無
ダンジョンの奥へ進むにつれて、洞窟の空気は妙に静まり返っていき、さっきまで当たり前のように現れていたスライムの姿すら見えなくなり、まるでこの先だけ別の場所になっているかのような違和感が漂っていた。
やがて視界が開け、天井の高い広い空間へ出ると、その中央に巨大な半透明の塊がゆっくりと揺れているのが見えた。
普通のスライムの何倍もある巨大な体が、ぷるんと重そうに揺れるたびに洞窟の壁に低い音が反響し、ただそれだけなのに妙な威圧感が空間全体を支配していた。
「……あれがボスか」
俺はソウルイーターを肩に担ぎながら小さく呟き、目の前の巨大なスライムを静かに観察する。
名前はホールスライム。
このダンジョンの最奥にいるボスだが、経験値もドロップも一切ないこのダンジョンは冒険者から完全に見放されているため、ここまで来る者はほとんどおらず、こいつの存在すら知らない者が大半だった。
だが俺は知っている。
このボスの厄介すぎるスキルを。
「まぁ一応やってみるか」
俺は軽く剣を振り、ソウルイーターの刃を前に向けた。
「斬撃」
空気を切り裂く鋭い斬撃がホールスライムへ一直線に飛んでいく。
普通のスライムならこの一撃で跡形もなく消し飛ぶはずだった。
だが――
斬撃が触れる直前、ホールスライムの体がわずかに揺れた。
次の瞬間。
斬撃が消えた。
「……」
弾かれたわけでも、防がれたわけでもない。
まるで最初から存在していなかったかのように、俺の攻撃が完全に消滅していた。
「やっぱりな」
俺は少し笑った。
これがホールスライムのスキル。
【無】
相手の攻撃や魔法が当たる瞬間に発動することで、それらをすべて“無”にして消してしまうという、とんでもなく厄介な能力だった。
つまり普通に戦えば、どんな攻撃も通らない。
俺は距離を詰め、今度は直接ソウルイーターを振り下ろした。
刃がホールスライムに触れる、その瞬間。
また体が揺れる。
そして――
俺の剣が消えたような感覚が走った。
攻撃が当たるはずだった軌道から、存在そのものが消されたような感覚。
「チートすぎるだろ」
俺は思わず苦笑する。
どんな攻撃も無効化される相手。
普通の冒険者ならここで詰む。
だが。
「まぁ倒し方は知ってるけどな」
俺は剣を肩に担ぎ、ゆっくりと距離を取った。
ホールスライムは知能が低い。
ただ俺の方へゆっくりと近づいてくるだけだ。
だから俺はわざと逃げるように奥へ歩きながら、途中で洞窟に転がっている岩を少しずつ地面に置き、通路の位置や足場を微妙に調整していった。
ホールスライムは何も疑わず、ぷるん、ぷるんと巨大な体を揺らしながらゆっくり追いかけてくる。
そして俺は狭い通路へ誘導したあと、天井を見上げた。
そこには、今にも落ちそうな巨大な岩が天井の隙間に引っかかっているのが見える。
「ここだな」
俺は岩の上へ飛び乗り、ソウルイーターを軽く構えた。
そして天井を支えている小さな岩を斬る。
ゴゴゴゴッ――
洞窟が揺れた。
その瞬間、ホールスライムの体が揺れる。
スキル【無】が発動した気配。
だが。
何も起きない。
「当然だ」
俺は小さく笑う。
「これは攻撃じゃない」
次の瞬間。
ドォォォン!!!
天井から巨大な岩が落ち、ホールスライムの体をそのまま押し潰した。
柔らかい体が地面いっぱいに広がり、逃げ場のない重さに押し潰されて動かなくなる。
しばらくして、その体はゆっくりと光になり始めた。
「……終わりか」
光が消える。
その瞬間。
俺の手に握っているソウルイーターが、かすかに震えた。
ホールスライムがいた場所から、霧のような淡い光が浮かび上がり、ゆっくりと俺の方へ流れてくる。
それはまるで魂のような光だった。
光はそのままソウルイーターに吸い込まれる。
刃が一瞬だけ黒く輝いた。
まるで魂を喰ったみたいに。
その瞬間、俺の頭の中に表示が浮かぶ。
⸻
ソウルイーター収納スキル
再生(小)
竜鱗皮膚
無
⸻
「……入ったか」
俺は小さく呟く。
さらにスキルの説明が頭の中に表示された。
⸻
【無】
攻撃・魔法・スキルを無効化する
発動制限:なし
ただし――
発動タイミング誤差0.1秒以内
⸻
「……」
俺はその説明を見て、しばらく黙る。
そして苦笑した。
「いや難しすぎるだろ」
相手の攻撃が当たる瞬間。
その0.1秒以内で発動。
普通の人間にはほぼ不可能な精度だ。
だが成功すれば。
攻撃も魔法もスキルも、すべて消せる。
しかも回数制限なし。
「まぁ」
俺はソウルイーターを肩に担いだ。
「練習するしかないな」
このダンジョンは誰も来ない。
経験値もドロップもないから人気もない。
だが俺にとっては違う。
ここで、とんでもないスキルを手に入れた。
そしてこの力を試す場所も、もう決まっている。
俺は洞窟の出口へ向かって歩き出した。
学園へ戻るために。
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