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EP 5

音速の捕縛、計算外の蹴り

三日目の朝。

A班(赤チーム)の陣地は、この世の終わりのような空気に包まれていた。

「……おはよう、みんな」

「……あよ……ざいま……」

クラウスが土気色の顔で挨拶するが、返ってくるのは呻き声だけ。

全員の目の下に、濃いクマができている。

食料はなく、昨晩は一時間おきの爆音で一睡もできていない。

彼らはもはや騎士でも貴族でもなく、ただの『空腹で不機嫌なゾンビ』だった。

「……許さない」

その中で、一人だけ殺気を漲らせている少女がいた。

キャルルだ。

彼女は手鏡を覗き込み、自身の顔――肌のツヤがなくなり、自慢の長い耳がへたりと垂れ下がっているのを見て、プルプルと震えていた。

「私の……私の美容ゴールデンタイムを……! よくも邪魔してくれたね、リアンくん……!」

ウサギ族にとって、睡眠と野菜は命。それを奪われた彼女の怒りは、頂点に達していた。

   ◇

そして、三日目の夜。

リアンは再び、いつもの狙撃ポイントである大木の上にいた。

「くぁ……。さて、今夜もパーティーの時間だ」

俺はあくびを噛み殺しながら、火薬付きの矢を準備する。

昨晩の手応えからして、今の彼らに反撃する余力はないはずだ。意識が朦朧とし、歩くのもままならないだろう。

「今日は趣向を変えて、クラウスの枕元に『悪臭弾(スカンクのガス入り)』でも撃ち込んでやるか」

俺はニヤリと笑い、弦を引き絞った。

狙いはA班のリーダー用テント。

「――おやすみ、優等生」

指を離そうとした、その瞬間だった。

ゾクリ。

背筋に、氷柱を突き刺されたような悪寒が走った。

殺気? いや、もっと鋭利な――音だ。

風が泣くような、高周波の音。

「――みーつけたっ☆」

耳元で、甘く危険な声がした。

「ッ!?」

反応する暇などなかった。

俺が振り返るよりも早く、衝撃が横腹を襲った。

ドォォォォォォンッ!!!

「がはっ!?」

俺の体は砲弾のように吹き飛ばされ、太い枝をへし折りながら地面へと叩きつけられた。

「ぐぅ……ッ!」

激痛に顔を歪めながら見上げると、月を背にして、一本の木の上に立つシルエットがあった。

垂れ下がっていた耳をピンと立て、赤い瞳をギラつかせたウサギ族の少女。キャルルだ。

「……速ぇな。マッハ1か?」

「『お肌の恨み』だよっ! 昨日からずっと、あんたの匂いを追って張り込んでたんだ!」

キャルルが木から飛び降り、俺の胸ぐらを掴み上げる。

その表情は、いつもの天真爛漫なものではなく、獲物を狩る捕食者のそれだった。

「睡眠不足のレディを怒らせると怖いんだよ……? 分かったら、大人しくお縄につきな!」

「……へっ。参ったな」

俺は抵抗するふりをして、ポケットの中の『信号弾』を握りつぶした。

これは仲間への合図だ。

意味は――『俺は捕まる。手出し無用』。

   ◇

「ご苦労だった、キャルル!」

A班の陣地に連行された俺を、クラウスが狂喜乱舞で迎えた。

彼は目の下の隈をピクピクさせながら、俺を見下ろした。

「見たかリアン! これが正義の勝利だ! 貴様の卑劣な工作もここまでだ!」

「……やるじゃないか。まさか、あの状態で動ける奴がいるとはな」

俺は素直に称賛した。キャルルの執念(美容への)を甘く見ていた俺のミスだ。

「捕縛しろ! 牢屋へぶち込め!」

俺は手錠をかけられ、頑丈な木枠で作られた牢屋(捕虜用テントとは別の、本当の牢屋)へと放り込まれた。

「ふん。リーザのように優遇はしないぞ。……そこで飢えと孤独に震えるんだな」

クラウスは勝ち誇ったように言い捨てると、部下たちに休息を命じた。

これで爆撃は止む。ようやく眠れるという安堵感で、陣地には瞬く間に寝息が満ちていった。

   ◇

森の暗闇の中。

その様子を遠目から見ていたイグニスとルナがいた。

「あーあ。兄貴、捕まっちまったぞ」

イグニスが斧を担ぎ直す。

今すぐ殴り込めば助け出せるが、彼らは動かなかった。

「……でも、リアンさんからの合図は『待て』でしたよぉ」

「ケッ。あいつのことだ、捕まるのも計算のうち……いや、あの蹴りは計算外っぽかったけどな」

イグニスは楽しそうに牙を見せた。

「ま、いいさ。指揮官がいなくなったと油断させておいて……ここからが『プラン2』の本番だろ?」

「はいぃ。私の出番ですねぇ」

ルナはおっとりと微笑み、川の上流の方角を見つめた。

「それじゃあイグニスさん。兄貴が中から鍵を開けるまで、私たちは『水遊び』の準備をしておきましょうか」

牢屋の中の悪魔と、森に潜む災害たち。

クラウスたちはまだ知らない。

リアンを「中」に入れたことこそが、本当の悪夢の始まりだということを。

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