第7花 助けないという選択肢
夜。
部屋の明かりは、机のスタンドだけ。
ノートを開いたまま、俺は動けずにいた。
白いページ。
そこに書かれているのは、箇条書きの条件と、名前。
スズラン
モモ
ダリア
それぞれの横に、空白。
――優先順位。
それを書かなければならないと、分かっていた。
誰かを救うということは、
誰かを後回しにするということだ。
全員は無理だ。
世界が、それを許さない。
ペンを持つ。
スズランの名前を見る。
今日の放課後。
理由を知らないまま、
それでも近づいてきた顔。
フラグは、確実に進行していた。
原因は、俺じゃない。
彼女自身の選択。
だからこそ、重い。
ペン先が、止まる。
名前の横に、何も書けない。
次に、モモ。
明るくて、距離感がなくて、
危険を危険だと思わないタイプ。
フラグの色は、濃い。
進行も、早い。
事故。
突発的。
防げる可能性は……低い。
冷静に考えれば、
ここに介入するのが合理的だ。
ペンが、動く。
モモの名前の横に、
小さく印をつけた。
その瞬間。
視界の奥で、
何かが、かすかに揺れた。
見えないはずのフラグが、
配置を変える気配。
「……今のは」
息を詰める。
確認するように、ノートを見る。
スズランの名前。
その周囲に、
見えない圧が集まっていく感覚。
――来る。
理解してしまった。
優先順位を書いた瞬間、
世界は再計算を始める。
助けると決めた相手ではなく、
助けない可能性が生じた相手に、
帳尻が合わされる。
俺は、まだ何もしていない。
誰にも近づいていない。
誰の手も取っていない。
それでも。
もう、選んだ。
ノートを閉じる。
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
これは、覚悟じゃない。
決意でもない。
ただの計算だ。
でも、世界はそれを
立派な選択として扱う。
スマホが、震えた。
通知。
スズランからのメッセージ。
《今日はありがとう。
話せて、少し楽になった》
指が、動かない。
返信しなければ。
そう思うのに。
画面を見るだけで、
フラグの進行が頭をよぎる。
近づけば、加速する。
遠ざかれば、再配置される。
正解は、ない。
画面を伏せ、
スマホを机に置いた。
――今は、返さない。
それが、今の俺の選択だ。
窓の外で、
夜風がカーテンを揺らす。
静かな部屋で、
世界だけが、忙しなく動いている気がした。
俺は、深く息を吸う。
助けないという選択肢は、
もう仮定じゃない。
それを使う日が、
必ず来る。




