第6花 知らないまま、選ぶということ
スズランは、決めていた。
逃げられている理由が分からなくてもいい。
答えが怖くてもいい。
――それでも、確かめる。
放課後。
人の少ない昇降口で、彼女はアスターを待っていた。
靴箱の前に現れた彼は、スズランの姿を見た瞬間、はっきりと足を止めた。
その反応だけで、胸が締めつけられる。
「……スズラン」
名前を呼ばれる。
でも、距離は詰めてこない。
いつものことだ。
「少し、話せる?」
声が震えないように、意識して言った。
「今は――」
「大丈夫。すぐ終わるから」
断られる前に、言葉を重ねる。
アスターは、ほんの数秒迷ってから、うなずいた。
校舎裏。
夕方の風が、少し冷たい。
沈黙が、先に限界を迎えたのはスズランだった。
「私、何かした?」
単刀直入だった。
「……違う」
即答。でも、歯切れが悪い。
「じゃあ、嫌われた?」
「それも違う」
否定は、速い。
だからこそ、次が出てこない。
スズランは、ぎゅっと指先を握った。
「だったら……どうして、避けるの?」
アスターは、答えない。
目を伏せ、言葉を探している。
――いや、探していない。
言えない。
その事実が、はっきり伝わってきた。
「ねえ」
一歩、近づく。
反射的に、アスターの肩が強張った。
その瞬間、確信する。
――やっぱり。
これは、私の問題だ。
「理由、教えてくれなくていい」
自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
「でも、逃げられるのは……嫌」
視線が、ぶつかる。
アスターの目は、怯えていた。
怒りでも、嫌悪でもない。
恐怖だ。
それが、何より怖かった。
「……近づかない方がいい」
ようやく、絞り出された言葉。
スズランは、首を振る。
「それ、理由になってない」
「……危ないんだ」
声が、わずかに震えた。
「私が?」
「……俺が」
一瞬の沈黙。
その答えは、スズランの中で、別の意味に変換された。
――この人は、自分を責めている。
「だったら」
もう一歩、近づく。
今度は、アスターは下がらなかった。
「一人で抱えないで」
その言葉に、彼の表情が歪む。
拒絶されると思った。
突き放される覚悟も、していた。
でも。
アスターは、何も言えなくなった。
スズランは、その沈黙を選ぶ。
「私は、理由を知らない」
はっきりと、宣言する。
「でも、それでもいい」
風が吹き、髪が揺れる。
「近くにいることで、何か起きるなら」
一瞬、躊躇ってから。
「……それも、私が選ぶ」
アスターの視界が、揺れた。
――見えてしまう。
スズランの周囲に、
淡い光が、確かに強まっていく。
進行度が、上がる。
原因は、分かっている。
彼女が、自分の意思で踏み込んだからだ。
「やめろ……」
懇願に近い声。
「お願いだ」
スズランは、困ったように笑った。
「ごめんね」
その謝罪は、拒絶ではなかった。
「でも、逃げられる方が、もっと怖い」
夕暮れの中で、
二人の距離は、もう逃げ場のないところまで縮まっていた。
スズランは、理由を知らない。
世界の仕組みも、フラグの意味も。
それでも。
彼女は、自分で選んだ。
その事実だけが、
残酷なほど、はっきりしていた。




