第五章 そして歌舞伎町へ、、
配信開始、吸血鬼の無茶振り
「緊急事態よぉぉぉ!!」
放課後の教室。
俺がまったりと明日の仕込み(新作メンチカツの下味)について考えていると、教室の扉が蹴破られた。
バーン!!
現れたのは、血相を変えた吸血鬼族のキュララだ。
彼女はスマホを握りしめ、鬼の形相で俺たちのテーブルに突進してきた。
「どうした、キュララ。またリリスがガチャで爆死して発狂でもしたか?」
「違うわよ! もっと深刻な問題よ!」
キュララはスマホの画面を俺の目の前に突きつけた。
「見て! 再生数が落ちてるの! 先週の『カツカレー実食配信』をピークに、右肩下がりなのよぉぉ!」
画面には、彼女のT-Tubeチャンネルのグラフが表示されている。
確かに、ここ数日は横ばい……いや、微減している。
といっても、登録者数は数万人いるのだから、一般的に見れば十分すごい数字なのだが。
「アルゴリズムに見放されたら終わりなの! 『オワコン』なんて呼ばれたくない! 刺激が必要なのよ、刺激が!」
キュララはバンバンと机を叩く。承認欲求の塊であるインフルエンサーにとって、数字の停滞は死を意味するらしい。
「で? 俺たちに何をしろと?」
「決まってるでしょ! 『未踏ダンジョン攻略配信』よ!」
彼女はビシッと指を差した。
「場所は帝都の地下深くに広がる『奈落の古道』! そこに潜って、伝説の『古代遺産』を見つけるの! これならバズ間違いなしよ!」
「断る」
俺は即答した。
『奈落の古道』。それは帝都の地下下水道よりもさらに深く、古代文明の遺跡が眠るとされる高難易度ダンジョンだ。
カビ臭いし、ジメジメしてるし、何よりめんどくさい。
「ええっ!? なんでよリアン! あんたの料理スキルがあれば、ダンジョン飯だって作れるじゃない!」
「俺は料理人だ。冒険者じゃない」
「お願い! リアンくんがいないと、誰が荷物を持つの!? 誰がご飯を作るの!? 誰がツッコミを入れるの!?」
俺の役割、雑用係じゃないか。
「ガハハハ! 面白そうじゃねぇか!」
そこへ、筋肉バカのイグニスが割り込んできた。
「最近、体がなまってたところだ! ダンジョンの主でもボコりに行こうぜ!」
「私も賛成ですわ!」
さらに、お腹をさすりながらリーザも立ち上がった。
「『奈落の古道』……聞いたことがありますわ。そこには『伝説の保存食』が眠っていると!」
「……は? なんだそれ」
「カップに入った黄金の麺……お湯を入れるだけで完成する魔法の料理だとか……」
リーザがよだれを垂らす。
……ああ、なるほど。
俺はピンときた。古代文明、保存食、お湯。
それは間違いなく、前世で言うところの『カップラーメン』だ。
転生者の先輩たちが遺したものが、遺跡として埋もれているのだろう。
「伝説のカップ麺か……。まあ、悪くはないな」
俺も少し興味が湧いた。
こちらの世界の麺料理も美味いが、あのチープでジャンクな味は再現が難しい。
もし手に入るなら、研究材料として価値がある。
「よし、行こう。……ただし、俺は戦闘には参加しないぞ。荷物持ちと飯炊きだけだ」
「やったぁ! さすがリアン! 愛してる!」
キュララが飛び跳ねる。
「おい、待て君たち! そんな危険な場所に、許可なく行くわけには……」
委員長のクラウスが慌てて止めようとするが、キュララは既に配信ボタンを押していた。
「――はい、こんキュラ〜☆ 今日はなんと! 『奈落の古道』から生配信しちゃうよ〜!」
カメラが回り始めた瞬間、彼女の表情が『美少女配信者モード』に切り替わる。プロ根性が怖い。
「ゲストはいつものメンバー! ドラゴンのイグニスくん、王女のリーザちゃん、そして……護衛役の騎士様、クラウスくんでーす!」
カメラを向けられ、クラウスは反射的に背筋を伸ばし、キリッとした表情を作ってしまった。
「……こ、国民の安全を守るためなら、同行せざるを得ないな」
「キャー! クラウス様、真面目ー! スパチャ飛んでるよー!」
こうして、俺たち『ルミナス少年探偵団』改め『ダンジョン攻略隊』は、なし崩し的に帝都の地下へと潜ることになった。
◇
帝都地下、第10階層。
湿った空気と、カビの臭いが充満する迷宮。
「ギャアアアア!!」
襲いかかってくるスケルトンの群れを、イグニスが鼻息だけで吹き飛ばす。
「ぬるい! ぬるすぎるぜぇぇ!」
「ハイペースで行くよ! カメラ映えする技で頼むね!」
キュララがドローンを飛ばし、戦闘シーンを様々なアングルから撮影する。
俺はその後ろで、巨大なリュック(中身は鍋とコンロと調味料)を背負って歩いていた。
「……ふむ」
俺はダンジョンの壁に触れた。
上層はただの石積みだったが、深層に進むにつれて、材質が変わってきている。
滑らかな灰色の壁。……コンクリートだ。
さらに、天井には錆びついた鉄パイプや、断線したケーブルのようなものが走っている。
(やっぱりな……。ここはただの遺跡じゃない)
前世の記憶が疼く。
この世界には、かつて日本から転生してきた『勇者』たちが何人もいた。
彼らが遺した知識や技術、あるいは『施設』そのものが、長い時を経てダンジョン化している可能性がある。
「リアン様! 見てください! 宝箱ですわ!」
リーザが叫ぶ。
彼女が瓦礫の下から引っ張り出したのは、錆びついた金属の箱だった。
「開けてみろ」
「はいっ! ……あら?」
中に入っていたのは、変色したプラスチックの容器と、何か分からない基板の欠片。
「ゴミですわ……。食べられません……」
「ドンマイ! 次の階層へ急ごう!」
キュララは数字(視聴者数)しか見ていない。
だが、俺には分かった。
そのプラスチック片に書かれた、掠れた文字。
『SE○A』……いや、見間違いか。
「……おい、みんな。少し急ぐぞ」
俺はリュックを背負い直した。
「この下には、お前たちが想像もしない『楽園』が待っているかもしれないからな」
「楽園? お肉の楽園ですか!?」
「強敵がいるのか!?」
期待に胸を膨らませるクラスメイトたち。
しかし、彼らはまだ知らない。
これから挑む最深部が、剣と魔法の世界には似つかわしくない、欲望と電子音にまみれた『不夜城』であることを。
「さあ、配信のハイライトはこれからだ」
俺たちは暗闇の奥、微かに光るネオンのような明かりを目指して、さらに深くへと足を進めた。




