EP 8
戦場、音速のオペレーション
「ら、ラーメン五丁! 特盛三つ! 替え玉十!!」
注文の声が、怒号のように飛び交う。
厨房の中は、灼熱地獄と化していた。
「イグニス! 2番テーブルの麺だ! 茹でろ!」
「おうよ! ……『ドラゴン・ボイル』!!」
イグニスが寸胴鍋に向かって、極小出力のブレスを吐く。
ボォォッ!!
一瞬で湯が沸騰し、投入された麺がわずか3秒で茹で上がる。
普通の火力なら3分かかるところを、ドラゴン級の熱量でタイムラグを消滅させる荒技だ。
「湯切りは任せろ! ……『トルネード・ドレイン』!」
俺はザルを受け取り、遠心力を利用して一瞬で湯を切る。
空中に舞った麺を、5つの丼へ正確無比に着地させる。
「スープ投入! カツ、オン!」
寸胴から黄金スープを注ぎ、揚げたての『駄菓子カツ』を乗せる。
仕上げに『コーラ黒酢ソース』を回しかければ――完成だ。
所要時間、一杯あたり15秒。
「お待ち! 5丁あがりだ!」
「はいよっ!」
カウンターに丼を置いた瞬間、ピンク色の残像がそれをさらっていった。
◇
ホール担当、キャルル。
彼女は今、ウサギ族としての本能を解放していた。
「お待たせしましたーっ☆」
ヒュンッ!!
客が瞬きをする間に、目の前にラーメンが出現している。
「えっ? いつの間に?」
「水も置いてあるぞ!?」
キャルルの動きは速すぎて、もはや『分身』しているように見えた。
右のテーブルで注文を取りつつ、左のテーブルに配膳し、奥のテーブルで会計を済ませる。
バニースーツのハイレグが風を切り、その風圧で客の髪がなびく。
「すごい……! さすがは元SWAT……!」
「バニーガールの接客速度じゃないぞ!?」
客たちは驚愕しつつも、目の前のラーメンの香りに理性を奪われる。
「い、いただきます!」
ズズズッ! ズルルッ!!
会場に響くのは、猛烈な勢いで麺をすする音だけ。
一口食べた瞬間、全員の目がカッと見開かれる。
「――ッ!!?」
「な、なんだこれは!? 魚のアラ臭さが全くない!?」
「この衣……サクサクで、ピリ辛で……『美味スティック』の味がするのに、高級フレンチみたいだ!」
「スープが……スープが止まらない! 魔法薬でも入ってるのか!?」
中毒性。
その正体は、廃棄食材から丁寧に抽出した純粋な旨味と、駄菓子に含まれる化学調味料(MSG)の黄金比だ。
貴族や学生たちが普段食べている上品な薄味の料理とは対極にある、『脳を直接殴る味』。
「替え玉! 替え玉だぁぁぁ!」
「カツ追加! ダブルで!」
リピート率100%。
回転率は限界突破。
◇
「あらあら、お口元が汚れていますよ? お嬢様」
カオスと化す店内の一角で、そこだけ優雅な時間が流れていた。
執事服のクラウスだ。
彼はラーメンを貪り食ってソースまみれになった令嬢の口元を、純白のナプキンでそっと拭った。
「っ……! ク、クラウス様……!」
「ラーメンはお熱いので、フーフーしてから召し上がってくださいね。……あーん」
「きゃあぁぁぁぁ!!」
令嬢が顔を真っ赤にして卒倒する(物理)。
「お客様、列を乱さないでください。……紳士淑女たるもの、待つのも嗜みですよ?」
暴れ出しそうな男子生徒たちも、クラウスの威圧感とキラキラ笑顔の前では大人しく整列するしかない。
彼の『貴族スキル(人心掌握)』が、この無法地帯に秩序をもたらしていた。
◇
そして、戦場の裏方。洗い場。
「ふふふ〜ん♪ どんどん来てくださいねぇ〜」
山のように積まれた汚れた食器。
ルナは鼻歌交じりに指先を振るった。
ザパァァァンッ!!
水魔法で作られた『ウォーター・スパイラル』が、皿を飲み込み、高速回転で油汚れを弾き飛ばす。
洗剤(灰汁)と水流のコンボで、洗浄・すすぎ・乾燥までが全自動。
「はい、ピッカピカですぅ」
一秒で洗浄完了。
これにより、食器不足による提供ストップという最悪の事態は回避されていた。
◇
「……ば、馬鹿な」
店の入り口付近。
様子を見に来た生徒会長が、その光景を見て愕然としていた。
「ゴミ捨て場だぞ!? 予算ゼロだぞ!?」
メインストリートの客は激減し、今や学園中の人間がこの校舎裏に集結していた。
貴族も、平民も、教師も。
全員が列をなし、1杯のラーメンを求めて争っている。
「魚のアラと駄菓子だと……? そんな『エサ』みたいな料理に、なぜこれほどの人が……!」
会長がふらりと客席に近づき、食べ残された(といってもスープ一滴だが)丼の匂いを嗅いだ。
「ッ……!?」
その瞬間、彼の胃袋が裏切った。
グゥゥゥゥゥ……!
高級ステーキを食べていたはずなのに、この暴力的な匂いの前では、自分の料理が霞んでしまう。
「ま、負けたというのか……? A5ランクの魔牛が、『美味スティック』に……!?」
◇
「おいリアン! 食材が切れそうだ!」
厨房でイグニスが叫ぶ。
予想以上の客入りに、リヤカー山盛りにあった廃棄食材が底をつきかけていた。
「くそっ、読みが甘かったか!?」
俺が焦ったその時。
「――追加の食材、持ってきましたわー!!」
店の外から、リリスとキュララの声が響いた。
「え?」
見れば、二人の後ろに、市場の親父さんたちが大量の木箱を抱えて並んでいた。
魚屋、肉屋、八百屋の親父たちだ。
「よぉ坊主! 噂になってるぞ! 俺たちの『ゴミ』が、学園一の行列を作ってるってな!」
「悔しいから見に来たんだが……こりゃあすげぇ!」
「ほら、追加のアラだ! 持ってけ!」
「売れ残りの野菜もやるよ! どんどん作れぇぇ!」
「お、親父さんたち……!」
俺は熱いものが込み上げてくるのを感じた。
捨てられるはずだった食材が、料理人の技と、客の笑顔によって価値を取り戻した。
これぞ『ジャンク・レボリューション』。
「……ありがてぇ! イグニス、第2ラウンドだ!」
「おうよ! 朝まで茹でてやるぜぇぇ!」
俺は中華鍋を振るった。
炎が高く舞い上がる。
この熱狂は、もう誰にも止められない。
勝利の味は、焦がしニンニクとコーラの味がした。




