EP 3
ガチャの魔力、天使の散財
「……こ、これは……!!」
電子音が鳴り響くゲームフロアの入り口。
そこに並ぶ『白い筐体の壁』を見て、リリスが雷に打たれたように立ち尽くしていた。
彼女の視線の先にあるのは、数百台にも及ぶ**『カプセルトイ(ガチャガチャ)』**の自販機群だ。
透明なアクリルケースの中に、色とりどりのプラスチックカプセルがぎっしりと詰まっている。
「リリス? どうした?」
「リアン様……私、感じますわ。これこそが私の能力【課金召喚】の……『原点』にして『聖地』だと!」
リリスの手が震えている。
彼女のスキルは魔力を消費して異世界のアイテムを呼び出すものだが、そのプロセスはあくまで魔法的なものだ。
しかし、目の前にあるのは『物理的なガチャ』。
コインを入れ、ハンドルを回し、カプセルが出てくる――その原始的な機構に、彼女のギャンブル魂が共鳴したらしい。
「ふむ。……よし、やってみるか」
俺は先ほど交換したメダルを一枚、リリスに渡した。
「いいか、ここにメダルを入れる。そして、このハンドルを時計回りに回すんだ」
「はい……!」
リリスは祈るようにメダルを投入し、震える手でハンドルを握った。
ガチャッ、ガチャッ、ゴロン。
硬質な音と共に、コロンと一つの青いカプセルが取り出し口に転がり落ちた。
「で、出ましたわぁぁぁ!!」
リリスが歓喜の声を上げる。
カプセルを開けると、中から出てきたのは――
『ペタペタ・トカゲ(緑)』
ゴムのような粘着素材で作られた、壁に投げつけるとペタっと張り付くアレだ。
「な、なんという伸縮性……! これは何の武器ですの!? 敵を拘束する魔法の鞭!?」
「いや、ただの玩具だ。壁に投げて遊ぶだけのな」
俺が冷静に突っ込むと、リリスは「えっ」と固まった。
「……攻撃力は?」
「ゼロだ」
「レア度は?」
「たぶんコモン(ハズレ)だな」
「…………」
リリスの顔から血の気が引いた。
だが、次の瞬間。彼女の瞳に、狂気じみた『炎』が宿った。
「……許せませんわ」
「え?」
「私の『黄金の指先』が、こんなネバネバしたトカゲで終わるはずがありません! これは確率の揺らぎ! 乱数の悪戯ですわ!」
リリスは俺の手からメダルの袋をひったくった。
「狙うはSSR(大当たり)! あのケースに飾られている『金色のドラゴンフィギュア』が出るまで……回し続けますわよ!!」
「お、おい! ほどほどにな!」
「止めても無駄ですわ! 今、私の直感が『次は出る』と囁いていますもの!」
カチャッ、ガチャッ、ゴロン。
カチャッ、ガチャッ、ゴロン。
リリスの右手が残像と化した。
もはやカプセルの中身など確認していない。
回す、出す、開ける、捨てる。
その一連の動作が、熟練の工員のように洗練されていく。
「ああっ! また『消しゴム(寿司型)』ですわ!」
「今度は『謎のバネ(レインボースプリング)』!?」
「なんで『仏像コレクション』ばかり出ますのぉぉぉ!!」
足元に積み上がっていく、どうしようもないプラスチックの山。
イグニスとクラウスがドン引きしている。
「おいリアン……あいつ、大丈夫か? 目がヤベェぞ」
「これが『ガチャの闇』だ。……魔法石じゃなく、メダルで済んでいるだけマシだと思え」
俺は肩をすくめた。
前世でも見た光景だ。
「あと一回」「次こそは」という心理的罠(沼)。
特にリリスのような『運命を信じるタイプ』ほど、この泥沼にはまりやすい。
「――っ!! なくなりましたわ!!」
数分後。
袋いっぱいにあったメダルが、全て虚空へと消えた。
「う、嘘……! まだSSRが出ていませんのに……!」
リリスがガクガクと震えながら、空の袋を逆さにする。
チャリン……。
最後の一枚が落ちる音だけが、虚しく響いた。
「リ、リアン様……! おかわり! おかわりを!」
「もうないぞ。今持ってる魔石は全部交換しちまった」
「そんなぁぁぁ!! 天井(確定演出)まであと少しな気がしますのにぃぃぃ!!」
リリスはその場に崩れ落ち、ペタペタ・トカゲの山に顔を埋めて泣き出した。
「うぅ……私のバカ……。こんな……こんなトカゲのために……全財産を……」
天使のような美少女が、ゴミの山で号泣する図。
なんともシュールで、教育的な光景だ。
「……ほらよ」
俺はポケットに残っていた、予備のメダル一枚を指で弾いた。
「えっ」
「泣きのラスト一回だ。……それで出なきゃ諦めろ」
リリスは涙目でメダルを受け取った。
彼女は深呼吸をし、祈りを捧げ、そして――
ガチャッ……ゴロン。
出てきたのは、金色のカプセル。
「!!?」
震える手で開ける。
中に入っていたのは――
『黄金のウンチ(キーホルダー)』
「…………」
「…………」
沈黙が支配する。
金色のドラゴンではない。
だが、確かに色は『金』だ。そして輝いている。
「……ふっ」
リリスは憑き物が落ちたような顔で、その金色のとぐろを握りしめた。
「……勝ちましたわ」
「勝ったのか?」
「ええ。これは『運』がついたという啓示……。私のガチャ道は、間違っていませんでしたわ……!」
「ポジティブすぎるだろ」
俺は呆れてため息をついた。
まあ、本人が満足ならそれでいいか。
リリスは大事そうにキーホルダーをポケットにしまい、スッキリした顔で立ち上がった。
「さあ、次はあちらのゲームですわ! 私の運を試してきます!」
「懲りてねぇな……」
ガチャコーナーを後にした俺たちは、さらなる深淵――『体感ゲームエリア』へと足を進めた。
そこには、筋肉バカ(イグニス)が待ち焦がれていた『力試し』のマシンが鎮座していた。




