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召喚の儀式?まずはモップを持ってこい!

視界が開けた瞬間、俺を襲ったのは眩い光ではなかった。 肺の奥深くまで侵入してくる、不快な微粒子の群れだ。

「ゲホッ、……なんだ、この埃は」

反射的に口元を袖で覆う 。 だが、その袖すらも信用できない。 召喚された直後の俺の服には、目に見えない次元の塵が付着しているはずだ。

「おお! ついに、ついに現れたぞ! 伝説の勇者様だ!」

老人のしわがれた声が響く 。 見れば、豪華だが趣味の悪いローブを纏った老人たちが、跪いて俺を拝んでいた。 周囲を見渡すと、そこは石造りの巨大な広間だった。

だが、俺にとってそこは“聖域”などではなかった。 ただの“巨大なゴミ箱”だ。

床には数百年分は積もっているであろう灰色の埃。 魔法陣の溝には、供物として捧げられたのであろう家畜の血が、黒く変色してこびりついている 。

「うわ、汚い……」

思わず本音が漏れる。 俺は即座に右手をかざし、固有スキルを発動させた 。

【極清鑑定】

それは対象の戦闘力など測らない。 そこにどれだけの“不純物”が含まれているかを、システム的に可視化する力だ 。

視界が瞬時に切り替わる。 世界がまるで、バグだらけの古いプログラムコードのように見え始めた 。

【召喚の魔法陣】 状態:致命的な不純物による動作不安定 不純物:酸化した有機汚染物(血清)、多層積層塵(埃) 危険度:MAX(このままでは術者の肺が汚染される)

「……ふざけるな。こんな“スパゲッティコード”の上で、よくもまあ平気な顔をしていられるな」

俺の目には、魔法陣を描く術式そのものが、ゴミ屋敷の配線のように絡まって見えた 。 不純物のせいで、魔力の伝導率が著しく低下している。 これはもはや魔法ではない。 ただの“不潔な欠陥システム”だ。

「勇者様? 何を……ひっ!?」

近寄ろうとした魔導士を、俺は鋭い視線で制した 。

「触るな、汚染される。……一旦、全部除菌しましょうか」

俺は体内の魔力を練り上げる。 イメージするのは、微細な振動による汚れの剥離。 現代科学で言うところの“超音波洗浄”だ 。

魔法を“神秘の力”だと思っているこいつらには理解できないだろう。 魔力とは、本来は物理現象を最適化するための“演算リソース”に過ぎない 。

「【超音波魔力振動ウルトラソニック・パルス】、出力最大」

俺が床に向けて手を放った瞬間、空気が激しく震えた。 キィィィィン、という耳をつんざくような高周波音が広間に満ちる。

魔法陣の溝に詰まっていた黒い汚れが、分子レベルで粉砕されて浮き上がった。 数百年分の埃が、重力の影響を無視するように空中に舞い、俺の魔力によって一箇所に凝集されていく。

「な、なんだこれは!? 勇者様が魔法陣を……塗り替えているのか!?」 「空間そのものを洗い流しているようですぞ! なんという高位の浄化儀式だ!」

魔導士たちが勝手に戦慄し、感激している。 違う。 俺はただ、足元が汚いのが耐えられないだけだ。

仕上げに、俺は空気中の水分を魔法で集め、極微細なミストに変えた。 そこに、俺の魔力から生成した【重層魔法(炭酸水素ナトリウム)】の成分を配合する 。

シュゥゥゥゥッ!

広間に、清涼感のある香りと共に白い霧が立ち込める。 こびりついていた血の跡が、化学反応によって中和され、跡形もなく消えていく。

数分後。 魔法陣は、まるで今描かれたばかりのように、白く美しく輝き始めた。 石床は鏡のように磨き上げられ、窓から差し込む光を完璧に反射している。

「よし。……これでようやく、まともに呼吸ができる」

俺は満足げに頷いた 。 デフラグの完了したハードディスクのように、世界が整って見えるのは実に気分がいい 。

だが、その平穏は長くは続かなかった。

ドォォォォン!

広間の重厚な扉が、乱暴に開け放たれた。

「勇者はどこだ! 伝説の勇者が現れたと聞いたぞ!」

豪奢なマントをなびかせ、大股で歩いてくる男。 この国の王、そしてその後ろには大臣と思わしき男たちが並んでいた。

俺は絶句した。 王の足元を見て、背筋に冷たいものが走る。

そのブーツの底には、中庭のものと思われる、粘土質の泥がべったりと付着していた 。 さらに、歩くたびにポロポロと、乾いた泥の塊が床に落ちていく。

俺が今、心血を注いで磨き上げたばかりの、ピカピカの床にだ。

「ま、待て……来るな……」

俺の声は届かない。 王は、無邪気なほど満面の笑みで、その“汚物まみれの足”を一歩踏み出そうとしていた。

俺は無意識に、懐の除菌スプレーを握りしめていた。 異世界に来て最初の絶望は、魔王の脅威ではなく、この無神経な足跡への恐怖だった。

「……頼む、そこから動かないでくれ。死ぬ気か?」

俺の呟きは、再会を喜ぶ王の声にかき消された。

「おお! 勇者よ! よくぞ参った!」

最悪だ。 俺の目の前で、磨き上げたばかりのシステム(床)が、泥という名のバグによって汚染されようとしている。

この男を今すぐ、除菌しなければならない。 俺の【極清鑑定】が、王の靴の裏に潜む“凶悪な菌”の反応を、真っ赤なアラートとして映し出していた。


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