EP 5
ガチャの勇者と、理事長の鉄槌
放課後のチャイムが鳴り、生徒たちが三々五々と帰宅の途につく中、教室の一角だけが異様な熱気に包まれていた。
「ふっふっふ……ついに溜まったよ! 私の血と汗と涙の結晶、善行ポイント5000点!」
机の上で拳を握りしめているのは、クラスメイトのリリスだ。
彼女は『勇者候補』という大層な肩書きを持っているが、その実態は重度のガチャ中毒者である。
俺は帰る準備をしながら、呆れた視線を送った。
「5000点って……お前、先週からずっとドブ掃除とゴミ拾いをしてたな」
「そうだよリアンくん! 全てはこの瞬間のため! ユニークスキル『ランダムボックス』の10連ガチャを回すためだよ!」
リリスの目が血走っている。
彼女のスキルは、善行を積んでポイントを貯め、地球の物品をランダムに召喚するというものだ。
確率は渋いらしいが、ごく稀に現代兵器やオーパーツが出ると噂されている。
「いくよ……! 来い、SSR!!」
リリスが虚空に手をかざすと、魔法陣が展開し、ファンファーレのような効果音が鳴り響いた。
『N』『N』『R』……
ティッシュ箱やタワシ、カップ麺などが次々と机の上に具現化していく。
またゴミか……と誰もが思った、その時だった。
『SSR!!』
虹色の光が教室を埋め尽くす。
「き、来たぁぁぁぁぁ!!」
リリスの歓喜の叫びと共に、空間が歪み、巨大な鉄の塊が教室の天井を突き破らんばかりの勢いで出現した。
ズガァァァァァァァン!!!
「うおっ!?」
「きゃあ!?」
教室の床が悲鳴を上げ、数個の机がペシャンコに潰れた。
砂埃が晴れた後に現れたのは――
「……嘘だろ」
俺は絶句した。
砲塔。キャタピラ。重厚な複合装甲。
それは紛れもなく、地球の陸戦の王者――『主力戦車』だった。
「すっげぇぇぇ! なんだこの鉄の魔獣は!」
イグニスが目を輝かせて戦車の装甲に飛びついた。
「おいリリス! こいつ、俺様とどっちが硬いか勝負させろ! ブレスで溶かしてやる!」
「あ、私も私も! このキャタピラって部分、蹴り心地よさそう!」
キャルルも安全靴をカチカチと鳴らしながら、戦車に向かって回し蹴りの構えを取る。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私の戦車壊さないで!」
「知るか! ここに現れたのが運の尽きだ! 『イグニス・ブレイ――』」
「『月影流・鐘打――』」
破壊神と格闘ウサギが、戦車(と教室)を粉砕しようとした、その瞬間だった。
カツン、カツン、カツン……。
廊下から、硬質なヒールの音が響いてきた。
ただそれだけの音で、教室の空気が氷点下まで凍りついた。
イグニスとキャルルの動きがピタリと止まる。
俺も背筋に冷たいものが走るのを感じた。
ガラッ。
教室のドアが静かに開く。
そこに立っていたのは、深いスリットの入ったタイトスカートのスーツを着こなす、20歳くらいの美女だった。
艶やかな黒髪、知的な眼鏡、そして口元には絶対零度の微笑み。
この学園の理事長にして、最強の弁護士。
そして俺たちが住むマンションの大家――リベラ・ゴルドだ。
「あらあら。元気なことね、あなたたち」
リベラ理事長は、教室内を占拠する戦車と、それを壊そうとしている生徒たちを見渡し、眼鏡をクイと押し上げた。
「校則第15条。校舎内への重火器の持ち込み、および破壊活動は厳禁よ。……まさか、忘れたわけじゃないわよね?」
「げっ、リベラ……ッ!?」
イグニスが怯んだ隙を見逃さず、リベラ理事長は流れるような動きで彼に接近した。
「いけませんね、廊下は走らない。教室で暴れない」
彼女はイグニスの手首を掴むと、魔法も闘気も使わず、純粋な重心移動だけで巨体を宙に舞わせた。
「ぐわっ!?」
ドスン!
イグニスが受け身も取れずに床に叩きつけられる。合気道だ。
「次はあなたかしら? キャルルちゃん」
「う、うわぁぁん! ごめんなさぁぁい!」
キャルルが自慢の脚力で逃げようとするが、リベラ理事長はその蹴りを紙一重でかわし、カウンターで足を払った。
月兎族の平衡感覚をもってしても耐えられず、キャルルは綺麗に回転して転がった。
「うぅ……目が回るぅ……」
瞬殺。
学園最強の暴れん坊二人が、手も足も出ない。
リベラ理事長は優雅にスカートの埃を払うと、戦車の前で硬直しているリリスに向き直った。
「さて、リリスちゃん?」
「は、はいっ! ごめんなさい! すぐ片付けます!」
「あら、いいのよ。これ、処分に困るでしょう?」
リベラ理事長は戦車のボディをペタペタと触り、値踏みするように目を細めた。
「ふぅん……特殊な複合装甲ね。ドワーフたちに見せれば、良い研究材料になりそう。……没収です」
「ええっ!? せっかくのSSRがぁぁ!」
泣き叫ぶリリスを無視して、彼女は懐から取り出したマジックポーチ(牛一頭が入るどころか、戦車すら格納できる特注品)に、巨大な戦車をシュルシュルと吸い込ませてしまった。
「これはゴルド商会で有効活用(売却)させていただきます。売上の1割は、あなたの生活指導費として相殺しておくわね」
悪魔だ。
この人、生徒の私物を換金して学園の運営費にするつもりだ。
騒動が鎮圧され、静まり返った教室で、リベラ理事長の視線が俺に向いた。
「あら、リアンくん。そこにいたの」
ドキッとする。
彼女は俺の大家であり、俺が元日本人であることも、裏稼業をしていることも薄々勘づいている節がある。
彼女は俺の耳元に顔を寄せ、甘い香りを漂わせながら囁いた。
「今夜、私の事務所に来なさい」
「……へ?」
「今月のマンションの家賃回収と……この騒動の『報告書』の提出よ。あと、美味しい紅茶を淹れたから、お茶請け(スイーツ)も期待してるわね?」
彼女はパチリとウインクをすると、踵を返して教室を出て行った。
カツン、カツン、カツン……。
遠ざかるヒールの音を聞きながら、俺は深い深いため息をついた。
イグニスとキャルルが床で伸び、リリスが机に突っ伏して泣いている地獄絵図の中で、俺は悟った。
この学園の食物連鎖の頂点は、破壊神でも勇者でもない。
六法全書と合気道を使いこなす、あの大家さんだ。




