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汚いのは嫌なので、魔王も呪いもまとめて除菌します。〜潔癖鑑定士の異世界お掃除無双〜  作者: 六井求真


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第17話:報酬の金貨は「培養皿」でした

聖域のデフラグを終えた俺を待っていたのは、安らぎではなかった。 むしろ、俺の人生における最大級の「システム障害」だった。 王宮の最深部で、俺は今、己の生存本能と戦っている。 エドワード王が、満面の笑みで差し出してきたもの。 それは、ずっしりと重い、巨大な革袋だった。


「勇者アレンよ! これぞ我が王国が誇る、純金貨一万枚だ!」


王の汚れた手から、その袋が俺の目の前に突き出される。 その瞬間。 俺の網膜に、これまでにない「真っ赤なエラー画面」が焼き付いた。 警告音が脳内を支配し、拡張現実のように情報のノイズが視界を埋め尽くす。


「……ひっ、来るな。近寄るな」


俺は引きつった笑顔のまま、全速力で後退した。 王が手にする革袋。 その表面は、長年の保管環境の悪さと、数え切れないほどの人間の手が触れたことで、異様な「テカリ」を帯びていた。 それは、高級な革が持つ気品ある光沢などではない。 幾層にも塗り固められ、酸化して重合した「皮脂と埃のコンクリート層」だ。


袋の継ぎ目からは、中身の金貨同士がこすれ合う、鈍い音が聞こえる。 ジャラジャラという、本来なら心地よいはずの金属音。 だが今の俺には、それはバグだらけの古い機械が、無理やり動作している異音にしか聞こえない。 俺の視界には、その表面を蠢く「数千億のバグ」が数値として表示されていた。


【警告:周辺の浮遊有機物濃度が許容値を超過】 【推定菌数:測定不能オーバーフロー】 【状態:手垢、汗、唾液、および執着の多層積層(バイオハザード級)】


「う、うわ……。……最悪だ。吐き気がする」


俺は口元を押さえ、その場にうずくまりそうになった。 金貨。 それはこの世界の経済を支える「血流」かもしれない。 だが、俺にとっては、不特定多数の人間による「物理的な情報の拭き残し」でしかない。 誰が、どんな汚れた手で触ったかもわからない。 トイレの後に手を洗わない商人が触ったかもしれない。 魔物の返り血を浴びたままの冒険者が握りしめたかもしれない。 それらが、この黄金の「培養皿」の上に、それぞれの「人生の不純物」をアーカイブしているのだ。


「アレン様! どうされましたか! あまりの巨富に、腰が抜けてしまわれたのですか!」


隣に立つティアナが、心配そうに俺の肩を支えてくる。 「ティアナ……。離れろ。その袋に触れるのは、素手でドブを浚うのと同じだ」 「ド、ドブ……!? さすがアレン様! 富という名の重圧を、あえて卑近な言葉で表現されるとは!」


違う。 比喩でも何でもない。 俺の鑑定ログを、一度その脳内にインストールしてやりたい。


「陛下……。言っておきますが、俺はそれを受け取りませんよ」


俺の声は、自分でも驚くほど冷えていた。 「な、なに!? 勇者よ、これは我が国の全財産の数分の一に相当するのだぞ!」 王が焦ったように叫ぶ。 「全財産だろうが何だろうが、"汚物"は"汚物"です」


俺は震える指で、その革袋を指差した。 「システム的に解説しましょう。この通貨制度は現在、深刻な"セキュリティホール"を抱えています」 「せ、せきゅりてぃ……?」 「物理的な媒介、つまりこの金貨そのものが"不純物のキャッシュ"となっているんです。情報の伝導率……もとい、経済のクリーンさが、この手垢という名のノイズによって著しく損なわれている。物理メディアに依存した決済システムは、一度汚染されれば、そのデータ整合性を保つために膨大なリソースを消費する。つまり、このベタベタした金貨をやり取りするたびに、王国全体の処理能力が低下し、最終的には強欲という名のバグがシステムをダウンさせるんですよ。キャッシュの滞留は、まさにこの物理的な汚れから始まっているんです。これを放置するのは、サーバー室に生魚を放置するのと同じくらい正気の沙汰ではない」


俺は深呼吸を一つして、脳内の演算リソースをフル回転させた。 魔法とは、本来は物理現象を最適化するための演算リソースだ。 ならば、この「強欲の脂」にまみれた経済システムも、デフラグするまでだ。


「いいか、ティアナ。これが魔法の真実だ」 俺は空中に、魔力で構成された"精密な術式"を描き出した。 「呪いや封印なんてものは、情報の処理落ちが生んだバグに過ぎない」 イメージするのは、特定の分子構造を吸着し、分解する仕組みだ。 現代知識にある、次亜塩素酸による強力な殺菌効果を、魔力によって再構築する。


「【界面活性魔法サーファクタント・ロジック:デバッグ・ミスト】」


俺が手をかざすと、手のひらから白い霧が勢いよく噴出した。 それはただの霧ではない。 金貨の表面で指数関数的に増殖する「バグ(菌)」を、一瞬でナノレベルに分解し、デバッグするための特製殺菌ミストだ。 シュゥゥゥゥッ! という爽快な音が、広間に響き渡る。


「な、なんだこれは……!? 金貨の袋から、黒い涙が流れていくぞ!」 家臣の一人が悲鳴を上げた。 革袋の隙間から、ドロドロとした灰色の液体が溢れ出していた。 それは、金貨を触り続けた人間たちの欲望の滓だ。 物理的には酸化した皮脂や手垢だが、魔力的な視点で見れば、それは「世界を淀ませるバグ」そのもの。 それが殺菌成分によって中和され、ようやく剥がれてきたのだ。


「……よし。これでようやく、物質としての整合性が取れたな」


俺は満足して頷いた。 数分後、俺の手の中にある革袋は、新品のように白く輝いていた。 中から金貨を一握り、魔力ワイパーで掴み出してみる。 かつてのヌルつきは一切ない。 月光を反射して白銀の輝き……いや、黄金の真実を放っている。


【鑑定結果:洗浄済み純金貨】 【状態:動作良好(物理的固着の完全解消)】 【清潔度:工場出荷状態(新品同様)】


「な、なんと美しい……。これまで余が見ていた金貨は、一体何だったのだ」 王が、震える手で金貨に触れようとした。 「陛下。……触るな、汚染される。まずはその手を徹底的に燻蒸してからだ」 俺はすかさず除菌スプレーを王の手に乱射した。


その瞬間だった。 俺の隣で、ティアナが劇的な勢いでその場に崩れ落ちた。 いや、跪いたのだ。 彼女の全身から、かつてないほどの「感動のオーラ」が噴き出している。


「ア、アレン様ぁぁぁーーーーっ!!!」


広間に響き渡る絶叫。 ティアナは、涙を滝のように流しながら、俺を見上げていた。 その瞳は、まるで太陽を間近で見たかのようにキラキラと、いや、ギラギラと輝いている。


「なんという……なんという高潔! なんという慈愛! そしてなんという神聖なる断捨離の極致っ!」


彼女は震える両手を胸の前で組み、祈りのポーズを取った。 その熱量は、祝賀会場の温度を数度上げそうなほどに凄まじい。


「皆様、お聞きになりましたか!? 今、この偉大なるアレン様は仰いました! 王国の全財産すらも"汚物"であると! それはつまり、私たちが当たり前のように追い求めてきた金銭欲、独占欲、そして現世への見苦しい執着そのものが、魂を汚染する不潔な"バグ"に過ぎないという真理なのですっ!」


「いや、ただの手垢の話をしてるんだけど……」


「いいえっ! アレン様はあえて"手垢"という言葉を選ばれたのです! それは、私たちが他人のものを欲しがるたびに、その汚れた心が形となって金貨にこびりつくという、この世のごうを物理的に示されたということ! なんという深い洞察! なんという無私無欲な救済っ!」


ティアナはさらに身を乗り出し、周囲の家臣たちに向けて叫び始めた。


「見てください! この白く神々しい霧に包まれた金貨を! これはただ洗われたのではありません! アレン様の聖なる魔力によって、金貨に刻み込まれた数千年の怨念、強欲、そして持ち主たちの見苦しい未練が、今まさに"成仏"したのです! 私たちが今まで重宝していた金貨は、魂を腐らせる毒に過ぎなかった……。アレン様はその毒を抜き、この王国に『真の清浄なる経済』という名の福音を授けてくださったのですっ!」


「いや、単なる衛生管理の問題であって、福音とかはちょっと……」


「あああっ! アレン様! どこまで謙虚であられるのですか! 陛下の手を拒絶されたあの気高さ! あれは、権力に媚びず、ただ世界のピカピカ……いえ、"世界の調和"だけを願う本物の聖者の姿です! 今、私は確信しました! 私たちが磨き上げるべきは鎧だけでなく、この不純物にまみれた王国のシステムそのものだったのです! アレン様、私を……この無知で不潔な私を、これからも導いてください! あなたが指し示すその清潔な世界の果てまで、私は地獄の果てまで雑巾を持ってついて参りますっ!!!」


ティアナの言葉に、広間にいた全員が雷に打たれたように硬直した。 そして次の瞬間。 「勇者様ぁぁぁ!」 「おおお、我々の強欲を洗ってくださったぁ!」 家臣たちが一斉に地面に頭をこすりつけ、号泣し始めた。 王までもが鼻をすすり、「余は……余は情けない! 富という名の不純物に溺れていた!」と自らの豪華なローブで床を磨き始めている。


俺は深い溜息をついた。 情報の整理は基本中の基本だ。 だが、この世界の住人は、どうしてこうも「仕組み」を「神秘」へと飛躍させてしまうのか。


「……さて。陛下、この金貨は一旦俺が預かります。不潔な状態で流通させるわけにはいかない」 「おお、望むところだ! 勇者よ、その手で我が国の経済を清めてくれ!」


こうして、俺の「王国キャッシュレス化計画」……もとい、大規模な経済のデフラグが幕を開けた。 金貨を一枚一枚洗うのは非効率だ。 いずれは、このベタベタする金属片を使わない「クリーンな決済システム」を構築しなければならない。


だが、俺が金貨の山を前にして戦略を練っていた、その時。 背後から、先ほどとは違う「不快なノイズ」が漂ってきた。 俺の【極清鑑定】が、扉の向こう側に「深刻なバグ」を検知する。


【警告:特定不能の有機汚染物質が接近中】 【推定:数千体のダニ、および腐敗した繊維の塊】


俺は顔を真っ青にして、隣のティアナの鎧を握りしめた。 「ティアナ……。今すぐ俺を、ここから連れ出せ」 「アレン様? どうされたのですか!」 「……来る。勇者の鎧という名の、"巨大なゴミ捨て場"が近づいている」


俺の異世界お掃除無双は、金貨を洗い終える間もなく、次なる不潔の魔境へと突入しようとしていた。

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