第3花 正解のない選択
その日から、俺はスズランと距離を取った。
廊下ですれ違っても、視線を逸らす。
声をかけられても、聞こえなかったふりをする。
露骨すぎる態度に、クラスの空気が変わった。
「……最近、アスターどうしたの?」
「スズラン、避けられてない?」
ひそひそと囁く声が、背中に刺さる。
それでも、触れなければいい。
関わらなければ、未来は変わるはずだ。
――そう、信じたかった。
昼休み。
俺は一人、校舎裏のベンチに座っていた。
誰もいない。
安全な場所だ。
そのはずだった。
「アスター先輩!」
明るい声と同時に、影が落ちる。
モモだった。
小柄で、人懐っこくて、距離感が近い後輩。
「探しましたよー。今日、一緒に帰れるかなって」
「……無理だ」
即答した。
彼女は一瞬きょとんとして、それから笑う。
「またまた〜。冗談ですよね?」
冗談じゃない。
俺は立ち上がり、距離を取ろうとした。
その瞬間――
モモがつまずき、
俺の腕を掴んだ。
視界が歪む。
嫌な予感が、確信に変わる。
未来が、流れ込んできた。
夕暮れの横断歩道。
青信号。
無邪気に駆け出すモモ。
――そして、止まらないトラック。
「……っ!」
俺は思わず息を呑んだ。
確定している。
回避不能な、即死の未来。
《死亡フラグを確認しました》
《対象:モモ》
《発生要因:接触》
《回避難易度:Lv3》
頭が真っ白になる。
スズランを避けた。
触れないようにした。
なのに。
「せんぱい? どうしました?」
何も知らないモモが、俺を見上げている。
選択肢が、浮かぶ。
――モモを避け続ける。
――事故現場に近づけない。
――未来を変える。
でも、分かってしまった。
スズランを避けた結果、
死亡フラグは、別の誰かに移った。
誰かを救えば、
誰かが代わりに死ぬ。
胸が、ひどく痛んだ。
「……もう、俺に近づくな」
絞り出すように言う。
「え?」
「危ないんだ。俺の周りにいると」
モモは一瞬、固まった。
それから、無理に笑った。
「それ、ひどいですよ。
理由も言わずに」
その声が、少し震えていた。
俺は何も答えられなかった。
放課後。
校舎の廊下で、スズランを見かける。
彼女は立ち止まり、俺を見た。
何か言いたそうに口を開いて――
でも、何も言わず、目を伏せた。
その瞬間、確信した。
距離を取ることは、正解じゃない。
でも、近づくことも、許されない。
どの選択肢にも、救いがない。
ポケットの中で、スマホが震える。
《世界難易度が上昇しました》
《現在:Lv2》
《警告:同時多発フラグ発生の可能性》
画面を見つめながら、俺は思った。
――俺は、何を守ればいい?
一人の命か。
それとも、世界そのものか。
答えは、どこにもなかった。




