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第14話:王国の歓喜と、俺の吐き気

聖域のデフラグを終えた俺を待っていたのは、地獄だった。 「勇者アレン万歳!」 「聖剣を、いや、聖なる道具を呼び覚ました救世主だ!」 降り注ぐ喝采。 鳴り止まない拍手。 だが、俺の視界は真っ赤な警告ログで埋め尽くされている。


「……ひっ、来るな。近寄るな」 俺は引きつった笑顔で、ジリジリと後退した。 目の前には、狂喜乱舞する数千人の群衆。 彼らが興奮して口を開くたびに、飛沫が飛ぶ。 腕を振り上げるたびに、衣服の繊維と埃が舞い散る。 俺の【極清鑑定】には、その一つ一つが“致命的なバグ”として映っていた。


【警告:周辺の浮遊有機物濃度が許容値を超過】 【推定菌数:指数関数的に増殖中】 【システム整合性:著しい不衛生により崩壊寸前】


「アレン様! さあ、祝賀会の会場へ参りましょう!」 ティアナが、俺の腕を掴んでぐいぐいと引っ張る。 彼女の鎧は、俺が先ほど磨き上げたばかりの“工場出荷状態”だ。 だが、この人混みの中では、その輝きも数分と持たないだろう。 「ティアナ、離せ。俺のパーソナルスペースを侵食するな」 「まあ! 照れていらっしゃるのですね! さあ、王国の至宝、極上の美食が待っていますよ!」 「美食じゃない。……培養皿だ」


俺たちは、王都最大の祝賀会場へと連行された。 扉が開いた瞬間、俺は失神しそうになった。 そこには、数え切れないほどの豪華な料理が並んでいた。 丸焼きにされた巨大な魔獣。 色鮮やかな果物の山。 黄金色に輝くソースがたっぷりかかった魚料理。 普通の人間なら、歓喜の声を上げて飛びつくだろう。


だが、俺の鑑定眼は、その“真実”を暴き出していた。 「……うわ、最悪だ。吐き気がする」 俺は口元を押さえ、その場にうずくまりそうになった。 料理の表面には、配膳した者たちの“手垢”がびっしりと付着している。 さらに、調理場の不衛生な環境で増殖した“バグの軍団”が蠢いているのだ。


【鑑定対象:魔獣の丸焼き】 【汚染物質:黄色ブドウ球菌のコロニー、未洗浄の手垢】 【状態:重度のシステム汚染。摂取した場合、腹部のデフラグが必要】


「さあ、勇者よ! 遠慮せずに食すがよい!」 エドワード王が、泥を落としたばかりのブーツで近づいてくる。 その手には、素手で掴んだ巨大な肉が握られていた。 「ほれ、これは我が国で最も腕の良い料理人が作った逸品だ!」 王が、その“汚物”を俺の口元に突き出してきた。


「……やめろ」 「ん? 遠慮はいらんぞ!」 「やめろと言っているんだ! その“不純物の塊”を俺のシステムに近づけるな!」 俺は叫び、反射的に懐の除菌スプレーを抜いた。 シュゥゥゥゥッ! 「ぎゃあああ!? 目が、目が爽やかすぎる!」 王の顔面に、直撃で【次亜塩素酸・ミスト】が降り注ぐ。 俺はそのまま、テーブルに並んだ料理に向かって、魔力を練り上げた。


「魔法とは、本来は物理現象を最適化するための演算リソースだ」 俺は周囲を睨みつけ、冷徹な声で解説を始めた。 「この料理は今、深刻な“不正アクセス”を受けている」 「ふ、ふせいあくせす……?」 「情報の脆弱性を突いた、有害な菌という名のマルウェアだ。これを食べることは、自らシステムの根幹を破壊する行為に等しい」


俺は両手を広げ、祝賀会場全体を包み込む術式を展開した。 イメージするのは、分子レベルでの選択的排除。 「【魔力的界面活性魔法:クリーニング・パルス】」 俺の指先から、同心円状に青白い光が広がっていく。 それは物理的な破壊の力ではない。 特定のタンパク質構造……つまり、有害な菌と汚れだけを標的にした“最適化”だ。


「シュゥゥゥゥッ!」 会場全体に、耳が痛くなるほどの高周波音が響く。 料理の表面から、目に見えない灰色の霧が立ち上った。 それは、加熱処理で死滅しきれなかった菌や、付着した皮脂汚れが分解された成れの果てだ。 現代知識にある“界面活性剤”の理論を、魔力によって再構築した究極の洗浄術。


「……ふぅ。これでようやく、物質としての整合性が取れたな」 俺は額の汗を拭い、スプレーを片付けた。 磨き上げられた料理は、先ほどよりも一皮剥けたように輝いている。 色彩はより鮮明になり、脂っぽさは消え、素材本来の“清潔な姿”を取り戻していた。


「な、なんだ……。体が、軽い……?」 「この料理……先ほどより、ずっと神々しく見えるぞ!」 料理を食べ始めた貴族たちが、驚愕の声を上げた。 俺の魔法によって、食材に含まれていた毒素や不純物が、完全にデフラグされたのだ。 彼らの鈍感な舌でも、その“最適化”された味の差は歴然だった。


すると、会場の隅から、一人の魔導士が震える声で叫んだ。 「……まさか! 今のは浄化魔法などではない!」 「何だと?」 「勇者様は、料理に仕込まれていた“致死性の毒”を、一瞬で無力化されたのだ!」 「な、何だって!? 毒だと!?」 会場に激震が走る。


「ああ! そういえば、隣国から紛れ込んだ暗殺者がいるという噂があった!」 「勇者様は、その暗殺計画を、食事の前に察知されたのか!」 「なんと恐ろしい眼力だ! 我々の命を、知らぬ間に救ってくださったのだ!」 「勇者アレン様! 救世の英雄に栄光あれ!」


違う。 全然違う。 俺はただ、汚い料理を食べるのが嫌だっただけだ。 毒なんて大層なものじゃない、ただの菌と手垢を掃除しただけだ。 だが、一度火がついた“英雄譚の捏造”は、もはや誰にも止められなかった。


「アレン様……。流石です、あなたの慈愛は、見えない刃さえも包み込むのですね」 ティアナが、うっとりとした表情で俺を見つめる。 「……ティアナ。もう一度だけ言うが、俺はただ掃除をしただけだ」 「はい! その“掃除”という名の、至高の防衛術ですね! 勉強になります!」


この女の脳内プログラムは、もはや再起動しても治りそうにない。 俺が深いため息をつき、会場の喧騒から逃れようとした、その時。


「お見事な手際でしたわ、勇者様」


鈴の音を転がしたような、透き通った声が響いた。 拍手喝采の波が、モーセの十戒のように左右に割れる。 そこから現れたのは、一人の女性だった。 まばゆいばかりの白いドレス。 完璧に整えられた長い髪。 そして、慈愛に満ちた、非の打ち所がない微笑み。


「私は聖女クラリス。この度は、我が国をお救いいただき感謝いたします」


彼女が優雅に一礼する。 周囲の人間は、女神が降臨したかのようにその場に跪いた。 だが、俺の【極清鑑定】は、彼女を捉えた瞬間に、これまでにない“最悪の警告”を吐き出した。


【致命的なエラー:対象の深層部に深刻な有機汚染を確認】 【不純物:黒カビ(執着)、腐敗した野心、堆積した嘘のコーティング】 【警告:この存在は“不潔”の極致です。直ちに除菌、または退避を推奨します】


「……う、おえっ」 俺は思わず口元を押さえた。 彼女が微笑むたびに、彼女の背後から“黒いカビのようなもや”が噴き出している。 それは、他人の恩を売り、欲望を隠し続けた結果、魂にこびりついた“拭き取れない汚れ”だ。


「……近寄るな。不潔だ」 俺の絞り出した一言に、会場の時が止まった。 聖女クラリスの完璧な笑顔が、一瞬だけピクリと引きつる。

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