第3話:唯一のピカピカ、女騎士ティアナ登場
王宮の連中を除菌スプレーで追い出し、俺は広間の床に座り込んだ。 ようやく確保したクリーンエリアだが、俺の心はちっとも晴れない。 鑑定すればするほど、この世界の住人が“不純物”にまみれていることがわかるからだ。
「……最悪だ。どいつもこいつもバグだらけじゃないか」
王の口臭は口腔内の化学バランスが崩壊した結果だし、大臣の袖の汚れは不正という名の“拭き残し”だ。 この世界の人間は、メンテナンスを怠った“スパゲッティコード”のような存在ばかりだ。
このままでは、俺の精神が汚染されて死んでしまう。 もっとこう、工場から出荷されたばかりのような、ピカピカな存在はいないのか。
その時だった。
カツン、カツン、と硬質な音が響いた。 それは先ほどの王のような、泥を引きずる不快な音ではない。 一定のリズムで刻まれる、極めて清潔な足音だ。
扉が開く。 そこに立っていたのは、一人の女騎士だった。
俺は反射的に右手をかざした。
「【極清鑑定】」
視界が瞬時に切り替わり、彼女の全身がデータとして解析される。 その瞬間、俺は自分の目を疑った。
【鑑定不能:不純物ゼロ】 【状態:工場出荷状態(新品同様)】
「……なっ!?」
まばゆい。 あまりにもまばゆすぎる。
彼女の鎧は、指紋一つ、埃一つ付いていないほどに磨き上げられている。 瞳は一切の曇りがなく、まるで洗浄直後の光学レンズのようだ。 何より驚くべきは、その思考回路だ。
通常、人間の思考には欲や迷いという名の“ノイズ”が混じる。 だが彼女の頭の中には、邪念という名の“拭き残し”が、ただの一箇所も見当たらない。
「近衛騎士団長、ティアナ。陛下の呼び出しにより、参上いたしました」
彼女が深々と頭を下げた。 その動きは無駄な摩擦が一切ない、完璧に最適化された機械のようだった。
「……見つけた。この世界で唯一の、新品だ」
俺は吸い寄せられるように立ち上がり、彼女へと歩み寄った。 ようやく出会えた、この世界の“バグ”に侵されていない純粋な存在。
だが、その時。 俺の【極清鑑定】が、彼女の周囲に漂う“不快な霧”を検知した。
それは扉の影から彼女を覗き見る、王や家臣たちの視線だった。 「美しい騎士だ」「利用してやろう」といった、ドロドロとした欲望の滓だ。
「うわ、汚い……。せっかくの新品に、変な“脂汚れ”を付けようとするな」
俺にとって、他人の邪念は空中を漂う“微細な汚染物質”と同じだ。 放置しておけば、彼女という完璧なシステムが汚染されてしまう。
「ティアナと言ったな。……一旦、君の周囲を除菌させてもらう」
「えっ? 除菌、ですか?」
俺は魔法を練り上げる。 イメージするのは、水と油を分離させ、汚れを寄せ付けない“界面活性魔法”だ。
魔法とは、神秘的な奇跡などではない。 物理現象を最適化するための“演算リソース”だ。
「【異層界面魔法】。……出力、安定」
俺が除菌スプレーを彼女の周囲に振りまくと、魔力が霧状に広がり、彼女を包み込むバリアとなった。 これは現代で言うところの“防汚コーティング”だ。 周囲の人間が発する「邪念という名の油汚れ」を、分子レベルではじき返す。
シュゥゥゥゥッ!
清涼感のある香りが広間に満ちる。 彼女をジロジロ見ていた連中の視線が、物理的に弾かれるように逸らされた。
「……これでよし。ようやく君の“清潔さ”が保護された」
俺が満足げに頷くと、ティアナは呆然とした顔で自分自身を見つめていた。 やがて、彼女の瞳が感動に潤み始める。
「……なんという、清らかな力……」
「清らかというか、単なる防汚処理だけどな」
「いいえ! 魂の奥底まで洗い流されるような、聖なる感覚です! アレン様……あなたは私の邪念を払い、聖なる結界で守ってくださったのですね!」
「いや、君には最初から邪念なんてなかったけど。周りの連中が汚かったから……」
「流石です! 私の未熟さを見抜き、先んじて浄化してくださるとは! このティアナ、あなたの高潔な魂に、生涯の忠誠を誓います!」
ティアナがその場に跪き、俺の手を取ろうとする。
「待て。……触るな、汚染される。まずはその籠手を除菌させろ」
「はい! 全身くまなく、何度でも浄化してくださいませ!」
この女、思考が極端すぎて、それはそれで一つの“バグ”のような気がしてきた。 だが、不潔な連中に比べれば、この“新品同様”な彼女の方が遥かにマシだ。
俺が彼女の鎧をスプレーで磨いていると、再び王が扉の隙間から顔を出した。 今度は鼻に布を巻き、俺の除菌ミストを警戒しているようだ。
「勇者よ……ティアナを気に入ったようで何よりだ。 だが、のんびりと掃除をしている時間はないのだ」
王は、震える声で俺に告げた。
「国難を救うため、聖域に眠る“伝説の聖剣”を抜いてほしい。 あれが目覚めぬ限り、我が国に救いはないのだ」
「聖剣、か」
伝説の武器。 本来ならワクワクする響きだが、俺の胸には嫌な予感しかなかった。 何千年も放置された武器が、ピカピカであるはずがないからだ。
「アレン様! 聖剣は我が国の至宝! きっと眩いばかりの輝きを放っているはずです!」
ティアナが期待に目を輝かせている。 だが、俺は知っている。 歴史が長いものほど、そこには“執着”という名の落ちにくい汚れが溜まっていることを。
「……一旦、見に行くだけは行ってやる。 ただし、もし汚かったら、俺は一歩も近づかないからな」
俺たちは、王に導かれて王宮の最深部、聖域へと向かうことになった。 そこには、この世界の“システムの根幹”に関わる、最悪の汚れが待ち構えていた。




