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第6話:抜けない理由は資質不足ではなく“摩擦係数”

聖剣が眠るという王宮の最奥、聖域。 そこは、厳かな空気に包まれているはずだった 。 だが、俺の視界に映るのは最悪の光景だ。 目の前の聖剣は、もはや鉄の棒ではない。 数千年の脂汚れが蓄積した“換気扇のフィルター”だ 。


「さあ、勇者アレンよ! 聖剣を抜くのだ!」 王が興奮した面持ちで叫ぶ 。 周囲の騎士たちも、固唾を呑んで見守っている 。 だが、俺は一歩も動かなかった。 正確には、汚すぎて近づきたくない 。


「……どうした、アレン様。あまりの威圧感に、体が動きませんか?」 隣に立つティアナが、心配そうに俺を覗き込む 。 彼女の瞳には、聖剣が黄金の光を放って見えているらしい。 俺の【極清鑑定】が、非情な現実をログとして吐き出す 。


【ターゲット:聖域の聖剣】 【状態:重度の固着、不純物によるシステムフリーズ】 【汚れ成分:歴代勇者の皮脂、手垢、酸化した執着(レベルMAX)】


「ティアナ。君にはこれ、光って見えるのか?」 「はい! 救世の光が、聖域を満たしております!」 「……そうか。俺には、放置されたドロドロの廃油に見える」 俺は顔をしかめ、一歩後ずさりした。


「勇者よ、何を躊躇っておる! 資質がある者なら、容易く抜けるはずだぞ!」 王の側近が焦れたように声を上げる。 「資質? そんな情緒的な話じゃない」 俺は、台座と剣の境界線を指さした。


「これが抜けない物理的な原因は、資質不足ではない」 「な、なんだと……?」 「単に“摩擦係数”が異常に高いだけだ」 俺の説明に、聖域にいた全員がポカンと口を開けた。


「魔力回路という名の配線に、不純物が詰まっている」 「そのため、システムに致命的なボトルネックが発生しているんだ」 俺は、腰のポーチから空のボトルを取り出した。 「滑りが悪いなら、滑るようにすればいいだけのこと」


俺は右手をかざし、体内の魔力を精密に演算する 。 イメージするのは、特定の分子構造の構築。 魔法とは、物理現象を最適化するための演算リソースだ 。 「【生成魔法:苦円酸シトリック・アシッド】」


指先から、透明な液体がボトルのなかに満たされていく 。 それは現代で言うところの、酸性の洗浄成分だ 。 さらに、俺はもう一つの魔法を重ねる。 「【生成魔法:重層バイカーボネート】」


「お、おおお! 勇者様が何かを錬成しているぞ!」 後ろで見ていた宮廷錬金術師たちが、色めき立った 。 「あの透き通るような輝き……まさか、伝説の魔薬か!?」 「一瞬で高純度の物質を生成するとは……なんと高度な術式だ!」


彼らは勝手に勘違いして、地面に膝をつき始めた 。 「弟子にしていただきたい! その配合の極意を、ぜひ!」 「うるさい、静かにしろ。今、比率を調整しているんだ」 俺は、酸性とアルカリ性のバランスを最適化することに集中する 。


この世界の魔法使いは、現象を“神秘”として片付ける 。 だが、俺にとってはすべてが“システム”の制御だ 。 頑固な皮脂汚れには、中和と分解が最も効果的だ。 「よし。……界面活性の効果も、付与完了」


俺は出来上がった特製洗剤を、聖剣の根元に惜しみなく振りかけた 。 ジュウゥゥゥッ、という激しい反応音が聖域に響く。 「ひっ、呪いが……聖剣の呪いが、物理的に溶け出している!?」 大臣が腰を抜かして、床にへたり込んだ 。


「これは呪いの封印解除ではない」 「ただの“浸け置き洗い”の準備だ」 俺は、台座の隙間に洗剤が染み込んでいくのを確認する 。 数千年分の手垢は、一朝一夕では落ちない 。


「ティアナ。少し時間がかかる。汚れを浮かせる必要があるからな」 「分かりました、アレン様! 汚れを根こそぎ断つ、聖なる儀式ですね!」 彼女は、キラキラとした瞳で俺を全肯定してくる 。 「……まあ、似たようなものだ」


俺は、聖剣の周りに簡易的な結界を張った。 「これで一晩置く。明日の朝には、ヌルッと抜けるはずだ」 俺がそう告げると、錬金術師たちは熱心にメモを取り始めた 。 「“浸け置き”……なんと深遠な響きだ……」


「これこそが、古の魔導書にも記されていない真理……!」 彼らの賞賛を無視して、俺は自分の手を念入りに除菌した 。 「さて、ホテルに戻るぞ。ここ、埃っぽいし」 だが、俺はまだ気づいていなかった。


長年放置された汚れが分解されるとき。 そこに蓄積された負のエネルギーが、実体を持つことがあるということを。 浮き上がってきた黒い泡が、不気味に蠢き始めていることに 。


次は、この汚れの集合体と対峙することになりそうだ。

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