き上げていった。
「最低」
と女子が言った。
オレはそう言った女子に、感謝の気持ちで微笑みかけたが、無視された。
ふと、彼と目が合った。
オレが苦笑いすると、彼も苦笑いした。
◇
「なんか最近喉がおかしくて」
オレたちの隣でクラスメイトが話している。
オレは彼の席に遊びに来ていた。
「声変わりじゃない?オレもそう。
母ちゃんが言ってた」
「マジか」
クラスメイトの話はそこで移り変わっていった。
「声変わりだって」
オレは彼に言った。
「俺はまだ」
彼は言った。
彼の声は澄んでいる。
もう少ししたら、この澄んだ声も変わるのか。
「オレもまだなんだ」
「君の声、好きだよ」
さらっと、彼が言った。
オレは心臓が跳ねた。
胸の鼓動を感じながら、オレは話を逸らした。
「なんかオレ、背が伸びてない気がするんだよね」
「俺も」
「身体検査って二学期だっけ?」
「そうだね」
「結構あるね」
そこでチャイムが鳴った。
「じゃあ」
オレは自分の席に戻った。
授業中、彼を眺める。
彼は、頬にも腕にも余計な肉が付いていない。
薄い体だった。
抱きしめたら包み込めそうだった。
抱きしめてみたい。
はっきりと、そう思った。
◇
放課後、オレたちは居残って自主勉していた。
オレは彼の席の隣を借りた。
「ここ教えて」
彼に声をかけると、問題をよく見ようとしてか、彼が身を寄せてきた。
肩が触れた。
たまらなくなった。
「……抱きしめていい?」
オレが言うと、彼は身を引いた。
「勉強中に何考えてるの?」
「いや……その……」
口籠ると、彼は眉尾を下げて笑った。
「いいよ」
そう言って腕を広げる。
オレは間抜けな顔をしていたと思う。
彼が近づいてきて、オレを抱きしめた。
オレは彼に腕を回した。
彼の存在を感じた。
彼はすっぽりとオレの腕に収まった。
しばらくそうしていた。
離れる。
「わかんないの、どこだっけ」
少し笑いながら彼は言った。
「もう一回」
オレが言うと、彼は笑みを深くして抱きついてきた。
彼が愛おしい。
離れたくなかった。
◇
オレはだんだん、彼に遠慮なく触れるようになっていた。
彼もまた、オレに触れる。
彼の感触には、覚えがあった。
仕草に、視線に、覚えがあった。
なんでだろう。
◇
小説を読んでいた。
ラブコメだった。
『十代の愛は未分化で、この先どう進むかわからない』
この一文をオレは知っていた。
オレたちはこの言葉に追い詰められた。
オレたちは自分たちの感情を信じられなかった。
特に彼はオレの心を疑った。
それで、そうだ。
オレは彼と飛び降りたんだ。
◇
天気予報で梅雨明けが宣言された。
もうすぐ夏休みだ。
しばらく会えなくなるかもしれない。
オレは決心していた。
告白する。
同性だとか、未分化だとか、関係ない。
オレは彼が好きだ。
◇
放課後、オレたちは学校から程近い公園のベンチに座っていた。
肩が触れ合っていた。
「好きなんだ。付き合って欲しい」
言ったオレの手は震えていた。
彼は落ち着いた様子だった。
「君の感情は分化前で、その好きは勘違いかもしれないって知ってる?」
彼は言った。
オレは手を握りしめた。
「知ってる。……でも、好きになったの二度目だよ」
彼は目を見開いた。
「……思い出した?」
「うん」
オレは彼をまっすぐ見つめた。
手の震えは治っていた。
「勇翔、好きだよ」
「俺も圭太が好き」
オレは勇翔の手を握った。
指先が透けている。
唇を重ねる。
これをするのも二度目だ。
「来世でまた会う?」
「オレは未練ないけど」
「……俺も」
「解脱かな?」
勇翔の目が見開かれ、涙が溜まり、流れ落ちた。
「……そうだね」
もう一度強く抱きしめ合う。
勇翔の存在だけを感じた。
光に包まれた。
◇
終業式。
二つの家族が校長室を訪れていた。
「今までありがとうございました。
一学期、席を用意していただいたことで、圭太は救われたと思います」
「もう、いいんですか」
「はい。これ以上、ご迷惑をおかけするわけにはいきませんので」
「そうですか。勇翔くんのご家族様はいかがですか?」
「圭太くんのご家族と話し合って決めました。
勇翔も圭太くんと同じ思いだと思います。
私どもも、もう十分です」
「……そうですか。また何かあったらいつでもご相談ください。できるだけお力添えします」
二人の家族は校長室を辞した。
互いに黙礼し、それぞれの家路についた。
空の机が片付けられた。
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