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汚いのは嫌なので、魔王も呪いもまとめて除菌します。〜潔癖鑑定士の異世界お掃除無双〜  作者: 六井求真


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第15話:微笑む【黒カビ聖女】クラリス

王国を挙げた祝賀会場は、俺の魔法によってかつてない輝きに包まれていた。 磨き上げられた料理。 除菌された空気。 デフラグされた石畳。 すべてが“工場出荷状態”のように整えられ、俺の精神はようやく安定を取り戻しつつあった。 だが、その平穏は一瞬で打ち砕かれる。 群衆の波が割れ、一人の女性が歩み寄ってきた。


「お見事な手際でしたわ、勇者様」


鈴の音を転がしたような、透き通った声。 まばゆいばかりの白いドレスを纏い、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる美女。 周囲の人間は、女神が降臨したかのようにその場に跪いていく。 だが、俺の【極清鑑定】は、彼女を捉えた瞬間に激しい警告音を鳴らした。


【致命的なエラー:対象の深層部に深刻な有機汚染を確認】 【不純物:黒カビ(執着)、腐敗した野心、堆積した嘘のコーティング】 【状態:表面のみ鏡面処理(張りぼて)された不潔なシステム】


「……う、おえっ」


俺は思わず口元を押さえた。 彼女が微笑むたびに、その背後から“黒いカビのようなもや”が噴き出しているのが見える。 それは、他人に恩を売り、欲望を隠し続けた結果、魂にこびりついた“拭き取れない汚れ”だ。 俺にとって、この女性は美貌の聖女などではない。 “歩く黒カビの塊”だ。


「私は聖女クラリス。この度は、我が国をお救いいただき感謝いたしますわ」


彼女が優雅に一礼し、白く細い手をこちらへ差し出してきた。 握手を求めているのだろう。 普通の男なら、感激してその手を取る場面だ。 だが、俺の視界には、彼女の指先から滴り落ちる“執着の脂汚れ”がはっきりと映っていた。


「……近寄るな」


俺は反射的に、五歩ほど後ずさった。 「勇者様……?」 クラリスの完璧な笑顔が、一瞬だけピクリと引きつる。 周囲の貴族たちも、信じられないものを見る目で俺を凝視した。 そりゃそうだ。 国中の尊敬を集める聖女の握手を、ゴミを見るような目で拒絶したのだから。


「アレン様! どうされたのですか!」


ティアナが慌てて俺の横に駆け寄ってくる。 「ティアナ、離れていろ。……汚染されるぞ」 「汚染? ……ああ! 流石はアレン様! 聖女様のあまりに清らかな神気に、私の未熟な鎧が耐えられないと仰るのですね!」


違う。 彼女の背後から漂う、賞味期限切れの生魚のような臭いに耐えられないだけだ。 俺は懐から除菌スプレーを抜き、クラリスとの間の空間に乱射した。 シュゥゥゥゥッ! 「なっ、何を……!?」


クラリスが驚き、ドレスの裾を翻して後退する。 俺は構わず、彼女が立っていた場所の空気をスキャンした。


【警告:周辺のメンタル・エミッション(精神排気ガス)濃度が上昇】 【原因:虚飾によるシステム・ノイズの放出】 【推奨アクション:空間の急速消臭およびデフラグ】


「魔法とは、本来は物理現象を最適化するための演算リソースだ」 俺は周囲を睨みつけ、冷徹な声で解説を始めた。 「この空間は今、極めて質の悪い“ノイズ”によって処理能力が低下している」 「のいず……? アレン様、それは聖女様の聖なる力のことでしょうか!」 「違う。……表面だけを綺麗に塗り固め、内部で腐敗を放置した不純物のことだ」


俺は空中に、新たな術式を描き出した。 イメージするのは、特定の分子構造を吸着し、分解する仕組み。 現代知識にある、消臭剤と界面活性剤の理論を、魔力によって再構築する。


「【魔力的界面活性魔法サーファクタント・ロジック:エア・クレンザー】」


俺の手のひらから、透明な波動が放たれた。 それはクラリス本人を攻撃するものではない。 彼女が撒き散らしている“嘘のコーティング”という名の揮発性有機化合物を、根元から分解するための“お掃除魔法”だ。


「シュゥゥゥゥッ!」


会場に、耳に心地よい清涼な音が響き渡る。 クラリスの周囲に漂っていた、あの不快などす黒いもやが、分子レベルで粉砕されて消滅していく。 どんよりと淀んでいた空気が、一気にクリアに書き換えられていく。 デフラグの完了したハードディスクのように、世界が整って見えるのは実に気分がいい。


「……ふぅ。これでようやく、まともに呼吸ができる」


俺は満足げに頷き、除菌スプレーをポーチに収めた。 一方、クラリスは呆然とした顔で、自分の手を見つめていた。 彼女からすれば、自分の得意とする“魅了システム・ハック”の術が、一瞬で無力化されたのだ。 それも、攻撃魔法ではなく、ただの“掃除”によって。


「……私の手を、拒絶したばかりか……。私の存在そのものを、不浄だと?」


クラリスの瞳に、これまでにない色が宿った。 それは怒りでも、悲しみでもない。 自分に一切媚びず、あまつさえ“汚物”として処理しようとする俺に対する、強烈な興味。


「ふふ、ふふふ……。面白い方ですわね、勇者様」 彼女は再び微笑んだ。 今度の笑みには、先ほどまでの作り物ではない、本物の“粘着質な執着”が混じっていた。


「私をこれほどまでに拒絶したのは、あなたが初めてですわ。……高潔な方」 「……何だ、その不気味な笑いは」


俺の鑑定ログが、再び激しく点滅する。


【警告:対象の執着レベルが上昇。落ちにくい“しつこい脂汚れ”へと変質中】 【不純物:粘着質な好意(腐敗済み)】


「アレン様! 見てください! 聖女様が感動のあまり、魂の笑みを浮かべておられます!」 「ティアナ、頼むから黙っていてくれ。……事態は悪化している」


俺は顔を引きつらせ、背筋に走る寒気を覚えた。 聖女クラリス。 世間では救世の象徴と崇められる彼女だが、俺の目には“最強のバイオハザード”にしか見えない。 彼女が一歩近づくたびに、俺のクリーンエリアが侵食されていく。


「……もう一度だけ言う。これ以上、俺の視界を汚さないでくれ!」


俺の叫びが祝賀会場に響き渡る。 だが、その言葉すらも、周囲の人間には「邪悪を一切許さない聖者の咆哮」として変換されていくのだった。


王国に平穏が戻ったかに見えたが、俺にとっては“最大級の不法投棄”との戦いが始まったばかりだ。

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