EP 8
泥沼の攻防、裏切りの手錠
「ひぃぃっ! 冷たい! 汚い!」
「私のドレスが……! パパに言いつけてやるぅ!」
A班の陣地は、膝まで浸かる泥水と、上空から降り注ぐイグニス隊のペイント弾によってカオスと化していた。
リリスとキュララは木にしがみつき、キャルルは枝から枝へと飛び移って回避しているが、地上部隊であるクラウスとモブ生徒たちは防戦一方だ。
「くっ……! 怯むな! 円陣を組んで耐えるんだ!」
クラウスは泥まみれになりながらも、剣でペイント弾を払い落とし、指揮を執り続けていた。
腐っても主人公、逆境には強い。
「イグニス! 貴様、卑怯だぞ!」
「ガハハハ! 戦場に卑怯もクソもあるかよ! 勝った奴が正義だ!」
崖の上から、イグニスが泥団子(特大)を剛速球で投げ込んでくる。
ドスッ! という音と共に、モブ生徒の顔面にヒットし、彼は白目を剥いて泥水に沈んだ。
その混乱のドサクサに紛れて――
「……おっと、失礼」
リアンは影のように陣地の中を移動していた。
黒いパーカーのフードを目深に被り、泥水に足音を消して進む。
誰も、牢屋の中にいたはずの囚人が出歩いているとは思うまい。
「……見つけた」
陣地の中央。
一段高くなった土台の上に、赤色の『軍旗』がはためいている。
その周りには、数人の見張り……だったはずの生徒たちが、泥水に足を取られて右往左往していた。
「あー、そこの君たち。危ないよ?」
「えっ?」
生徒たちが振り返った瞬間、リアンはポケットから取り出した『閃光玉(お手製)』を投げつけた。
カッッッ!!!
「うわぁっ! 目がぁぁ!」
「な、なんだ!?」
強烈な閃光が視界を奪う。
生徒たちが目を押さえてうずくまる隙に、リアンは土台へと駆け上がった。
「もらったぜ」
リアンが軍旗のポールに手をかけた、その時だった。
「――させるかッ!!」
殺気と共に、鋭い雷光が迫った。
バチチチッ!!
「おっと!」
リアンは咄嗟に身を捻り、旗から飛び退いた。
一瞬前まで俺がいた場所を、青白い電撃が焼き焦がしていた。
「……気づくのが早いな、クラウス」
そこには、泥だらけになりながらも、剣を構えて仁王立ちするクラウスの姿があった。
「牢屋から抜け出したか、リアン! ……やはり貴様、あの見張りを買収していたな?」
「人聞きが悪いな。彼は『将来への投資』を選んだ賢い男だよ」
「詭弁を! ……ここで決着をつけてやる!」
クラウスが剣を構え、突進してくる。
泥水など物ともしない、洗練された足運び。
剣速も鋭い。
「はっ! 魔法禁止ルールはどうした!」
「武器への付与は『環境干渉』の範疇だ! 貴様の爆発矢と同じ理屈だ!」
「言うねぇ!」
リアンは腰に隠していたフライパン(ミスリル製)を抜き放ち、クラウスの剣撃を受け止めた。
ガキィィンッ!!
金属音が響き渡る。
火花が散り、二人の視線が交差する。
「諦めろリアン! 僕たちの勝ちだ!」
「まだだ! 勝負は下駄を履くまで分からない……いや、カレーを食うまで分からない!」
二人が鍔迫り合いをしている最中、上空から呑気な声が降ってきた。
「あ、リアン様だ。……脱出成功ですのね?」
見上げれば、木の枝にぶら下がったリーザがいた。
彼女の手には、どこから盗んできたのか、クラウス班の最後の非常食が握られている。
「リーザ! 今だ! 旗を取れ!」
「えっ? でも私、今食事中で……」
「成功したら、『特製カツカレー』の大盛りだ!」
その単語を聞いた瞬間、リーザの瞳が金色に発光した。
「承知いたしましたわ!!!」
リーザはクラッカーを一口で飲み込むと、木の枝を蹴り、砲弾のように軍旗へと突っ込んだ。
「しまっ……!?」
クラウスが反応するが、リアンに動きを封じられていて動けない。
「いただきまーす!!」
リーザは旗のポールにしがみつき、そのまま体重をかけて引っこ抜いた。
ズボォッ!!
「と、取ったどー!!(古)」
リーザが高々と赤旗を掲げる。
その瞬間、森中にサイレンのような音が鳴り響いた。
『――試合終了! 勝者、B班!!』
クルーガ先生のアナウンスが、無慈悲に宣告された。
「……そ、そんな……」
クラウスの手から剣が滑り落ちる。
彼は膝から崩れ落ち、泥水の中に手をついた。
「負けた……。僕の騎士道が……カツカレーに負けた……」
「勝ったぁぁぁ!! カレーだぁぁ!!」
「ヒャッハー! ざまぁみろ!」
B班の歓声が上がる中、リアンはフライパンを回して腰に収めた。
そして、泥だらけのライバルに手を差し伸べた。
「……いい勝負だったよ、クラウス。お前の真面目さには、俺も少しヒヤッとした」
「……嫌味か?」
「本心さ。……さあ、立てよ。ノーサイドだ」
クラウスは複雑な表情でリアンの手を見つめ、やがて苦笑しながらその手を握り返した。
「……完敗だ。君の悪知恵には勝てないよ」
泥沼のサバイバル演習は、こうして幕を閉じた。
だが、本当の「戦い(食事)」はこれからだ。




