EP 2
市場のハイエナ、廃棄食材を狙え
翌朝、まだ夜も明けきらぬ午前4時。
帝都の中央市場は、すでに活気に満ち溢れていた。
「うおおお! すげぇ活気だ! 旨そうな匂いがプンプンするぜ!」
「はふぅ……。新鮮なお魚の匂い……焼きたてのパンの香り……ここが天国ですか?」
荷物持ちとして連行したイグニスとリーザが、キョロキョロと市場を見渡している。
所狭しと並ぶ新鮮な野菜、水揚げされたばかりの魚介類、吊るされた枝肉。
本来なら、金貨を握りしめてこれらを買い付けるのがシェフの仕事だ。
だが、今の俺たちの所持金は『ゼロ』。
正攻法での買い物は不可能だ。
「いいか、お前ら。俺たちの狙いは『売り物』じゃない」
俺は二人に釘を刺した。
「狙うのは、店主たちが捨てようとしている『ゴミ』……すなわち、廃棄食材だ」
「ゴミを食うのか!? 俺様はドラゴンの誇りにかけて……」
「調理すれば三ツ星の味になる。文句があるなら帰っていいぞ」
「食います!!」
即答するイグニス。チョロい。
俺たちはまず、市場の奥にある鮮魚エリアへと向かった。
◇
「へいらっしゃい! 新鮮なマグロが入ってるよ!」
威勢のいい魚屋の親父が、巨大な包丁でマグロを解体している。
赤身、中トロ、大トロ。それらが綺麗な柵に切り分けられ、高値で取引されていく。
俺が目をつけたのは、その足元にある『バケツ』だ。
「親父さん。そのバケツの中身、どうするんだ?」
「あん? これか? マグロの頭と中骨、いわゆる『アラ』だ。出汁くらいにはなるが、身も少ないし捨てるつもりだが……」
ビンゴ。
一般家庭では処理が面倒で嫌われるが、プロからすればこれほど濃厚な出汁が出る部位はない。
「それを譲ってくれないか? 全部だ」
「全部? まあ、捨てる手間が省けるからいいが……坊主、金はあるのか?」
「ない」
俺が即答すると、親父さんは「はぁ?」と顔をしかめた。
「タダでくれってか? いくらゴミでも、運び賃くらいは……」
渋る親父さん。
ここで、俺は最強の『交渉カード』を切った。
「……おい、リーザ。出番だ」
「はい……」
俺の後ろから、ボロボロの服(演出用)を着たリーザがふらりと前に出た。
彼女はバケツの中の魚の頭を、ガラスケースの中の宝石を見るような瞳で見つめた。
「……美味しそう……」
「えっ」
「そのお目々……焼いて食べたら、コラーゲンたっぷりで……じゅるり」
リーザが口の端からよだれを垂らす。
その姿は、まさに『三日何も食べていない薄幸の美少女(実際は朝ごはんを食べてきた)』そのものだった。
「お、お嬢ちゃん……? まさか、その魚の頭を食べるつもりかい?」
「はい……。私たち、貧乏で……お魚なんて、年に一度の贅沢で……」
「うっ……!」
親父さんの目頭が熱くなる。
王族オーラを完全に消し去り、貧乏オーラを全開にしたリーザの演技力(食欲)は、見る者の涙腺を破壊する。
「も、持ってけぇぇぇ!!」
親父さんはバケツごとマグロのアラを差し出した。
さらに。
「こっちの切り落としもやる! 干物もだ! いっぱい食って大きくなれよぉぉ!」
「ありがとうございますぅぅ! 神様ですぅぅ!」
リーザがバケツに顔を突っ込まんばかりの勢いで受け取る。
交渉成立だ。
◇
次に向かったのは青果エリア。
ここでもリーザの『ハイエナ戦法』が炸裂した。
「おじさま……その曲がったキュウリ、捨てちゃうんですか?」
「ああ、味が良くても形が悪いと売れなくてな……」
「かわいそう……。私なら、皮ごと愛してあげられるのに……ポリポリ」
リーザが泥付きのままキュウリを齧る。
「うおおおん! 持ってけ泥棒! 規格外の野菜、全部やるよ!」
「キャベツの外葉もつけちゃう!」
こうして、俺たちの荷車(イグニスの背中)には、形は悪いが味は一級品の野菜たちが山積みになっていった。
◇
そして最後。最難関の精肉エリアだ。
ここの親父は強面で有名だが……。
「……スジ肉か」
「ああ。硬くて噛み切れないやつだ。どうせミンチにするか、捨てるんだろ?」
俺が指差したのは、牛のアキレス腱や、骨周りの硬い肉片だ。
下処理に時間がかかるため、学園祭の屋台などでは敬遠される部位。
「……坊主、これをどうする気だ? 素人が手を出しても、ゴムみたいで食えたもんじゃねぇぞ」
「圧力と時間、そして『技術』があれば、ヒレ肉より化けるさ」
俺がニヤリと笑うと、肉屋の親父は興味深そうに俺を見た。
そして、その視線は横にいるリーザへと移る。
リーザは、生肉のブロックを凝視し、無意識に咀嚼の動きをしていた。
「……エア食事か?」
「いえ、イメージトレーニングです。今、脳内でステーキにして食べてます」
「……不憫すぎる」
親父はため息をつき、ドサッと大量のスジ肉と牛骨を袋に詰めた。
「持ってきな。……ただし、不味いもん作ったら承知しねぇぞ」
「任せな。アンタの店より行列を作ってやるよ」
俺は肉屋の親父と拳を合わせ、ずっしりと重い袋を受け取った。
◇
「……ひぃ、ひぃ。重すぎだろ、これ……」
市場からの帰り道。
イグニスは人間離れした筋力で、リヤカー山盛りの食材を引いていた。
マグロのアラ、大量の野菜クズ、牛スジ肉、牛骨。
一般的に見れば『生ゴミの山』だが、俺には『宝の山』に見える。
「すげぇなリアン。一銭も使わずにこれだけ集めるとは」
「リーザの貧乏芸のおかげだな」
「芸ではありませんわ! 全て本心からの『食べたい』という叫びです!」
リーザが生のキャベツを齧りながら胸を張る。
こいつ、本当に王女なのか?
「よし、食材は揃った。……だが」
俺はリヤカーの中身を見つめ、眉をひそめた。
「これだけじゃ足りない」
「ああん? 肉も魚もあるじゃねぇか」
「『味の決め手』がないんだよ」
出汁は取れる。具材もある。
だが、客を虜にするためのパンチ――調味料やスパイス、そしてソースとなる要素が圧倒的に足りていない。
醤油や味噌は高い。市場で貰うわけにもいかなかった。
「……仕方ない。あの『ギャンブル狂』に頼るか」
俺はスマホを取り出し、リリスにメッセージを送った。
『頼みがある。……お前の運で、俺たちに夢を見せてくれ』
スープの魂を吹き込むための、最後のピース。
それは、予想の斜め上を行く形で手に入ることになる。




