EP 7
飯テロ、匂いは壁を越えて
メインストリートの特設会場。
そこは、生徒会が主催する『高級ステーキガーデン』の独壇場となっていた。
「さあ、焼き上がりましたよ! 最高級A5ランク魔牛のステーキです!」
生徒会長が高らかに宣言し、鉄板の上で肉を焼く。
上品な脂の香り。間違いなく美味い。
だが、それはあくまで『お行儀の良い美味しさ』だった。
客たちはナイフとフォークを使い、少し気取って食事を楽しんでいた。
「オホホ、やはり素晴らしい肉質ですわね」
「この繊細なサシの入り方、芸術的だ」
誰もが満足しているように見えた。
あの一陣の風が吹くまでは。
ブワァァァァァッ……!
突如、校舎の裏手から強烈な突風が吹き抜けた。
それはただの風ではない。
黄色く濁った『暴力的な香り』を孕んだ風だった。
「……ん?」
一人の客が鼻をヒクつかせた。
「な、なんだこの匂いは……?」
最初に感じたのは、脳髄を直撃する焦がしニンニク(マー油)のパンチ。
次に、濃厚な魚介と豚骨(っぽい牛スジ)のこってりとしたコク。
そして最後に、駄菓子特有のあの『中毒性のあるスパイス臭』が鼻腔を蹂躙した。
「ッ……!?」
客の手が止まる。
目の前の高級ステーキが、急に色あせて見えた。
上品? 繊細? 知ったことか。
今、彼らのDNAが求めているのは――この『下品で、凶暴で、とてつもなく美味そうなナニか』だ!
「ぐぅぅぅぅぅ……ッ!!」
誰かの腹が、雷鳴のように鳴り響いた。
それを合図に、会場中の胃袋が共鳴を始めた。
「な、なんだ!? ステーキを食べているはずなのに、腹が減る!?」
「唾液が……唾液が止まらない!」
「どこだ!? この『悪魔的な匂い』の発生源はどこだ!?」
客たちの目が血走る。
彼らはゾンビのように鼻を突き出し、匂いの流れてくる方角――校舎裏へと顔を向けた。
「お、おい! どこへ行くんだ君たち! ステーキはまだあるぞ!」
生徒会長が慌てて叫ぶが、誰も聞く耳を持たない。
理性なんてものは、圧倒的な『食欲』の前では紙切れ同然だ。
「肉じゃねぇ……! 俺が食いたいのは、もっとガツンとくるヤツだぁぁぁ!」
「ニンニクだ! 濃い味を寄越せぇぇ!」
大移動が始まった。
数百人の客が、雪崩を打ってメインストリートを逆走し始めたのだ。
◇
その頃、校舎の屋上。
ドローンを操るキュララが、眼下のパニックを確認してニヤリと笑った。
「かかったね! さあ、仕上げの誘導だよ!」
彼女はスマホに向かって、満面のアイドルスマイルを作った。
「みんな〜! ヤッホー☆ キュララだよ!」
【緊急配信】ゴミ捨て場に幻のラーメン屋出現!? 匂いの正体はこれだ!
彼女の配信が、会場の巨大モニターや、生徒たちのスマホに一斉に映し出される。
「見て見て! この黄金色のスープ! 山盛りのカツ! そして……」
カメラが切り替わり、店先でラーメンを啜るリーザがドアップで映された。
『んん〜っ! ハフハフッ! 替え玉! 替え玉お願いしますわぁ!』
一心不乱に麺をすする美少女。
その口元についたスープの艶めかしさ。
そして、空になった丼のタワー。
これ以上の食レポ(宣伝)があるだろうか。
画面越しにも伝わる熱気と旨味の波動。
「場所はここ! 第2焼却炉前の『ジャンク・レボリューション』! 今なら待ち時間ゼロだよっ☆」
その言葉が決定打となった。
「校舎裏だ! 急げぇぇぇ!!」
「売り切れる前に行けぇぇぇ!!」
◇
第2焼却炉前。
俺は、遠くから聞こえてくる地鳴りのような足音を聞き、中華鍋をコンロに叩きつけた。
「……来たな」
「お、おいリアン! なんかヤベェ音が聞こえんぞ!?」
「魔物の大群か!?」
イグニスとクラウスが身構える。
俺は白衣の襟を正し、全員に号令をかけた。
「魔物じゃない。……『腹を空かせた猛獣』だ」
森の茂みをかき分け、先頭集団が飛び出してきた。
充血した目、開いた鼻孔。
完全に理性を飛ばしている。
「ここかぁぁぁ!!」
「匂いの元はここかぁぁぁ!!」
「ラーメンだ! その茶色い液体を俺にくれぇぇぇ!!」
殺到する客たち。
だが、店の前で彼らは一瞬、足を止めた。
ゴミ捨て場だと思っていた場所が、緑に覆われた美しい『森のカフェ』になっていることに驚き、
そして――
「いらっしゃいませ。迷える子羊たちよ」
入り口に立つ、執事服のクラウスが優雅に微笑んだからだ。
「こ、クラウス様!?」
「素敵……!」
「お待たせしました! お席へご案内しますっ!」
さらに、バニー姿のキャルルが目にも止まらぬ速さで客を誘導する。
極上の空間、イケメン執事、バニーガール。
そして、テーブルに置かれる『暴力的なラーメン』。
このギャップに、客たちの脳は完全にバグった。
「注文は!?」
「全部乗せだ! 金ならある!」
俺は厨房で叫んだ。
「総員、戦闘配置! 戦争だ!! 一杯も逃すな、全員の胃袋を撃ち抜け!!」
「「「イエッサー!!」」」
中華鍋の炎が舞い上がる。
麺が空を舞う。
学園祭の歴史に残る、伝説の繁忙期が始まった。




