EP 4
破壊神のパンチ、測定不能のエラー
「おっ! リアン、あそこのデケェ箱は何だ!?」
リリスが黄金のウンチ(キーホルダー)を片手に悟りを開いていた頃。
『体感ゲームエリア』へと足を踏み入れたイグニスが、一台の巨大なアーケード筐体を指差して目を輝かせた。
それは、頑丈な鉄のフレームに囲まれ、中央に分厚い革張りの『的』がぶら下がっている機械だった。
上部には、赤いLEDランプでデカデカと『MAX POWER』と書かれている。
「ああ、あれは『パンチングマシーン』だ」
「パンチ……? 殴るのか?」
「そうだ。あの的に向かって全力で拳を叩き込むと、その威力を数値化して教えてくれる。筋力測定器みたいなもんだな」
俺が説明し終わるや否や、イグニスは「ヒャッハー!」と歓声を上げて筐体に飛びついた。
「最高じゃねぇか! つまり、俺様の力がどれだけすげぇか、数字で証明してくれるってことだな!」
「まあ、そうなる」
「おいクラウス! まずはお前からやれ! 騎士団のホープの実力とやらを見せてみろや!」
挑発されたクラウスが、ムッとして前に出た。
「ふん。野蛮な遊びだが……己の力を把握しておくのも騎士の務め。見せてやろう」
クラウスがメダルを投入する。
『レディ……GO!!』
電子音声と共に、的がウィーンと降りてきた。
クラウスは構えを取り、鋭い呼気と共に、無駄のない美しいストレートを的に叩き込んだ。
バーーーンッ!!
乾いた破裂音が響き、的が跳ね上がる。
上の電光掲示板の数字が、凄まじい勢いで回転し始めた。
ピロロロロ……ピピッ!
【 SCORE: 850 】
「おおっ! 850! 画面のランキングだと歴代3位だぞ!」
「すごいわクラウスくん! さすがは優等生!」
キュララがスマホのカメラを向けながら実況する。
普通の成人男性の平均が100〜150だとすれば、850は人間の限界に近い数値だ。さすがはエリート騎士。
「ふむ……。魔力強化なしの純粋な筋力なら、こんなものか」
クラウスは満足げに拳を解き、涼しい顔で下がった。
だが、その後ろで、圧倒的な熱量が膨れ上がっていた。
「……ケッ。ひ弱なお坊ちゃんパンチが」
イグニスが、首をボキボキと鳴らしながらマシンの前に立った。
彼の腕に、うっすらと赤い竜の鱗が浮かび上がる。
「どきな、優等生。……『本物』の力ってやつを、その機械ごと目に焼き付けてやるぜ!」
「みんな! ドラゴン族の全力パンチが来るわよ! 瞬き厳禁!」
キュララがドローンを最適なアングルに配置する。
俺は嫌な予感がして、リーザの襟首を掴んで数歩下がった。
『レディ……GO!!』
再び的が降りてきた、その瞬間。
「シィィィィ……ッ!!」
イグニスが深く息を吸い込む。
周囲の空気が一気に熱を帯び、彼の右腕に紅蓮の闘気が渦巻いた。
足元の強化コンクリートの床が、彼が踏み込んだだけで蜘蛛の巣状にひび割れる。
メキメキメキッ!
「おい、イグニス! それは『遊び』だ! 加減を――」
俺の制止は遅かった。
「オラァァァァァァッ!!!」
竜の咆哮と共に放たれた右ストレート。
それはもはやパンチというより、攻城兵器の砲弾だった。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!!
凄まじい轟音がゲームフロアを揺らした。
「うわあああっ!?」
「きゃあああ!」
衝撃波が爆風となって吹き荒れ、俺たちは思わず腕で顔を覆った。
数秒後、土煙が晴れたそこにあったのは――悲惨な光景だった。
「……あーあ」
パンチングマシーンの分厚い革の的は、根元から引きちぎられて消滅していた。
いや、消滅したのではない。
的は筐体の鉄板をぶち抜き、その後ろの壁に深々とめり込んでいたのだ。
筐体自体も原形を留めておらず、ひしゃげた鉄の塊から、火花と黒煙が上がっている。
バチバチッ……シュー……。
「ガハハハハ! どうだ! これが俺様の全力だぜ!」
イグニスが煙の中から、ドヤ顔で振り返った。
「で、リアン! スコアはどうなった!? 10万くらい行ったか!?」
「……上を見てみろ」
俺が指差した先。
半分砕け散った電光掲示板のLEDが、狂ったように点滅していた。
9999……
8888……
0000……
そして、最後に表示された赤い文字は。
【 E R R O R 】
「……エラー? なんだそりゃ。新しい称号か?」
「『測定不能』って意味だ。お前が機械の限界を超えて破壊したから、数字が出せなかったんだよ」
「はぁ!? ふざけんな! 俺様のパンチに点数をつけねぇ気か、この鉄クズ!!」
イグニスが残骸をさらに蹴り飛ばそうとするので、俺とクラウスで慌てて羽交い締めにした。
「やめろ馬鹿! これ以上やったら、この施設の『防衛システム』が起動するかもしれないだろ!」
「そうだイグニス! 騎士道精神に反するぞ! ……って、壁の修理代、僕たちに請求来ないだろうな!?」
クラウスが顔面蒼白になっている。
予算ゼロのトラウマが蘇ったらしい。
「す、すごぉーい! 配信の同時接続数が爆上がりしてるわ! 『ドラゴンのパンチで古代遺産が粉砕www』『神回確定www』ってコメントが止まらない!」
キュララだけが一人で狂喜乱舞していた。
『ビーッ! ビーッ! ビーッ!』
『警告。筐体ノ破損ヲ検知。警告……』
どこからか、不穏なサイレンが鳴り始めた。
「ほら見ろ! 怒られたじゃないか! とりあえず移動するぞ!」
「離せ! 俺様はまだ記録を出してねぇ!」
暴れるイグニスを引きずりながら、俺たちは急いでパンチングマシーンのエリアから離脱した。
「次はあっち! あそこに面白そうなのがあるわよ!」
逃げるように進んだ先。
そこには、赤と青の『バチ』が置かれた、和太鼓のゲーム筐体があった。
「おっ、打楽器か? 音楽なら私の出番だね!」
今度は、ウサギ族のキャルルが目を輝かせて駆け寄っていった。
嫌な予感しかしない。
俺の胃袋が、キュッと音を立てて縮み上がった。




