表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/34

EP 6

 檻の中の悪魔、囁き戦術

「……ふあぁ。暇だな」

頑丈な丸太で組まれた牢屋の中で、リアンは仰向けに寝転がりながら、大あくびをした。

A班の陣地は静かだ。

連日の夜襲(爆音矢)と食料不足で疲弊しきった生徒たちは、泥のように眠っている。

見張りに立っているのは、一人の男子生徒だけ。

彼もまた、立ったまま船を漕ぎそうになるほど消耗していた。

「おい、そこの君」

「ひっ!? な、何だ囚人!」

俺が声をかけると、見張りの生徒は過剰にビクリと肩を震わせた。

名札を見る。……バロン男爵家の三男か。

「そんなに怯えるなよ。……なぁ、この手錠、少しきつくないか? 手首が痛くてかなわないんだが」

「だ、駄目だ! お前は危険人物だ! 拘束を緩めるわけにはいかない!」

彼は槍を構えて威嚇してくるが、その穂先は震えている。

俺は鉄格子の隙間から、彼をじっと見つめた。

「……ふーん。いいのか? 俺をそんなに邪険に扱って」

「は?」

「知ってるだろ? 俺の家は『クライン侯爵家』だ。……父上は、息子が不当な扱いを受けたとなると、黙っていない人なんだがなぁ」

貴族社会において、家格の差は絶対だ。

侯爵家の跡取りである俺に対し、下級貴族である彼が剣を向けること自体、本来なら心臓が縮む行為なのだ。

「うっ……そ、それは……」

「演習が終わった後、君の実家がどうなるか……想像したことはあるかい?」

俺が冷たい笑みを向けると、彼の顔から血の気が引いていった。

よし、揺らいだ。あと一押しで――

「――そこまでだ、リアン!」

凛とした声が、その空気を切り裂いた。

テントから出てきたクラウスだ。

「ちっ。お目覚めか、優等生」

「見張りを脅すのはやめろ! ここは戦場だ。家柄も身分も関係ない!」

クラウスは俺の前に立ちふさがり、正義感に燃える瞳で見張りの生徒を励ました。

「恐れることはない! 君は『A班の兵士』として、正当な任務を遂行しているだけだ! 侯爵家の圧力など、僕が跳ね除けてやる!」

「ク、クラウス様……! はいっ!」

見張りの生徒の目に、再び光が戻る。

クラウスは満足げに頷くと、俺を睨みつけた。

「無駄な抵抗はやめろ。君の仲間イグニスたちも、指揮官を失って撤退したようだ。……この勝負、僕たちの勝ちだ」

「……そう見えるか?」

「負け惜しみを。……行くぞ、少し見回ってくる」

クラウスは部下を連れて、陣地の外周警備へと向かっていった。

さすがは正統派主人公。部下の士気を上げるのが上手い。

だが――正しすぎる光は、時に足元の影を見落とすものだ。

   ◇

クラウスがいなくなり、再び牢屋の前には見張りの生徒と俺だけになった。

「……ふん。クラウス様に言われた通りだ。お前の脅しには屈しないぞ!」

生徒は強気に胸を張る。

俺は鉄格子にもたれかかり、先ほどとは違う、低く湿った声で囁いた。

「……なぁ。脅しじゃないんだ。これは『取引』だよ」

「と、取引?」

俺はポケットから(没収され損ねた)一枚のキャラメルを取り出し、指先で弾いた。

甘い匂いが、空腹の彼の鼻腔をくすぐる。

「君の実家……バロン男爵領。最近、特産の『麦』が不作で、資金繰りが苦しいそうじゃないか?」

「ッ!? な、なぜそれを……」

図星か。

リベラ理事長との雑談で仕入れた情報だ。この国の貴族の懐事情は、全てあの女の頭に入っている。

「借金の返済期限は来月。……このままじゃ、領地の一部を切り売りしなきゃならない。君も学費が払えなくて、退学の危機にある……違うか?」

生徒がゴクリと唾を飲む。

彼の額に、嫌な汗が浮かんでいた。

「クラウスの『正義』は立派だが、君の実家の借金は返してくれないぞ?」

「う……うぅ……」

「だが、俺ならどうにかできる」

俺は悪魔の笑みで、彼の手元を見つめた。

「父上(侯爵)に頼んで、君の領地に『農業支援』を出させてもいい。……さらに言えば、リベラ理事長のゴルド商会に口添えして、不作の麦を高値で買い取らせることも可能だ」

「な……ほん、とうに……?」

「ああ。俺はこの学園の『影の支配者』だぞ? そのくらい造作もない」

嘘ではない。リベラに頼めばその程度、電話一本で片付く案件だ。

俺は鉄格子の隙間から手を伸ばし、キャラメルを彼の手のひらに乗せた。

「条件は一つ。……俺の手錠の鍵を、うっかり落としてくれればいい」

「……ッ!」

彼は震える手でキャラメルを握りしめた。

脳内で天秤が揺れている。

『一時の演習での勝利』と、『実家の未来と安定』。

空腹と疲労で判断力が低下した彼にとって、どちらが重いかは明白だった。

「……本当に、助けてくれるんだな?」

「約束する。俺は敵には容赦しないが、味方には甘いんだ」

俺がウィンクすると、彼の瞳から『正義の光』が消え、濁った『欲の色』が宿った。

「……わ、分かった……」

彼は周囲をキョロキョロと確認すると、腰から鍵束を外し、指先で弄び始めた。

「あー、疲れたなぁ。手が滑りそうだなぁ……」

堕ちた。

俺は口元を歪めた。

クラウス、悪いな。お前の騎士道精神では、このドロドロとした大人の事情には勝てないんだよ。

さあ、あとは外の連中ルナたちが派手に花火を上げるのを待つだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ