EP 4
天使の配信と、エルフの災害
五限目は、屋外演習場での魔法実習だった。
担任のクルーガ先生は、開始早々、胃薬を水なしで飲み込むと、げっそりした顔で言った。
「いいか、お前ら。魔法ってのはイメージだ。だが、暴走はさせるなよ。特にそこのエルフと天使……聞いてるか?」
先生の視線の先には、まったく話を聞いていない二人の問題児がいた。
一人は、背中に小さな白い翼を持つ天使族の少女、キュララ・アルセルラ。
彼女はスマホのような形をした最新鋭の『魔導通信端末』を自撮り棒にセットし、ポーズを決めていた。
「はろーへヴん! 下界の迷える子羊のみんな〜! 大天使キュララだよっ☆」
彼女は授業中だというのに、動画配信サイト『T-Tube』で生配信を始めていた。
『今日の授業風景、特別に見せちゃうぞ! 高評価とスパチャ(投げ銭)よろしくね! あ、早速500円ありがとう! スタバ(タロウバックス)飲むね!』
「おい天使。授業中に配信をするな」
「えー、先生古いー! 今は『映え』が魔力を高める時代だよ? ほら、先生もカメラに向かってピース!」
「殺すぞ」
クルーガ先生の額に青筋が浮かぶ。
だが、もう一人の問題児はさらにタチが悪かった。
「まあまあ、先生。怒るとカルシウムが減って、骨粗鬆症になりますよ?」
おっとりとした口調で割って入ったのは、エルフの少女、ルナ・シンフォニア。
世界樹の森からやってきた次期女王候補であり、極度の天然娘だ。
「ルナ……お前もだ。その手に持っている『世界樹の杖』、出力調整はできているんだろうな?」
「もちろんですぅ。今日は『お花を咲かせる』魔法ですよね? 私、お花大好きなんです」
ルナはふんわりと微笑むと、演習場の地面に杖を向けた。
「では、いきますね。……出ておいで、可愛いお花さん♡」
彼女の透き通るような声と共に、杖の先端から翠色の魔力が溢れ出した。
それは優しい春の光のように見えた。
……最初の一瞬だけは。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
地面が激しく揺れ始めた。
土が盛り上がり、アスファルトがひび割れる。
「えっ?」
誰かの呟きがかき消されるほどの轟音と共に、地下から『それ』は噴出した。
ズドォォォォォン!!
「お、お花……?」
それは花ではなかった。
直径数メートルはある極太の『蔦』だ。しかも一本ではない。数十本、いや数百本の蔦が、まるで怒り狂う大蛇のように地表へ溢れ出したのだ。
「キャアアア!?」
「うわぁぁぁ! なんだこれ!?」
生徒たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
蔦は意思を持っているかのように蠢き、演習場の防護壁を粉砕し、あろうことか校舎に向かって成長を始めた。
「あらあら? ちょっと元気すぎたかしら?」
ルナは口元に手を当てて「てへっ」と首を傾げている。
馬鹿野郎、てへっで済むか。
あれは世界樹の森特有の『侵食植物』だ。放置すれば数分で学校がジャングルに飲み込まれるぞ。
「おいルナ! 魔法を解除しろ!」
「そ、それが……お花さんが張り切りすぎちゃって、言うことを聞いてくれません〜!」
ルナの背後には、うっすらと巨大な樹木の幻影――ヤンデレ気質と言われる『マザー・ユグドラシル』の影が見える。
『私の可愛いルナのために、この無機質な学校を緑に変えてあげるわ♡』という過保護な意思を感じる。
「チッ……! 全員退避だ!!」
クルーガ先生が剣を抜き、生徒たちを誘導する。
だが、植物の成長速度が速すぎる。このままでは校舎が倒壊する。
「……はぁ。仕方ない」
俺は溜息をつき、一歩前へ出た。
こんな目立つ真似はしたくないが、学校がなくなると俺の平穏な生活(と給食)も終わる。
「おいクラウス! 手を貸せ!」
「リアンか!? 何をする気だ!」
避難誘導をしていたクラウスが振り返る。
「あの植物の中心核を叩く。だが、蔦が邪魔で近づけない。お前の『雷』で道をこじ開けろ!」
「……僕に命令するな! だが――乗った!」
クラウスは瞬時に状況を理解し、愛剣を抜いた。
「アルヴィン流剣術――『ライトニング・ブレイク』!!」
バリバリバリッ!!
クラウスの剣に高圧電流が奔る。
彼は紫電一閃、迷いなく植物の壁に向かって斬り込んだ。
雷撃が蔦を焼き切り、焦げた道ができる。
「今だ、リアン!!」
「ナイスだ優等生!」
俺はクラウスが切り開いた道を疾走した。
そして、『ネット通販』で購入しておいた『業務用強力除草剤(原液)』と、『濃硫酸』を調合した特製カクテル(フラスコ入り)を取り出す。
「悪いな、マザー・ユグドラシル。ここは教育の場だ、過保護なママは帰ってくれ!」
俺は植物の中心部、脈打つ巨大な根に向かって、フラスコを全力で投げつけた。
パリーンッ!
液体が飛散する。
瞬間、科学の力が魔法の植物を蹂躙した。
「ギィィィィィィン!!?」
植物が断末魔のような音を立てて枯れていく。
青々としていた蔦は一瞬で茶色く変色し、砂のように崩れ落ちていった。
数秒後。
そこには、更地になった演習場と、キョトンとしているルナだけが残された。
「……ふぅ。一丁上がりだな」
俺が額の汗を拭うと、隣でクラウスが剣を納めながら呆れた顔をした。
「お前……今、何を投げた? 魔法薬にしては異質な臭いがしたが」
「ただの『お薬』さ。雑草にはよく効くやつな」
「すごいすごいすごーい!!」
その時、興奮した声が響いた。
キュララだ。彼女は今の騒動の一部始終を、至近距離で撮影していたらしい。
「見た今の!? 聖騎士クラウスくんの雷撃と、謎の転校生リアンくんの化学反応! まさに神コラボ! 同接(同時接続者数)1万人超えたよ〜!」
『神回キター!』
『今の黒い髪の子、何投げたの?』
『クラウス様かっこいい!』
『エルフちゃん天然すぎて草(物理)』
端末の画面には、滝のようなコメントとスパチャが流れている。
「みんな〜! チャンネル登録よろしくねっ☆」
ウインクするキュララ。
半泣きで「ごめんなさい〜」と謝るルナ。
そして、胃を押さえて蹲るクルーガ先生。
俺は天を仰いだ。
破壊神、格闘ウサギ、貧乏姫、配信天使、天然災害エルフ……。
このクラス、まともな奴が一人もいねぇ。
(……唯一の希望は、隣で真面目な顔をしているクラウスだけか)
俺とクラウスは顔を見合わせ、無言で頷き合った。
ライバル同士だが、このカオスなクラスで生き残るための「苦労人同盟」が結成された瞬間だった。




