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汚いのは嫌なので、魔王も呪いもまとめて除菌します。〜潔癖鑑定士の異世界お掃除無双〜  作者: 六井求真


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第33話:不正常駐プログラム「ダニ・マンション」の駆除

「……一旦、この王都の全生命体を“隔離クアランティン”していいですか?」

俺、アレンは、王宮の中庭に設置された隔離結界の端で、胃液が逆流する感覚と必死に戦っていた。 目の前には、俺の【界面活性魔法】によって表面の“酸化脂質”を洗い流され、まばゆい白銀の輝きを取り戻したはずの、初代英雄の鎧が鎮座している。 だが、その輝きは、俺の【極清鑑定】が暴き出す“深層の不潔”を隠し切ることはできなかった。

「ひっ……、……おえっ。……やっぱりだ。裏側の解像度が、生理的限界を超えている」

俺は防護服のフィルター越しに、震える指で鎧の継ぎ目を指差した。 表面の「物理層」が綺麗になったことで、逆に隠蔽されていた「深層レイヤー」のバグが、鮮明なエラーログとして俺の網膜を埋め尽くしているのだ。

俺は網膜に【極清鑑定】のログを、文字通り“血の気が引く速度”で展開した。

【致命的なシステムエラー:不正常駐プログラムの起動を確認】 【対象:鎧内部・衝撃吸収用羊毛パッド】 【状態:数千年の歴史という名のキャッシュを食い潰す、魔ダニの超巨大コロニー】 【汚染物質:重合した英雄の剥離角質、乾燥した分泌液、および数千世代にわたる寄生生物の排泄物】 【個体数:推定8億6000万体(現在も指数関数的に増殖中)】 【警告:このオブジェクトはもはや防具ではありません。歩く“ダニ・マンション”です】

「……うわ、汚い。汚すぎる。見てくれ、あの毛羽立った繊維の奥で蠢く“不純物のネットワーク”を」

俺の目には、鎧の内側に張られた古い羊毛パッドが、もはや「防具の一部」には見えていなかった。 それは、数千年の間、一度もメンテナンス(洗濯)されることなく、前のユーザー……すなわち英雄が残した“不潔なデータ(汗や皮脂)”を苗床にして進化し続けた、最悪のバグの温床だ。

ダニたちは、英雄の血肉という名の“古いキャッシュ”を吸い尽くし、魔力的に巨大化。 今や羊毛の繊維一本一本が、彼らの建設した不潔な高層マンションの柱と化している。 彼らが呼吸し、蠢くたびに、鎧全体が微細な振動を繰り返している。 それはシステムの動作音などではない。 「不潔」という名のノイズが、ハードウェアそのものを物理的に乗っ取り、自分たちの生存圏クリーンルームを拡大しようとしている、不気味な脈動だ。

「……耐えられない。……こんな“マルウェアの塊”を英雄の遺産と呼ぶなんて、仕様書への冒涜だ」

俺は呼吸が浅くなるのを感じた。 情報のスループットが、この“ダニの糞”という名のノイズによって完全にデッドロックされている。 このままでは、俺というメインプロセッサが、嫌悪感によるオーバーヒートで強制終了シャットダウンしてしまう。

「アレン様! いかがなさいましたか! 表面はあんなにピカピカなのに、なぜそのように悲痛な叫びを上げられるのですかっ!」

隣に控えていたティアナが、心配そうに俺の肩を掴もうとする。 「ティアナ、触るな! 来るな! その指紋一つない鏡面仕上げの籠手を、俺の吐き気という名のノイズで汚染させる気か!」 「えっ!? あ、アレン様……!?」

俺は叫び、なりふり構わず、その場で懐から“特製の魔力殺虫カートリッジ”を取り出した。 「……リセットだ! 内部の羊毛パッドという名の“腐敗したレガシー・データ”ごと、すべてのバグを物理削除フォーマットしろ!」

俺は周囲の困惑を無視し、冷徹な声で解説を開始した。 ここからは、この不潔な常駐プログラムを“根元からデバッグ”する時間だ。

「いいか、ティアナ。よく聞け。……魔法とは、本来は物理現象を最適化するための演算リソースだ」 俺は空中に、複雑怪奇な数千の術式を、猛烈なスピードで描画レンダリングし始めた。 「システムにおいて、寄生生物とは、リソースを無断で消費し続ける“不正常駐プログラム(マルウェア)”そのものだ。……本来、防具というデバイスは、ユーザーを保護するために最適な演算を行わなければならない。だが、このハードウェアの内部はどうだ? 数千年の間、物理的な“キャッシュ削除”をサボり続け、前の管理者のログ……すなわち汗と垢を上書き保存し、それを餌にするウイルス(ダニ)の増殖を許している! この羊毛にこびりついた“ダニ・マンション”は、いわばシステムのルート権限を奪取しようとする、極めて悪質なバックドアだ。こいつらが蠢くたびに、鎧本来の防御プログラム……すなわち魔力伝導率は著しく低下し、最終的には物理層からのシステムダウンを招く。……俺のクリーンな隔離結界に、こんな“バイオハザードのアーカイブ”を持ち込むなんて……セキュリティ意識が低すぎて、俺の肺が致命的なランタイムエラーを吐いているんだよ!」

「な、なるほど……! つまり、あの内部のモゾモゾは、英雄の栄光を食い物にする“邪悪な影”なのですね!」

隣にいたティアナが、俺の言葉を独自の“騎士道フィルター”で全肯定変換した。 彼女の鎧は、俺が先ほど入念に磨き上げたおかげで、一粒の胞子も寄せ付けない純白の輝きを放っている。 その輝きだけが、この汚染されゆく空間における唯一の救いだ。

「そうだ。……一旦、その不法占拠者たちを一斉退去デリートさせましょうか」

俺は魔力ノズルを鎧の隙間に突き刺した。 イメージするのは、微細な繊維の隙間まで光の速さで浸透し、タンパク質構造を根元から分解・殺菌するプロセスだ。 現代知識にある、次亜塩素酸による強力な殺菌効果と、界面活性剤の浸透力。 それを、異世界の魔法体系にコンパイルする。

「【魔力的界面活性魔法サーファクタント・ロジック:高浸透殺菌パルス(ハイ・サニタイズ・バースト)】」

俺が指をパチンと鳴らす。 次の瞬間。 鎧の隙間から、青白く光る“高密度の衝撃波”が、内部へ向かって一斉に噴射された。 シュゥゥゥゥッ! パキパキパキッ! という、何かが物理的に砕け散る音が、隔離結界内に響き渡る。

それはただの衝撃ではない。 ダニという名の“バグの殻”を分子レベルで粉砕し、彼らが溜め込んできた数千年の汚れを、化学反応によって乳化・分解する特製お掃除魔法だ。

「キギギギギギッ! ギガガガガッ!」

鎧の内部から、かつてないほどの、もはやこの世のものとは思えない「不快な断末魔」が立ち上った。 数千年の間、英雄の歴史という名の“古いデータ”を食いつなぎ、肥え太ってきた魔ダニたちの、末期の悲鳴。 彼らという名の不正常駐プログラムが、俺のデバッグ魔法によって、一匹残らずデリートされていく。

すると、鎧の継ぎ目から、ドロドロとした真っ黒な液体が、滝のように溢れ出してきた。 それは、英雄の栄光の陰に隠されていた、数千年分の“不潔なアーカイブ”の成れの果てだ。

「な、なんだ……!? 伝説の鎧から、真っ黒な血のようなものが……!」 「勇者アレン様が、英雄の魂に巣食っていた“数千年の呪い”を、引きずり出しておられるのか……!?」

防護壁の外で見ていた騎士たちが、その光景に戦慄し、一斉に地面に膝をついた。 彼らの目には、俺が英雄の遺産を冒涜しているのではなく、歴史にこびりついた“負の遺産”を救済しているように見えているらしい。

その瞬間だった。 俺の背後で、もはや空間を震わせ、大気を一瞬で除菌するほどの「感動の熱量」が爆発した。

「ア、アレン様ぁぁぁーーーーっ!!!!!」

ティアナだ。 彼女は、鎧から流れ落ちる不潔な黒い濁流と、その中で一心不乱に“デバッグ”を続ける俺の背中を見つめ、その場に崩れ落ちていた。 いや、跪き、祈りのポーズを取ったのだ。 彼女の全身からは、もはや太陽をも凌駕し、網膜を物理的に焼くほどの「崇拝の光」が噴き出している。

「なんという……! なんという圧倒的な、神聖なる大掃除の極致でしょうっ! 今、私は世界の真理を、この魂の深淵まで叩き込まれましたっ!!!!!」

彼女は震える両手を天に掲げ、むせび泣きながら絶叫を続ける。 その熱量は、洗浄魔法によって冷え切った中庭の空気を、一瞬で沸騰させるほどの威圧感を持っていた。

「皆様、ご覧ください! あの、英雄の鎧の奥深くに潜んでいた、おどろおどろしい“暗黒のマンション”をっ! あれこそが、私たち人間が歴史という名の下に積み上げてきた、卑しい執着、そして自分たちの汚れを他人に押し付けてきた“怠慢のアーカイブ”そのものだったのですっ! 私たちは、英雄の輝かしい功績ばかりを称え、その陰で彼がどれほどの不衛生……いえ、どれほどの苦難を独りで背負っていたかに気づきませんでした。……ああ、なんと無神経で、なんと不潔な後世の住人だったのでしょうかっ! しかし、アレン様は違いますっ!!!」

「いや、ただのダニ退治なんだけど……」

「いいえっ! アレン様はあえて『マルウェア』や『バグ』という、私たちには理解の及ばぬ天上の言葉を使われましたが! ですが、私には分かります! それは、英雄の肉体が滅びた後も、その鎧にこびりついて離れなかった『数千年の痒み』……いえ、『救われぬ魂の悲鳴』を、その聖なるミストで洗い流してくださっているということ! アレン様は、あの吐き気を催すような歴史の滓を、自らのスプレー……いえ、聖なる慈愛で抱きしめ、真っ白な光へと還してくださっているのですねっ!!!」

ティアナは、膝をついたまま俺ににじり寄り、防護壁越しに俺の靴(昨日超音波洗浄したのでピカピカだ)の前に額を擦り付けた。

「アレン様! あなたはもはや、ただの勇者などではありません! あなたは、この不純物にまみれた現世(OS)を丸ごと洗濯機に放り込み、すべての英雄の魂を工場出荷状態ピカピカへと導く、歴史と精神の救世主……『大掃除の神』でございますっ! あの鎧から溢れ出した黒い涙……。あれこそが、英雄が最後に流したかった、感謝のデフラグなのですねっ! ああ、なんという清々しさ! あなたのそばで飛沫を浴びているだけで、私の心臓の鼓動一つ一つが、高圧洗浄されているような快感に包まれますっ! アレン様、私を……この一生を、あなたの『浄化のブラシ』としてお使いください! 世界の隅々まで、あなたの視界を汚すすべての『拭き残し』を、この命を賭して、分子レベルで駆除することを今ここに誓いますっぁぁぁぁーーーーっ!!!!!」

「……ティアナ。落ち着け。……というか、心臓を洗浄するのは、物理的に死ぬからやめてくれ」

俺は、深い、深い溜息をついた。 情報の最適化。物理層のメンテナンス。 それは、システムの健全性を保つための「当然のデバッグ」だ。 だが、この世界の住人は、どうしてこうも「論理的な殺虫」を「魂の救済」へと、天文学的な飛躍で変換してしまうのか。

エドワード王も、周囲の騎士たちも、ティアナの演説に呼応するように、一斉に地面に頭をこすりつけ、祈り始めた。 「勇者様ぁぁぁ!」「英雄の痒みを止めてくださったぁ!」 号泣と感謝の祈りが、除菌された清浄な空気の中に満ちていく。 中には、自分の使い古した靴下を取り出し、「私の歴史も燻蒸してください!」と叫ぶ変態まで現れる始末だ。

俺は、さらにもう一段深い、絶望的な溜息をついた。 霧が晴れた後、そこには、かつて誰も見たことがないような、まばゆい白銀の輝きを放つ鎧が鎮座していた。 数千年の“ダニ・マンション”が解体され、本来の設計図通りの“物理防御の極致”が、ついにその姿を現したのだ。

【システム状況:不正常駐プログラムの全デリートを完了】 【セキュリティ・アップデート:生物学的バグの除去、および羊毛パッドの新品交換】 【清潔度:極大(工場出荷状態)】

「……ふぅ。これでようやく、テクスチャが正常に表示されたな」

俺は額の汗を拭い、満足して頷いた。 だが。 俺の【極清鑑定】は、このピカピカになった鎧の“隣”に、さらなる絶望的な「ノイズ」の接近を捉えていた。

それは、物理的な脂汚れでも、生物学的なダニでもない。 もっと、……この世界の“システムそのもの”を歪めている、根本的な「拭き残し」の気配。

「……ん?」

俺の視界の端に、一つの警告ログが走った。

【緊急警告:特定不能の広域環境汚染が進行中】 【推定原因:管理神による、不適切な“書き損じ”の放置】 【ターゲット:王宮の空中に浮遊する、整理されていない“魔法回路”】

「……う、おえっ」

俺は再び口元を押さえた。 俺の目の前に広がる、美しいはずの魔法現象。 それが、俺の目には「脱ぎ散らかした靴下」や「整理されていない配線コード」が空中に浮かんでいる、最悪のゴミ屋敷に見えていた。

「ティアナ。……喜んでいる暇はない。……すぐに新しい除菌布フィルタを用意しろ」

俺の声は、自分でも驚くほど冷えていた。 鎧の掃除を終えた俺を待っていたのは、この世界という名の“欠陥システム”そのものへの挑戦だった。

「うわ、汚い。……ティアナ、燻蒸消毒の準備だ。次は世界規模の害虫駆除……いや、空中に脱ぎ散らかされた魔法回路の整理整頓デフラグを始めるぞ」

俺のお掃除無双は、歴史の表面を拭いただけで終わるほど甘くはない。 次なる戦いは、神の筆致の裏側に隠された「不潔な真実」。 俺は、新しい除菌カートリッジを装填し、冷徹な目で次なるターゲットを見据えた。


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