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第13話:システムのデフラグ「次元を切り裂く刃」

俺の手の中には、白銀に輝く巨大な“爪切り”があった 。 いや、鑑定結果によれば【次元のささくれ取り】だ 。 数千年の脂汚れを落とした結果、本来の姿に戻ったらしい 。 だが、俺にとってはただの“清潔なメンテナンスツール”でしかない 。


「アレン様、その神聖なる道具から溢れる魔力……」 「ティアナ、少し黙っていろ 」 「はい! 聖なる沈黙の中で、世界の理を書き換えるのですね! 」


相変わらず、この女の脳内変換はバグレベルで極まっている 。 俺は深いため息をつき、視界に広がる【極清鑑定】のログを睨みつけた 。


【警告:周辺空間に致命的な解像度の低下を確認】 【原因:管理不足による次元のほつれ(埃の蓄積)】 【推奨アクション:空間の完全デフラグ】


「……うわ、見れば見るほど汚いな 」


俺の目には、聖域の空間そのものが“拭き残しの多いガラス窓”に見えていた 。 空中に浮かぶ魔力の粒子が、不規則に絡まり合っている 。 それはまるで、一度も整理されたことのないパソコンのデスクトップのようだ 。 アイコン……もとい、魔力事象が重なり合い、処理を重くしている 。


「魔法とは、本来は物理現象を最適化するための演算リソースだ 」 「演算、りそーす……? 」 「情報の処理をスムーズにするための燃料だと思えばいい 」


俺は手にしたツールのレバーを、親指で軽く押さえ込んだ 。 この世界の人間に教えたい 。 神秘なんてものは、単なる“管理不足の積み重ね”に過ぎないのだ 。


「この空間は今、読み込みエラーを起こしている 」 「まあ、アレン様! 空間が苦しんでいるとお仰るのですか! 」 「違う、ただのメンテナンス不足だ 。放置されたバグが詰まっている 」


俺は体内の魔力を、特定の術式へと流し込む 。 イメージするのは、乱雑に散らかったデータを、一列に並べ直す作業 。 現代知識にある、ストレージの最適化……“デフラグ”だ 。


「【魔力的界面活性魔法:システム・クリンリネス】 」


俺がツールのレバーをパチンと弾いた瞬間、空間が震えた 。 不可視の衝撃波が、同心円状に広がっていく 。 それは破壊の力ではない 。 こびりついた“情報の汚れ”を、分子レベルではぎ取るための振動だ 。


「シュゥゥゥゥッ! 」


聖域に、耳に心地よい清涼な音が響き渡る 。 俺の【界面活性切断】が、空中に漂う“次元のささくれ”を次々と切り取っていく 。 切られたバグは、俺が散布した【次亜塩素酸・バースト】の魔力によって消滅する 。


「……よし。ようやく解像度が上がってきたな 」


視界が、みるみるうちにクリアになっていく 。 石造りの壁、タイルの目地、空気中の微細な塵 。 それらすべてが、まるで高精細なモニターを見ているかのように鮮明になった 。 これが、世界のあるべき“綺麗な状態”だ 。


「な、なんということだ…… 」 「空気が、光が……今まで見ていたものと全く違う……! 」


背後にいた王宮魔導士たちが、ガタガタと震えながら膝をついた 。 彼らの目には、俺が虚空を切り裂き、神の国を現出させたように見えたのだろう 。 歴史学者が、涙を流しながら叫ぶ 。


「勇者アレンが、空中に“新しき世界の法典”を記されたぞ! 」 「見てください! あの光の軌跡は、神が定めた絶対的な秩序です! 」


違う、ただの掃除の軌跡だ 。 俺は散らかった回路を整理整頓しただけなのに 。 勝手に宗教的な意味を見出すのは、思考のノイズが多すぎる証拠だ 。


「アレン様……。あなたは、この汚れた現世を、一瞬で楽園へと書き換えたのですね 」 「ティアナ、何度も言わせるな。これはただのメンテナンスだ 」 「はい! メンテナンスという名の、至高の救済でございますね! 」


俺は返事をするのを諦めた 。 手元の【次元のささくれ取り】を、自作の除菌布で入念に拭き上げる 。 使った後の道具を放置するなど、不潔の極みだからな 。


【システム状況:正常オールグリーン】 【エリア清潔度:99.9%】


鑑定ログが、清々しい青色に染まっている 。 これでようやく、まともに息ができる空間になった 。 俺が満足してスプレーを片付けると、王が涙を拭いながら歩み寄ってきた 。


「勇者アレンよ。お主のおかげで、我が国の闇は払われた 」 「……陛下、足元の除菌を忘れないでください 」 「ああ、心得ておる! 今すぐ王都を挙げての祝杯をあげようではないか! 」


王宮の広間では、すでに大宴会の準備が始まっているらしい 。 聖剣(爪切り)の目覚めを祝う、国を挙げてのパーティーだ 。 本来なら、美食を楽しめる場面なのだろうが…… 。


「……ん? 」


俺の【極清鑑定】が、ふいに嫌な反応を捉えた 。 祝賀会場となる大広間の方角から、どす黒い“靄”が漂ってきている 。


【警告:深刻な有機汚染の集合体を検知】 【推定:数千人の手垢、及び未洗浄の食器類】 【汚染レベル:測定不能】


俺は顔を真っ青にして、隣のティアナの鎧を握りしめた 。


「ティアナ……。今すぐ俺を、この国から連れ出せ 」 「アレン様? 祝賀会が始まりますよ! 」 「あそこは……あそこはもう、俺の目には“巨大な培養皿”にしか見えないんだ…… 」


大宴会の華やかさの裏で、俺の鑑定眼は最悪の“不衛生”を捉えていた 。 次なる戦いの舞台は、王国が誇る“豪華な祝宴” 。 だが、そこは俺にとって、魔王城よりも恐ろしい不潔の魔境だった 。


「……一旦、全部除菌しないと、俺が死ぬ 」


俺の異世界お掃除無双は、まだまだ終わりそうにない 。

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