Interview with XXX
「すみません、ちょっと職務質問、よろしいですかね?」
人々が寝静まった時間帯。
終電を終えた駅のすぐ近くで、パトカーから降りた二人組の警官が一人の男に声をかける。
現代日本において、日常茶飯事と言っても良いくらいには、よく見る光景だ。
夜半過ぎのくらい状況、ひと気のない道端で佇む怪しい風体の男となれば、警官が声をかけるのも無理からぬことである。
「身分証、お持ちですか?」
「それはその、身分証の定義にもよりますが」
「身分証ないんだね?」
しびれを切らしたように、若い警官が苛立ちを隠そうともせずに怪しい男の言葉を遮った。
痩せて、見るからに貧弱な怪しい男は、ビクッと身体を硬直させて、小さく『ないです』と呟き俯いてしまった。
「ちょっとね、一緒に署まで来てくれるかな」
中年の警官が怪しい男のすぐ背後に回ると、若い警官がパトカーの無線機を取り出した。
「えー、本部、本部。こちら西5号どうぞ」
『西5号どうぞ』
「職務質問実施中の男性1名、氏名住所ともに確認できず。深夜徘徊につき本人同意の上任意同行。これより署に向かいます。どうぞ」
『本部了解。対象1名任意同行。到着後身元確認実施してください』
「西5号了解」
実に手慣れたやり取りのち、男はパトカーの後部座席に載せられ、最寄りの警察署へと向かうこととなった。
首都圏などの大都市であれば、警察署も多く配置されているものだが、地方ともなるとそうは行かない。田舎と呼ばれる地域であれば、最寄りの警察署まで車で30分近くかかる、などということも珍しくない。
赤色灯を点灯させたパトカーに揺られること30分、怪しい男と二人の警官は、真っ暗な町の外れにある警察署へとたどり着いた。
「はい、じゃあここね。椅子どうぞ」
「は、はぁ……」
「えーっと、じゃ改めてですけど、お名前は?」
「名前は、その、山田・アンドレアス・ゴンザレス・ロドリゲス・一郎です」
「……お兄さん、結構飲んでるね?」
「飲んでません飲んでません! その、本名なんです、本当に。母がテキサス共和国の出身で」
「テキサス共和国?」
「父が日本皇国でして、それでその、僕は混血というやつで」
若い警官が振り返り、中年の警官に小声で話しかける。
「山岡さん、これヤバい奴じゃないっすかね」
「……だねぇ……工藤くん、ちょっとひとりで聴取頼める? 捜索願でてないか見てくるわ。あれかなぁ、若年性認知症とか、妄想とかかなぁ」
「頼んます。……えっと、じゃあ山田一郎さんね?」
「山田・アンドレアス・ゴンザレス・ロドリゲス・一郎です」
「……はいはい、じゃあ山田さん、あなたは日本人ということで良いの? それともメキシコ人?」
「メキシコ帝国じゃないです、西アメリカ連邦の、テキサス共和国と日本皇国人のハーフですよ」
「……あのさ? さっきからちょいちょい国の名前が気になるんだけどね? 日本『王国』?」
「いえいえいえ! 何言ってるんですか! 不敬ですよ!? 日本『皇国』です! ……っていうか、ここって日本皇国ですよね?」
「ここはね、日本国の、佐賀県。わかる? 皇国じゃなくて、日本国」
「サーガ県!? やった、やったよぉ……ヒゼン州来れたよぉ……あの、じゃあ今って紀元何年ですか?」
怪しい男は、目を見開いて前のめりに身体を乗り出してきた。
「今は西暦2028年。っていうかね、メキシコ帝国とか、テキサス共和国とかないから。メキシコは『合衆国』だし、テキサスはアメリカ合衆国の州のひとつでしょ?」
「あぁそっかそっか、西暦2400年より前はそうでしたっけ? ってことは……うわぁ、ホントだ、ホントに時間転移したんだ……やばい、これってもう考古学者の夢なアレだよ、ホントに時間旅行出来たんだ……」
「えーっと……支離滅裂な言動で、要領を得ず……っと……で? 山田さん、あなたの職業は?」
「あ、はい、公務員です」
警察官になって4年目の若手、工藤巡査は、『怪訝』などという生易しい表現では到底言い表せないほど、不審そうな目を自称山田一郎に向けた。
どう考えても怪しい。
日本のことを『皇国』と呼ぶ上、西アメリカ連邦だのテキサス共和国だのメキシコ帝国だのと、存在しない国名を挙げ続けている。
さらには佐賀県の事はサーガ県とやたら伸ばし、ヒゼン州などというわけのわからないことを話し続ける辺り、おそらくは妄想と現実の区別がついていないのであろう。
「ちょっとこれに息吹きかけてくれるかな」
「あっ、これってアレですよね? アルコールチェッカー? うわぁ、実物初めてみた」
「はいはい。ほらここにね、ストローみたいなのあるから。それ咥えてふーってやって」
呼気に含まれるアルコールは、ゼロであった。
酔っ払いではない。となれば、ますます厄介な事になった。
「えーと、お住まいはどちら?」
「日本皇国の住所コード41-8493131、確か古い地名だと、ヒゼン州サーガ県のキューラギです」
「佐賀県のきゅうらぎ……唐津市の厳木ね。厳木のどの辺?」
「どの辺って、キューラギの2807220ですよ」
「……あのね、あなたの中では全部番号で済むんだろうけどね? 我々はそうは行かないの。はぁもう……何? あなた未来から来たとでも言いたいの?」
「そう! そうなんですよぉ! 信じてもらえました?」
「信じるわけないでしょ」
工藤は再度盛大にため息を吐いた。
のどかな田舎街で、夜勤のときにもたまに酔っ払った爺さんが迷子になるくらいしかない地域なのに、よりによって自分が夜勤の時にこんな面倒くさい事になるとは。
「で? 山田さんは何しに来たの」
「いやぁ、実験っていうかですね? 過去に戻る装置が紀元……って言ってもわかんないか。西暦換算で2825年に開発されて、僕は2827年から、遡及限界の800年へのチャレンジってことで。ただですね? 時限設定がされてまして、今の時空にいられるのがあともう1分も無いんですよ。ちょと証拠に、このペンとこのアルコールチェッカー? 貰ってって良いですかね? 良いですよね?」
「良いワケあるか! 何なんださっきから!」
不意に取調室のドアが開き、中年の山岡巡査長が顔をのぞかせてきた。
工藤は振り返り、うんざりしたような表情を見せる。
「山岡さん、ダメっすわこいつ。多分なんかクスリやってますね」
「……工藤くん、さっきのは何処にやった?」
「どこにって?」
「さっきの任意同行した男だよ、トイレ?」
「え?」
工藤は振り返るが、さっきまでそこにいたはずの山田・アンドレアス・ゴンザレス・ロドリゲス・一郎の姿は消えていた。
翌朝、工藤はアルコールチェッカー紛失のかどで始末書を書かされることになる。
「いやぁ、理屈じゃ説明できないんですけど……ひょっとして本当だったのかもって、今はそう思ってますよ」
後日、取り調べの録画データを確認しながら工藤はそう振り返る。
そこには確かに、一瞬で姿を消した男の、楽しげな表情が映し出されていた。
「だってほら、ホントに消えちゃったんだもの……」
男は姿を消す間際、楽しげにアルコールチェッカーをカメラに掲げていた。
今回のショートショートは、YouTubeで見たタイムマシンに関する動画を見て「タイムマシンが出来るなら、どうして今の時代に未来人が来ないのか」という話題から着想を得て書きました。




