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EP 9

雨降って地固まる、最強のクラス

翌朝。

1年Aクラスの教室には、奇妙なほど爽やかな風が吹いていた。

「……席につけ」

担任のクルーガ先生が、いつものように気怠げに入ってくる。

だが、その鋭い豹の目は、教室の後方――昨日まであの男爵令息が座っていた空席を一瞥し、そして俺の方へと向けられた。

「……『一身上の都合』による自主退学だそうだ。実家の方も、ゴルド商会の監査が入って大変らしいな」

「へえ、それは気の毒に。世の中、悪いことはできないものですね」

俺は教科書をパラパラと捲りながら、しれっと答えた。

クルーガ先生は深い深いため息をつくと、ポケットから胃薬の瓶を取り出し、ジャラジャラと音を立てて3錠ほど飲み込んだ。

「……お前らな、俺の胃壁の残存耐久値を知ってるか? もうミリ単位なんだぞ」

「先生、カルシウム不足には牛乳がいいですよぉ。校庭に牛さんを召喚しましょうか?」

ルナが善意100%で提案する。

やめろ、校庭が牧場になる。

「いらん! とにかく、問題は起こすなよ。……まあ、クラスの風通しが良くなったことに関しては、否定はせんがな」

先生はボソリとそう呟くと、黒板に向き直った。

その背中からは、「俺は何も見ていない、何も知らない」という強い意志(事なかれ主義)が感じられた。

   ◇

放課後。

ホームルームが終わると同時に、俺の席の周りには自然といつものメンツが集まっていた。

「リアン様! 本日は快晴ですわ! 絶好の『食べ歩き日和』です!」

リーザが瞳を輝かせて迫ってくる。

彼女の懐には、昨日リベラ理事長から分捕った……いや、正当に受け取った慰謝料(金貨100枚)が入った通帳が大事にしまわれているはずだ。

だが、彼女の貧乏性がそれで治るわけではない。

「リーザ、金はあるんだから学食で食えばいいだろ」

「いけませんわ! このお金は、いつか祖国シーランが財政難になった時のための貯蓄……あるいは、タロウマートの半額セールで競り勝つための軍資金です!」

ブレないな、こいつは。

「腹減ったぞリアン! 今日の『宴』はどこだ!?」

「私の安全靴も、ウォーミングアップ完了だよ!」

イグニスとキャルルも待ちきれない様子だ。

昨日の今日で、よくもまあそんなに元気が余っているものだ。

「……ったく。お前ら、僕を財布か何かだと思ってないか?」

「違うのか? 『食の神様』だろ?」

「否定はしないが……」

やれやれ、と俺が席を立つと、教室のドアのところで待っていたクラウスと目が合った。

彼は腕を組み、真面目な顔で俺を見ている。

「……リアン。昨日の件だが」

「ん? 説教なら聞かないぞ、優等生」

「違う」

クラウスは首を横に振り、少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。

「……礼を言う。君のやり方は過激で、僕の騎士道とは相容れない。だが――君が動かなければ、リーザの尊厳は守られなかった。……感謝する」

「……はっ。気持ち悪いこと言うなよ」

俺は軽口で返したが、悪い気分ではなかった。

正道の騎士と、邪道の暗殺者。

相容れないからこそ、背中を任せられることもある。……かもしれない。

「はろーへヴん! クラウスくんとリアンくんの『尊い』会話、いただきましたぁ!」

「うわっ!?」

いきなり背後からスマホを突きつけられた。

天使族のキュララだ。

「今のシーン、絶対バズる! タイトルは『ライバルとの和解、そして伝説へ……』で決まりだねっ☆」

「おい天使、勝手に撮るな。肖像権の侵害でリベラに訴えるぞ」

「えー! ケチー! ……あ、見て見て! ルナちゃんがまた変なことしてる!」

キュララがカメラを向けた先では、エルフのルナが廊下の観葉植物に話しかけていた。

「よしよし、喉が渇いたのね? 私の魔力水をあげるわ……」

「やめろルナ! そのパキラが『人喰い植物』に進化する前に手を離せ!」

俺は慌ててルナの手首を掴み、魔力供給を遮断した。

危ないところだった。もう少しで廊下がダンジョンになるところだ。

「むぅ。リアンさんは過保護ですねぇ」

「どっちがだ」

ドッと笑いが起きる。

破壊神、格闘ウサギ、貧乏姫、配信天使、天然災害エルフ、そして正道騎士。

昨日まではバラバラだった個性カオスが、一つの奇妙な連帯感で繋がっているのを感じた。

「……よし。行くか」

俺は鞄を肩に担ぎ、号令をかけた。

「目指すは下町。最高の『出汁』が待ってるぞ」

   ◇

太郎国、第三区画。

日が暮れ始め、街には赤提灯の明かりが灯り始めていた。

高級住宅街とは違う、醤油と油と炭火の匂いが混じり合う、庶民の聖地。

「うわぁ……! ここが下町……! 美味しそうな匂いが充満してますわ!」

「くんくん……こっちから、すごい匂いがするよ!」

嗅覚の鋭いキャルルが耳をピコピコさせる。

俺たちは彼女の先導で、迷路のような路地裏を進んでいった。

やがて、一際明るい提灯の光が見えてきた。

『おでん・ニャン吉』の文字。

そして、そこから漂ってくる、暴力的なまでに食欲を刺激する香り。

「兄貴ぃ! 待ってましたで!」

屋台の前で、ねじり鉢巻をしたニャングルが手を振っていた。

その横には、腕組みをして仁王立ちする用心棒のモウラもいる。

「準備は万端や! 黄金の出汁、最高潮に仕上がってまっせ!」

ニャングルが鍋の蓋を開ける。

もわぁっ、と白い湯気が立ち上り、夜の冷たい空気を温めた。

その湯気の中に、黄金色のスープと、煮込まれた具材たちが宝石のように輝いている。

「ゴクリ……」

誰かが喉を鳴らした音が、はっきりと聞こえた。

「す、すげぇ……なんだこの輝きは……」

「いい匂い……! 人参がんもどきもある!」

「これは……間違いなく『本物』の料理だ」

イグニス、キャルル、クラウスまでもが目を奪われている。

リーザに至っては、すでに箸を持って臨戦態勢だ。

「さあ、座れ。今日は貸し切りだ」

俺が屋台の長椅子を叩くと、全員が我先にと席についた。

肩が触れ合う距離。

湯気の向こうで、ニャングルとモウラが笑っている。

「今日はリアンくんの奢りだって! みんな、遠慮なく食べていいって言ってたよ!」

「えっ」

リーザが満面の笑みで爆弾発言をした。

「……おいリーザ。俺は『貸し切り』とは言ったが、『全額奢り』とは一言も……」

「えー! 兄貴シェフ、まさか俺様たちから金取るのかよ!?」

「ケチな男はモテないよ〜?」

イグニスとキュララからブーイングが飛ぶ。

俺はため息をつき、財布の中身(今月の売上)を計算した。

……まあ、昨日の今日だ。

今回だけは、こいつらの笑顔に免じてやるか。

「……分かったよ。今日は無礼講だ。好きなだけ食え!」

「やったぁぁぁぁ!!」

「リアン様バンザイ! 食の神様バンザイ!」

歓声が夜空に響く。

こうして、ルミナス学園最強(最恐)の問題児クラスによる、伝説の『おでんパーティー』の幕が上がった。

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