第2話:【極清鑑定】で見えた王宮の不都合な真実
「……止まれ。一歩も動くな」
俺の声は、自分でも驚くほど冷えていた。 豪華なマントをなびかせた王が、きょとんとして足を止める。 その靴の裏には、粘土質のドロドロした泥がこびりついていた。
「勇者よ、何を……。感動の対面ではないか」
王が戸惑いながら、さらに一歩踏み出そうとする。 俺の視界には、真っ赤な警告ログが乱舞していた。
【警告:未定義の汚染物質(泥)がクリーンエリアに侵入】 【推定菌数:測定不能】 【システム整合性が著しく低下しています】
「その汚物まみれの足を、俺の聖域(床)に乗せるな」
俺は懐の除菌スプレーを、銃のように王へ突きつけた。 周囲の魔導士たちが、ヒッと短い悲鳴を上げる。 当然だ。召喚された勇者が、いきなり王に武器(に見えるもの)を向けたのだから。
「勇者様! 無礼ですぞ! お相手はこの国の王、エドワード陛下で……」
大臣らしき肥満体の男が、顔を真っ赤にして叫ぶ。 俺はその男に向けて、すかさずスキルを叩き込んだ。
「黙れ。……【極清鑑定】」
視界が切り替わり、大臣の全身がデータとして解析される。 俺の目に見えるのは、個人の能力値ではない。 その存在に含まれる“バグ”と“不純物”だ。
【鑑定対象:バドラス大臣】 【不純物:強欲の脂汚れ(レベル8)】 【特記事項:右袖に“横領隠蔽用インク”の拭き残しあり】
「……うわ、汚いな」
俺は本気で顔をしかめた。 大臣の右袖には、黒いインクの染みが付着している。 それは単なる汚れではない。 帳簿を改ざんし、不正に領地を横領した際に付いた“隠しきれない罪の証”だ。
「な、何を言っておる……!」
「大臣。君の右袖だ。そのインク、この王宮で使われている公式なものじゃないな。 特定の地方ギルドだけで使われる、特殊な定着剤入りのインクだ。 どうしてそんなものが、君の袖にベッタリ付いているんだ?」
大臣の顔から、一気に血の気が引いていく。 俺にとって、嘘や不正は“落ちにくい脂汚れ”と同じだ。 システムの透明性を著しく損なう、致命的なバグに過ぎない。
「そ、それは……その……」
「説明は後でいい。それより陛下だ」
俺は視線を王に戻した。 王は、俺の剣幕に押されて硬直している。
「勇者よ……余の何が不満なのだ?」
「不満どころじゃない。……陛下、口を開けてください」
「は?」
「いいから、開けるんだ。システムの点検だ」
王が気圧されて、あんと口を開ける。 俺の鑑定ログが、再び激しく点滅した。
【鑑定対象:エドワード王】 【異常:口腔内の化学バランス崩壊】 【原因:深刻な胃部不全および歯周のバグ】 【出力:高濃度腐敗臭(レベルMAX)】
「……これはひどい。陛下、あなたは“深刻な口臭”という名のバグを撒き散らしている」
「な、なにいぃっ!?」
王がショックでよろめく。 周囲の家臣たちが、一斉に鼻を押さえて後ずさった。 実はみんな気づいていたが、王に言える勇者がいなかっただけだ。
「魔法とは、本来は物理現象を最適化するための演算リソースです。 陛下、あなたの体内システムは、過食とストレスで完全にデフラグが必要です。 今のあなたは、排気ガスを出し続けるオンボロの魔導車と同じですよ」
俺は魔法陣を構成した際の余剰魔力を、指先に集めた。 イメージするのは、強烈な酸性の洗浄力。
「【苦円酸噴霧】。……さらに【重層魔法】で中和する」
俺が指を鳴らすと、王の周囲に白い霧が立ち込めた。 クエン酸の成分が王の口腔内と胃を“洗浄”し、重曹の成分が不快な臭いの元を“吸着”して中和していく。
「げ、ゲホッ! ……む、むむ?」
霧が晴れた後。 王が恐る恐る息を吐いた。
「……臭くない。余の口が、春の草原のように爽やかだ!」
「陛下! お顔の血色も良くなっておられる!」
「ああ、胃のあたりが、信じられないほどスッキリしているぞ!」
王は自分の腹をさすり、信じられないものを見る目で俺を見た。 家臣たちも、手のひらを返したように騒ぎ始める。
「素晴らしい……! 勇者様は一瞬で陛下の病を突き止め、浄化したのか!」
「大臣の袖の汚れから、政治の腐敗まで見抜くとは……!」
「これぞ、すべてを見通す“真実の眼”……伝説の【極清鑑定】の力か!」
魔導士たちが勝手に感激して、地面に頭をこすりつけている。 違う。俺はただ、臭いのが嫌だっただけだ。 大臣のインクも、単純に視覚的なノイズとして不愉快だったから指摘しただけだ。
だが、周囲の期待(という名の精神的な埃)は、どんどん積み重なっていく。
「勇者アレンよ! 余は感動した! お前の言う通り、余は不摂生という名の悪に染まっていたようだ!」
王が再び、泥だらけの足で俺に歩み寄ろうとする。
「待てと言っている。……一旦、全員除菌だ」
俺は除菌スプレーを乱射しながら、王宮の連中をクリーンエリアから追い出した。 政治の腐敗も、王の口臭も、俺にとっては“掃除すべき対象”に過ぎない。
ようやく広間に静寂が戻った。 俺は掃除したての床に座り込み、深くため息をつく。
「……最悪だ。この世界の住人、不純物しかいないのか?」
この調子では、魔王を倒す前に、俺の精神が汚染されて死んでしまう。 もっと、こう……メンテナンスの行き届いた、ピカピカの存在はいないのか。
その時だった。
カツン、カツン、と。 泥の音ではない、硬質で清潔な足音が響いた。
扉の向こうから現れたのは、一人の女騎士だった。 彼女を見た瞬間、俺の【極清鑑定】が、かつてない反応を示した。
【鑑定不能:不純物ゼロ】 【状態:工場出荷状態(新品同様)】
まばゆい光を放つほどに、磨き上げられた鎧。 一切の曇りがない、透き通った瞳。 その思考回路には、邪念という名の“拭き残し”が、ただの一箇所も見当たらない。
「近衛騎士団長、ティアナ。陛下の呼び出しにより、参上いたしました」
彼女が深々と頭を下げる。 その動きは、無駄な摩擦が一切ない、完璧に最適化された機械のようだった。
「……見つけた。この世界で唯一の、新品だ」
俺は立ち上がり、彼女の方へと吸い寄せられるように歩き出した。 だが、その背後から、再び不穏な“悪臭”が漂ってくることに、俺はまだ気づいていなかった。




