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EP 3

月兎の安全靴と、破壊神の弁当箱

四限目のチャイムが鳴ると同時に、教室の空気が一変した。

ルミナス学園の生徒たちにとって、昼休みとは単なる休息ではない。育ち盛りの胃袋を満たすための、戦いの時間だ。

「さあ、飯だ飯だ!」

「今日の学食、Aランチはハンバーグらしいぞ!」

生徒たちがカフェテリアへ駆け出す中、俺は自席で優雅に弁当箱を取り出した。

学食も悪くないが、元料理人としては自作の弁当に限る。今日のメニューは『厚切り鮭の西京焼き』と『出汁巻き卵』だ。

「……ん?」

箸を割ろうとした俺の耳に、硬質な破壊音が飛び込んできた。

バギャッ!!

教室の後方だ。

振り返ると、そこには白くて長い耳を持つ可愛らしい少女――キャルルがいた。

月兎族の彼女は、机の上に大量のクルミ(殻付き)を広げている。

「ふんっ! ……よいしょっ!」

彼女は椅子に座ったまま、行儀悪く足を机の上に乗せると、かかとを振り下ろした。

ガゴォッ!!

凄まじい音と共に、硬いクルミの殻が粉砕される。

彼女が履いているのは、ただのブーツではない。

ドワーフの技術と太郎国の化学素材が融合した、『タロー・ワークマン』製の鉄芯入り安全靴だ。

「うん、綺麗に割れた! いただきまーす!」

キャルルは粉々になった殻の中から実を器用に取り出し、ポリポリと食べ始めた。

……ワイルドすぎるだろ。その可愛らしい見た目で、やってることは解体工事だ。

「おい、そこのウサギ! うるさいぞ!」

キャルルに文句をつけたのは、隣の席に座る赤髪の少年だった。

イグニス・ドラグーン。竜人族の男だ。

10歳にして身長はすでに160センチを超え、背中には未発達ながらも立派な翼が生えている。

「あーん? なによイグニス。あんたこそ、そのデカい図体で場所取りすぎ!」

「ふん。空の王者である俺様には、これくらいのスペースが必要なんだよ」

イグニスは尊大に鼻を鳴らすと、巨大な重箱のような弁当箱を取り出した。

中身は――分厚い生肉の塊だ。

竜人族は胃腸が強いとはいえ、さすがに生は味気ないだろう。

「チッ……母ちゃんのやつ、また焼き忘れてやがる。冷えた肉なんて、俺様のプライドが許さねぇ」

イグニスは周囲を見渡すと、ニヤリと笑った。

「見てろよ。俺様の『紅蓮のブレス』で、こいつを極上のステーキに変えてやるぜ」

「えっ、ちょっとイグニス! 教室で火を使うのは……」

キャルルが止めるのも聞かず、イグニスは大きく息を吸い込んだ。

肺に魔力が充填され、喉元が赤く発光する。

「炭火焼きレアで決まりだ! はぁぁぁぁッ!!」

ゴオオオオオオッ!!!

「ぎゃああああ!?」

手加減を知らない竜の息吹は、弁当箱を一瞬で飲み込んだ。

それどころか、炎は勢い余って机を焼き尽くし、教室の壁まで焦がしてようやく消えた。

煙が晴れた後。

そこにあったのは、ステーキではない。

黒い炭の塊と、灰になった机の残骸だけだった。

「…………あ」

イグニスが間の抜けた声を出す。

「コラァァァァァ!! イグニスーーッ!!」

担任のクルーガ先生が、胃薬の袋を握りしめながら怒鳴り込んできた。

「きょ、教室でブレスを吐くなと言っただろうが! 壁の修繕費、実家に請求するからな!」

「う、うるせぇ! 俺様はただ、温かい飯が食いたかっただけで……!」

イグニスは反論しようとしたが、その腹が『グゥ〜……』と悲しい音を立てた。

彼の目から、じわりと涙が浮かぶ。

竜人族は燃費が悪い。一食抜くだけでも、彼らにとっては死活問題なのだ。

「……くそっ。俺様の飯が……灰に……」

膝をつき、絶望する破壊神。

その横で、キャルルもすすだらけになった人参スティックを見て半泣きになっている。

「うぅ……私の人参まで焦げちゃった……」

カオスだ。

だが、料理人として、目の前で腹を空かせた子供がいるのは――何より、食材が無駄にされたのを見るのは忍びない。

俺はため息をつくと、鞄(偽装したマジックポーチ)から、予備の弁当箱を取り出した。

本来は夜食用だったが、仕方ない。

「……食うか?」

俺はイグニスの前に弁当を差し出した。

「あ? ……なんだこれ、ちいせぇ箱だな」

「いいから開けてみろ」

イグニスが疑り深く蓋を開ける。

瞬間、教室中に暴力的なまでの「香り」が広がった。

醤油、ニンニク、生姜。そして揚げ油の香ばしい匂い。

「な、なんだこれ!? 肉か!?」

「特製・鶏の唐揚げ弁当だ。冷めても美味いように、下味をしっかりつけて二度揚げしてある」

イグニスはゴクリと喉を鳴らし、震える手で唐揚げを掴んだ。

そして、大きな口で放り込む。

ザクッ。

ジュワッ。

衣の砕ける音と、肉汁が溢れる音が響く。

「!!??」

イグニスの動きが止まった。

次の瞬間、彼は猛烈な勢いで弁当をかきこみ始めた。

「うめぇ! なんだこれうめぇぇぇ! 母ちゃんが焼いた丸焼きより全然うめぇぞ!」

「こっちもあるぞ」

俺はキャルルにも、タッパーに入れた『人参のグラッセ』を渡した。

バターと砂糖で艶やかに煮込まれた人参だ。

「はふっ……! あま〜い! お菓子みたい! 美味しいぃぃ!」

キャルルは長い耳をピョコピョコさせながら、幸せそうに頬張った。

あっという間に完食した二人は、口の周りを油でテカらせながら、キラキラした目で俺を見上げてきた。

「おいリアン! お前、すげぇな! 料理の天才か!?」

「リアンくん! 明日のお弁当もこれがいい! 私、お金なら(お小遣いで)払うから!」

イグニスが俺の肩をバシバシと叩く(痛い)。

「決めたぜ。今日からお前は俺様の『兄貴シェフ』だ! 俺様の腹は、お前に預ける!」

「私も! 雑草食べてるリーザちゃんが言ってた『食の神様』って、リアンくんのことだったんだね!」

……どうやら、餌付けに成功してしまったらしい。

破壊神と、格闘ウサギ。

厄介な手駒クラスメイトが増えたことに頭を抱えつつ、俺は遠くで「ズルいですわ! 私にも唐揚げを!」と叫んでいるリーザの声を、そっと無視した。

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