EP 9
審査員の実食、国王の来店
学園祭も終盤に差し掛かった夕暮れ時。
俺たち『ジャンク・レボリューション』の熱気は、最高潮に達していた。
「ラストスパートだ! 麺あるだけ茹でろぉぉ!」
「あいよぉぉ!」
イグニスが吼え、キャルルが飛び、俺が中華鍋を振るう。
市場の親父さんたちからの差し入れのおかげで、なんとか品切れは回避できていたが、客足は途絶えるどころか増す一方だ。
その時だった。
ザッ……。
騒然としていた行列が、まるでモーゼの海割れのように左右に開いた。
喧騒がふっと止む。
そこに現れたのは、一人の初老の紳士だった。
仕立ての良いスーツに、ダンディな口髭。片眼鏡を掛け、手には杖をついている。
一見すれば、どこかの貴族のご隠居だろう。
だが、その身から放たれるオーラは、ただ者ではなかった。
「……ほう。ここが噂の『ゴミ捨て場の屋台』かね?」
紳士が穏やかな声で呟く。
その声を聞いた瞬間、接客中のクラウスがビクリと震え、直立不動の姿勢を取った。
「(……まさか、あの方は……!?)」
クラウスは顔面蒼白になりかけたが、紳士が人差し指を口元に当てて「シーッ」とウィンクしたのを見て、寸前で言葉を飲み込んだ。
「い、いらっしゃいませ。……お客様」
「うむ。一番人気のラーメンを一つ頼めるかな?」
「は、はい! 直ちに!」
クラウスが震える手でオーダーを通す。
俺は厨房からその紳士を一瞥した。
……間違いない。
あの独特の覇気、そして何より『異世界転生者特有の匂い』。
この国の国王、タロウ・ルミナスだ。
かつて日本から転生し、勇者と共に魔王を倒し、建国した英雄王。
まさかお忍びで来るとはな。
◇
「へいお待ち。……『黄金スープの駄菓子カツラーメン』だ」
俺はドンッ! とラーメンを紳士の前に置いた。
周りの客(貴族や生徒)たちが固唾を飲んで見守る中、紳士は興味深そうに丼を覗き込んだ。
「……ふむ。見た目はジャンクそのものだが……香りは複雑だ」
紳士はレンゲでスープをすくい、口に運んだ。
ズズッ。
一瞬の静寂。
次の瞬間、紳士の目が見開かれた。
「……!!」
彼の脳裏に、かつての前世(日本)の記憶が走馬灯のように駆け巡った。
放課後の帰り道。
小銭を握りしめて走った駄菓子屋。
10円のうまい棒、当たり付きの飴、カップラーメンの残り汁。
それらが混ざり合った、チープで、身体に悪そうで、けれど何よりも愛おしい『あの味』。
「こ、これは……『めんたい味』……!? いや、隠し味に『コーラ』の酸味か……!?」
紳士の手が震えだした。
「懐かしい……! なんというノスタルジーだ……!」
彼はカツを齧り、麺を啜った。
涙が、モノクルの奥から溢れ出した。
「うぅッ……! 美味い……! 宮廷料理のフレンチもいいが……私が本当に食べたかったのは、こういう『背徳の味』なのだよ……!」
国王、号泣。
周りの客がどよめく。
「あのご老人が泣いているぞ!?」
「そんなに美味いのか!?」
紳士はスープを一滴残らず飲み干すと、満足げに息を吐き、ハンカチで口元を拭った。
「……料理人よ。名をなんと申す」
「リアンだ。しがない1年生さ」
「リアンか。……見事だ」
紳士は立ち上がり、杖をついた。
「私は先ほど、生徒会の『A5ランクステーキ』も食してきた」
「へぇ。味はどうだった?」
「美味かったよ。素材は最高級だ。……だが、それだけだ」
紳士は俺たちの店を見渡した。
ゴミ捨て場を飾る花々、廃棄食材を蘇らせたスープ、駄菓子というアイデア。
そして何より、客たちの笑顔。
「料理とは、単に高い食材を焼くことではない。『工夫』と『愛』、そして食べる者への『驚き』があってこそだ」
彼は懐から、審査員用の採点表(満点は100点)を取り出した。
「金に頼らず、知恵と技術で人々を幸せにした。……これこそが、私がこの国に求めていた『革新』だ」
彼はペンを走らせた。
そこに書かれた数字は――
【1000000点】
「えっ」
「文句なしの優勝だ! ……あっぱれ!」
紳士がパチンと指を鳴らすと、隠れていた近衛兵たちがワラワラと現れ、ファンファーレを鳴らし始めた。
「こ、国王陛下ーーッ!?」
その場にいた全員が平伏する。
正体バレバレだ。
国王タロウは、ニカっと笑って俺にウィンクした。
「リアン君。今度、城にも出前をしてくれんか? 王妃にも食わせてやりたい」
「……ああ。特別料金になるけどな」
「ハハハ! 商魂たくましいな!」
こうして、俺たちの『ジャンク・レボリューション』は、国王公認の三ツ星(というか規格外)の評価を得ることになった。
◇
「……負けた」
遠く離れたメインストリート。
閑古鳥が鳴く生徒会のテントで、生徒会長が膝から崩れ落ちていた。
「A5ランクの肉が……10円の駄菓子に負けたというのか……」
「会長! 在庫が山積みです! どうしましょう!?」
勝負あり。
圧倒的な大差をつけて、俺たちの完全勝利だ。
◇
「やったぁぁぁぁ!!」
「優勝だぁぁぁ!!」
店仕舞いの後。
俺たちは厨房で抱き合って喜んだ。
イグニスが俺の背中を叩き、リーザが残った麺をすすり、キャルルとリリスが飛び跳ねる。
「すごいよリアン! 国王様が泣いてたよ!」
「私のガチャのおかげですわね! 褒めてください!」
「ああ、みんなのおかげだ」
俺は心地よい疲労感と共に、仲間たちを見渡した。
予算ゼロからのスタート。
ゴミ捨て場からの逆転劇。
最高に楽しい学園祭だった。
「さあ! 優勝賞品は『なんでも願いが叶う権利』だ! 何を願おうか!」
イグニスが鼻息を荒くする。
夢は広がる。
部室の拡張、校則の撤廃、あるいは……。
だが、そんな俺たちの前に、あの『ラスボス』が現れた。
コツン、コツン……。
優雅な足音と共に、書類と電卓を持ったリベラ理事長が、笑顔で拍手しながら近づいてきた。
「おめでとう、リアン君たち。素晴らしい売上ね」
その笑顔の奥に、底知れぬ『徴収』の気配を感じ取ったのは、俺だけではなかったはずだ。
「……さて、精算の時間よ♡」




