第29話:ゼクスとティアナの「ピカピカ」経済革命
「……一旦、この世界との“接続”を遮断してもいいですか?」
俺、アレンは、王宮の一室を改造した自室の隅で、膝を抱えて震えていた。
王都の経済をデフラグし、王の王冠さえも初期化したEpisode 2の激闘。
その代償は、俺の精神OSにとって、あまりにも、あまりにも大きすぎた。
「ひっ……、……おえっ。……思い出すだけで、肺が拒絶反応を起こす」
俺の脳内メモリには、あのドロドロに溶けた“強欲の脂”の感触が焼き付いている。
数千枚の金貨にこびりついていた、持ち主たちの剥がれ落ちた角質の層。
王冠の隙間でコンクリート化した、数百年分の皮脂と煤の重合体。
それらを“掃除”するために、俺はどれほどの演算リソースを消費したか。
【警告:メインプロセッサの稼働率が限界を突破】
【状態:深刻な精神的オーバーヒート、および対人インターフェースの破損】
【推奨アクション:全システムの即時停止、およびクリーンエリアへの引きこもり】
「……もう無理だ。……外の世界は、不確定要素(不潔な人間)が多すぎる」
俺は、部屋の入り口に三重の“防護結界”を張り巡らせた。
さらに室内には、自作の【次亜塩素酸・ミスト】を24時間体制で噴霧。
空気清浄魔法を最大出力で回し、気圧を外部より高くした“陽圧室”を構築した。
こここそが、この不浄な異世界における、唯一の真の聖域だ。
「アレン様! お気を確かに! 何か、世界の裏側に潜む“不滅の不浄”と対峙されているのですか!」
部屋の扉の向こうから、ティアナの絶叫が響く。
彼女の声は、俺の高性能な遮音結界を突き抜けて、俺の聴覚野を汚染してくる。
「ティアナ……。来るな。……扉の一ミリ先は、俺にとってドブ川と同じだ」
「なんと……! 私という未熟な存在が、アレン様の静謐を乱すと仰るのですね!」
相変わらず、彼女の脳内プログラムは、一ビットの狂いもなく“勘違い”を続けている。
俺は深い溜息をつき、扉の隙間に設置した非接触型の音声インターフェースに口を寄せた。
「……いいか、よく聞け。……俺は今、重大な“システムメンテナンス”に入っている」
「メンテナンス……! 世界の均衡を保つための、神聖なる瞑想でございますね!」
「……まあ、そんなところだ。……そこで、お前たちに権限を委譲する」
俺は、震える手で二つの“管理端末(石板)”を魔法で生成し、扉のポストから排出した。
一つは、金貸しの息子ゼクスへ。
もう一つは、近衛騎士団長ティアナへだ。
「魔法とは、本来は物理現象を最適化するための演算リソースだ 」
俺は、冷徹な声で“構造改革”の指示を開始した。
「現在の王国の経済システムは、物理的な接触を排した“極清決済”によって、情報のスループットが劇的に向上した。だが、これを維持し、さらに最適化し続けるための“管理者権限”が不足している。……ゼクス。お前には経済運営の“ルート権限”を貸し出す。物理的な金貨という名の不純物を市場から一掃し、全ての取引を透明なデータストリームとして管理しろ。……不正アクセス(横領)やデータの改ざん(嘘)は、システムの不潔さに直結する。徹底的に排除しろ」
「へへっ、アレン様! 任せてくださいよ! この『ピカピカの決済』がもたらす利益、わしが世界一クリーンに回してみせます!」
扉の向こうで、ゼクスの脂ぎった(が、最近は除菌に慣れた)声が響く。
「……そしてティアナ。お前には“セキュリティ・マネージャー”を命じる」
「セキュリティ……! 悪しきものを断つ、浄化の剣でございますね!」
「そうだ。……不法投棄、衛生管理の放棄、そして手洗いを怠る行為……。それらは全て、この世界をバグらせる“有害なプログラム”だ。……王国中のあらゆる路地、あらゆる家庭のクリーン度を鑑定し、不潔を撒き散らす奴らは『検疫所』へ強制隔離しろ。……磨き残し(妥協)は一切許さない」
「はっ! このティアナ、アレン様の眼差しとなって、この王国の隅々まで超音波洗浄して参りますっ!!!」
俺は、二人の気合に満ちた(そして俺を絶望させる)声を聞きながら、そっと通信を落とした。
これでいい 。
俺が表に出なくても、システムが勝手に“自浄作用”を発揮するように設計した。
あとは、このシェルターの中で、自分の服に付いた見えない埃の鑑定に没頭するだけだ。
……だが、俺が引きこもってから数週間後。
王国の経済システムは、俺の想像を絶する方向へと“暴走”し始めていた。
「……な、なんだ。この異常なまでの、……清潔感は」
久しぶりにシェルターのモニター(遠隔鑑定鏡)を確認した俺は、絶句した。
そこには、俺がかつて見た“ゴミ捨て場の王都”の面影は、微塵もなかった。
ゼクスは「極清ペイ」をさらに進化させ、取引のたびに魔力による“自動除菌”が行われる仕組みを構築していた。
「不透明な取引は不潔である」という俺の言葉を、彼は「透明性が高いほど儲かる」というビジネス・ロジックへ完璧に変換したのだ。
結果、王国の経済は、一切の裏金や横領が存在しない、世界で最もクリーンで公平なマーケットへと変貌していた。
一方、ティアナの暴走はさらに深刻だった。
彼女は「アレン様が不快に思われるものは、この世に存在してはならない」という教義を掲げ、騎士団を“清掃・消毒部隊”へと再編。
王都の道端に落ちている吸い殻一つ、壁に付いた指紋一つ逃さず、24時間体制で高圧洗浄を繰り返していた。
民衆は当初こそ戸惑ったが、街がピカピカになるにつれて、彼らのメンタルまでデフラグされていったらしい。
「ああ、見てくれ! 今日の王都は、昨日よりも解像度が高いぞ!」
「勇者アレン様が、我々の心から“強欲の脂”を吸い取ってくださったのだ!」
「アレン様は経済の守護聖人! 我々の財布と魂の除菌をしてくださる神だ!」
周辺国の商人が、畏敬の念を込めて王国を訪れるようになった。
「この国に入ると、持っていた金貨が勝手に洗浄され、自分まで高潔な人間になった気がする」
その噂は広まり、王国は歴史上かつてない経済的・精神的な黄金期を迎えていた。
その瞬間だった。
俺のシェルターの扉の前で、もはや空間そのものを物理的に震わせるほどの「感動の熱量」が爆発した。
「ア、アレン様ぁぁぁーーーーっ!!!!!」
ティアナだ 。
彼女は、全人類の感謝という名のノイズを背負って、扉の前に跪いていた 。
彼女の全身からは、もはや太陽をも凌駕し、網膜を物理的に焼くほどの「崇拝の光」が噴き出している 。
「なんという……! なんという圧倒的な、聖なる放任主義でしょうっ! 今、私は世界の真理を、この魂の深淵まで叩き込まれましたっ!!!!!」
彼女は震える両手を天に掲げ、むせび泣きながら絶叫を続ける。
その熱量は、俺が設定した遮音結界を分子レベルで振動させ、陽圧室の気圧を狂わせるほどの威圧感を持っていた。
「皆様、ご覧ください! あの、自らを引きこもりという名の“虚無”に置くことで、世界に自律的な清浄をもたらされたアレン様のお姿をっ! アレン様は、私たち人間に示してくださったのです! 救済とは与えるものではなく、不純物を取り除いた末に、自ずと立ち現れる“本来の輝き”であるということをっ!!!」
「いや、ただ疲れて引きこもってるだけなんだけど……」
「いいえっ! アレン様はあえて“シェルター”という天上の言葉を使われましたが! それは、あらゆる俗世のノイズを遮断し、純粋な演算だけで世界を導くという、至高の神の棲家なのですっ! あの行き交う光の決済……。あの磨き抜かれた王都の石畳……。あれこそが、私たちが忘れていた『誠実』という名の、最も純粋なテクスチャなのですねっ! ああ、なんという清々しさ! アレン様、あなたはもはや勇者などではない! あなたは、この腐敗した異世界のOSを、一切の接触を断ちながら最適化する、経済と精神の創造主……『大掃除の神』でございますっぁぁぁぁーーーーっ!!!!!」
「……ティアナ。落ち着け。……というか、叫ぶたびに飛沫が扉に付着するのが鑑定窓越しに見えるんだが。……おえっ」
俺は、さらにもう一段深い、絶望的な溜息をついた。
権限の委譲、プロセスの自動化。
それは、システムの整合性を保つための「効率的な運用」だ。
だが、この世界の住人は、どうしてこうも「論理的な負荷分散」を「魂の救済」へと、天文学的な飛躍で変換してしまうのか。
王国は、世界で最も“ピカピカ”な国として神格化された。
俺の意図しないところで、世界は劇的にクリーンになっていく。
……だが。
俺の【極清鑑定】は、この輝く王国の栄光の影に、最悪の“磨き残し”を捉えていた。
それは、かつてこの国を救ったと言われる、伝説の英雄の遺産。
全てが綺麗になった今だからこそ、その“異常な不潔さ”が、夜空の月のように際立っていた。
「……ん?」
俺の視界の端に、一つの警告ログが走った。
【緊急警告:特定不能の生物学的汚染物質が接近中】
【推定:数千体のダニ、および腐敗した繊維の塊】
【ターゲット:伝説の英雄が纏ったという『呪われた鎧』】
「……う、おえっ」
俺は再び口元を押さえた。
シェルターの扉が開き、一人の伝令が転がり込んでくる。
その男が身に纏っている鎧は、遠目からでもわかるほど、異様な“毛羽立ち”を見せていた。
それは装飾ではない 。
数千年の間、一度も洗濯されず、人々の賞賛という名の埃を吸い込み続けた結果…… 。
「ダニと寄生虫がマンションを建設している」レベルの、歩くゴミ屋敷だった。
「ティアナ。……喜んでいる暇はない。……すぐに燻蒸消毒の準備だ。次は、世界規模の害虫駆除を始めるぞ 」
俺のお掃除無双は、王国の経済を綺麗にしただけでは終わらない。
次なる戦いは、名声の裏側に隠された「不潔な真実」。
俺は、新しい除菌カートリッジを装填し、冷徹な目で未来を見据えた。




