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汚いのは嫌なので、魔王も呪いもまとめて除菌します。〜潔癖鑑定士の異世界お掃除無双〜  作者: 六井求真


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第23話:帳簿のクリーニング、開始

「……一旦、世界ごとフォーマットしませんか?」


俺、アレンは、王宮の地下にある重厚な機密資料保管庫のなかで、絶望に打ち震えていた。 王都の偽造金貨騒動によって一斉検挙された犯罪組織と、それに加担していた汚職官吏たち。 彼らから押収された「証拠」が、いま俺の目の前に積み上げられている。 だが、それは俺にとって救いの手などではない。 物理的な地獄への片道切符だ。


「……ひっ、……おえっ。……近寄るな、それを俺の網膜に入れるな」


俺は口元を固く押さえ、全力で後退した。 目の前のテーブルに置かれた、一冊の分厚い帳簿。 かつては白い羊皮紙だったはずのそれは、いまや異様な「光沢」を帯びている。 それは革の装丁が放つ気品ある光沢などではない。 嘘と隠蔽を重ね、数え切れないほどの汚れた手が触れ合った結果、表面で酸化し、重合した「粘着質な脂汚れ」の層だ。


「アレン様! お顔が真っ青です! まさか、この帳簿に宿る、数千の怨霊と精神的な一騎打ちを繰り広げておられるのですか!」


隣に立つティアナが、心配そうに俺の肩を支えようとする。 俺は反射的にその手を叩き落としそうになったが、彼女の籠手が俺の徹底した除菌によってピカピカであることを思い出し、かろうじて踏みとどまった。 「ティアナ……。怨霊なんて、そんなスピリチュアルで綺麗なものじゃない」 「えっ、では……この帳簿には一体、何が封印されているというのですか!」 「……解像度が低すぎる。……システム的な、"情報の拭き残し"だ」


俺は網膜に【極清鑑定】のログを最大出力で展開した。 視界が切り替わり、目の前の帳簿が「情報のゴミ屋敷」として解析される。


【鑑定対象:汚職の裏帳簿(物理層・論理層ともに汚染済み)】 【状態:情報の完全性インテグリティが崩壊したデータ・コラプション】 【汚染物質:多層積層された虚飾の脂、隠蔽用の非透過性魔力レイヤー】 【システム状況:UI/UXが完全に損なわれており、情報の読み取りが不可能なデッドロック状態】


「うわ、汚い。……見てくれ、この文字の歪みを」


俺の目には、帳簿の紙面が、真っ黒なタール状の液体で塗りつぶされているように見えた。 物理的なインクの染みではない。 「真実を隠したい」という強烈な執着が、皮脂と魔力の残渣と結びつき、文字の上に「不透明なコーティング」を形成しているのだ。 それは、整理整頓を放棄されたサーバー室の配線のように絡まり合い、意味をなさない「ノイズ」として紙面にこびりついている。


「……いいか、よく聞け。組織における帳簿とは、システムの動作ログ(履歴)そのものだ」 俺は、震える声で冷徹な解説を開始した。 「本来、ログというものは、一分一秒の誤差もなく、透明性が保たれていなければならない。それがシステムの健全性を担保する唯一の証拠だからだ。だが、この帳簿は、特定の権限を持つユーザーが意図的にデータを改ざんし、その上から"嘘"という名の低質なキャッシュを上書き保存し続けている。物理的な汚れと論理的な改ざんが重合し、もはやデータの整合性は一ミリも残っていない。情報の不透過性は、システムにおける最大のバグだ。これを放置するのは、ウイルスに感染した基幹サーバーを、雑巾で拭いて誤魔化すのと同じくらい無意味で不潔な行為だ。情報のスループットが、この粘着質な脂汚れによって著しく阻害されている。……俺のクリーンな視界に、こんなスパゲッティコードの極致を持ち込むなんて、セキュリティ意識が低すぎて眩暈がする」


「な、なるほど……! つまり、このベタベタは、真実を腐らせる『邪悪なまゆ』なのですね!」 ティアナが、俺の言葉を独自の騎士道フィルターで変換する。 「そうだ。……一旦、全部除菌して、本来のソースコードを露出させましょうか」


俺は周囲に集まった、困り果てている文官たちを睨みつけた。 「……あなたたち、これを解読しようとしてたんですか? 素手で?」 「は、はい……。ですが、文字が滲んでいて、どうしても内容が……」 「当然です。……情報の表面張力が、執着の脂によって完全に崩壊している。物理的にページを捲るたびに、菌と嘘を周囲に撒き散らしている自覚を持ってください。……全員、五メートル下がれ。ここから先は、俺の『聖域クリーンルーム』だ」


俺は懐から、特製の魔力触媒を取り出した。 イメージするのは、情報の不透明さを根元から分解し、隠された真実を「浮き上がらせる」プロセスだ。 現代知識にある、酵素入り洗剤と界面活性剤、そして情報の復元リカバリロジックを、魔力によって再構築する。


「【魔力的界面活性魔法サーファクタント・ロジック:真実の洗剤トゥルース・ソープ】」


俺が手をかざすと、手のひらから微細な光の粒子を含んだ霧が噴射された。 それはただの霧ではない。 紙面にこびりついた、嘘のコーティング……すなわち「不透明な有機脂質」だけを標的にして、分子レベルではぎ取る特製ミストだ。 シュゥゥゥゥッ! という爽快な音が、静まり返った保管庫に響き渡る。


「……乳化を開始しろ。……隠蔽用の魔力レイヤーを、物理層から剥離デタッチする」


俺が指をパチンと鳴らす。 次の瞬間。 帳簿の表面から、ドロドロとした黒い液体が、煙のように立ち上がった。 それは、汚職役人たちが隠し持っていた「強欲の脂」の成れの果てだ。 魔法の振動によって、文字の上に重なっていた「嘘の皮膜」が、ボロボロと鱗のように剥がれ落ちていく。


「な、なんだこれは……!? 文字が、文字が勝手に書き換わっていくぞ!」 文官の一人が、悲鳴に近い声を上げた。 違う、書き換わっているのではない。 上書きされていた「偽りのデータ」が削除され、底に沈んでいた「真実のログ」が、本来の解像度で再描画レンダリングされているだけだ。


「……よし。これでようやく、テクスチャが正常に表示されたな」


俺は満足して頷いた。 磨き上げられた帳簿のページは、まるで新品のように白く輝いている。 そこには、難解な暗号に隠されていた「裏金の流れ」が、子供でも読めるような明快な形式で記録されていた。 情報の整合性が取れたことで、紙面から漂っていたあの饐えた臭いも、一瞬で消え去った。


その瞬間だった。 俺の隣で、ティアナが劇的な勢いでその場に崩れ落ちた。 いや、膝を突き、祈りのポーズを取ったのだ。 彼女の全身から、かつてないほどの、もはや王宮の石造りの床を揺らすほどの「感動のオーラ」が噴き出している。


「ア、アレン様ぁぁぁーーーーっ!!!!!」


地下保管庫に響き渡る絶叫。 ティアナは、溢れ出る涙を拭おうともせず、その場に平伏した。 その瞳には、もはや信仰という言葉では生ぬるいほどの、狂気的なまでの「崇拝の光」が宿っている。


「なんという……なんという圧倒的な、神のごとき慈愛でしょうっ! 今、私は世界の真理を、この魂の芯まで叩き込まれましたっ!!!!!」


彼女は震える両手を天に掲げ、むせび泣きながら言葉を紡ぎ出す。 その熱量は、地下室の冷えた空気を一瞬で沸騰させるほどの威圧感を持っていた。


「皆様、お聞きになりましたか! 今、この聖なるアレン様は、この一冊の泥にまみれた帳簿の中に眠っていた『人々の悲鳴』を、一瞬で見つけ出されたのですっ! 私たち凡愚には、これはただの汚れた紙の束にしか見えませんでした。……ああ、情けない! 自分が、自分の心が、これほどまでに濁っていたとはっ! アレン様は、物理的な汚れの下に隠された『悪意という名の霧』を、その高潔なる眼差し一つで、白日の下に晒されたのですっ!!!」


「いや、ただの情報の整理なんだけど……」


「いいえっ! アレン様はあえて『クリーニング』や『デフラグ』という、私たちには理解の及ばぬ天上の言葉で説明されました! しかし、私には分かります! それは、人が心に隠した『後ろ暗い罪』という名の不潔なコーティングを、その聖なる霧で洗い流してくださったということ! 嘘を重ね、真実を歪める……。その持ち主の、救いようのない腐敗した魂を、アレン様は今、哀れみをもって救済デリートされたのですっ!!!」


ティアナは、膝をついたまま俺ににじり寄り、俺の靴(昨日磨いたのでピカピカだ)の前に額を擦り付けた。


「アレン様! あなたはもはや、ただの勇者ではありません! あなたは、この偽りに満ちた王国の歴史を、その神聖なる『雑巾』によって磨き直す、光の管理者なのですっ! あの帳簿から溢れ出した黒い煙……。あれこそが、私たち人間が隠してきた『醜い自意識の残渣』なのですねっ! ああ、なんという清々しさ! あなたがそのスプレーを一吹きされるだけで、私たちの過去も、過ちも、すべてが工場出荷状態へとリセットされるような気がいたしますっ! アレン様、どうかこのティアナを、あなたの『浄化のモップ』としてお使いください! この世のすべての嘘という名の汚れを、あなたの視界から一掃するために、私はこの命を……この魂を、超音波振動の生け贄とすることを誓いますっぁぁぁぁーーーーっ!!!!!」


「……ティアナ。落ち着け。……というか、魂を生け贄にするのは、衛生的に問題があるからやめてくれ」


俺は、深い溜息をついた。 情報の最適化。不正の排除。それは、システムの整合性を保つための「当然の処置」だ。 だが、この世界の住人は、どうしてこうも「論理的な復元」を「魂の救済」へと、あり得ないほどの飛躍で変換してしまうのか。


「す、素晴らしい……! この複雑怪奇な暗号を一瞬で解読し、失われた真実を再生させるとは……!」 周囲の文官たちが、震える手で帳簿を囲み、俺に向かって深々と頭を下げた。 「勇者アレン様……。あなたは、古の叡智を受け継ぐ全知の勇者。……いや、この国の未来を映し出す『真実の鏡』でございます!」


「鏡……? 違いますよ。……ただの、磨き込みです。汚いものが、そこにあるのが嫌だっただけだ」


俺の「汚いから洗った」という本音は、もはや誰にも届かない。 文官たちは目に涙を浮かべ、帳簿に記された「真実のログ」を元に、次々と汚職の全貌を暴き出し始めた。 それは、俺の意図しない「政治の大掃除」の始まりだった。


【システム状況:帳簿データの完全性復元を完了】 【セキュリティ・アップデート:裏金の流れを完全に捕捉】 【清潔度:回復(論理的な嘘の排除)】


俺の「極清鑑定」によって、王国の腐敗という名のバグが、次々とデバッグされていく。 世界が、少しずつ、俺が呼吸しやすい「綺麗な状態」へと書き換えられていく。


だが。俺の【極清鑑定】は、この帳簿の最後の一ページに、かつてない「深刻な不純物」の痕跡を捉えていた。 それは、人の手によって作られた汚れではない。 洗い流された「強欲の脂」が、魔力的な引力によって結合し、地下の下水道へと流れ込んだ結果……。 そこで、世界を汚染する「新たな化物」として実体化しようとしている反応。


「……う、おえっ」 俺は再び口元を押さえた。 俺が洗い流した「嘘の滓」が、あまりにも濃密すぎたせいで、システムのゴミ箱(下水道)がパンクしようとしているらしい。


「ティアナ。……喜んでいる暇はない。……今、排水溝が物理的に"激怒"している」 「排水溝の激怒……!? 救世の果てに現れた、最後の悪を討てと仰るのですね!」


俺のお掃除無双は、紙の上の汚れを落としただけでは終わらない。 次なるターゲットは、洗い流された「強欲の脂」の集合体。 俺は、新しい除菌カートリッジを装填し、王宮の地下深くへと視線を向けた。

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