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EP 10

ノーサイド、究極のカレーライス

「へいお待ち。特製・魔猪ワイルド・ボアのカツカレーだ」

俺が装い、渡した木の器を、クラウスは震える手で受け取った。

ずっしりとした重み。

白米(飯盒で炊いた)の上に、ドロリと濃厚なカレーソースが掛かり、その頂上には揚げたての巨大なカツが鎮座している。

「……これが、カレー……」

クラウスは泥だらけの顔で、その湯気を吸い込んだ。

スパイスの刺激臭が、萎縮していた胃袋を強烈にノックする。

彼はスプーン(これも木を削った即席)を震わせながら、カレーとカツ、そして白米を一度に掬い上げた。

「い、いただきます……ッ!」

パクッ。

その瞬間、クラウスの動きが止まった。

「…………!!」

口の中に広がったのは、衝撃だった。

数十種類のスパイスが奏でる複雑な辛味。

それを包み込む、魔猪の脂の濃厚な甘みと旨味。

そして、サクッという音と共に噛み砕かれたカツから溢れ出す、熱々の肉汁。

辛い。熱い。でも、美味い!

三日間の絶食で乾ききった細胞の一つ一つに、生命のエネルギーが染み渡っていくようだ。

「……う、美味い……ッ!!」

クラウスの碧眼から、ツーっと涙がこぼれ落ちた。

「なんだこれは……! 辛いのに、スプーンが止まらない! 体の芯から熱くなる!」

「魔猪の肉はスタミナ満点だからな。疲れた体には一番の薬だ」

俺がニヤリと笑うと、クラウスはもう返事もしなかった。

ただ一心不乱に、貴族のマナーも忘れてカレーをかきこむ。

「はふっ、はふっ! ……んぐっ! ぷはぁ! 最高だ!」

その姿を見て、他の生徒たちの理性のダムも決壊した。

「私にも! 私にもちょうだい!」

「並べ並べ! 逃げやしねぇよ!」

A班もB班もない。

そこにあるのは、ただの「空腹の猛獣たち」の群れだった。

「んん〜っ!! 生きてます! 私、生きてますわぁ!」

すでに三杯目に突入しているリーザが、頬にカレーをつけながら叫ぶ。

「このスパイスの刺激! カツのボリューム! まさに王者の風格ですわ! ああ、白旗を上げて本当によかった!」

「お前は最初から食べてただろ」

「別腹ですわ!」

隣では、イグニスが器ごと飲み込むような勢いで食べている。

「ガハハハ! 辛ぇ! でも止まらねぇ! この魔猪、俺様が狩ったやつだぜ!」

「人参あまーい! 泥臭さが消えてるよぉ!」

キャルルも嬉しそうに野菜を頬張っている。

リリスやキュララも、最初は「服が汚れる」などと気にしていたが、一口食べた瞬間に豹変した。

「……っ! 美味しい! マカロンより美味しいかも!」

「映える……! 泥だらけでカレー食ってる私、逆にエモい!」

森の中に響くのは、咀嚼音と「美味い」という称賛の声だけ。

敵対していた空気は、カレーの湯気と共に空へと消えていった。

「……ふん。悪くない味だ」

一通り全員に行き渡った頃、俺の隣にクルーガ先生がやってきた。

先生の手には、いつの間にか大盛りのカレーが握られている。

「先生、胃薬はいいんですか?」

「……毒を食らわば皿まで、だ。それに、生徒が食べているものを教師が毒見するのは義務だからな」

先生は言い訳をしながら、スプーンを口に運んだ。

その眉間の皺が、すっと解けていく。

「……くっ。悔しいが、店が出せるレベルだ」

「でしょ? 卒業したら『カレー屋リアン』でもやろうかな」

俺たちが軽口を叩いていると、食べ終わったクラウスが近づいてきた。

その顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。

「……リアン」

「ん?」

「完敗だ。戦術でも、兵站でも、そして……仲間の腹を満たすというリーダーの資質でも、僕は君に勝てなかった」

クラウスは俺に手を差し出した。

今度は、敵としてではなく、友人としての握手だ。

「この借りは、必ず返す。……もっと強くなってな」

「ああ。期待してるぜ、ライバル」

俺はその手をガシッと握り返した。

泥とカレーの匂いがする手。だが、それは今までで一番熱い握手だった。

「……あ、そうだ。リアン様」

ふと、後ろから袖を引かれた。

例の『裏切り者』のバロン君だ。彼は空になった皿を抱え、申し訳無さそうに、しかし期待に満ちた目で俺を見ている。

「あー、うん。分かってるよ」

俺は鍋の底に残っていた最後のカツを掬い上げ、彼の皿に乗せてやった。

「約束の『追加報酬』だ。……よくやったな」

「!! ありがとうございます!」

彼はカツを抱きしめるようにして、幸せそうに齧り付いた。

これでいい。

裏切りも、策謀も、全てはカレーの前では些細なことだ。

「よし! 食ったら片付けだ! 来た時よりも美しく、だぞ!」

「「「はーい!!」」」

満腹になった生徒たちの返事は、演習開始の時よりも遥かに元気だった。

夕暮れの魔の森。

一週間の地獄のサバイバル演習は、極上のスパイスの香りと共に、大団円ノーサイドで幕を閉じた。

俺たちの絆は、この一杯のカレーによって、より強固なもの(胃袋的な意味で)になったのだった。

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